美少女おっさんの年休 終わり
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あの蒸し暑い夏の日、エルフの里に近づく冒険者たちを恐怖に陥れて、撃退した。
物陰に隠れながら、近づいてくる冒険者を落とし穴にはめて、幻術を行使した行為、本当に成功するかどうかなんてわからない。やらないと、エルフの里で殺されるかここで冒険者に殺されるかの2択だった。
私は、あの日、何とか生き残った。
そして、現代の日本に帰ってきて、2名の男に追いかけられていた。
彼らは紺色のスーツみたいなものを着て、その上に布で保護された金属製のプレートをつけていた。
どちら様ですか、と聞いたら、『大阪や』と答えそうな職業の方々だ。
「待ちなさい!」
「道の駅内公園で若い女性一名、声かけ時やにわに逃走。応援願う。現在公園から……東方向、市道を東方向へ逃走、特徴にあっては……」
こんなクソ暑い日に防護衣と制服を着たお巡りさんに追いかけられていた。
怠学(正当な理由がなく、学校を休み、または早退などをする行為)の疑いをかけられて補導されそうになったのだ。
こんな平日の午前中、中学生にしか見えないこの童顔っぷりと勉強しなさそうなピンク色の頭の女の子が公園でぽつねんと本を読んでいるとか、普通おかしいよね。公園に出かける前に、私、気がつけよ。
いずれにせよ、お巡りさんに疑うな、と言う方が無理。私がお巡りさんでも絶対職務質問するわ。
私のような天然の不審者が思う職務質問からの早い離脱方法は、お巡りさんに付き合って、身分証出して説明したり、手荷物の確認に協力することが一番早くてスマートな終わり方につながる。身分証を出さなかったり、手荷物の確認を拒否して急に立ち去ろうとすれば、お巡りさんの立場からすると『あれ、こいつ逃げようとしてね? 怪しくね?』となるのだ。
警察官に身分証を見せないということは、『名前や生年月日だとかを警察に知られると不味い立場の人だ』と警察官に言っているのと同じで、急に立ち去ろうとすれば『警察官から逃げないと不味い立場の人間か覚せい剤とか刃物等の禁制品や盗品を持っている可能性がある』と思われるだけなのだ。
そんな風に理解している、プロの職務質問経験者という名の天然の不審者が、あえて何故逃走をしているのか。
身分証の写真と顔が一致しない。
身分証の年齢と見た目の年齢が明らかに違う。
仮に服を脱がされて確認されることはあり得ないと思うが、身分証と実際の性別が違う。
説明つかなくね?
異世界から帰ってきたら美少女になってました、と誰か説明したところで、こいつ嘘言っているよね、と思われるのが関の山だ。
誰が異世界から戻って来たとか信用するの?
そんなことお巡りさんが信用したら世も末だよ。
嘘言っていると思われなくても、『ああ、病気の人だね』と思われて保護されてしまうだろう。
ああ、せっかくの休みが無駄に終わる。
嘘の身分証を幻術で作って逃げ切る方法もあったけれど、過去のぐいぐい嘘を見破ろうとして聞いてくるお巡りさんの姿を思い出すと、どこかでボロを出して変な矛盾を言ってしまいそうな気がした。
そういうわけで、私は近づいてきて声をかけてきた2人のお巡りさんに気づいた瞬間、ベンチから立ち上がって全力ダッシュを始めた。
遊具や柵を乗り越え、車と車の間をすり抜けて走り抜け、路地に曲がる瞬間に幻術を使い、お巡りさんにはまっすぐ走っていくように見せ、やり過ごした。
「補導でこんなに必死に逃げるわけない。禁制品所持か、組織売春か、闇バイト系かもしれない」
走りながらお巡りさんが話し合っていた。
そうなるよね、間違いなくそうなるよ。
迷惑かけて、すみません。
お巡りさんからの逃避行を終えた時には、じっとりとした汗が噴き出して肌にシャツが張り付いていた。
風呂だ、風呂に入ろう。
近くに銭湯があったはずだ。
私は路地から別の路地に出る瞬間に幻術を使い、元のおっさんの姿を身にまとい銭湯に向かった。
そういえば、男湯か女湯どちらに入るべきか悩んだが、近所の銭湯だったら、ほとんど高齢者しか使っていないので、どちらに入ってもあまり気にするものではないだろう。失礼かもしれないけど、若い女性が入っている温泉や銭湯だったら倫理的な問題を感じるが、まあほとんど人が入っていなく高齢者ばかりの銭湯ならば、まあそこまで気にする必要ないと思う。逆に、高齢者に性欲を感じている方であったら話は別だと思うが。
まあ、今はお巡りさんにも追われているのでおっさん姿のまま銭湯に入り、男湯に入る。
広い浴槽で体を伸ばすと日頃の疲れが取れるような気がした。
夕暮れになり、近所のスーパーで買い物を終え、アパートに帰ってくる。もう流石にお巡りさんに追いかけられていないだろうと、共用部分の廊下で幻術を解いて、302号室の自室に歩いていく。
自室の前で鍵を取り出していると、不意に横から声をかけられた。
「あのー、どちら様ですか?」
妻だった。
ヤバい。体中から汗が噴き出てきた。今はどっちの姿に見えている。妻の声から考えれば、現在は帽子を深めに被ったピンク頭の美少女姿のはずだ。
すぐ、その場から離れるべきか。いや違う。そんなことすれば、私となんらかの知り合いと思われてしまう。美少女と夕暮れ以降の時間に自宅で会う、だなんて普通に考えてヤバい。離婚案件だ。
「私の部屋ですけど」
私はそう言って、鍵を差し込んで、鍵を回そうとする。
「あれ、回らない」
私は部屋の番号札を見る。
「あっ、部屋を間違いちゃいました…… す、すみません。えっと、あなたの部屋でしたか。失礼しました」
私はそう言って妻の方へ頭をぺこりと下げる。
「いいのよ。誰にでも間違いはあるから」
妻の許しを聞いて、顔を上げる。
そういえば、妻は可愛い系の女性が嫌いだ。めちゃくちゃ嫌な顔をしているに違いない、と思っていたのだが、そんなに嫌な顔はしていなかった。むしろ、なんか、『怖がらなくていいのよ』くらいのことを言いそうな感じの優しい顔をしていた。
そうか、可愛い系の顔の女は嫌いだ、と言っていたけれど流石に女子中学生にまで敵意を飛ばさないか。
私はその場から一つ離れた部屋の前に行き、幻術を妻に見せた。
妻には私が隣の部屋に入っていく姿が目に映るようにし、私の姿は見えないようにした。
「……あんな子、隣に住んでいたかしら」
ぼそりと妻がそう言いながら、私の部屋の錠を開けて玄関ドアを開けた。
妻の記憶力ぱねえな、マジ気をつけよう。
30分くらい時間を空けてから、妻がこっそり待っている部屋に幻術を使って帰る。
私は妻がいてびっくりしたという様に、演技する。
「あれ? なんで私が来ているってわかっていたの?」
やはり、妻からすればそんなに私が驚いているように見えなかったようだ。
「前に近々遊びにくるって言っていたから、多分そろそろ来るのかなって」
妻は勘がいい。いつ、自分の現在の美少女おっさん姿が露見する羽目になるのか、本当に心配だ。
早い段階で長女の由紀と協力した上で、上手く妻に話をしたいのだが……。
本当になんとか離婚しないように話を進める手立てを考えなければ……。
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