17 開拓の理由
「………なんだって? エーナが……アテレーゼ商会に……!?」
部下の男の発言で、ジャールの顔色はみるみる青くなる。
(何故だ……。まさか、切り札が………?)
「イース、まさかとは思うが……。」
イースと呼ばれた部下の男は、首を軽く横に振る。
「いえ、“呪い”は解かれておりません。この目で、確認致しました。」
そう言うイースの左目に自身の手を当てると、淡い緑色の光が宿る。
「そうか。ならいい……。」
ふぅ……と小さなため息をつくと、ジャールはソファに腰を下ろす。
(しかし………。だとすると、何故エーナはクラムのところへ行ったのか。奴がその身の上話をしたところで、解決できるとは思えんが……。)
ふっと、乾いた笑いが出てくる。
「上辺だけを見ている限り、奴らに勝ち目はないわ。」
◇
僕たちは場所を移し、エルガの家へと訪れていた。
「……居ないわ。遠くへ行ってしまったみたい。」
そう、少し息を切らしながら話す婦人。
出奔したセリを探すために、僕たちは畑の周辺をしばらく探していた。
しかし…………見つからなかった。
何処へ行ってしまったのだろう。戻ってきてくれると嬉しいが……彼女の心境を考えれば、致し方ない。
「どうぞ、お座りください。」
僕、コール、婦人は、エルガが用意してくれた椅子に腰掛け、それぞれ出されたお茶を飲む。しかし…エーナだけは、座らず、立ったままであった。それを見かねたエルガは、椅子を指しつつ言った。
「エーナさん………。立っておられるのも大変でしょう……。どうか…。」
「いえ……。私のことは、気にしないでください。」
無理したことがすぐに分かってしまうような笑顔で、エルガにそう返した。少し間をおき、エルガは僕らと反対側の椅子に腰を下ろした。しばしの間、沈黙が場を支配する。壁に掛けられた時計の針の音が、はっきりと感じとれた。カップを机に置き、僕から切り出す。
「エルガさん……、一つ、お尋ねしたいことが……。」
「なんでも聞いてくれ。」
エーナの方にちらりと目をやりつつ、両肘を机の上に立て、両手を口元で組み、エルガと向かい合う。
「フーロン商会…………いや、エーナと皆さんは、どのような関係なのでしょうか。」
「どのような…………関係?」
「いや、皆さんの様子を見ていると………。」
姿勢を崩し、両手を膝につけ、寄りかかる。
「随分と、深い信頼があるんだな~、と思ってね。」
信頼、という単語に若干驚く様子を見せつつも、エルガは一口お茶を含んだ。
「………なに、簡単なことさ。実はな………。この土地を開拓するきっかけを作ってくださったのは………エーナさんだったんだ。」
「エーナが? 前領主様が、畑へと変えたのでは?」
その問いに、エルガは少しだけ否定するそぶりを見せる。
「確かに、主導してくださったのはゼイウェン様だ。だが、そのゼイウェン様の心を動かしたのが……エーナさんだった。」
そう言うと、エルガは笑顔をエーナに向けた。彼女は、少し複雑な表情を浮かべる。
…なるほど。
「どうして、開拓を決意したの?」
頭の後ろで手を組んでソファーによりかかり、そうエーナに問いかける。少し考えると、遠慮がちに口を開いた。
「クラムさんは………“偏魔力”というものをご存知ですよね。」
「偏魔力ね……。大陸南部の砂漠地帯で見られる現象じゃなかったっけ? 僕も一回だけ生で見たことがあるよ。」
そう返す。コーちゃんは、懐にしまってあった手帳から、南部を訪れた時の記録を引っ張り出す。
「……何らかの原因で大気中に存在するはずの自然魔力が、過密・過疎であるエリアに分かれて水玉模様のように分布する……………ですよね?」
「おおむね、その認識で間違いありません。そして、この偏魔力が生み出す魔力の乱れた波は、周囲の自然環境に影響を及ぼすという大きな欠点がありました。」
軽く頷くと、エーナは懐にしまってあった小さなアクセサリーを取り出す。
電灯の光を浴びて、銀色に鈍く輝くそれは、帝国大学の学位紋章。
「そして私は………ガウル帝国大学にて、この偏魔力の研究をしていました。」