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2月18日(土)_はじめてのアルバイト【トーク履歴4】

 朝。

 解人は、アラームの鳴る前にパチッと目を覚ました。体を起こしてスマホを確認する。

 七時半ぴったし。

 体内時計に従って起きられた時って妙な達成感があるよなと考えながら、解人はベッドから這い出て、伸びをする。

 普段ならまだ夢の中だ。しかし今日の解人は違った。

 手の中のスマホがポコンと鳴く。


[くるる:起きてー]7:30

[解人:起きてるんだな]7:30

[解人:今日は]7:30

[くるる:おおー!]7:31

[くるる:えらい]7:31

[解人:起きただけで褒められちゃった]7:31

[くるる:緊張するね]7:33

[解人:わかる]7:34

[解人:制服忘れないようにね]7:34

[くるる:もち!]7:34

[くるる:じゃあまたあとで!]7:34


 解人は返信が来たのを見届けると、スマホを置いて着替えを始める。まだ肌寒いなと身を震わせる。いつもなら寝ている時間だが今日はただの休日じゃない。

 喫茶店でのアルバイト、研修初日だった。

 開店は十時と遅め。しかし仕込みも含めて集合は九時半だった。


[くるる:いまホーム!]9:13

[くるる:けどちょっと待ってて]9:13

[解人:うい]9:14

[解人:まだ余裕あるし]9:14

[くるる:ありがと]9:14

[くるる:花粉すごくて]9:14

[くるる:ティッシュ足りるか不安でさ]9:14

[解人:ご苦労様です]9:15

[くるる:くしゃみは楽しいよ]9:15

[くるる:スッキリするし]9:15

[解人:すごい]9:15

[解人:ストレス蓄積と発散のマッチポンプだ]9:15


 二人は合流して喫茶店を目指した。

 休日だが、くるるも解人も制服を着ている。喫茶店の、ではなく学校の、だ。

 バイトの制服のストックが無いらしく、しばらくは学校の制服を着るようにとの指示があった。リボンやネクタイを外すし、エプロンだけは貸与されるとのことで、解人たちは休日にもかかわらず制服姿で顔を合わせていた。


「なんか変な感じ~」

「だね。っと、そろそろ行こうか」

「う、うん……!」


 最寄りの駅は毎朝登校に使ういつもの駅だ。しかし今日は学校のある大通りから線路を挟んで向かい側、住宅街を歩いていく。

 しばらくすると、以前は客として訪れた喫茶店がひょっこりと顔を見せた。

 そして。




[解人:お疲れさま]18:29

[解人:今日の写真送るね]18:29

[くるる:う]18:40

[くるる:ねてた]18:40

[解人:わかる]18:45

[解人:さっき起きた]18:45


 解人は寝ぼけ眼をこすりながら、くるるに送った写真を見返す。制服の上からエプロンをした勤務中の姿だ。盗撮ではない。

 店長から提案があったのだ。もし嫌じゃなければ、働いている姿を互いに記録してみては、と。

 初めはなぜと思った解人だったが、いくつか理由を聞いてなるほどと納得をした。

 曰く、自分が働いている姿を客観視することで、少しずつ働いている自覚が持てるということ。

 曰く、一緒に働いている人がどのように働いているのかに気を配るクセをつけること。

 そして、初めてのバイトなら楽しい思い出として記録してほしいということ。

 解人は店長の茶目っ気のあるウインクを思い出す。若いころはさぞかしモテたんだろう。いや、今もか。などと思わずにはいられなかった。

 お客さんからも好かれていると解人が思ったのは、この撮影について店長が一人一人に説明をして回ったところ、誰も嫌な顔をしなかったところだ。

 映らないよう配慮すると告げても嫌がる人は嫌がるだろう。

 しかし今日訪れた客たちは快く解人たちのバイトデビューを祝福してくれた。

 緊張したがいい経験になったなと解人はしみじみしてしまう。

 ペポン、とスマホが鳴く。


[くるる:これ]18:47

[くるる:カイトくんの]18:47

[解人:ありがと]18:47

[くるる:あ]18:49

[くるる:こっちのがカッコいい]18:49


 解人は一枚目と二枚目を比べて眺める。どちらもぎこちなくコーヒーのソーサーを運ぶ姿で、右を向いているか左を向いているかの違いしかない。

 少なくとも解人にはそうとしか感じられなかったのだが。


[くるる:待って]18:49

[くるる:なんでもない]18:49

[くるる:忘れて]18:49

[くるる:いい?]18:49


 解人は売り場から落ちてしまったぬいぐるみのように床にコテンと倒れ込んだ。しばらく呆然としてからメッセージを打ち込む。


[解人:憶えとくよ]18:53

[くるる:カイトくん]18:53

[くるる:カイトくん?]18:53


 スマホを抱きしめるようにして、解人は声を絞り出す。


「っあ~~~~~~~」


 その頬は嬉しさでゆるみっぱなしだった。カッコいいと言われて嬉しくない解人ではない。

 彼もまた思春期の男の子なのだった。

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