美少女化おっさん、出社する
興味を持って読んでいただきありがとうございます。
テレワークのままのホワイトに私は勤めたい。
美少女おっさんの朝は早い。
まだ未明の時間にも関わらず、おっさんは布団から這い出て、洗面所に向かう。
「ゔぇぇえええええええ」
別に二日酔いでも、メス堕ちして妊娠したわけでもない。
理由は昨日夕方に遡る。
当時、感染症対策で世間がうるさくなり、テレワークを余儀なくされたおっさんは心の中では歓喜していた。これで、顔を見るのも嫌な課長やイケメンイケイケ優秀社員の顔を見なくて済むと。
そして、過去に戻って来たおっさんはまさにそのテレワークの真っ只中であり、美少女おっさん姿を誰にも見せることなく勤務できていた。
しかし、時は無情なもので、感染症が治まりつつある世の中に変わっていくと、
「久しぶりに出社して顔を見せてください。配布物もあります」
と、この世で何番目かに嫌いな課長からの指示が降りたわけです。
課長は選民思想の塊だ。よくわからないけれど、旧家の家系の者らしい。家系とか出身地を重視していて、出身大学も国立はカス扱いで、学習院大学、慶應義塾大学しか認めない。まあ、思い出せば、エルフみたいな思想の持ち主だ。
エルフも酷い選民思想の塊だった。
エルフは美男美女という見た目の上に、頭も良かったし、魔法の知識や才能にも溢れていたし、体力もあり、薬学の知識も造詣が深かった。
弓を使えば100メートル離れた的の真ん中を、涼しい顔で射抜いていた。
水浴びくらいでしか汚れを取っていないのに、奴らからはほのかな花の匂いが漂っていた。
それが彼らにとって普通なのだ。
異世界の人間も会う機会はあまりなかったが、まあまあ彼らもみてくれは良かった。
私は自分のことを醜男とまでは思っていないが、頑張っても評価は元々の世界の普通くらいだろう。普通の40歳のおっさんだ。
だから、この世界の彼らエルフから見れば、元々嫌っている人間の中でも選りすぐりの醜男で魔法も使えず、かと言って武器をまともに使えないやつが道を歩いていれば、いい顔をするわけがない。商店で目の前の商品を買いたいと言っても、その商品は売ってないとか言われたし、エルフの小さい子供が私に石を当てる度胸試しが30年ずっと続いたくらいだ。
ゴブリンとして間違えて殺されないだけ神様に感謝せねばならなかった。
まあ、その神様みたいな存在に、バグで無理やり強制異世界転移させられたわけなんだけどね。
そんな中、衛兵長のハクラクと同じく衛兵の少女エメラダは普段から私に声をかけ、他のものと分け隔てなく対応してくれた。意外にも気にかけてくれたのはエルフの里の超巨乳エルフのエリンだった。
里の長は、あまり私に冷たくすることはなく、困ったことはないか、とか、エルフの里のマナーと決まりを私の世界とは明らかに違うところをそっと教えてくれたり、魔法の使い方やテクニックで初心者がつまずくところを教えてくれたりと、まあ、私が無礼なことを時々思っていることを知ってはいるのに、手厚く気にかけてくれた。
里の長の能力である記憶を読む力で、私が異世界からやってきた普通の人間であることや敵意がないことを知っていることが原因なのだろう。
また、私の世界のことを細かく聞き、とても興味を持っている様子だった。
私が元の世界の話をしている時、何度か距離が近すぎることがあり、ハクラクやエメラダ以外に見られたらなんと言われるかわからなかった。
近くでマジマジと見えた里の長の顔は、どちらかというと妻の顔に近かった。その事は里の長に読み取られないように注意した。
しかし、まあ、課長の選民思想がどうこう言ってられない。
クビがかかっている。
ピンク色の髪の毛の15歳くらいの美少女が急に出社してきて、元々40代のおっさんの席に座り、我が物顔で仕事していたら、まともな思考の人はピンクヘッドの頭の中身大丈夫かと咎めるはずだ。
ちょっと頭のおかしい人が入ってきた、と警察に呼ばれて保護されてしまうはずだ。
そこで、私が頑なに
『ピンクヘッドの美少女=鈴木宏こと40歳のおっさんだ』
といくつかのエピソードと共にそう言い続ければ、少なからず私の関係者と思ってもらえ、最後は機密情報の漏洩の疑いでクビ待ったなし。
とりあえず、私は美少女になった、と誰も信じるわけがない。
そういうわけで、会社のくそ上司に、鈴木宏の姿が消えたこと、をバレるわけにはいかない。
方法としては、幻術と声真似スキルで乗り切る方法だ。
しかし、約8時間労働ずっと幻術だ。もしかしたら時間外があるかも、いや当然だ久しぶりの出社だから3時間以上の時間外勤務を押し付けられるはずだ。MPはきっと0を下回るかもしれない。命をMPに変えるつもりでやらなければならないだろう。
しかし、エルフの里で何度も乗り切った『お前の同族が入って来そうだから何とかしろ』と、1週間飲まず食わずのぶっ通しの警戒をした日々を思い出せば、24時間を下回る命だけは取られることのない仕事など、生ぬるい方だ。
そうだ……一日乗り切ればまたしばらくはテレワークが出来る……
私はそう自分に言い聞かせて、御用達のインターネッツの世界のユニクロで購入したシンプルな服装に着替え、仕事かばんとしている箱型リュックサックを背負って、玄関の扉を開けた。
―――
門 文太 株式会社メディアート 設計開発課 主任
誰も希望していないテレワークの一時解除で、顔合わせて勤務とか、うちの課長あたおかだろ。
クズの顔見ないで、自由気ままに勤務して仕事できるとか、出勤時間ゼロとかマジ効率いいじゃん。弊社の仕事さ、設備維持に関する仕事くらいしかさ、出社する意味ないじゃん、て思っていたらさ、コロナのおかげで国を挙げてのテレワーク推進で、一気に日本中から馬鹿みたいに絶対出社しなければならないという考えが消えた、と思っていたらさ、一部の頭が固くて口だけでかいバカが騒ぎ立てて物理的に出社させようとするんだよな。
確かにサボりができるようになったから、会社としての実績は若干悪くなったらしいが、サボりは個人の問題だし、むしろそいつらだけ出社させろよ、タコスケども。
俺は隣に座って作業を始めた同僚に目を向けた。
鈴木宏、どこにでもいそうな名前の40歳くらいのおっさんで、細身で、髪の毛が薄くなってきた、どこにでもよくいそうなおっさんだ。
仕事以外で何も話すことはない。
鈴木さんはあまり喋らないタイプの人間で、一応結婚して子供がいるくらいしか、個人的な話は知らない。
俺もあまり興味がないから、あまり深くは話をしたことはない。
仕事の腕は俺には随分と劣るが、一般的には並だ。悪くはない。
机を並べて仕事をするのは、きっと、半年もないだろう。
俺は別件の大口のプロジェクトリーダーの打診がされているし、他の会社からも、うちの会社よりも遥かにいい条件で転職を打診されている。
まあ、優秀な俺と隣で働けたことを生涯誇りに思うん……。
何このおっさん、めっちゃいい匂いしねえ?
やばくね?
何これ、何の花の匂いかわからないけど、甘いのにいやらしい感じがしないし、年齢不相応の感じもない。
すごくセンスのある香水を……いや、こんな香水聞いたことないぞ。こんなもの、出回っていたらすぐに話題に……。
もしかして、このおっさんの体臭そのものなのか……
く、くそおおおおお!
引き抜かれたら、この匂いをもう二度とかげなくなる……って俺は一体何を考えていたんだ!
やばいやばいやばいやばい!
鈴木さんの周りにお花畑が見える!
そもそも鈴木さんが花の妖精に見えてきた。あたまが桜色の、いや、そんなわけが、鈴木さんは鈴木さんだ、ただのおっさんだ。
でも、ああ、お花畑がああああ!
ーーー
イケメンで仕事できる門主任が息を切らして私を睨んでいた。
なんかやらかしたか?
幻術を使いながらの仕事は少し大変だが、昔よりは動きはいいはずだ。
それにこの体のスペックはかなりいいみたいで、シングルコアのパソコンが急にコアが4つくらい増えたような頭の冴えっぷりだ。エルフの里でこのくらいの頭の良さだったら、もっと魔法のノウハウを覚えられたかもしれない。
門主任が私を見て親の仇でも見つけたような苦しそうな顔をしていた。
とんでもないミスをして、それに門主任が気づいてブチ切れそうなのか、いや既にブチギレている顔をしている。
「門主任、何か、私の方で問題を起こしましたか?」
「い、いや、なんでもない……すまん、体調が悪いみたいだ」
門主任は立ち上がり喫煙室に向かって行った。
「体調悪いのに煙草なんて……いや、心が休まるなら仕方ないのか……」
私は引き出しから取り出した、トッポを一本口に咥えた。噛む度にポリポリといい音を出す。このチョコレート菓子の旨さ、マジ反則だわー。
正面の画面に映るピンク色のボブヘアーの美少女がトッポを咀嚼している姿をじっと眺める。
眼福ですね。
これが私の姿じゃなければね。
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