13 穀物生産のカギ
僕たちが玄関を出た頃には、既に夕日は段々と地面に近づき始めていた。その赤い光は少しだけ眩しく、僕らの目に写った。
「…レーヴ領主様のお屋敷は、旧フーロン商会の建物のすぐ隣にあったのですね。」
「あら、知らずに入ってきたの?」
コールのちょいとした疑問に、婦人はフフフと笑みを浮かべながらそう重ねる。
「……一般的に、貴族のお屋敷と商業の区画は、多少離れたところにありますからね。初見では気づきませんよ。」
「そう。……なら、あなたはどうなの? 領主の屋敷が、中央広場に面する他の建物と同じような外観で、とても地味なのに。」
「ええ、一目瞭然でしょう。商業区画のはずの中央広場で、他の建物から不自然な隙間があるという点。賑わっている露店が、何故かその建物の前だけは一店舗も出店していないという点。色々考えだしたらキリがありませんね。」
そう、なんとなく言っただけだったのだが、婦人は驚いていた。隣を歩くコールからは、熱い視線を感じる。
「切れ者ね。大工が、私にこっそりと教えてくれた工夫を、見抜いてしまうなんて。…あなたのその洞察力は、一体どこからきてるのかしら。」
僕を探る婦人の問い。さて、どうしよう。考えながら建物の脇を一つ抜けると、ちょうど良いタイミングで、夕刻を知らせる鐘の音が僕らのところへと届く。
「……僕の、溢れんばかりの天賦の才、ですかね。」
決まった………………。
「……急ぎましょう。もう暗くなっちゃいますよ。」
「……ギャグセンスだけは恵まれてないようね。」
「つらいよォ……………。」
◇
話しているうちに、僕たちは畑のある場所へと到着した。目の前に広がる意外な光景を見て、婦人は驚いていた。
「あら……どうしてこんなに人が?」
そこには、さっきまで農作業をしていた人々含め、この街で農業に従事しているのだろう人々が、ほぼ全員勢ぞろいしたと言って良いほど、集まっていた。
「…僕が呼びました。今、このレーヴを襲う困難を救う、“希望”を見つけた…そう、宣伝してね。」
「そうやって、沢山の人をたぶらかしてきたというわけね。」
「そんなー、それ程でもありませんよー。」
はあ…、と婦人に、あからさまなため息をつかれる。
「…それで、あなたの言う“希望”って?」
婦人のその質問、待ってました!
「論より証拠、お見せするのが一番良いでしょう。………そんじゃ、コーちゃん。」
目で合図を送ると、コールは頷き、傍に隠しておいた土の入った入れ物を取り出し並べていく。すると、婦人は近づき、それを眺めた。周りにいる人々も、同じように僕らの周りを取り囲むように集まってきた。
「これは………鉢植え、よね? この芽のようなものは………。」
答えようとしたが、それより早く、近くにいたおじさんが鉢に近づき言った。
「こりゃあ………トルトの子葉だ。」
「それじゃあ、こっちはハージュで、そっちはメジュルってことか。」
おじさんを皮切りに、近くの人々がざわつき始める。そして、彼らは鉢を取り囲んだ。それらの名前を聞いた婦人が、何かに気づいたように声を上げる。
「これって全部………。」
「ええ。トルト、ハージュ、メジュル………。このレーヴで、これまで育てられてきた穀物……その種を育てたものです。………それも、この畑の土を使ってね。」
その言葉を聞いた瞬間、ギャラリーの空気が変わったのが目で見えた。
「この畑の土に含まれてる成分が、厄介だと気づいたんでね。ちょこっと、細工しました。……これでね。」
僕は、懐から石を取り出す。一見すると、道端に落ちていそうな石ころにしか見えない。しかし、見る者によっては、その正体に気づくことができる。
「“トルカムト・フォース”………。」
婦人は、そうつぶやく。
そう、何を隠そう、この小さな魔導石は婦人が見つけてきたものだ。不況にあえぐレーヴを救わんため、必死にもがいて見つけ出した、一つの石。
これが、レーヴを救う鍵となる。
「魔導石トルカムト・フォースは、エルフの国が原産です。その特徴は………一般的な他の魔導石と比べて、“効果がとても弱い”ということ。」
その弱さは、魔道具加工には適さないという大きなデメリットを伴う。しかし、ここではこの“弱さ”こそが鍵となる。
「レーヴの土壌に含まれている、石ころ。これが、穀物生産に大きな影響を及ぼしていることが分かりました。成分を調べてみたのですが……。」
コールを手招きする。小さく頷き、懐からある資料を取り出し、みんなの方へと向けて見せた。
「……一種の魔導石に近いことが分かりました。もうそうであるならば、話は早い。魔導石の効果を打ち消したいのであれば………。」
僕は、両方の拳を胸の前でぶつける。
「同じ力で相殺してしまえばいいんだ。」
ニッと、笑顔を見せる。婦人は、それを端で静かに聞いていた。
「とまあ、これで……とりあえず穀物生産問題は、何とかなると思いますよ。」
観衆はざわめき出した。コールは相変わらず、羨望のまなざしを向けてくる。特段変なことはしていないんだけどね。
ひとまず、トルカムト・フォースをぶつければ、最低限の婦人の要望には何とか応えられる。
しかし…………難しいね。
ひしひしと、みんなの目線や表情から伝わってくる。
……………不信感が。
何を言っているんだ、こいつは。信用に足るものなのか。
そうだろう。皆がそう思うのも無理はない。このレーヴの街の農家、つまり農業の専門家が長い時間を費やし探してきた穀物の生産を復活させるための方法。見つからずに苦労していたものが、目の前に突如として現れた怪しいエルフによって見つけられた。それを信用して良いものなのかどうか、疑うのは当然の反応だ。
すると、鉢の前に一番初めに出てきたおじさんが、何かを考える仕草の後、こちらを向いて問うた。
「お前さん………、このトルトの新芽が、どれほどの月日をかけて俺たちが探していたものか。それを、分かって言っているんだな……?」
言葉尻を捕らえると、怒りに包まれていると感じてしまう。しかし、その顔から彼の本心は読み取れた。
「ええ。この畑に、かつての黄金の輝きを取り戻すため、どれ程の苦労をしたことか。…言葉では軽く聞こえてしまうかもしれませんが、理解しているつもりです。」
目の前に広がる景色に目を移し、そう彼に答える。
すると、彼の目から読み取れていた負の感情が、幾らか引いていくのが見えた。
「………そうか。」
彼は一つ、小さなため息をついた。
「しかし、大きな疑問が一つある。それを、お前さんに尋ねたい。」
「何なりと。」
腕を組み、俯き、目を閉じる。間をおいて、彼は顔を上げ、目を開く。
「土の魔力の性質、どうやって見抜いた?」
なるほどね………。知ってたんだ。
「そうですね。僕の実力……………………と、言いたいところだったんですけど。」
頭を掻きながら、チラッと畑のそばにある小屋の方へ目線をやる。
「まあ、そううまくいくはずもなく、ね。見つけるのはうまくいくんですけど……。」
ずっと隠れていた彼女は、小さな足音でこちらに出てきた。その姿を見て、人々のざわめく声が大きくなる。…そうだろうね、驚くだろうね。
その、ざわめく観衆の中。一人だけ、冷静にその姿を見る女性がいた。
「エーナ………さん……………………。」
僕たちがこの土の魔力の性質を見抜くきっかけを作った人物。
「フーロン商会のエーナさん。彼女の力を、使いました。」
僕は、そう笑顔を向けた。
彼女は、ただ、黙って観衆を見つめていた。




