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25 おつかい

「そういえば…クラムさん。」

「どした?」

「エーナさん、どこ行っちゃったんですか。」


昨日の夜から、エーナは姿を見せていない。その理由は至極単純で…。


「僕がおつかいを頼んだからだよ。」

「おつかい…?」


半信半疑で反復したコールに、僕は頷きで返す。

……ここなら、話をしても安心だろう。


「コーちゃんさ、今、エレッセ王都マーゼに向かう僕らにとって足りないものがなんだか、分かる?」

「足りないもの……?」

「…この前と、まったく同じだよ。」


そのまんまの意味なんだけど、コールが頭を捻って、考え込む。ここまでのことを思い出しているだろう。すると、何かに引っかかったのか、あっと声を出す。

…気づいたようだね。


「決定的な証拠が……ないってことですか…?」

「だいせいか〜い♪」

「だいせいか〜い、じゃないですよ!!ふざけている場合ですか!!」


コールは、僕の何気ない返答に怒っていた。


「別にふざけちゃいないよ。本当にないんだから。」

「本当にないって……。でも、それじゃあ僕らはジャールに太刀打ちができないじゃないですか!!」


コールの意見は至極もっともだ。この前みたいなハッタリ(ハッタリと言っても、半ば確証は得ていたけど)も効かないだろう。


「だからこその“おつかい”なんだよ。」


街道に転がった小さな砂利を車輪がカラカラと跳ねながら、馬車はゆったりと進んでいく。ガタンという揺れとともに、僕らの体にもその振動が伝わってくる。


「フーロン商会の収支報告を、照会してもらってるのさ。」

「収支報告…?」


公商紋章(トレーダークレスト)を持つ商人は、ガウル帝国とその盟約国を中心とした国々で公に商売をすることが許される一方で、その収支が適正なものであるかを帝国に年に一度報告する義務が課せられている。これはフーロン商会も例外ではない。そして報告後、一般の人々に公開されることになっている。


「確かに……。収支報告は会計関連の透明性の高さを担保するために公開されるのがルールですから、私たちが見ても怒られはしないでしょうけども。でも…!」

「収支報告から分かる情報は少ないよ。赤字が出たとしても、その補填を何処かでして辻褄を合わせるだろうし。」


だから、()()()()数字に全くもって問題はないはずだ。


「でもね、必ず“綻び”はあるものなのさ。」


クルクルとペンを回す。すると…車体が突然ガタンと大きく揺れ、ペンが床に落ちてしまった。


「あちゃー……。ほらね。」

「ほらねって………………。」


コールは、大きなため息をついていた。



朝日が昇りきった頃、私は帝都にあるガウル帝国中央図書館へと訪れていた。

その目的はただ一つ。


「失礼いたします、お伺いしたいのですが……。」


少しすると、カウンターの係が奥へと入っていき、交代で帝国兵団の青い制服に身を包んだ男性が出てきた。制服の右腕部分には、二本線が入っていた。


「……お待たせしました。各商会の収支報告は、この上のフロアでご覧いただけます。ご案内しますね……。」


そう言うと、カウンターを開けこちらへと出てきた男性は、青い絨毯の敷かれた中央の階段を上っていった。私もそれについていく。



二階の書庫は、一階とは異なり、一般の人が本棚から手にとってみられるかたちではなく、閉架式だった。

閉架式というのは、簡単に言えば本棚が直接公開されていない状態のことで、私たちが情報を手に取りたい場合は、係の人にお願いをしなければならない。

すると、男性はポケットから鍵を取り出し、『商会関係』と書かれた扉の鍵を開けた。中は、暗闇に包まれていた。


「……少々、お待ち下さい。」


そう言い、男性は中へと消えていく。


……少し経った頃。男性が扉を開け、中から一冊のファイルを手にとって戻ってきた。


「お待たせしました。10年前〜昨年度までの収支報告がこちらです。」


ただの書類の束ではあるが、重厚感ある外装を身にまとったそれを手に取る。礼を言い、椅子に腰掛け、パラパラとめくっていく。

クラムさんが言ってたページは……ここか。


「『新商品開発に伴う支出報告書』……。」


赤い印のついたページを見つけ、その題目を読む。

間違いない、これだ。

……しかし、そこには肝心な資金のやりとりの詳細はなく、ただ収支の結果のみが記されていた。

これでは、証拠としては薄い。


『レーヴの支店が赤字だったのは、間違いなく“魔力矯正剤”が関連している。その情報を得て欲しい。これは……キミにしかできない。』


クラムさんの言葉を思い出す。

私にとっての因縁。レーヴの人々を幸せにするためにやってきたことがすべて裏目に出たあの日を、私は忘れることができない。

……悔しい。

拳を強く、握りしめる。いつの間にか、歯も食いしばっていた。

…脳裏には、父の顔が浮かぶ。

これではダメだ。


「………すいません。あの…」



「一般の人向けに公開されているのは、各商会の“収支報告”のうち、全体をまとめた概要のみ。その詳細を知りたい場合は、ある条件が必要になってくる。」

「条件……?」


コールが尋ねてくる。その疑問に対し、僕は帽子のバッジを外して見せる。


「一つは、“これ”だよ。」

「“公商紋章(トレーダークレスト)”………。そういえば、エーナさんも持っていましたね。商人にとって大切な、身分証明書ですね。」

「そうだね。まあ、必要なのは()()()()じゃないけど。」


これがないと、僕のことを多分誰も商人として見てくれないんだろうな…。そう思いながら、バッジを見つめる。

身分証明とは言っても、大陸全土で通用するものではない。

ガウル帝国を中心とした、ウィル大陸西部国家群。このうち、商人の権利保護の盟約を交わしている国々でのみ、身分証明として用いることができる。

小さなバッジだが、ここに係る信頼はとても大きい。

そして……これを得るためには、何重もの厳しい試験を突破しなければいけない。


「……“公商紋章(トレーダークレスト)”を得るための試験、か…。」


コールは遠い目で空を見上げる。


「アハハ……。まあ確かに難しいっちゃ難しいけど…一般常識を問われるような問題ばかりだし。意外と簡単だよ♪」

「簡単って………年に一人か二人、通るかどうかも分からないような試験ですよ!?知識を問われる筆記試験を突破したところで、待っているのは面接、素行調査、実践試験諸々……厳しすぎて、ひと筋縄じゃいかないんですよ!!」


コールがしかめ面をする。ジョークなんだからそんな怒らなくてもいいのに。


「まあまあ…。それに、他にも取る方法はあるし。()()()()()()()。」

「金色以外……?」


この試験、確かにコールの言う通り難しい。それに、金色の“公商紋章(トレーダークレスト)”は、どれだけ才能があろうと、どれだけ努力したとしても、取れる保証はない………………。

………………なんだけど、これにはいわゆる“ウラ制度”がある。なぜなら、厳しすぎるから。


「“銀色”の“公商紋章(トレーダークレスト)”。いわゆる“准商人”ってやつだね。」

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