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3月13日(月)_プレゼン、くるるのいいところ

「カイトくん、これで逃げられないからね」


 カラオケの一室。解人はソファの隅に追い込まれていた。背後には壁。

 迫るのは覚悟を目に宿したくるる。

 いつもとは違う雰囲気に、どうしてこうなったんだと解人は流れを思い出す。



 事の発端は朝。

 解人の登校は遅かった。今日は卒業式のリハーサルで授業もないため、急ぐこともないかとゆるゆると登校したのだ。

 薄いカバンを引っ提げ、気の抜けた顔で教室のドアをくぐった解人を待ち受けていたのは。


「今日カラオケ行こ!」


 くるるだった。

 教室に入るなり足早で詰め寄ってきて、拳を握りこみ、覚悟を決めたような顔で言うものだから、解人は気圧されてしまう。


「う、うん。いいけど」

「ホント? やっぱなしはナシだからね?」

「そりゃまあ。……え、カラオケの約束だよね」

「うんうん。そうとも言うね。でもこれは決闘なんだよ」

「決闘?」


 解人が訊き返したところでチャイムが鳴った。朝のホームルームが始まるお知らせ。ふたりはいそいそと自席についた。

 滞りなく卒業式のリハは進み、昼食も食べずに学校は終わった。

 解人は急かされるようにカラオケに連れて行かれ、一曲も歌うことなく、ソファの隅に追い詰められていた。


「カイトくん、これで逃げられないからね」


 カラオケの個室は薄暗い。

 一つしかないドアにはめこまれたガラスが廊下から取り込む光量もたかが知れている。加えて、くるるが覆うように立ちふさがるものだから、解人の視界は薄暗かった。

 逆光で彼女の顔は読み取りづらい。


 解人は、くるるを怒らせてしまったのではと考えた。


 脳裏に思い当たる節が浮かぶ。

 金曜日に撮った写真に不満そうだったよな、と。

 解人としては、くるるの自然な姿がいいと思った一枚だった。しかし彼女はもっと盛れている方がいいと抗議したのだった。


 少しは罪悪感があったのだ。

 自分が良いと思ったからといって被写体である彼女も満足してくれるとは限らない。つまりは自分のエゴだ。


 思い返せばカラオケに誘ってきたくるるは『決闘』と言っていた。なにかしらで争うかもしれないと考えていたのだろうか。

 それはなにか。写真を消すかどうか、ではないだろうか?

 解人はそう考え、争うまでも無いなと思う。

 素直に謝ろうと決めた。


「……わかったよ桜間さん」


 観念したとばかりに、解人はゆっくりとスマホを取り出す。


「えっ、カイトくん、私の考えてること……わかるの?」

「これのこと、だよね」


 くるるに画面を向ける。金曜日に撮影した写真。口元のごはんつぶには気付かずにはにかむ彼女の姿。


「……! すごいねカイトくんは。よく分かったなあ」

「まあ、ね。俺も思うところがあったから、さ」

「そ、そうなのね……! じゃ、じゃあ……!」


 くるるが息をのむ。解人もつられて息を吸い込み。

 二人は同時に口を開いた。


「ちゃんと消しておくよ」

「その写真ください!」


 へ? と二人が目を合わせる。

 互いに何を言っているのか分からないという顔だ。


「え、これ嫌だったんじゃ……」

「そ、それ気に入ってくれてたんじゃ……」


 どういうことだ、と互いがパニックになる。

 そこへノックの音。

 入室してくる影。


「失礼しゃーす。ドリンクお持ちしゃしたー」


 店員が入室してきた。


「「ひゃい!?」」


 二人は光の速さで距離を置く。

 しかし時すでに遅し。

 壁際まで追い込まれた解人。覆いかぶさるように身を寄せていたくるる。明らかに親しい男女の距離感。

 どう思われるかは明白で。


「あー、ウチはそういう(・・・・)店じゃないんでー、おねしゃーす」


 店員の男はけだるげに言うと、トレーを片手に部屋を出ていく。

 くるると解人は、それぞれソファーの端に腰を下ろす。

 そういう(・・・・)目的ではなかったけれど、他人から見ればそう思われてしまうような状況だったのだと思うと、二人は自ずと恥ずかしくなってくる。


「と、とりあえず桜間さん、飲み物を」

「ど、どうも」


 ぎこちない手つきで飲み物を渡す解人。受け取るくるるもオモチャのロボットみたいにぎこちない。

 火照る頬を冷ますように冷たい飲み物を一気に飲む。

 グラスたっぷりのコーラが空になるころには、解人はいくらか落ち着きを取り戻していた。


「えと、話を戻そうか」

「へ、へい!」


 座る位置は端っこ同士からほんの少しだけ近づいた。

 周りの部屋が歌ってばかりだと、離れていては声が聞き取りづらいのだ。


「桜間さんは、金曜日の写真が欲しいんだよね?」

「そう、です……!」

「えっと、間違ってたらごめんだけど、あの時は嫌がってなかったっけ」

「イヤっていうか……ごはんつぶつけてるとこ撮られるなんて恥ずかしいっていうかさー……。写真に残すならもうちょっとダサくないトコがよかったなーって思ってたよ。むしろカイトくんはどうなの! 気に入ってたはずなのに消すってどゆこと!」

「それはほら、桜間さんが嫌がっていたから消してほしいのかなって」

「確かにあの時は……ってゆーか、今でも、あんまりその写真のよさは分かってないけどさ」


 くるるは解人から目を逸らしてぶつぶつという。


「それなら、どうしてちょうだいなんて言ったの?」


 解人が真っ直ぐな目でくるるを捉える。

 くるるはそのまなざしを受けて、まぶしく感じていた。いまの彼女にはあまりに恥ずかしい問いかけだった。

 けれど。

 くるるは覚悟を決めてきたのだ。

 昨日の美奈とのやり取りを思い出す。

 緊張しすぎないで、いつも通りに自分の考えてることを。


「カイトくんが良いって言ってたから、私も知りたいなって思ったの」

「へ?」

「私は、まだそんな間抜けな写真の良さは分からないんだけど! でも、カイトくんが良いって思ったなら、それはどうしていいと思ったのかなって! 知りたいの!」


 くるるはひと息にそう言い切る。

 緊張しすぎないなんて無理にもほどがあった。

 けれど、自分が思っていることはしっかり伝えられたはずだ。くるるは高鳴る鼓動を感じながらそう思う。


「なるほど」


 解人がゆっくり口を開く。

 くるるは、なんて言われるのか不安で仕方なかった。やはり自分は嫌われるのが怖かったのだと思い知る。


「分かった。じゃあちゃんと話すね」

「……はい」

「……って、なんかこれ………………恥ずかしいな………………」

「へ?」


 思わずきょとんとするくるる。


「いや、だってさ。俺が、この写真にうつる桜間さんをイイなと思ったワケでさ」

「う、うん」


 くるるは声を上ずらせる。

 改めて『イイなと思った』なんて言われると照れくさくなってくる。


「つまりさ、その……俺はこれから、桜間さんに対して、桜間さんの良さについてプレゼンをする、ってことじゃん? さすがに、ちょい、ハズい」

「あ……」


 さっきまでの不安はどこへやら。

 なんて恥ずかしい要求をしていたんだ私は!? と頬が燃えるように熱くなる。先ほどまでの比じゃない。

 いますぐにでもやめにしよう。

 恥ずかしすぎて死んでしまう。

 そう言いだそうとしたくるるだったが。

 解人が、照れくさそうにしながらも居住まいを正して言う。


「いきなり写真を撮った俺にも責任はあるし、ちゃんと話すよ」

「うあ……」

「桜間さんは普段から元気だし、天真爛漫でありのままな姿がいいなって思うわけだけど」

「はひ……」

「この時は特に、飾ろうとしないところと、ちょっと天然なところとがどっちも出ていてリラックスできるっていうかさ」

「へい……」


 くるるは恥ずかしすぎて頭がぐわんぐわんしてきた。

 もうやめて、と言いたくとも言えない。

 言い出しっぺは自分なのだから。


「桜間さんの良さっていうか、一緒にいて緊張しないでいいんだって思えるところが詰まった瞬間だったなって思ったんだ。……以上! 終わり! ハズいわ!」

「おっけーおっけーりょーかいだよ!!!!! ありがとうね!!!!!」


 二人は再びソファの端と端に避難する。くるるは薄暗い部屋に感謝した。


「……どうしようか、この写真」

「……ここまで言ってもらったし、欲しいな」

「…………キモくなかった?」

「ぜ、ぜんぜんだよっ」


 解人から件の写真が送られてくる。

 くるるからするとイマイチだ。

 笑顔はへちゃむくれだし、やっぱり口元のごはんつぶがダサい。

 でも。

 これが緊張しない姿だと解人は言う。

 むむむ、とくるるはうなる。


 私はドキドキしっぱなしだって……!


「あーもー歌うっ! めっちゃ歌うからっ!!」


 くるるが素早い手つきで曲を入れるとイントロが流れ出す。

 天井に据え付けられたスピーカーが、ぎこちなく頬を染める二人を包むように鳴り響いた。


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