娘との一日 エルフの里のおもひでぇ
いつも読んでいただきありがとうございます。
些細なことで私の妻と喧嘩して、家を飛び出した娘の由紀が私の単身赴任先に来た。
妻に電話したら、良かった、という力が抜けるような声を出した後、申し訳なさそうに、日曜日に迎えに行く、と言った。
そういうわけで、土曜日の一日、中学生の娘と過ごさなければならない。
「どうせならどこか遊びに行こー?」
そう由紀が言うわけだが、家庭をあまり省みずの40歳のおっさん、中学生の女の子がウキウキするようなところわからんよ。
服屋巡りがいいのか、アトラクションのある遊び場がいいのか、カラオケとか、映画とか、むしろアウトドア系に目覚めていて釣りやバーベキュー、登山、キャンプなんかの方がいいのか、本当にわからん。
「でもな、お父さん、今こんな姿だから外出て目立つの嫌なんだよ」
ピンク色のボブヘアーの髪の先を指で絡めて、娘に見せる。
それに、お父さん、小さい頃の由紀を連れて街の中心部に出かけたら、お巡りさんによく職務質問されてね、だんだん職務質問するお巡りさん達にも有名になってね、声かけてきたお巡りさんに、
「最近、異動ってありましたか?」
と聞くと
「はい、今年の4月に赴任したばかりです」
と答えてくれる。新しい人にしか職務質問されなくなった。子供はおまわりさんと話せてうれしー、と思っているわけだが、どんだけ声かけられやすい見た目してんだろう、と自分自身に思っていた。
しかし、一人で歩いている時は全く警察官の職務質問を受けないのだ。
ああ、そこで、私は身に合わない容姿の女の子を連れて歩いていることを強く自覚したのだ。
うちの子、妻に似たせいで、控えめに言ってもめちゃくちゃ可愛いんです。
ただの親バカじゃねえか、と思う方々いらっしゃるのですが、職務質問される頻度考えると、多分親バカではなく、客観的意見と言えるレベル。
もう、連れて歩くお父さんが超場違い。イタズラ系犯罪しちゃいそうな感じ漂うおっさんでね、マジ生きていくのが辛い。
子供の母子手帳と自分の身分証明書持ち歩かないと、本当に大変なことになるのだよ。
つまり、幻術を使って、周囲には私の姿を元々のおっさんの姿で見えるようにすれば、パパ活中の女子中学生とおっさんになる。本人としては純粋なパパの活動(家族サービス)なんですけどね。
「いろいろ目立つので、家でゆっくりしないかい」
「えー」
今どき珍しい2Dスクロールのテレビゲームを二人プレイをやった。中世世界観でダンジョンに潜って戦うものだ。
由紀はやったことがなかったゲームだったみたいで結構ハマっていた。
「そういえば、お父さん、異世界ってどうだったの?」
「それ、知りたい?」
私はゲーム画面から娘に目を向けた。多分その目はハイライトが抜けて奴隷落ちしたキャラクターみたいな顔つきだったに違いない。
「何、お父さん、その今にも死にそうな顔するの! 異世界転移したんなら、なんていうか、私、なんかやっちゃいましたかみたいなことあったんでしょ。異世界転移特典とかさ。私も行ってみたかったなー異世界」
「一応、あったけど、言葉がわかるくらいで、他は何もなかった」
それでも言語チートだけでもあっただけましだ。なかったらコミュニケーションできずエルフの里で憤死していたかもしれん。
「へ? 鑑定とか、回復魔法とか、とんでもスキルで俺つええ、とかあったんじゃないの?」
「夢見すぎだ。今やっているゲームみたいな、強力な魔法も剣技も何ももらえなかった。ちなみにお父さんのMPは転移時ゼロだった」
「そんな、MP0だなんて、ホイミもメラも空波斬も使えないライアンを主人公にした……お父さん脳筋系異世界転移してたの?」
お前ライアンバカにすんなよ。ドラクエ4なら重装備できるし、通常攻撃だけでも強いんだぞ。素早さ遅いからほとんど最後に行動するし、会心の一撃が出まくるアリーナ王女に比べればちょっと見劣りするけど、安定感が素晴らしいのだ。どこかの闇堕ちした命大事にできない神官に比べれば! いや、彼もなんだかんだで回復魔法が……いや、そんなことはどうでもいい。
「とりあえずな、お父さんは超不遇系異世界転移をしていたんだ。なろうとかハーメルンで連載したら、あまりの鬱展開でブラウザバックばかりでブックマークもお気に入りもしてくれない、超絶やばいやつさ」
「あんまよくわからないけどさ、今は魔法使えるよね? なんで使えるようになったの?」
私はコントローラのスタートボタンを押して、ゲームを一時停止した。
話せば長くなるし、かといってうまく伝わるか……幻術魔法を応用すれば……記憶を幻覚として再生させれば、実体験した気分になれる、いわゆるVR系で再現できるようになるのでは。
自分を対象に試しにやってみると思いの外うまくいった。
「由紀、今から幻術をかける。追体験するわけじゃなくて、横で眺めているような感じだ」
由紀の頭に手を乗せて、魔力を込める。
あの日も確か、今の外と同じでエアコンがないと暑苦しい日差しで気分が滅入る日だった。
なんとか、私はエルフの衛兵少女エメラダからのスパイ疑惑が晴れた後、最大MPの増加と魔法の習得について教えを乞うていた。
「MPの最大値か……てっとり早くなら、魔法を使いまくって、気絶して起きるをくりかえせば、早く増えるけれど、死ぬほど気持ち悪いよ」
「そもそもMP0なんですが……できれば苦しいのはちょっと……」
もう苦しいとか汚いとか嫌なのだ。世界中の国の中でも珍しく家の中でさえ土足禁止靴や水洗トイレが完備されており、水道をひねればそのまま飲んでも安全な日本で過ごしてきたのだ。異世界の普通の暮らしが辛い苦しい。
「あー、魔法、そもそも使えなかったか……じゃあ、あれ」
エメラダさんは雑草の生えた森林の先を指差した。
つまり、よくあるフィールド上の魔物を倒してレベル上げしてMP上昇させるのか。流石、異世界。
「あの草食べるとMP増えるの。頑張って食べて」
はい?
私は言っている意味がよくわからなかった。MPを増やす草とか仮にあっても、もっと厳重に管理されてね?
そこらへんに生えている雑草にしか見えないんだけど。
「あの、みんな雑草扱いしているのが野生の魔力草なんだ。あれの噂を聞いた人間がたまに盗みに来ることがあるんだよね。でも、めちゃくちゃ苦くてまずいし、薬効も採取して一日しかもたないし、そもそも生じゃないと薬効が消えちゃうんだ。
盗みに来た人間に試しに食べさせたら、こんなことするんじゃなかった、って泣いていたわ」
めっちゃレアアイテムなのに、とても使いどころ難しいというか絶対使いたくねーやつじゃん。ていうか、拷問にしか使い道がないレアアイテムとは。
「これ、エルフの里だと、賭けに負けた時の罰ゲームとかに使われるの。凶悪なほどの苦味があるから。まあ試しに食べてみて。いずれにせよ、一番安全にMPを増やせるから」
エメラダは魔力草を手に取る。紫色のよもぎみたいな形をしていて、食べたらやばいな、という何かを感じた。
私に新芽から10センチメートルくらいを千切ったものを渡し、
「一番食べやすい箇所で、食べ切ったらMPが概ね1ポイント分くらい増えるかな」
とエメラダが説明する。親切に教えてくれて比較的な可食部を渡してくれいるのに、悪魔か魔女がニヤニヤしながら毒劇物を渡してきているようにしか見えなかった。
この世界の基本となる生活魔法を使えないと生きていくことすらできない、と心を奮い立たせ、口に放り込もうとすると、危険を感じて口の前で手が止まる。凄く……青臭いです。この臭いは、栗の木の花が咲き乱れているあの独特な臭いが漂っている公園で、その公園内で草刈りをしている時に近づいてしまったあの強烈な臭い。それが鼻の奥に存在するような臭いで、鼻うがいしてでも臭いを取り除きたい気分だ。
ああ、ダメだ。この草は食べたらダメだ。最大MPが増える前に最大HPが0になる。
いや、それは気持ちの問題だ。そんなわけがない。エルフの衛兵が毒草を食べさせようとするわけがないはずだ。
心を無にして、口に放り込み咀嚼する。
「ホントに食べた……あっ! 噛まずに飲み込んで!」
なんか、酷いこと言ってね?
う ゔぇ うぼええええええ!
舌が、舌があああ!捻じ曲がる!
あまりの苦さに、消化中の朝食と一緒に吐き出した。
「あれだけ言えば、流石にちぎって飲み込むと思ったんだけど……なんかごめん」
その後、エメラダの遅過ぎる注意事項の元、魔力草を飲み込んだ。後日、検査をするとMPの最大値はほんの少しだけど確かに上昇した。
そういうわけで私の食事前の日課として魔力草という名の、エルフの里では雑草呼ばわりされているものを、ちぎって飲み込むことが増えた。手間なんてものは本当にない。そこらの地面に生えているそれを10センチくらいの長さでちぎりとって、さらに細かくちぎり、ただ心を無心にして、ひたすら飲み込む。無心にしなければ、ものすごい苦さと臭いで心が折れる。そして、吐く。
その姿を見たエルフからは、やはり人間は頭が逝っちまっている、とか、罰ゲームで食べたことのあるエルフからは畏敬の念を放たれるようになった。
私は由紀の頭から手を離した。
「そういうわけでさ、魔法を覚える前段階でつまずいてさ、クソ苦い草を食べる羽目になったのさ。
それを耐え切れば、まあ、そこそこ魔法を使えるようになるんだけど、異世界行ってみたい?」
「いや、遠慮しとく」
由紀の目は死んでいた。
日が落ち、薄暗くなった。
もうすぐ、妻も来る。
「まあ、あんまり異世界に期待しちゃダメだ。あそこは生き残るのもやっとだったし……」
由紀にあんまりつまらない話しても可哀想なのだと思い、ちょっとした遊びを始めた。
私は手から小さな火花を散らさせ、宙に浮かべ破裂させた。
「でも、魔法も覚えたらいろんなことができて楽しかったよ。今のは花火を幻術で再現したんだ。ほら、こんなのもできる」
由紀の目の前で花火のナイアガラを再現する。色とりどりの幻想の火花と幻覚の音が、夏の夜空に消えていく。
由紀から息が漏れると、さらに、私は大空に指を指す。数十個の花火が打ち上げられた。
ーーー
美少女tsおっさんの長女 鈴木由紀
お母さんが迎えに来て、私を抱きしめた。
「心配したんだから」
お母さんの匂いはとても落ち着く。なんで家出したのか思い出すのもバカくさくなる。
「ごめんなさい」
「上がっていかないか?」
振り返ると、昔と変わらないお父さんがいた。美少女のかけらもない痩せ気味のおっさんだ。でも、なんか、元々のお父さんの方が落ち着くんだ。
「ごめんね、私明日早いのよ。由紀も明日から早かったんじゃない?」
お母さんから言われて、はっとする。部活の朝練が始まる。マジクソだ。
「そっかー、じゃあ仕方ないよなあ。じゃあ、これ持って帰って」
お父さんは、細長い取手付きの紙製の箱を渡してきた。ミスドだ。10個まで入る箱からは、甘い匂いが漂っていた。
こんなに食べられないのに、と思って、ああ、みんなで食べるつもりだったんだと気がつく。
「宏さん……、じゃあ帰るけど、また仕事が区切りついたらまた遊びに来るからね」
お母さんはたまにお父さんのことを名前で呼ぶ時はさん付けになる。それが妙に生々しい。まあ、仲がいいから良いんだけど。
それにしても、いつドーナツを買ってきたんだろう、そう思ってお父さんを見る。
お父さんの奥に薄らとピンク色の髪の毛をした同世代の子が、バイバイと手を振っていた。
どんな魔法を使ったのかわからないけれど、本当に不思議だ。賞味期限のシールも今日貼られたものだった。
本当に異世界から帰って来たんだ……姿形を変えてまで。
お父さん、帰って来てくれてありがとう。
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