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29 支店長サブロ

「……これが、“育成剤”か。」


ラーズの街にある、フーロン商会の支店。そこに、それはあった。

参考のため、一つ買おうとする。


「すいませーん、これ一つ、いただきたいんですけど…。」


そう声を掛ける。受け付けの人にはものすごく親切に応対してもらったのだが…。

気になるのが、奥にいる人物の反応。

業務をこなしながら、こちらをチラチラと伺っているようだった。

…あれ、絶対に僕の正体に気づいているね。



中にいる人物の反応が少し気になったものの、無視して“育成剤”を購入し、店を出た。

街道沿いにある休憩用のテーブルに“矯正剤”をまじまじと観察する。

“魔力矯正剤”とはデザインが異なるものの、裏面に書かれた成分表を見ると……。


「こりゃ真っ黒だなぁ……。」


“魔力矯正剤”の成分とほぼ同じ。違うのは、一カ所のみ。


「これではっきりしたね。ジャールが、どうしてレーヴの街に“魔力矯正剤”を売りつけたか。」


ジャールの仕掛けた、“魔力矯正剤”による混乱の真実。その意図は、もう読めた。この“育成剤”はその証拠になるだろう。

問題は………。


「なぜ、レーヴの支店が“赤字”だったのか。その証拠を掴まない限り、ジャールを問い詰めることはできないだろうねぇ…。」


そう言った矢先。


「……アテレーゼ商会長とお見受けします。」


後ろから、突然そう声をかけられる。

振り向くと…そこに立っていたのは、緑色を基調とし、赤のワンポイントが胸に入った制服に身を包んだ男が一人。


「君は…………。」


さっき、僕のことを奥でチラチラと見ていた初老の男。僕の目の前に、そいつは現れた。


「お初にお目にかかります。私は、フーロン商会のラーズ支店で支店長を務めている、サブロと申します。」


そう言うと、頭に着けた帽子を取り、彼は深く頭を下げた。


「……お願いしたいことがあります。少々お時間を頂戴致したく……。」



ラーズ支店の裏側。木々に囲まれ、表通りからは見えないそこには、小さな出入り口があった。

サブロに手招きされ、その中へと入ると…そこは、従業員用の控室だった。


「この先に、私の執務室があります。」


そう言い、鍵のかかった扉を開けた先に広がっていたのは……整然とした部屋だった。

整理整頓され、清掃も隅から隅まで行き届いたその部屋は、まるでどこかの貴族の屋敷のような美しさだった。……僕とはえらい違いだね。


「こちらにおかけください。」


彼は執務室の真ん中に置かれた、立派なソファへと案内してくれた。お言葉に甘えて座らせてもらおう。


「………随分、綺麗にされているんですね。」


思わず、そう口にする。

商会の支店長の仕事は多忙だ。日々の経理の確認、本部からの仕入れと在庫の確認、売り上げのチェック、シフトの管理など……その業務を挙げだしたら、枚挙にいとまがない。そんな中でも、これだけ清掃が行き届いている。それは、このサブロ支店長の勤勉実直さが表れている、そう思った。何故そんなことが分かるのか?僕とは対照的だからだ。

そう声をかけると、彼は穏やかな笑顔を浮かべた。


「…恐れ入ります。私が以前お世話になっていた方が、ものすごいきれい好きでしてね。その影響ですよ。」

「なるほど……。」

「そうだ、お茶をお出ししないと。私としたことが、失念していた…。」


思い出しかのように手をポンと叩き、窓際に置かれたティーポットを手に取った。

お茶は、湯気を立たせながらカップへと注がれてゆく。


「そういえば、よく僕の顔をご存じでしたね。」


その言葉に、一瞬黙ったサブロ。お茶を注ぐ彼は、少し間を置いて、口を開いた。


「……以前、あなたの写顔紙を拝見したことがありましてね。それで、気づいたんです。あなたが“育成剤”を購入されてる時に、何処かで見た顔だな……と。」


二つ目のカップに、お茶を注ぎ始める。


「なるほど。」

「あと、私共の商会長を脅したという噂が、当方で流れておりましてね。顔つきで。」

「アハハ、脅したって……。」


思わず、苦笑する。隣に座ったコールもまた、苦笑いしていた。


「……人聞きが悪いなぁ。」

「いや、真実ですけどね……。」


コールがそう突っ込むが、気にしない。

三つカップに注いだお茶を、サブロは一つ一つ丁寧に置いた。

カップを手に取り、一口飲む。お茶にはさも似合わない爽やかな香りが、鼻を抜けていった。

……この香り。


「随分と、珍しい茶葉を使っているんですね。」


その一言に一瞬、サブロは反応する。

先ほどまでの穏やかな笑顔が、一瞬だけ固まったのだ。しかし、すぐに元に戻った。


「さすがですな。これは、大陸南部の山地でしか採れない、貴重な茶葉でしてね。それが…。」

「お気に入り、というわけですね。」


カップを机に置く。


「偶然ですかね。僕は……珍しく貴重で滅多にお目にかかれないはずのお茶。これと全く同じものを、()()()()()()()()()()()()()。」


その言葉に、サブロはあからさまな動揺を示す。コールは僕のその言葉で、お茶の香りの違和感に気づいたようだった。


「……単刀直入に伺いましょう。あなたの目的は……何ですか?」


僕は……そう笑顔で、彼に問いを投げた。

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