美少女おっさん そうだ年休を取ろう
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朝起きてカーテンを開けると、今日も暑くなるな、と見渡す限りの快晴の空が広がっていた。
なんで仕事しなきゃいけないんですかね。
こういう天気のいい日は、仕事を休みにしてエアコンのある部屋でボケーとしたり、エアコンの効いた喫茶店で冷たい飲み物を飲みながらボケーとしたり、空調の効いたショッピングモールをうろうろしながらボケーとしたい。
おっさんの考えることは、家庭のことがなければ、快適なところで心穏やかに過ごすことぐらいしかないのだ。
でもなあ、魔法を使えば自分の周りくらいは涼しくなるから、歩くのが気持ちいいくらいの丈に管理された芝生の上を踏むのが楽しくなる公園とかもいいな。陽射し避けの木々がある、そういうところにベンチでさ、昔好きだった小説家の単行本を読むとかね。コンビニのコーヒーメーカーで作ったアイスコーヒーを飲みながらとか、その後は少しいい汗かいた後に銭湯に行こう。たまには全身を伸ばして入れるお風呂に入ろう。うん、そういう過ごし方をしたい。
家から歩いて20分くらいのところに、道の駅に併設された大きな公園がある。そこなら手軽に行けて、自然いっぱいな雰囲気を味わえる。何よりお金の匂いの強めの道の駅の側だから、芝生も綺麗に管理されている。
そこだ、そこにしよう。
私は外に出かけるため、いつものシンプルでベストな格好をする。大体いつも同じ格好の服を買っておけば、今日の服何にしようと考える必要がない。汚れの目立たない黒色系の長袖のTシャツに……ああ、日光で暑苦しくなるから淡い色に……。ズボンはカーキ色のカーゴパンツ型のジョガーパンツ。ジョガーパンツ、一度履くとやめられない快適性でおっさんの頭がとろけそうなんだ。ミリタリーファッションが好きだとかそういうわけではないけれど、ダボダボなカーゴパンツの着心地にハマってしまうと、ぴっちり系のスキニーパンツなんて着れない。肉体がだらけたいと言っているような気がしてね。
でもさ、この美少女の体はぴっちり系のスキニーパンツも体にグッと来るんだよ。やはり、若さってすごい。水も弾く皮膚とか、本当にやべっすわ。仕事で着ていく用のちょっときっちりした服を買った時に、スキニーパンツの丁度良い締め付け感に感動したのだ。
そんなわけでスキニーなカーゴパンツを追加で買ってしまってね、マジ散財だわ。
服を考える必要がないようにする、という考えはなかなか難しい。アップルの創設者みたいな思考の持ち主のように、私もその境地に到着したいものだ。
ブラ? パンツ?
スポブラとボクサーパンツでいいんだよ、そんなの。誰に見せんだよ。中身40歳のおっさんが、ブラとパンツにこだわってしまって、それを事情を知っている中学生の娘に見られたらどうすんだ。家庭崩壊だぜ。
というか娘だって普段スポブラしかつけてない。そんな娘が気合い入れなきゃいけない用のブラを買うからお金欲しいと妻と話をしていたのを聞いて、おっさんは女って大変だなと思うわけですよ。
そういう風にして出発する準備ができた。
次は年休の申請だ。
今はいい時代になった。10年くらい前なら年休を申請するのも、上司や先輩の顔色を伺ってヒヤヒヤしたもんだ。
ブラック企業だとかブラックな業種への就職を避けるようになり、官民共にワークライフバランスの充実を目指すようになった。いわば、仕事もプライベートも充実できるように目指しましょう、という理念のもと、年休を最低でも半分の日数くらいは取りましょうとか、育児休暇とってください、とか、体調悪いなら病休とれ、とか、働きすぎな人たちへのテコ入れがある。
まあ、だからといって仕事が減るわけではないんだけど。
私は就業時間直前にクソ上司に休暇申請のメールを送った。
多分、クソ上司も舌打ちしながら『クソ部下が』と罵っていることだろう。
でも、私の仕事の進捗状態や、今年の年休消化率を見ても、年休申請に文句を言うことができない。むしろ、数日前にメールで休めと送られて来たくらいだ。
まあ、文句を言われるとしたらタイミングだ。なんで今日の休みを今日申請するのかと。テレワークで一日中仕事のふりしているやつよりずっといいじゃないか。ちゃんと、申請するだけさ。
本当にいい時代だ。子供の運動会や学芸会だって休むことすら出来なかった日々を思い出すと、外がいい天気だから、で休みの申請が通る本当にいい時代になった。
パソコンを閉じて、ウェーイと言いながらノリノリなステップを踏んで玄関に向かう。
壁ドンの音に、サーセン、と謝って家を出る。
幻術を使って外に出ようかと思ったが、40代のおっさんが平日の日中からダラダラ歩いているだけで周囲の視線が痛い。
つば付きの帽子を深く被って、外に出ると日差しが痛いし、熱風も感じる。
幻術どころじゃねえ、と魔法で体に冷風をまとわせる。
セミの鳴き声や街の喧騒がとても心地いい。
通り道にあった本屋に入り、私が好きな字数が日本で一番少ない小説家の単行本を見つけて購入し、コンビニでアイスコーヒーの一番でかいサイズを買い、お目当ての公園のベンチにたどり着く。
ベンチに座り、コーヒーを一口飲み、キーンと冷えた液体に体が震えた。
本を開いて、文章に集中する。
こんな休みの使い方もあるとか、本当にいいもんだな。
遠くに街の雑音や鳥の鳴き声、時々揺れる木々の音、心地よさで、心がどこか遠くに行ってしまうような気分になる。
目を伏せて、本に集中していると、近づく足音が聞こえてきた。
この重たい感じは男、2人。
接近してくる男たちの動きは、明らか私の方に向かってきているようだった。
おっさん、近づく人には良い思い出はない。おっさん狩りという名のカツアゲか、ロクでもない何かだ。
冷風の魔法を止めた。蒸し暑さが急に体を包み込み、じわりと汗を感じた。しかし、殺し合いが始まる時、自分の魔力の動きは、相手の魔力の動きを読む際の致命的な誤差を生む時がある。
エルフの里での約30年、何度その誤差で死にかけたか……。
ここは平和な日本とはいえ、万が一魔法を使える何かが近づいてきている可能性は否定できない。油断は禁物だ。
そもそも、体中に冷風をまとっていたら、近づいてくる人間が怪しむ。
そうだ、あの日もクソ蒸し暑くて汗だか冷や汗が滲む、酷い一日だった。
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