かくれんぼ みぃつけた
興味を持って開いていただきありがとうございます。
懐かしい天井だ。ニコチンで燻された跡がある。
クンクンと匂いを嗅ぐと、木々の匂いは全くなく、真新しいカップ麺の匂いが部屋に漂っている。
夕日に差し掛かる前のまだ明るい時間帯。
緑色のざらざらした壁。まさに安アパート感が漂う。
体を起こしてテレビを見るとテレビはYouTubeの待機画面が映っていた。
戻ってきた。心は70歳くらい体は40代。おっさん帰って来たよ。
エルフにはしっかり仕返しをしたいから、おいら絵の勉強をするんだ。あいつらをネタにした薄い本を熱くしてばらまきまくってやる。こういう妄想をした頃合いにいつもエルフの里の長が横切るのだが、もうそんなことを考え怯えることもない。
自由ゥ! 思想の自由って素敵ッ!
しかし、体が寒い。体だけ死んで帰って来たとかなら笑えないと思って体を触ると、体は全裸です。
補償の方、服くらい着せておいてくださいよ、と思って、単身赴任者に必須の姿見が視線に入る。
ちなみに単身赴任者に姿見が必須なのは、服装が変でも注意してくれる家族とかがいないから、マジで姿見がないと社会人として恥ずかしい格好で出歩くことになる。
その姿見にはですね、ジュニアアイドル顔負けの髪がピンク色で14歳か15歳くらいの美少女がいるわけです。全裸の。
補償の方、それは犯罪じゃないですか。美少女を飼いならしてくださいとか、まじ犯罪、そもそもそんな趣向ないし。
私は右手を上げると、美少女は左手を上げた。私は左手を上げると、美少女は右手を上げた。コマネチ、コマネチと動くと美少女JCもコンマ数秒の狂いなく同じく動く。
つまり、あれだ、間違えて全裸の私が、全裸の美少女と一つの屋根の下にいたわけではない。
全裸の私=全裸の美少女
ということだ。
私は全裸の姿のまま窓の側へ近づき、大空を見上げる。
そりゃないっすわ……。
元の世界に戻ったら美少女JCの姿になってましたとか、マジいらね。
こっちは既婚者だぞ。そんな補償希望してない。
補償会社の方、あなた勘違いしている。確かに私の趣向はTS系のアニメとか漫画ですよ。現実でTS希望のわけないでしょ。現実だと困るじゃん。戸籍とか周りの知っている人とかさ。だから、そういうのはフィクションで、困っているところをニチャと楽しむのですよ、ユリユリしているところとかさニヤニヤして見ればいいんですよ。
現実はダメだ。
補償会社の方、私を観察していたら今すぐ元に戻してくれ!
数時間そんな願いを祈りながら、私は布団の中に引きこもっていた。
布団からはい出て、姿見に映るのはやはり中学生くらいの美少女。
身長は150センチメートルくらい、胸はまだ小さい、しっかり腰はくびれている。髪はピンク色のショートボブ、陶器のように滑らかな肌、くっきりとした二重まぶたにきらりと光るエメラルドの瞳。どう見ても人間世界の上位に入り込む美少女っぷり。これからの成長を期待したい。
でも、違うんだよおおお!
元のだらしない40代のおっさんの姿が鏡に写ってくれていることを希望しているんだよ!
このあざといピンク色の髪とか、ニコリと微笑むと頬を赤められて目を離せなくなるような笑顔とか、薄い本なら淫乱メスガキとして扱われるの待ったなしだろ!
こんちくしょーと怒鳴りながら、壁に頭を打ちつけた。
頼む、戻って来てくれ、私のまともだった頃の頭!
きっと、頭がどうにかしているからこんな幻覚見ているんだ!
隣からうるせーハゲ、バカやろーと壁ドンをしてくる音が響いて、神は言ったではないですか、隣人を愛せよ、と。エルフの里では隣人の子供から石投げられたわ。でも、ハゲについては言葉にしてはならない。それだけは戦争になるぞ。
この姿で、どうやって妻と会う?
会社にどうやって通えばいい?
子供はどんな反応する?
普通の人が、40代のおっさんだったけど美少女JCに見た目が変わっちゃいました、てへっ、なんて信じるわけねえだろおおおがああああ!
髪の毛の色見て、頭の中もピンク色なんですか、なんて言われるに違いねええ!
まあ、冷静に考えよう。間違いなく、こんな美少女JCが全裸で40代のおっさんの家に上がり込んでいたら犯罪の匂いは感じ取りますよね。
また現実逃避と元に戻る僅かな希望を持ちながら布団にもぐりこんだ。
ちなみにうちの妻、嫉妬深いんですわ。
デートで違う女の子に目が行っただけで足を踏まれた。この年になって保険の女性外交員から声をかけられただけでも悪態をつかれる。
なので、女性関係には特段の注意を払う必要があるのです。
特に妻の敵は可愛い系のアイドルだ。アイドルが出ているテレビ
を見ていたら、超不機嫌そうな顔つきで「あざといんだよ、アバズレども」とチャンネルを変えられた。
そんな妻の夫にですよ、アイドルのような顔つきの、いやアイドル軽く超え顔面偏差値の全裸美少女が単身赴任先の自宅にいるとか、説明する暇なく離婚待ったなしですよね。
ほんとエルフ並みのこの顔つき……耳以外エルフのような美少女っぷり。エルフども、ここまできて私の足を引っ張るのか!
呼び鈴が鳴る。
妻は唐突に、来ちゃった、と単身赴任先の私の家にやってくる。変な虫がついていないか確認するためなのか、それともこの現れ方がウケがいいと思っているかはわからない。とりあえず、普通に迷惑なのでやめてほしいです。部屋汚かったり、そもそも不在だったりするしね。
その妻は、夕日が落ちた頃のこの時間に大体やってくる。
頼む、私の勘、間違いであってくれ。
呼び鈴が止まると、テーブルの上に放置していた懐かしのスマートフォンの呼び出し音が響いた。
「なんだ、いるじゃない」
とアナウンサーみたいな綺麗な発音をする声。妻の声だ。
畜生。約30年、エルフの里の中、言動をちょっとでも間違えれば死が待っていたところで培った危険回避の勘がやはり冴えてるじゃねえか。まじ、畜生。
妻はシリンダー錠を開けて、スイスイ部屋の中を進んでくる。
何度も来ている部屋だし、狭い部屋だから直ぐに奥までたどり着いてしまう。
布団にできるだけ体が薄くなるように隠れた。もしかしたら、不在だったかと思って帰ってくれるかもしれない。玄関にはチェーンロックをしていなかったのだから。
「寝ているのかなぁ」
妻の手が布団の端を握った。くそ、押し入れに隠れておけばよかった。顔を白塗りして口から吐血したような痕をつけてブリーフ履いて押し入れに隠れたらワンチャン行けたかもしれない。
補償会社のやつ、この状況を見ていて放置しているなら絶対に既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙離婚届を叩きつけられるRTAを楽しんでいるに違いない。
布団の重量が徐々に軽くなっていく。
緑色の紙が私に叩きつけられるのは後、何秒だ。
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