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22 レーヴの街に、商運を

「…コーちゃんさ。」

「はい。」

「申し訳ないんだけど、先にレーヴの商会に戻っててくれる?」

「それは良いですけど……どうしたんですか?」


念の為、後ろを再確認する。やはり誰かに尾けられていることがわかる。


「いや……ちょっと、気になることがあってサ。…婦人。」

「……ええ、わかっているわ。」


婦人は察して、僕らの少し後ろを歩いていた。


「わかりました、先に資料を整理しておきますね。」


頷いて、コールは建物の中へと入っていった。

その姿を見送って、僕らは中央広場の真ん中の方へと近づく。


「…さすがね。」


婦人は、微笑んだ。


「何がでしょう?」

「…前に私にこう言ったわね。この街には……『何もない』…と。」


婦人は、冷静に僕の言葉を反芻していた。


「…あなたはこの街の本質を、見抜いていたのね。」

「見抜いたというか、まあ………なんとなくの推測に過ぎませんが、ね。」


あの日、レーヴの町に降り立った時のことを思い出す。


「“自由市場”……。」

「……………?」


婦人は、僕のつぶやきに一瞬首をかしげる。


「あの市場に、“大陸の畑”であるならば出ていておかしくないはずのアレが、まったくと言って良いほど無かった。」

「アレ…………?」


僕は、大きく頷く。


「……“穀物加工品”、すなわち、パンです。」

「パン………。」


婦人は、僕の言葉を反芻する。


「以前にも言ったことがあると思いますが、都市は競争に勝つため、何らかの特出した産業や事業を興すことが多い。しかし、ここレーヴにはそれがない。その理由を、僕は、農業が中心の経済であるためと考えていました。」


ところがどっこい、“大陸の畑”はゼイウェン率いるレーヴの人々が元々の土地を開拓して作り上げたもの。つまり、元来ある土地の働きではない。


「特出した産業が十分に育ってないのは……そもそもの地場産業が大きく姿を変えていたから。」


婦人は、僕の言葉を思い出しているようであった。


「産業がここ数十年で変わったばかりということは、それに付随する加工産業もそこまで発展しないケースが多い。むしろ、生産したものを輸出して、ノウハウがある他方で加工した方が安く済むケースもある。」


英雄街道という整備された街道と、車労が根を張るこの町は、他国の同規模都市と比べて輸送面では大きくリードしている。それもまた、生産・加工分業に拍車をかけたのだろう。


「…とまあ、現状はこんな感じかなぁ…と。予想は立てられましたね。どうでしょう?」

「あなたの仰る通り。この街は……(レーヴ)は、“鉱山の町”にもなりきれず、“大陸の畑”にもなりきれなかった……。」


婦人の顔が、少しだけ曇った。別にそこまでとは思わないけどなぁ……。


「あなたがそう思うのは……………“理想の領主婦人”に、なれなかった。……という“後悔”からでしょうか?」


婦人が言わんとしていたことを察し、そう返す。


「え………?」


中央広場にぽつんと置かれた、大きな石に腰掛ける。


「僕は、決してそう思いませんね。」


一呼吸おく。


「…………何故かしら。」

「それは………。」


公商紋章(トレーダークレスト)に手をかける。


「…数字や情報、目に見えるものとしては現れない、みんなの思い、とでも言うべきもの……でしょうか。」


右手でポン、と軽く石をたたく。婦人は、石にチラッと目を向けた。


僕ら(商人)は、色々なものを商売道具にします。農作物はもちろん、土地、魔道具、魔物、そして……。」


石から降り立つ。


「……………“ヒト”。」


あたりが一瞬静まりかえる。婦人は、冷静だった。


「いや、何。ヒトと言っても……」

「……“人材”でしょ。わざわざややこしい言い方をしなくたっていいのに…。」


婦人はため息をつき、少しだけ苦笑する。


「僕は、前に婦人にこう言いましたね。『一流は、一見何の価値もないものに光を当てて、それを成長させることができる』と。そして、『この街には、磨けば光る原石が沢山ある』とも、ね。」


この言葉に、特別深い意味はない。僕が思ったことを脚色せず、ありのまま、込めている。

その言葉を発した時、婦人は了解の意思を示したものの、疑念の残る顔をしていた。

だけど今は……。


「…僕の言わんとしていること、なんとなく分かっていただけたようですね。」

「そうね。」


婦人は、懐から扇を取り出し、扇ぐ。


「……この街に溢れているのは、“ヒト”だ。それも、とびきり熱意があって、生活をよりよくするために努力する、ね。」


ここ数日、レーヴの様子を観察して、たくさんの人の話も聞いた。それらが導き出した、僕の答え。


「……僕は、この街の人々に、商運を賭けようと思います。」


婦人に、笑顔を向ける。


「レーヴの人々に、商運を、ね。具体的にどうするのかは、追って聞くとして……。さっき言ってたわね、エレッセ王都、マーゼに乗り込むって。あなたは一体、何をするつもりなの?」


今回の事件の全貌、すべてが明らかになったとは言い切れないものの、なんとなく見えてきた。ここにきて、僕がやらなければならないことは、ただ一つ。


「フーロン商会を、叩き潰します。」


拳を握りしめ、笑顔でそう婦人に返す。


「……なるほど。法スレスレの行為も躊躇わず、利益のためならば、命をも商売の天秤にかける。同業であれ、誰であれ、商売の邪魔をする者には老若男女、容赦しない。」


婦人は、ピシャッと扇を閉じる。


「畏怖と尊敬の念を込めて付けられた名前は……“灰の商人”。」


「私には、あなたがそんな恐ろしい評価を受ける人物には思えないわね。」


…僕は、婦人の方へと笑顔を向ける。


「残念ですが…。僕は、英雄(ヒーロー)じゃありませんからね。」


僕と婦人の間を、乾いた風が吹き抜けていった。



クラムとウェリスの会話を、ある人物が物陰から聞いていた。ウェリスが、真に迫った表情でクラムに問いかける。


「…でも、分かっているでしょうね。フーロン商会をつぶすということは……。」

「……そうですね。()()()()()()()()()()()()()()()()でしょうね。」


「えっ…………………。」


そう返した瞬間、物陰に息を潜めた人物は、思わず声を漏らした。


「……あなたは本当に、それで良いんですか?」

「ええ…。もう、揺らがないわ。私は……このレーヴの領主。エレッセ王家とは、()()()()()()だから。」


婦人の決心を聞き、何かを考え込む。

影は、どこかへと走り去って行った。

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