おっさんの花金
いつも読んでいただきありがとうございます。
定時にきっかり仕事を終わらせてやった。
職場で面と向かって上司より先に帰るのは気が引けるが、テレワークだ。そして、花金だ。
アルバイト君もバイトリーダーも、契約社員、社畜こと正社員、公務員様(笑)も、クソ上司に役員、誰もが、
ああ、めんどくせー、早く家に帰って酒飲みてぇー!
と思っているあの日だ。
花金とは、花の金曜日、つまり、土日休日となっている方々の最終勤務日で仕事さえ終われば、ヒャッハーー!と雄叫びをあげて浴びるように酒を飲める日なのだ。
この日のために平日頑張って仕事しているんだ。まじで。
でもさ、仕事しなければ毎日昼間から酒が飲めるんだぜ……。
社畜って悲しいね。でも、お酒を飲むのにもオチンギンが必要なのよね、社畜だもの。
その他にも、賃貸費、携帯機器や通信回線の料金、食費、電気代、ガス代、灯油代、インドア人間でも必要な交際費、子供の塾や教材費、通学の交通費、私立なんて通わせたら学費もマジパネェ。
そういうわけで、社畜をやめらんねっすわ。
キーボードをタターンと打ち込んで、マウスをクリクリ、シャットダウン。
ヒャアアアたまんねええなあああァ!
エルフの里から戻ってきた最初の花金!
文明社会の花金だ!
久しぶりに一人でしっぽり日本酒バーにでも行きますか!
それとも、頭がカーと熱くなる焼き肉もいい!
あっちでは貴重だった油をふんだんに使った揚げ物、串揚げ、揚げたての天ぷら!
それらを贅沢にお酒のつまみとか、マジ最高!
あああ、想像するだけでよだれが……
そして、外に出ようとして姿見で服装をチェックする。
真新しいシンプルなユニクロの部屋着を着たピンク色のボブヘアーの美少女のだらしなくにやけた姿が映っていた。
あああああ!酔っ払って幻術を使いこなす自信ねええわあああ!
私は自分の能力を鑑みて、家でしっぽり一人飲み会をすることにした。
そのためには買い物だ。
私は錆の目立ってきた黒いママチャリのペダルを漕いで近所の大型スーパーに来た。
もう夕食の準備をするには遅いこの時間は、お惣菜に対して目に優しいシールが貼られる時間だ。目に優しいとは30%引きとか半額とか書かれたシールのことだ。モニターばかり見て疲れ切った目が急に視力を回復させる効果を感じる、あのシールだ。
鶏の唐揚げや天ぷら盛り合わせ、中華も一人暮らしで作るのは面倒だから惣菜で食べたくなるし、ピザなんかもいい。
小さい頃に行ったスーパーの惣菜のレベルを思い出すと本当に成長したよなあ、と思います。
そもそも、お金を出したら食事が食べられるとか、そんなのエルフの里になんてなかったなあ。
正確には、お金を稼いで食堂で食べようとしたら、追い出されたから食うことが出来なかったんだけどな。
エルフは冷たかったなあ……。
―――
魔物の討伐の手伝いをして、命で稼いだお金で、この世界のよくわからない植生をちゃんとした調理方法で調理した食べ物を食べてみよう、と思って衛兵長のハクラクからお店を教えてもらった。
そのお店に入ると、店員のエルフから
「ゴブリンに似た人間に食わす飯なんてねえんだよ!」
と、蹴り飛ばされて店の外に追い出され、また別のコック帽を被ったエルフにバケツに入った残飯を投げつけられ、合わせ技で魔法で冷水を浴びせられた。
とぼとぼと、ボロボロの馬小屋に戻っていくと、ハクラクが顔色を変えて走ってきた。
「お前、店で暴れて追い出されたって聞いたんだが、いったいどうしたんだ?」
「そんな風に見えますか?」
僕はいろいろな料理に使われた生臭い材料の臭いの漂った濡れた服を広げて見せた。
ハクラクは手を振って、見せる必要はない、と言ってため息を吐いた。
「いんや、きっと違うんだろうなとは思ったけれど、仕事柄聞かないといけなくてね」
「忠実に仕事をしてくれるなら、相手を処罰してくれるんですか?」
「長次第だけど……でも、わかっていると思うが、ここはエルフが作ったエルフのための里だよ。人間のための理はないんだ」
「そうですよね……なんでこんなに人間が嫌われているんですか?」
「長から君がこの世界の人間ではないと聞いている。多分、知らないのだろう。人間はエルフを誘拐して見世物にしたり、奴隷にしたり、酷い時には薬の材料として使われたりする」
私は、そりゃもう人間嫌われるしかないっすね、と諦めて相づちをした。
「まあ、お前さんには全く関係ないことなんだけどな。俺や一部の衛兵はお前さんの事情は知っているんだが、それだって正直なところ半信半疑だ。でも、俺は少なからず、お前さんがこの世界の人間とは違うんだなって思っているよ。仕事っぷりやエルフのみんなに対する態度を見ればなんとなくわかる」
そう思っていただけるだけでもありがたいっすわ。今日の魔物の襲撃に対する防衛戦だって、魔力枯渇したら下がらせてくれることなく肉壁にされてたしね。
「そういうわけでだな、お前さんの頑張りを称えて、飯でも食いながら酒でも飲もうかなと思ってだな」
ハクラクは真顔で、じゃじゃーんと効果音を口で出しながら懐から一升瓶と小包を取り出した。切れ長の瞳のイケメンエルフの表情は変わらないので、少し怖かった。
「エルフの里産の白ワインだ。あまり本数はないからあまり出回らないんだ。あと、この小包は俺が作った料理だ」
エルフの白ワインは、正直旨いかどうか私にははっきりわからなかった。専門家なら上手く説明できるんだろうけれどね。
ちなみに、ハクラクの手料理はめちゃくちゃ旨かった。食べたことのない料理ばかりだけど、不思議なくらい旨かった。多分、今の性別でエルフの里に飛ばされたなら嫁になりたいレベル。
本当にハクラクはいいやつだったな。
全世界共通で、胃袋を満足に満たしてくれる奴に悪いやつはいない、と私は思っている。
―――
ハクラクの料理と似たようなものはスーパーにはなかった。きっと、似たような材料もこの世界にはないのだろう。
鳥の唐揚げとパック寿司の半額シール付きの物を見つけて、さっと自分の買い物かごに入れた。
そして、一週間分くらいの生鮮品をかごに詰め、お酒コーナーへたどりついた。
そうだな、そういえば、甘い白ワインってあったな、と国産ワインのコーナーに行き、ナイヤガラというぶどうの品種を使ったワインを手にした。このワインはジュースかと思うほど甘い。でも、これがいいんだ。白ワインの味の奥深さを理解できていない私が美味しいと思える、唯一のワインだ。
レジを通した際、店員がボケーとした顔をしていた。そうだよな、花金だもんな。早く家に帰って休みたいよな。でも、スーパーで働く人はシフト制にしないと人員を回せないんで、明日も普通に仕事だったりするんだったかな。
私は荷物をママチャリの前かごにぶち込んで、帰路についた。
そういえば、幻術を使い続けて買い物をしたはずだけど、今日はあまり疲れなかったなあ。まさか、使い忘れとか……そんな平和ボケをするわけがないですか。多分。
―――
スーパー大徳 〇〇店 アルバイト 坂本一
小遣いのためとはいえ、高校に行きながらアルバイトは大変だ。
同級生のほとんどは、アルバイトなんてしないで普通に遊ぶ金なんて親からもらっているのに。
レジを任されて、ピッピとバーコードを読み取って、支払いはお客さんのセルフだからほとんどやることはないけど、それでも仕事って面倒だよな。
まあ、他人と自分の懐事情を比べて文句を思っても何もいいことはない。
って、なに正面にいる女の子めちゃくちゃ可愛くね。
何この神々しい感じ。ピンク色の髪が全然変じゃない。地毛のわけないのに、地毛にしか見えない。
肌も夏にしては透明感漂う白さだ。きっと、日焼けに注意をしているのだろう。
それなのに、ほとんど、いやノーメイク? すっぴん風メイクなのか。
妙に色気を感じるピンク色の唇に、二重瞼の大きな瞳。瞳はエメラルドがはまったような色をしていた。日本人か? いや、でも日本人っぽいのに、どうしてだろうか、似合っているというか、天然そのものにも感じる。
他の客もその子を気にして、めっちゃ注目している。
ああ、気にしてレジの読み取りが遅くなってしまっている。急いで読み取らなければ。
いやあ、役得だった。
あんな子初めて見たけれど、近くに引っ越してきたのかな。
あれ、おかしいな。
そうだよな、どう見ても、未成年なのに俺お酒売ってね?
ヤバくね?
いや、きっと、家族に頼まれたやつだ。
あんな子が、唐揚げをつまみにしてぐびぐび酒を飲んで、『ぷはー、うめえええ』なんて言っているなんて想像できない。
また来てくれねえかなぁ。
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毎日金曜日の夜だといいですよね。