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3月17日(金)_これは恋と呼べるのか?

 くるるは自室の床でスマホとにらめっこをしていた。

 昼すぎ、春休み初日だというのに、どこに出かけるでもなく。


「むむむ……」 


 眺めているのは昨日の写真たちだ。

 教室で理央たちとの集合ショット。そして、海で撮ったものも。

 江ノ島の海を背景にボーっとしている解人が映っていた。魂が抜けたような顔に、くるるは頬を膨らませる。

 本音ゲームをしてからというもの、解人は固まったパソコンのようだった。触れど叩けど反応を返さない。

 くるるは知りたかった。自分の本音に対して彼がどう考えていたのかを。



 ◇ ◆ ◇



 解人は知りたかった。くるるがどういうつもりであんなことを言ったのかを。


『ずっと一緒にいてよ』


 あの言葉の真意が分からない。

 解人の心は江ノ島の海に囚われていた。

 このまま家にいてもモヤモヤするだけだと思った解人は気分転換に駅前までぶらついていた。

 駅ビルをひやかし、ハンバーガーショップで腹を満たし、ロータリーを徘徊しているところだった。

 解人は昨日のことを思い出す。


 昨日の本音ゲームは、本音を言ったら相手が一歩進むというルールだった。

 そして、くるるは『ずっと一緒にいて』と言ったあと、こうも言った。

 一歩進んで、と。

 つまりは、一緒にいてという言葉が本音であるという宣言であって。


 友だちとして、だよな?


 解人にはくるるが考えていることが分からなかった。友だちとしてでないのなら、それは。

 混乱した頭で解人は思い出す。

 以前、剛志との会話で言われたことを。


『つまり、恋だな』 


 あのときWeb辞書で調べた『恋』のページは、ブラウザのタブにまだ残っている。

 恋慕と書いてあった。

 もはや特別に思っていることは疑いようがない。それについては認めるところだ。

 けれど、それが恋なのか? と問われると固まってしまう。

 

 たんに自分に親しくしてくれた女子のことが気になってしまっただけじゃないのか。

 それは恋と呼べるのだろうか。


 恋愛経験のない解人には分からなかった。

 くるるの言葉の真意も、自分の気持ちの正体も。

 こんなときに相談できる誰かがいればいいのだけれど、と解人は友人の顔を思い浮かべる。

 剛志……は、価値観が違いすぎて、相談したところでスッキリ解決とはいかないのでは、と解人は思う。話を聞いてくれるいいやつではあるけれど、今回の悩みにはマッチしていない。

 それに、剛志とくるるは特段に仲が良いわけでもない。


 恋愛に関して頼れて、くるるのことも分かるような誰か。


「お? 明石じゃーん。よっすよっす」


 意識の外からかけられた声に、解人は遅れて顔を上げる。

 明るい髪をアップにまとめて化粧をバッチリ決めたギャル。

 私服姿の理央がいた。

 解人の脳裏で点と点が結ばれる。


「高馬さん、時間ある?」



 ◇ ◆ ◇



「やー、真剣な顔するからビビったわ~。ワンチャン告白かと思ったw」


 理央がからかうように言ってくる。

 駅前ロータリーのはずれにちょこんと設置されたベンチに、二人は腰掛けていた。


「剛志の彼女にそんなことしないって」

「えー? じゃあ、あたしがフリーだったら恋しちゃう?」

「恋……? 別にないかなあ」

「否定早すぎてウケるw あたし泣いちゃうかもなー?」


 理央がケラケラと笑う。解人は唇を尖らせる。


「高馬さんは友だちだし、そういうのじゃないって」

「あたしもだなー。明石は良いヤツだと思うけど、そーゆーのじゃないってカンジ? まー、おあいこっちゅーことで」

「じゃあからかわないでくれよ、高馬さん」


 解人の言葉に理央が吹きだす。


「前から思ってたけどさー、どうして明石ってあたしのことさん付けで呼ぶん? あたし怖がられてる?」

「いや、別に怖くはないけど……それでいうなら、桜間さんのことをちゃん付けで呼ぶのはどうしてなんだ」

「あー、なんてゆーかさー」


 おや? と解人は思う。

 歯切れの悪い理央など初めて見たのだ。


「あたしが勝手に後ろめたく思ってるっていうかさー」

「後ろめたい?」


 二人の間になにかしらの因縁があるのかと解人は身構える。

 理央がおどけたように言う。


「んー、ハズい話だよ? あたしに惚れてたら幻滅しちゃうかもなー」

「おっけー。ぜんぜん幻滅しないから話してくれ」

「ちょっとはためらえっつーのw」


 ケラケラと笑ってから、理央が居住まいを正す。


「初日の自己紹介あったじゃん? 席順シャッフルとかしてさー」

「あったね」


 自分は出しゃばったと思っていたけれど、くるるにとっては助け舟になったという、あの一件だ。

 席順なんてシャッフルしていたっけ、と思ったけれど、そうでもしなければ50音順的にくるると解人が同じグループになることもない。


「あたしも同じ班だったんだよねー。覚えてるぅ?」

「……えー……と…………ごめん」

「やっぱ忘れてたか~w いーっていーって。一回くらい自己紹介しただけじゃ憶えられないなんてフツーだからw それにあたし、黙ってみてただけだし」

「見てただけ?」

「くるるちゃんの自己紹介さー、ちょっと変わってたっつーか。まー、いま思えばいつも通りだったんだろうだけどね」

「それは、確かに」


 夕焼けをジャムにして食べてみたいと自己紹介をする人間は変わっているといってもいいだろう。それに関しては解人も同意せざるを得ない。

 理央がうつむきがちに言う。


「心の中でだけどさ、線引きをしちゃったんだよね。やばい電波な子じゃん、って。たぶんこれから友だちにはならないだろうなって」

「あー……」

「ひどいやつっしょ。幻滅してくれていいからね」

「いや、うーん、俺は思わなかったけど、言わんとすることは分かるよ」


 理央の申し訳なさそうな言い方に解人は唸る。

 人を異端扱いして距離を取ろうとしたといえば聞こえは悪いが、自分と肌感覚の合わない相手と一緒にいなければならないということはない。

 むしろ気の合う仲間を見つける方が互いにとってwin-winだともいえる。

 だから、自己紹介を聞いて線引きをしてしまうこと自体が悪いとは思えない。

 それを『ひどいやつ』と自ら称する理央の言い方は、どこか自罰的だなと解人は感じる。


 けれど解人にはそこまで悪いことだとは思えなくて。


「俺にも、理屈としては分かるよ」

「分かるったって、明石はくるるちゃんの言うことちゃんと理解してあげようとしてたじゃん。あたしとは違うよ」

「うん、だから理屈としては、の話。自分と違う存在から遠ざかろうとするのは、動物的な本能としては一つの正解だと思うから」

「ムズカシーこと言うなー明石は」

「そう、かな」

「そんで優しいなー、明石は」

「やさっ……しくは無い、ぞ」

「あはっ、照れてる? 照れてんの?」

「うるさいなあ……」


 理央はひとしきり笑ってから、空を見上げた。


「んま、明石の言うとおりだとしてもさー。あたしがくるるちゃんに対して一度線引きしちゃったっていうのは、あたしの中では事実なんだ」


 困ったように理央は笑った。


「だから、そんなあたしがくるるちゃんのことを、くるる、なんて呼び捨てにするのは、なんていうか、馴れ馴れしい気がしちゃっててさ」

「高馬さん……」

「だってさ、明石がくるるちゃんの言うことを翻訳してくれなきゃ、くるるちゃんがホントは面白くて優しくてかわいい子だって気付けないままだった。昨日みたいに一緒に写真は撮れなかったかもしれなかったんだよ」


 理央がスマホを操作すると、解人のスマホに画像が送られる。

 昨日、教室で撮ったたくさんの写真たち。

 そのどれもが笑顔に満ちていた。


「ってか、あたしの話はどーでもいいじゃん! 明石の話ってなによ」

「ぐ……そうだった……」


 解人は理央に打ち明けた。

 くるるの言葉の真意が分からないこと。

 自分の気持ちの正体が分からないこと。


「……てなわけでさ。仲良くしてくれる女友達だから気になっちゃうだけかもしれないなって思うわけでさ」


 話し終えると理央がため息をつく。


「アホ明石にもう一度聞くけどさ」

「アホとはなんだアホとは」

「あたしがフリーだったら恋しちゃうの?」

「いや、だから別にそんなこと思わないってば。さっきも言ったろ」

「こうやって悩みも打ち明けるくらい信頼してて仲良くしてる女友達なのに?」


 理央の呆れたような口調にハッとする解人。

 確かにそうだ。

 たんに仲の良い女友達だから気になってしまうというのならば理央のことが気になってもおかしくはない。

 けれど実際はそんな気持ちは湧いてこないわけで。

 つまり、自分がくるるに対して抱いている気持ちは、仲のいい異性に対する友愛の情などではなく。


 それは恋と呼ぶにふさわしい。


「俺がアホでした……」

「分かればよろしい」


 解人は理央に手を合わせ、感謝と謝罪を述べた。



 ◇ ◆ ◇



 夜。

 くるるは湯船でスマホをいじっていた。


[Rio:ってことがあったんよね]21:04

[Rio:明石はガチでニブい。普通にアタックしてもダメだよありゃ]21:04

[くるる:うそうそうそうそ]21:11

[くるる:カイトくん言ってた?]21:11

[くるる:わたしのことすきって]21:11

[Rio:それは自分の耳で確かめな]21:11

[くるる:ぎぎぎ]21:12

[Rio:ま、でも]21:12

[Rio:あんの鈍感太郎に気付いてもらうなら]21:12

[Rio:そーとーがんばらんとねー]21:12


 くるるはスマホを湯船のフタに置いて、ブクブクと浴槽に沈む。

 解ってほしい!

 でも、昨日のでさえ、ちゃんと好意を受け取ってもらえていないのだとしたら。

 とても大変な道のりになる。

 どうにか彼に自分のことを意識をさせたい。

 一緒がいいんだと示すにはなにがいいのかとくるるは考える。


 例えば、ツーショット。

 

 昨日の写真を整理していて思ったけれど、二人きりで撮った写真はなかった。

 散歩のときには一回だけツーショットを撮ったけど、あれは半ば不意打ちだった。

 これだ、これしかない。


 湯船から勢い良く立ち上がるくるる。


「撮るぞ……! 合意の上での、ツーショット!」

 

 そして少しでも自分の気持ちを解ってもらいたい。


 くるるの中で、春休みの目標が決まった。

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