強制異世界転移に関する補償の受給について
興味を持って開いていただきありがとうございます
短編分くらいしか、書き溜めはありませんので、毎日更新は次の話で終了します。
白い世界に二人のスーツ姿の男性がおり、私に対して土下座していた。
久しぶりに見たスーツは高価なブランド物ではないが、しっかりとプレスされており、ピンと張っていた。
「大変申し訳ございませんでした」
床に額をこすりつけていた男性は隣の男性の土下座甘いと思ったようで、さらに後頭部を手で床に押しつけ、擦り付けさせた。きっと、擦り付けさせている人は上役なのだろう。でも、なんで謝られているのかわからない。
すると、上役様の人は慌てて私に、
「私は異世界転移等にかかる補償をしている会社のもので、こちらの方は用件があって別の地球人の異世界転移を担当したものになります」
彼らの説明を聞くと、要するに本来異世界転移をするための魔法によって、目的の人は無事転移できたけど、その魔法に歪ひずみがあって、私がその歪みによって同じ異世界へ、しかも変なところへ無理矢理転移させられたということだった。
まあ、運が良く異世界の言葉が自動翻訳されるという能力は付加されたようだった。
多分、この能力がなかったら、40代で全く知らない言語を一つ覚えなければならない事態になっていたと思う。
残念ながら、頭から出血している異世界転移を担当した彼は、その歪みに気が付いて後の転移については修正したものの、私同様に歪みで飛ばされた多くの人については知らぬ存ぜぬ、で突き通していた。
しかし、異世界転移をして別世界を救ったら戻ってこれる系の人と協力して『歪みで飛ばされた人』が一緒に目的を達成して帰ってきた。その際に異世界転移から戻ってきた場合の褒章等をする者に、その歪みによる被害が暴露されたとのことだった。
それで、他の『歪みで飛ばされた人』を救出及び補償するために彼らが働いているということだった。
私にやらかした異世界転移をしたものの頭が床から少し高くなったのか、補償会社の人はさらに手で床に叩きつけた。床には血がたらたらとあふれてきている。
地表と空の境界が曖昧だけど、出血の付近ははっきりわかる。白い床におびただしく血溜まりができて怖いんですけど。なんか、切ってはいけない血管切ったんじゃないか、と他人ながら心配になる。
「あなた様にはとてもご迷惑をおかけしました。できるだけ早く救出したかったのですが、何せ人数が多く簡単には把握できませんでした。あなた様が寿命の尽きたころに私が気づき、この仮の白い世界へ連れて今に至ります」
私はやはり死んでいたらしい。
体を見ようとしてもぼんやりしていて、はっきりしなかった。
結局、妻や子供の元には帰れなかったのか。
なんだか、脱力してしまった。エルフの里で蔑まれたあの30年は一体なんだったのだろうと。
「そういうわけでしてね、私の会社である補償会社は出来る限り、あなた様の心情に乗っ取って補償をします。もちろん、これ以上のことはできない、というものもありますが、本来あなた様が享受すべきだったものを得られなかった、慣れない世界でのあなた様の苦しい年月を艦見してできる限りの補償をします」
補償会社の人はまた床に頭を擦り付けて土下座をした。
ふと、この光景を見ながら、私の頭の中で警告音が鳴った。エルフの里で培った、危険察知する能力だ。
多分この人たちは神様というか、人間では理解できない高次元の何かなのだろう。そんなものでなければ、世界から世界へ人を飛ばしたり戻したりだなんてことはできない。
私の目の前にいる二人も、私の元いた世界の基準に見合わせた格好をしており、文化に合わせた態度を見せているだけなのだろう。
してくれると言った補償に対して、とんでもない補償を申し立てれば、恐らく私は『見つからなかった』として処分されるかもしれない。そもそも、異世界転移させた側のミスと言われているが、そもそもなんらかの理由で試そうとしているのかもしれない。
エルフの里でもあった。言葉にない、雰囲気を感じ取らないと、死ぬというタイミングとか、血祭りにあげられるタイミングだ。出来ることならば沈黙を保持、仕方なく言葉を選ぶ時は慎重に。
とにかく、言動に気を付けよう。
補償会社の人の顔は見えないのに口の先が吊り上がるように見えた。
きっと、私の心の声もすべて聞こえているのだ。それに、同じようなことがエルフの長もできていたのだ。エルフが人知を超えたものたちに置き換わった。仮に私が補償を受ける側だとしても、立ち位置を決して間違ってはいけない。
「どのような補償をお求めになりますか」
さて、補償会社の人から言われても思いつくものは、
『元の世界に戻りたい』
ということくらいしかない。
考えればきっとたくさん出てくるのだろうけど、下手なことを考えるとただ消されるだけだと思う。
最小限度であれば、
『異世界に飛ばされて直ぐの世界に戻りたい』
というものだろうか。
補償会社の彼は少し驚いたように
「たったそれだけですか」
と言った。やはり心の声は丸聞こえだった。やっていて良かった進研ゼミ、と思う。特にお世話になったスーパー赤ペン先生のエルフの里の族長エリンさんには感謝だ。本当に、エルフの里での生活中の初期の頃にされた出荷される豚だとか見るような視線が懐かしい。
ちなみに、赤ペン先生の赤は、血の赤だ。
「異世界で得た能力とか、終わらない寿命とか、なくならないほどの財産だとか大体の方は追加で頼まれたのですが」
そんなもの頼めば絶対余計なことになるじゃないか。
異世界で得た力なんて絶対悪さすることにしか使えないだろうに。終わらない寿命とか終わりがないことが終わりみたいなことになりそうだし、とんでもない財産があったら国にハイパーインフレが起きて大変なことになる。
「いえ、全くこちらの含みをなしに、全然あなた様のご希望が少なすぎるのですよ」
補償会社の彼は私の顔をのぞき込みながら、考え込んだ。
何か、頭の隅々まで見られているようだった。
「あぁ、そういう趣向をお持ちですか。わかりました。私としたことが配慮が足りなく申し訳ございません。あなた様であれば異世界で得た能力は悪用せずうまく活用されると思いますのでその分と、あなた様の趣向を鑑みたを補償にさせてください」
え、なんすか、私の趣向とか。
エルフとの蔑まれた共同生活の記憶を見られて『Мなんですね』とか思ってませんか、全くそんなことないですから。エルフの子供から石を頻繁に投げられたり、時々家畜のフンを家の壁に投げられたり、草原で横になっていたら踏みつけられたり、寝ているか死んでいるか確認するために深夜寝ている時に壁を蹴られたり、食事処で近くに座ればものすごく嫌な顔をされたり、モンスターが里を襲いに来たら装備渡されず最前線に立たされたり、とにかく喜び案件ではありません。
「大丈夫です、そういう趣向の方は多く見ております。恥ずかしがる必要はありません。その補償をつけて元の世界にお戻しします。」
絶対勘違いしている。元の世界で妻にハイヒールで踏まれる生活とか、いや一度はそんなプレイあってもいいかな。多分、絶対似合うな、そんな恰好。
そんな馬鹿なことを考えていると、徐々に白い世界はより白くなって、何も見えなくなった。
感想、ブックマーク等ありがとうございます!
こんなにブックマークや評価してもらえると思っていませんでしたので驚いています。
誤字脱字報告も本当に助かります。