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2月3日(金)_これは職場見学?

 いつも通りの昼休み。

 いつも通りの、桜間くるる。


「小学生のころさ、ダンゴムシになりたかったんだよね~」

「新手の変化球すぎる。俺はバッターボックスで棒立ちだよ」


 ご飯を食べ終わった解人かいとたちは、さきほどの課外活動を振り返っていた。

 『先輩たちの声』というイベントだ。

 社会人となった卒業生が自分の進路や職業について語るというものだった。リモートで出演してくれた先輩たちに質問できる時間もあり、インドで象使いになったOGの話なんかは、トークが上手かったこともあって盛り上がっていた。

 クラスメイト達もイベントに触発されたのか、今日の昼休みは将来について話している人が多い、ように解人は感じていた。

 ダンゴムシになりたいとか言っているのはひとりしかいないが。


「桜間さんは丸まりたかったの?」

「んー……と、こう、お布団にくるまってるとぬくぬくするし安心するじゃん?」

「冬の朝とか最高だね」

「だから、ね?」

「つまり……冬に宿題が出て、お布団にくるまっているのが幸せだったから丸まりたい~ダンゴムシになりたい~……って思ったと」

「そのとおり!」

「その純粋さが眩しいくらいだよ俺には」


 解人がそう言うと、くるるが潤む瞳で見つめてきた。


「カイトくんって……優しいね」

「なんでそうなるんだ……。それで、ダンゴムシになりたかった桜間さんの今の夢は?」

「うーん、ダンゴムシはあんまり長生きできなさそうだし、鶴かカメかな」

「寿命で判断する子に育っちゃった」

「カイトくんは? 将来の夢ある?」

「全然想像もつかないかな。でも、来年からバイトしてみようかなって思ったよ」


 解人たちの通う高校ではバイトは禁止されていない。届け出れば何年生からでもしていいことになっている。


「バイトか~いいね~。カイトくんなら占い師か探偵がいいと思う」

「絶対にバイトでやることじゃないねえ。桜間さん、バイト経験は?」

「ないなあ。なんか、私、ちゃんと働けるかなあ? って」

「向いてそうな仕事を考えてみるのも楽しそうだね」


 そこで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 二人は顔を見合わせる。


「次は化学か。今度は赤ペン忘れないようにね」

「ふっふっふー、それは先週までの私なのだよ!」



 5限の化学は先週に引き続き実験だった。

 くるるは席の近い女子生徒──クラス委員長の理央と一緒に実験室へ向かう。


「聞いてよくるるちゃーん」

「どしたの理央ちゃん」

「マジで萎えてんだけど。彼氏が春休みあんま遊べんって! あたしより部活やって!」

「あれま。彼氏さんって野球部だったっけ?」

「そー。まあ、やりたいこと頑張ってるとこも好きだから、応援してるけどさあ」

「おとなだねえ、理央ちゃん」


 理央はクラス委員長だけど、派手で目立つタイプの女子だった。かといって不真面目なわけではなく、優しい子だとくるるは知っていた。


「んなことないし。あたしだけ置いてけぼりにされてる感じがしてめちゃ寂しいもん」


 しょんぼりとする理央の頭をよしよししながら、くるるはぼーっと考える。


 彼氏が春休みは部活で忙しいから、彼女の理央ちゃんは寂しい。

 そういえばカイトくんも春休みはバイトしようって言ってたっけ。

 カイトくんがバイトを始めたら。

 ……あれ?

 私、置いてけぼりにされる?

 しかも二年生になったらクラス替えがある。そうなったら。

 私、忘れ去られる?


「ねえ理央ちゃん……どうすれば相手の記憶に残れるかな!」

「おお、いきなり何の話だし」

「その、相手に覚えててほしいときって、どうすればいいのかなーって!」


 しおれていた理央がみるみるうちにしゃっきりしていく。目はキラキラに輝き、なにかしらの栄養分を得たかのように元気を取り戻した。


「ほうほうほう! くるるちゃんもようやくですか!」

「なにがようやくなの?」

「いやいやいや、ごめんねこっちの話だからね。うんうん。二人とも自覚ないまま一年が終わるかと思ってたからあたし嬉しいなーってだけだからね、うん」

「???」

「相手の記憶に残る方法でしょ、まーかせなさいってばそういうときはね──遊びに誘えばいいの」


 くるるは思わず目をみはった。


「そ、それってデー……──!」



 放課後。駅までの帰り道。


「カイトくん、あのさ、明日って」

「? うん。どうしたの」

「あのね、えっと、明日ってヒマかなーって」

「ええと、特に予定はないけど。どうして?」

「えっとね、カイトくん、その──」


 くるるはそこで言葉を区切る。


「──明日おでかけしない?」


 くるるは解人のほうを見ていない。反対の方を向いていた。


「いいけど、どこ行くの?」

「ショッピングモールだから、その、バイトしたいって言ってたからこれは職業見学みたいなもので」

「ああ、なるほど」

「じゃあ、そういうわけだから私今日用事あるからこっちから帰るねバイバイ!!」


 言うが早いか、くるるは夕暮れに向かって走って行ってしまった。

 解人はひとり取り残される。


「桜間さんもしかして俺のバイトのことを考えてくれたのかな。優しいな」


 とんでもない勘違いをしているクソボケ鈍感男にツッコめる人間はいなかった。


 明日はふたりでおでかけ。

 どうなる、土曜日。

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