6 何もない街
「この、レンガ造りの建物よ。」
街道を歩くこと少し。目的の場所は、中央の広場の目の前という好立地に位置していた。ここまでくると、この店舗が不採算だというのが噓だとしか思えなくなるな…。
すると、建物の外壁をまじまじと見ていた婦人が、首をかしげていた。
「おかしいわね。確か、ここにフーロン商会の看板が掲げられていたはずなのに………。」
婦人の言葉に、コールと思わず目が合った。
「ふ、フーロン商会で不正会計の疑惑が上がったという記事が、昨日の新聞に出ていましたよね……。もしかしたら、それが原因なのではないでしょうか。」
ナイスフォロー! 流石コーちゃん。
「確かに、書いてあったような………。だから、問い合わせても返事がなかったのね。」
婦人が何気なく言った言葉に、反応する。
…問い合わせても返事がない?
「それって、どういうことでしょう………。」
「ほら、今年穀物が不作だったのは知っているでしょう? それについて、農家の代表と話がしたいって、本部から連絡があったのよ………。それで、日取りを決めるために連絡をしたのだけれども、音信不通で………。困っているのよ。」
婦人の言葉を聞いて、コールが僕に耳打ちしてくる。
「おかしいですね…。レーヴの店舗譲渡の話があった時には、確か連絡は通じていましたよね。」
はっきりとした確証は得られないが、レーヴの店舗の経営背景は相当に真っ黒のようだし。婦人の話の通り、本当に商会長ジャールと話し合いをするならば、待つ方が良いのだろうけど…。その余裕はなさそうだ。
帽子を整え、婦人の方へと向き直る。
「婦人。もしよろしければ、僕にこの件の調査をさせてはくれないでしょうか。」
大きくお辞儀する。婦人は黙って、僕のことを見ていた。
「………そうですね。一つ、お聞きしても?」
「何なりと。」
頭を上げると、婦人は大きく深呼吸して、より真面目な表情になる。
「………あなたは、この街を見て………何を思いましたか?」
それは、これから調べようとすることとは、何の関係もなさそうな質問だった。普通の人であれば、何か確証はあるのか…だとかを問うところだ。しかし、婦人は僕に街の第一印象を問うてきた。
その真意は分からない。だけど、僕はどんな問題にもはっきりと答える。
「何もない………ですかね。」
僕の言葉を聞き、婦人の眉は小さくヒクつく。コールはそれとは対照的に、真っ青な顔で慌てていた。
「それは、どういう観点から思われたのですか。」
そうだな………。
「この街、レーヴは、人々に活気があり、経済は全体を見れば安定していて、見る感じ水道もしっかりとしている。治安も良さそうで、貧富の差があるわけでもない。暮らすにはとても快適な街だと思いますよ。だけどね………。」
少し残酷ではあるが、現実を述べるのも大切なことだ。
「だけど………それだけなんですよ。」
僕の言葉を、婦人は黙って聞いていた。
「僕は商人だ。その商人の立場から物を言わせてもらえば、これほど商売がやりづらいところはないんですよ。」
傾いた帽子を被りなおす。
「商売をする上で考えるのは、その街の中だけで経済を回すことではない。いかに他方の関心を集め、いかに多くの人を集めるかなんです。それらを満たしているのに必要なのが、“個性があること”。他の街で例を挙げるならば、例えばファルタム王国の王都クランダ。王都の規模は正直言って、このレーヴと大して変わらない。しかし、商品の売り上げは間違いなくクランダの方が大きいでしょう。それは何故か?」
懐にしまってあった布を取り出し、肩にかける仕草をする。
「………温泉があるから、なんですよ。街の規模が同じであろうと、人々が惹かれるのは魅力的な場所や個性のある場所。つまり、他では中々味わえないような経験ができるところなんです。その条件に当てはめれば、残念ながらこのレーヴは個性があるとは言い切れない。自由市場だって、他の都市での実践例がありますからね。」
このレーヴという街を見てきて分かった。ここは農業が中心の経済であるために、他と差別化できる要素が発達しにくかったのだ。これに関しては、どうしようもない問題だ。しかし、それは今までの話だ。
「しかし、それは三流の話。一流は、一見何の価値もないものに光を当てて、それを成長させることができるんですよ。」
帽子に付けていた公商紋章を外し、婦人に掲げる。
「この街には、磨けば光る原石が沢山ある。それを生かすためにも、この問題は片づけなければいけない。………僕が三流でないことだけは、保証しますよ。」
ニッと、婦人に笑いかけた。コールは相変わらず慌てていたが、婦人は決心したようだった。
「………わかりました。あなたに………お任せします。」