夏の日
その日、県外の大学から帰省して、高校時代から付き合っている彼女と海へ海水浴へ行った。
90度V2気筒のオートバイに彼女を乗せて、半島の先の海水浴場へ向かった。
安全運転で、ゆっくりと走る。エンジンも調子が良い。天気も良く、オートバイでツーリングには最高の日だった。
「バス停で待ち合わせのカップルが居るとむかつくの」
と彼女は言った。
いつもの待ち合わせ場所で待ち合わせた彼女は僕と腕を組んで歩き始めるとそう言った。
「え、なんで」
「なんででも!むかつくの」
と彼女は僕の左手に絡めた腕に力を込めて来た。
その割には嬉しそうだ。
海風が吹いてヘルメット越しに潮の匂いがする。
背中にはしがみついている彼女の感触。
体にあたる風も気持ちいい。
海水浴場についてオートバイを止めた。
お互い着替えをして海に出る。
彼女は白のワンピースの水着を着ていて、清楚な感じだった。
しばらく波打ち際で遊んでいたが、彼女は油断して波にあおられてしまった。
「ひどい」
髪もくしゃくしゃになってしまい、ちょっと悲しそうになったが、僕はしぐさがかわいくて、ちょっと笑ってしまった。
それも彼女の機嫌を損ねてしまった。
僕は手を出して、少しむくれた彼女を立たせた。
と、砂浜を女性が5、6人の男たちをひきつれながら僕らの横を通って行った。
後ろ姿だけだが、長く伸ばした髪と抜群のスタイルを見せつけるように白のビキニを着ている。
「いいなぁ」
隣で彼女はそう言った。
僕はあの男たちの中になど入る気はさらさらない。
「そうかな」
この後あの女の人と男達はどうするのだろうか、この先の事が想像がつかない。
「休憩しよう」
僕は手をつないだまま彼女に言うと、一緒に歩き出した。
砂浜にシートを敷いて、並んで腰かける。
彼女のお手製のお弁当が二人の間に割り込んでいる。
卵焼きをひょいとつまんで口に頬張る。甘めの味付け。うまい。
久しぶりの彼女のお弁当だった。
「どお?」
「うん。久しぶりだったけど、いつも通りおいしい」
彼女は、優しく微笑んだ。
「よかった」
彼女は海辺を男を引き連れて歩くような人ではない。
そして、ずっと他県に行ってしまっている僕を思ってくれている。
そんな幸せな事があるだろうか。
でも、その頃の僕は愚かな事にその幸せに気が付いていなかった。
お昼を食べ終えると、帰ることにした。
彼女は色白で、日に焼けると肌が真っ赤になってしまう体質だった。
本格的な夏の日差しには耐えられない。
帰り道、日に焼けた肌に、海風が心地よかった。
少し、疲れを感じつつ、オートバイを操った。
夕方、彼女の家からは少し離れたところにオートバイを止めて、高校時代に二人で歩いた道を歩くことにした。
何度も二人で歩いた坂道を歩いていると思い出が蘇る。
時々、部活の後に二人で帰った。
家の方角は全く違っているので、僕が彼女を家まで送っていく。
裏門を出たところで、彼女が待っているとそれが今日一緒に帰りたいという事だ。
なぜか僕よりも周りの友人たちの方が目ざとく見つけて彼女が待っていることを教えてくれた。
「おい、彼女いるぞ」
「え、おお、サンキュ。それじゃ」
「じゃあな」
特別冷やかしもされない。周囲には暖かく見守ってもらえていた。
今日はその思い出の道を二人で歩いている。
坂の街なので、人目につかない場所は所々ある。
僕らはそういうところで抱き合った。
彼女は抱きしめられると、頭を僕の胸に乗せる。
「ねえ、ギュッ、と抱きしめて」
ため息をつくように彼女は言った。
「うん」
僕は彼女の背中に回した手に注意深く力を込める。
すると、いつもの様に彼女は黙った。
どれくらい抱きしめていただろうか、彼女が顔を上げた。
僕は口づけをする。いつもの様に。
右手を彼女の頭の後ろにそえる。
唇をはなすと、また、彼女は顔を僕の胸にうずめた。
どれくらいそうしていただろう、もう、夏のオレンジ色の空は紫色に変わろうとしていた。
「そろそろ帰る?」
「ううん」
彼女は顔を埋めたまま、いつもの様に答えた。
日の落ちた後の涼しい風が抱き合う僕らを優しく撫でて通り過ぎた。
その翌年、僕らは別れてしまった。
いや、僕の方から別れ話をした。
その頃の僕は、離れている自分が彼女を束縛してしまっている事を申し訳なく感じるようになっていた。
アルバイトなどでなかなか地元へ帰れなくなって会えなくなっていた。
ーーこんな自分を待っててもらってもうしわけないなーー
昔からだが、自己評価も低い。
そうして、別れてしまった。
その後、彼女が僕の大学のある県に学校の用事でやって来た。
久しぶりに連絡が来て会うことにした。
不謹慎ながら少しワクワクしていた。
久しぶりに会う彼女は、とても綺麗になっていた。美しかった。
少なくとも僕はそういう彼女を初めて見た。
その時になってやっと失ったものの大きさに気が付いた。
胸が痛んだ。
彼女はキラキラしてまぶしかった。
ああ、自分から離れて彼女はこんなに素敵になったんだと安堵もした。
心の中にいろいろな感情が湧いては消えた。
そして、確信した。
もう、二人の関係はは戻ることは無いのだと。
愚かな僕はやっと気が付いた。




