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30 サブロの真意

僕の問いかけに対し、サブロはすべてを悟ったかのように、穏やかな笑顔を見せた。

しかし…その笑顔からは、先ほどまで伺えた緊張感は感じさせられなかった。


「……流石ですな。こりゃ、婦人も甚く信用なさるわけだ。」


ハッハッハと明朗快活に笑う。


「確かにあなたが仰るとおり。この珍しいお茶を、とある貴族婦人もまた好んでいる。」


サブロは執務室の机の引き出しを開けると、中から何かの書類を取り出した。


「私は以前……フーロン商会レーヴ支店の支店長を務めておりました。」


そう告白したサブロは、机の上に置かれた小さなバッジを手に取り、こちらへと見せた。

そこには、“レーヴ支店長”という文字が刻まれていた。


「ウェリス・ゼイウェン伯爵婦人には、大変お世話になりました。支店の立ち上げの支援、何から何までね。」


サブロは窓の方へと、一瞬目をやった。


「黙っていたのは申し訳ない。しかし、あなたを騙したくてそうしていたわけではないんです。そこだけは、弁明しておこうと思います。」


と、僕の方へと向き直り、頭を深く下げた。


「私があなたにお会いした目的は……これをお渡しするためです。」


そう言うと、先ほど取り出した書類を僕らの目の前に置いた。


「『新商品開発に伴う資金抽出の参考資料』…………。」


コールは、僕が差し出した資料を受け取り、パラパラとめくる。

これは……。


「フーロン商会の内部資料じゃないですか!!これ、私たちなんかに見せて大丈夫なんですか?」

「ええ。“部外秘”とは書かれていませんからね。」


そう言うサブロの顔には、何処かで見た意地悪っぽい笑顔が浮かんでいた。


「“婦人”の命令?」

「……それはどうでしょうね。」


サブロはさも何も知らない風を装うけど……僕らにはバレバレだった。


「そんなことよりも…、ご覧いただきたいのは、ここの部分です。」


そう言うと、サブロはペラペラとめくった先のとある頁を指さした。


「『新商品開発に係る総費用』…これは、“魔力矯正剤”の開発費を指しています。」


ーーーーーーーーーー

総開発費:一千万マニー

ーーーーーーーーーー


これを見ると、“魔力矯正剤”の開発には、随分と資金がかかっているようだ。

新商品開発は自分のところでやる場合と他所に業務委託する場合で費用は大きく異なってくる。

フーロン商会の“魔力矯正剤”が委託開発されたものだとしても、この金額は……高すぎる。

大規模な街にある支店予算の五年分は掛かっているようだ。

しかし、彼らの“魔力矯正剤”は、ガウル帝国大学が開発した“成長促進剤”に大きく特徴が似ている。まず間違いなく参考にしているだろう。

だとするならば、一から開発するのとは異なり、開発コストは最小限に収まるはずだ。

この金額は……あまりにもおかしすぎる。


「……まあ金額としてはおかしいけど。コーちゃんの記録から付けた予想と、ほぼ一致してるね。」


思わず、大きく頷いてしまう。

ここラーズに来る前、僕たちはここまでコールのつけてくれた記録を見返していた。そして……そこで、すでにあらかたの目星はついていた。



…うん、やっぱり。不自然すぎる。


「これだよ、コーちゃん。」


僕は、自信を持ってコールにそこを指さした。


「これが……赤字の原因ですか。」

「うん、まあ。集めたデータを元にした予想しか立てられないけど、十中八九そうだろうね。」


コールに返答する。



「開発費という名の……経費の水増し。」


パチンと、コールの手帳を閉じる。

……それこそが、ジャールの狙い。

僕の発言に対し、サブロは頷きながら続ける。


「確かに、このデータを見る限りでは、開発費としては異例の計上をしている。なるほど……“水増し”ですか。」


納得したのか、サブロは何度も頷きながら資料をめくっている。

“魔力矯正剤”の開発にかかった、この多額の費用。そのほとんどは、まったくの別目的として使われた。

その対象は……一つしかありえない。


「……エレッセ王国への賄賂、ですね。」


コールも、確信していた。


「多分そうだろうね。ま、どういった使い道なのかは詮索できないけど。王家側に金が流れたことにはほぼ間違いないよね。」

「しかし……いかんせん、情報が足りないですな。」


サブロが資料をパラパラとめくる。

確かに、この資料とここまでのコールの記録があれば、“水増し”に関する容疑は詰められるだろう。

しかし……所詮、そこ止まりになる。


「……それにしても、よくこれを持ち出せましたね。商会の本部に保管されてるような重要書類でしょう?」

「ちょうど今、王都マーゼで鉱山運営に関するコンペティションが行われていて……重役は出払っていますからね。手薄でしたよ。」


そう、あっさりと言いのける。ずいぶんと肝が据わっている。だとしたら……。


「……アテレーゼ商会長の言いたいことは、なんとなく分かります。しかし……その答えは、“ゼロ”ですな。」

「だよねぇ……。」


有用な資料が他にもあるかと思ったけど……。

やっぱり難しいか。

いったい、この賄賂が“どこ”に流れたのか。その情報がほしい。

そう、悩んでいると……。


「あっ、クラムさん。エーナさんから、連絡が来てますよ。」


コールは懐にしまってあった商会カードを取り出し、そう言う。

商会カード…というのは、僕たちアテレーゼ商会の中で使われる連絡手段の一つで、簡易的なメッセージを送る機能が、手のひらに収まる小さなカードに備わっている。ただし、使える範囲はそこまで広くないのが欠点だけど……。

僕もカードを取り出し、メッセージを確認する。ふむふむ……。


「…どうなさったのですか?」

「いや、ちょっと吉報がね。僕の仲間に、ちょっとした“おつかい”に行ってもらってたんですけど………どうやら成功したみたいです。」


ーーーーーーーーーー

クラムさんへ

中央図書館にて、帝国兵団の助けを借り、何とかデータ収集に成功しました。

どうにかしてそちらに送りたいのですが、何か良い方法はないでしょうか。

エーナ

ーーーーーーーーーー


良い方法ね……。

エレッセ王国国営鉱山のコンペティション、これが終わるまでに僕たちはジャール不正の証拠を集めなければならない。

この場を逃すと……すべてが水の泡になる。

…つまり、あと二日しかない。

国際郵便を使う方法もあるけど、ダイレクトで輸送されるのではなく、一度集配拠点に集まってから届くために時間がかかるし費用もそれなりにかかる。かと言って、僕自身が車労の高速馬車を使って取りに行ったとしても、コンペにギリギリ間に合わない。。

どうしようかな。

おもむろにポケットを(まさぐ)る。すると、小さな石がポロッと落ちた。

これは……。


「“伝書石”、ですか。」


……そうだ、こうすれば……。


「さっそく、力を借りる時が来たよ、婦人。」

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