ぼくはパギー
ぼくの名前はパギー。
パグっていう、鼻ぺちゃで目がでっかい犬種の、まあまあ丸っこいやつ。
名前は……うん、たぶん「パグ」からとって「パギー」。安易?うるさいな、気にしてないし。修一さんがそう呼ぶから、それでいいんだ。
修一さんは、ぼくの飼い主。
家でずっとパソコンに向かってる。何してるかは知らないけど、たまに「うわっ、やっちまった…」って言うから、たぶん大事なことしてるんだと思う。
ぼくはその横で寝たり、起きたり、たまに吠えたりしてる。まあ、いいコンビだよ。静かで、落ち着いてて、でもちょっとだけ寂しそうな人。
部屋の中は静かだ。
カタカタっていうキーボードの音と、たまに「ふぅ…」っていう修一さんのため息。
ぼくはその音を聞きながら、ソファの下に潜り込んで丸くなる。そこがいちばん落ち着く場所。
床は冷たくて気持ちいいし、修一さんの足の匂いがちょっと残ってる。安心する匂い。
月曜から土曜までの修一さんは、だいたい同じ。
朝は静かにコーヒーを飲んで、昼はパソコンに向かって、夜はぼくの耳をくすぐってくる。
でも、日曜だけは違う。
空気がちょっと甘くなる。修一さんの歩き方も、ほんの少しだけ速くなる。
服を選ぶ時間が長くなるし、髪を整える回数も増える。
ぼくは見てる。全部、見てる。
公園に行くと、修一さんの手がちょっと汗ばんでる。
いつもより、指先が落ち着きなく動いてる。
ぼくの鼻には、緊張の匂いが届く。
人間は言葉で隠すけど、匂いは隠せない。
ぼくは知ってる。修一さん、あの人のこと、ちょっと好きなんだ。
名前は知らない。けど、やさしそうな女の人。
白い靴を履いてて、ベンチに座るとき、いつも右足をちょっとだけ前に出す。
笑うとき、首をかしげる。
ぼくは見てる。ベンチの下から、靴の裏越しに、そっと。
先週の日曜日、ぼくは見た。
修一さんが、あの人の近くを通ったとき、ちょっとだけ顔が赤くなった。
そして、何か言いかけて、やめた。
ぼくはリードを引っ張ってみたけど、「あっ、すみません…」って言って、逃げるように歩き出した。
もう、見てらんない。
だから、ぼくがやる。
ぼくが修一さんの恋を応援する。吠えて、跳ねて、甘えて、作戦立てて、日曜の公園で奇跡を起こす。だって、大事なことは、犬だってわかるんだ。
まず、現状分析だ。
修一さん:20代後半。家では静か。パソコンとぼくと、たまに冷蔵庫。
あの人:白い靴。ベンチの右足前出し。笑うとき、ちょっとだけ首をかしげる。
ぼく:パギー。ウルウル瞳としっぽの振動が武器。あと、リード引っ張り技もある。
問題点は、修一さんの“口が動かない”こと。
目は動く。足も動く。でも、口だけが動かない。
これは、犬でいうと「吠えたいのに声が出ない」状態。つまり、緊張。
じゃあ、どうするか。
ぼくの作戦はこうだ。
①まず、あの人の視線をぼくに向ける。
→ウルウル瞳、発動。
→耳の後ろを見せる。これ、鉄板。
②あの人がしゃがむ。
→ぼく、しっぽを振る。
→修一さん、近づく。
③あの人が「かわいいですね」と言う。
→修一さん、「ありがとうございます」って言う。
→会話、成立。
この流れ。完璧。
でも、問題は③。修一さんが「ありがとうございます」って言えるかどうか。
先週は、モゴモゴして終わった。
つまり、③の成功率は……20%。低い。低すぎる。
だから、ぼくは補助作戦を考えた。
・リードを引っ張るタイミングを調整する。
・あの人の靴の近くにボールを転がす。
・鳩を追いかけて、あの人の視界に入る。
・しっぽを振りながら、ちょっとだけ吠える(かわいい系の声で)
ぼくは犬だけど、恋のことはわかる。
だって、修一さんの顔を見ればわかる。
あの人のこと、好きなんだ。
目がちょっとだけキラキラしてる。
声が出ないのは、心が動いてる証拠。
だから、ぼくがやる。
ぼくが修一さんの恋を応援する。
作戦立てて、実行して、反省して、また立てる。
ぼくは恋愛参謀。しっぽで動く、心の応援団。
風がふわって吹いたとき、ぼくの鼻の中に草の匂いが入ってきた。
ちょっと湿った土の匂いも混ざってる。春の匂いだ。
鳥がピピピって鳴いてる。ぼくは耳をピクッと動かす。
あの鳴き声、好きなんだ。なんか、元気になる。
でっかい犬が通り過ぎた。
シェパードかな。耳がピンってしてて、ちょっとこわい。
でも、ぼくは吠えない。吠えたら修一さんがびっくりするから。
すれ違いざまに鼻をくっつけた。あいつ、ちょっといい匂いだった。たぶん、チキン食べたな。
ぼくは、修一さんの左足の横が定位置。そこがいちばん安心する。
でも、作戦のときは違う。
ぼくは動く。リードをちょっと引っ張る。それだけで、修一さんはついてくる。
そして、あの人の近くに行く。
ウルウル瞳、発動。
あの人がこっちを見た。
しゃがんだ。
ぼくは甘える。耳の後ろを見せる。これ、鉄板。
修一さん、しゃべれ!しゃべれ!……あっ、モゴモゴしてる。
でも、ちょっと笑ってる。あの人も笑ってる。
これは……進歩だ!
ぼくのしっぽが勝手に動いた。止めたいけど、無理。だって、あの人が笑ったから。
ぼくはパギー。修一さんの恋の応援団長。
いくぞ、日曜日!




