表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/71

ゼロへ向けて


 エッグへ帰還すると通常のモニターに戻り、テーブル管理者が映し出された。


「お疲れ様でした。

 ゲーム用チップは、明日の朝8時より取り外しが行われます。

 場所の案内は追って通知されます。

 端末を受け取りましたら、すみやかにエッグブースから退場してください。

 それではエッグを閉じます」


 固定された手が解放され目の前のシールドが上にあがる。

 ユウキはエッグから立ち上がると、返された端末を手首に固定した。

 お疲れ様と声を掛け合い、兵士たちは退場していく。

「みんな、お疲れ様。良いゲームだったね」

 エイデンがみんなに握手を求めた。

「すまない、軍の集まりがあるからこれで失礼するよ」

 そう言い残しエイデンは去っていった。


「ユウキ、サトル。私たちもこれで区切りだ。

 もう会えないかもしれないけど、楽しかったよ」

 レミが手を差し出しながらそう言った。

 少し動揺した2人は、何も返答できずにレミと握手を交わした。


「椅子取りゲームで勝ったとき、空にたなびく赤いバナーを見たのは、おいらたちだけだ。

 特別な思い出を共有してるんだ。

 その、特別な仲間に……」

 ルイバディは、しっかりと伸ばした指先を自分のこめかみのあたりに当てた。

「敬礼!」

 それを見たレミも同じように挙手の礼をして、ユウキとサトルも涙をこらえながら敬礼をした。


「俺……別れるの嫌だ」

 ユウキは目に腕を当てて涙を押さえた。

「結構泣き虫だね、ユウキ」

 レミが笑いながら言った。

「出会いとか別れは、こんなもんだ。

 またどっかで会えるかもしれないしな!」

 ルイバディが言った。

 涙が止まらないユウキは、腕を顔に押しつけたままだった。


「レミ、ルイバディ、今までありがとう。

 いい仲間に会えて幸せだった。

 ほら、ユウキも、ちゃんとお礼しろよ!」

 コクリとうなずいたユウキはようやく腕を降ろした。

 鼻は真っ赤で涙はまだ続いている。


「俺は、俺は……」

 それだけ言ってレミに抱きついた。

「全部……全部ありがとう!」

 レミは笑いながらユウキの背中を軽く叩いて、肩を持って引き離した。


「前みたいに、すぐに時空越えをすることは難しくなったけど、いつでもおいで。

 ここへ帰って来たら一緒にゲームをしよう」

「うん!」

 泣き笑いをしながらユウキが答えた。

「ガハハハ」

 ルイバディがいつにも増して大声で笑った。


 去り際にレミがユウキの方へ振り向いた。

「あ、そうだ。リーシャのことだけど。

 バッチに話を聞きに行った方が良い。

 だいぶ状況が変わってね。

 今行かないと……。

 いや、とにかくセンターコロニーに戻ったらすぐに、王宮内の装備研究所にいるバッチを訪ねるんだよ」


「わかった、そうしてみる。

 2人とも元気で! 言い尽くせないほど感謝してる!」

「俺も本当に感謝してる。2人に出会えたことをね!」

 サトルが大きく手を振って言った。


「おいらも感謝してるよ。いつかまたな!」

「いつか、また!」

 レミも大きく手を振った。


 別れが増えるのは、冒険の終わりが近づいていることを強烈に実感させる。

 去って行くレミとルイバディの後ろ姿を、ユウキとサトルはずっと目で追っていた。


「新生国ともお別れか。

 センターコロニーへ戻る準備でもするか。って、特に何もないんだけど!」

 そう言ってサトルが笑った。

「終わってくな、俺たちの……。 なんだろう、冒険?」


「そうか? 自分で終わらせなきゃ終わらないって!

 俺さ、ゼロへ帰って賞金を親に渡して身辺整理をしたら、またここへ戻ろうと思う。

 最近は21から他の世界へ行くワームホールが数カ月に1度くらいしか開かなくて、出発のめどが立ちにくいらしい。

 だから時間はかかるだろうけど、15へ戻ってきたいんだ」

 すがすがしい表情でそう言い切るサトルを、これからのことがぼやけたままのユウキはうらやましく思った。


「前に脳の研究者になりたいって言ったの覚えてる?」

「うん、覚えてるよ。

 フォースが何なのかその正体とか仕組みが知りたいって言ってたよな。

 21でもらった賞金を自分のやりたいことや夢のために使いたいって」

「そう、そのやりたいことを15で叶える。

 サンに頼んでみるつもりだけど、ダメでもあきらめずに方法を探す」

「本気なんだな。すごいや、サトル。

 俺なんかこれからどうするか、どうしたいか、まだ答えがでない」


「とりあえず一緒にゼロへ戻ろう。

 そうすれば答えが見つかるかも。

 見つからなかったらゼロにいればいい」

「そう……だな」

(とりあえず……か。都合のいい言葉があって助かる。

 自分を納得させることができてしまう)


 そのとき、2人の端末にメッセージを知らせる電子音がした。

 それはシュリからの呼び出しのメッセージで、呼び出された先は運営ブースだった。

 まだ作業している技術者が大勢いるなか、シュリの後についてテラスに出た。

 そこにはサンジェストが待っていた。


「やあ、お疲れ様。

 君たちの協力もあって、無事にゲームを終わらせることができた。

 ありがとう」


「こちらこそ感謝してる、サン。

 ここをたつ前にまたVRゲームができるとは思っていなかったから、うれしかった」

 ユウキがはにかんだ。


「15の兵士のためにゲームを手伝えたのもよかった。

 みんなうれしそうだったし、感動した。

 サンはやっぱりすごいね!」

「サトルに褒められても特にうれしくはないが」

 サンジェストのその一言でユウキとシュリは吹きだした。

「なんだよ言わなきゃよかったな!」


「2人と……」

 サンジェストが庭の方へ顔を向けた。

「もう会えないかもしれないから、最後に顔を見ておきたかった」


 ユウキはさっき泣いたばかりなのに、また涙がこみ上げてきた。

「ミナトが去って、ユウキとサトルもいなくなる。

 海賊ゲームをした仲間たちも今はちりぢりになった。

 リーシャもバッチも……」

 そう言ってサンジェストは黙ってしまった。


「ねえ、ゼロに支社があるのにどうしてVRゲームの施設を作らないの?

 こんどはゼロを21のようにすればいい」

 サトルが言った。


「そうか、君たちは知らなかったんだね。

 オリジナルの世界であるゼロには、21で作った物を長時間おいて置けないんだ。

 だから向こうに行ったシップもすぐに戻ってくる。

 しばらくすると崩れてなくなる。

 ゼロの支社は部品製造の会社で、働いているのは全てゼロ民。

 21で知識や技術を習得させて送り出している。

 時空越えのシップを作れるようになるまでにはまだまだ時間がかかるだろうが、その足かせになっているのは、ゼロの不自由さだ。

 何をするにもどこかの誰かの許可がいる。

 面倒な手数を踏まなければ施設1つを作るにも、余計な手間と時間がかかる。

 だが、それを抜きにしても。

 おそらく、オリジナル以外の世界の者がゼロを変えようとすれば、消される可能性が大きい。

 その裏付けは詳しく説明できないが、そういうものとして理解してほしい。

 我々パラレルワールドの人間が、直接オリジナルの世界を変えることはできないんだ」

 シュリが言った。


「そ、そうなんだ。始めて聞いたよ……」


「また会おう」

 唐突にそう言って、サンジェストは手を差し出して握手を求めた。

 少し戸惑いはしたが、ユウキとサトルは別れのタイミングなのだと察した。

「うん、また会おう、サン! もちろんシュリもね!」

 ユウキはサンの手を強く握った。

「俺はここへ戻るつもりだから、また会える……はず!」

 サトルもサンと握手をした。

 サンジェストはくるりと背中を向けると運営ブースの部屋に戻っていく。

「じゃあ、またね」

 シュリは2人にウィンクをしてサンの後を追った。


 翌日、ヘリでラシア国へ帰る兵士らと共に、ユウキとサトルは新生国をあとにした。

 センターコロニーに着いてすぐにユウキはバッチを訪ねた。

 研究者の制服を着ているバッチを見るのは初めてだった。

「お忙しいところすみませんバッチさん」

「なんの、作業は若い者にまかせているから忙しくはないんだよ。

 もしかしてリーシャの……おっと、リーシャ様のことで私を訪ねてきたのかな?

 くせでつい呼び捨てにしてしまう」

 バッチは頭をかいた。


「は、はい」

 ユウキは見透かされたようで気恥ずかしかった。


「じきに戴冠式が行われる。そのことは知っていたかい?」

「戴冠式?」

「この国の王になるリーシャ様の、即位のための儀式だよ」

 寝耳に水のユウキは返す言葉が見つからなかった。


「知らなかったのなら驚いたよね。

 今はその準備におわれている。

 ワイトの問題が片付いていないから規模は小さくなるが、各国からの招待客もかなりいる。

 名簿を覚えたり話す内容を考えることもあるが、リーシャ様は21に言っていたため所作の教育が必要らしい。

 懸命にそれをこなされているそうだ。

 じきに世界中のコロニーは解体されて、ここセンターコロニーもその呼び名がなくなり、王都の1施設に戻る。

 世界が傷を癒やして立ち上がろうと動き出したんだ。

 リーシャ様も他のことにかまってはいられないだろう」


「そ……そうですか」

 そう答えるのが精一杯だった。

(レミは……レミはこのことを知っていたんだ。

 だからバッチを訪ねろって……)


 バッチがユウキの肩に手を置いた。

「出会いって言うのは、偶然始まって、突然終わることが多い。

 リーシャ様は、理不尽と思いながらも、必死に運命を受け入れようとしているんじゃないかな。

 足踏みをし続けるのではなく、一歩でも前に踏み出すために」

 バッチのその言葉は全て納得できた。

 背中を押され、目を覚ましなさいと言われたような気がした。


 涙ぐみそうになるのを必死に押さえながらユウキは顔をあげた。

「リーシャにことづてを……。

 いえ、やっぱりいいです。

 次のシップで21に戻ります。バッチさんお元気で」

 バッチは少しほほえんだ。

「ああ、君もな。15へ来ることは不可能じゃない。

 いつでも戻ってくるといい」

 その場所からリーシャの波長を感じたユウキだったが、話しかけることはしなかった。


(いっそのことチップを全部外してしまおうか。

 そうすれば全て忘れられるけど。

 手放すには……大切な思い出が多すぎる)


 『全ての魂に安息を』のゲーム終了後に見た光のシャワーのような流星を思い出した。

(1つ1つの星の輝きは小さいけど、たくさんの星が集まるとあんなに眩しくなる。

 小さくても全てが大切な光……人もきっと同じだ)

 天に向かって手を伸ばしたユウキは心を決めた。

(リーシャ、君が輝くのは15の空だ。

 俺の見る空じゃない。

 ずっと応援するから、がんばれ)

 ユウキはその後、リーシャの波長を感じても一切語りかけることはしなかった。


 ――21への出発の日。

 21へ行くシップへの乗船手続きが終わり、あとは時間までにカプセルに入ればいいだけだった。

 1人でシップの外にでたユウキは、夜空を見上げた。


(無くしてしまったと、失ってしまったと思ったものでも、時がたてば簡単に手に入れられたり、必要がないことに気づいたりする。

 そうやって、時間と手間をかけて俺たちは大人になっていく。

 悔いが残りそうでも、無理をして手を伸ばすことができたとしても、そうすることが誰かの歩みを止めてしまうなら、やるべきじゃない。

 それくらい……我慢できるよな、俺)


 上に上げた両手を握りしめると、ユウキは思い切り背伸びをした。

 距離が遠いせいか、感じるリーシャの波長が弱かった。

 手を下ろして強くなってきた風を感じながらつぶやいた。

「俺の最後の言葉……とどけよ」


 大きく深呼吸をして意識を集中する。

『リーシャ、答えなくていいから聞いていてね。

 今開いているワームホールで21へ立つよ。

 君との思い出は多くないけど、俺が持ち帰る思い出の中では1番大切な物になった。

 またいつか会えることを信じて。元気で!』


 ユウキはハッチを駆け上がった。

 リーシャが何か答えてしまう前にシップに戻って、会話する手段を断ち切りたかった。

 すぐにカプセルに潜り薬を打ってもらうと眠りについた。

(さよなら……リーシャ……)


 ――21の世界に到着して。

 ゼロ行きを希望する者は、グリーンゲートが準備した宿泊施設で待機することになっていた。

 ユウキたちが到着した翌日、運良くゼロ行きのワームホールが開き、48時間以内の出発となった。


 ユウキとサトルが施設内のカフェに行くと、軽食を提供するカウンターの中にゲルズの姿があった。

「おいサトル、あいつ……ゲルズだよな?」

「ああ、そうだあいつだ。

 今度会ったらたたきのめすっていったけど……。

 なんか変じゃないか?

 店員の格好してるし」

 2人でカウンターへ行くと、中にいるゲルズが笑顔で言った。

「ご注文をどうぞ」

 何も答えない2人の顔を見たゲルズは驚いて口をパクパクさせている。

「ちょっと来てよ」

 ユウキの言葉に小さくうなずいたゲルズは、調理場の方へ何かを告げたあとに、前掛けを外しながらカウンターの外に出てきた。

 3人で外のテラス席へ腰を下ろしたが、終始おどおどとしているゲルズの姿に、ユウキもサトルも懲らしめる気が失せてしまった。

「あ、あのときは……すみませんでした」

 ゲルズが早々に謝ってきた。


「イライザ様の秘書だったよね? なんでカフェの店員やってるの?」

 ユウキが聞いた。

「はい、イライザ様亡き後、やめるつもりでおりましたが、マッケン様のご配慮でまた誰かの秘書をと言われまして……。

 秘書としての務めは、イライザ様で終わりにしたかったのです。

 他の方にお仕えする気はありませんでした。

 それで自分から申し出てここの仕事をいただいたのです」


 ユウキとサトルは顔を見合わせた。

 もうこの人を責めても仕方がないと、2人の中で答えがでていた。


「チャムはまだ15にいるの?」

 ユウキが聞いた。

「さあ、おそらくはそうかと。15へ行ったグリーンゲートの関係者はほとんど帰っていないと聞いております」

「ミナトさんは? ミナトさんは今どうしてるの?」

 サトルが聞いた。

「ミナト様はマッケン様とともに21へ戻られたあと、ずっとマッケン様のそばにおられます。

 マッケン様はまだ体調が戻っていないのですが仕事に復帰され、日中は精力的に動き回っておいでです。

 ミナト様はそんなマッケン様につききりで、サポートされております」


「ミナトさんには会える?」

 サトルが聞いた。

「そうですね……。

 夜はこの建物の最上階にあるマッケン様の部屋の隣室で寝泊まりされているようです。

 お会いしたときはその憔悴ぶりに、涙が出ました。

 大丈夫ですかとお声をおかけしたら、胸に手を当てて「傷は消えないけど、痛みは我慢できるようになるから」って、そうおっしゃって」

 その言葉を聞いたとき、ユウキの頭の中の封印が解けた。

 ガタンと勢いよく立ち上がり、テーブルに手をついたユウキは少し震えている。

「ど、どうした、ユウキ」

「ゲルズ、頼みがある! 今すぐミナトさんに会わせて!」

「き、急なお話ですね……。

 お名前は確か、ユウキ様とサトル様でしたね」

 自分たちの名前を覚えていたのかと、少し驚いた様子で、ユウキとサトルはうなずいた。


「少々お待ちを」

 ゲルズは背筋を伸ばすと、手首の端末を操作した。

「ああ、ゲルズだ。

 最上階のミナト様の部屋まで人を連れて行きたいので許可が欲しい。

 2名だ。ユウキ様とサトル様。できればすぐに。ああ、頼んだ」


 ゲルズの姿を見ていたユウキは椅子に座り直した。

(拉致のために名前を覚えたんだろうけど、きっと数多くそんなことをやっていたはずなのに、顔と名前が一致するのがすごい。

 この人はきっと優秀な秘書だったんだ)


「すぐに連絡が来ると思います」

 ユウキたちの方へ向き直りゲルズが言った。

「ありがとう、無理を言ってすまない」

 ユウキが少し下を向いた。

「いいえ、大したことではございません」


 電子音がしてメッセージに目を落としたゲルズが立ち上がった。

「参りましょう」


 ユウキが取り乱したのは、ミナトのことを思い出したからだった。

(あの言葉は……あれは、ミナトさんの言葉だったんだ)

 こみ上げる涙を必死に押さえたが、それでも視界が曇る。

 今すぐミナトに会いたかった、思い出した記憶のことを、この思いを伝えたかった。


 ユウキが小学2年生のとき、母が夢中になっていた宗教施設に父が火を放ち大勢が亡くなった。

 妹を連れて家を出た母を連れ戻すため、父はユウキを連れて施設へ向かった。

 そのとき父は自分も巻き添えにして死ぬつもりだったんだと、後にユウキは知ることになる。


 施設に火が放たれ、足がすくみ泣き叫ぶことしかできないユウキを、白い装束を着た青年が抱き上げ、外に連れ出した。

 連れ出されたユウキは、燃えさかる施設の中でのたうち回る母の姿を見た。

 あまりのことに息が出来ず、気が遠くなりかけたユウキを建物から離すために、青年は走り続けた。

 青年の背中越しに、手を伸ばした人が崩れるように炎の中に消えていくのが見えた。

「いやぁぁ!」

 声が出たことで、呼吸が戻ったユウキは、その後も悲鳴をあげながら泣き続けた。

 近くの公園まで来た青年は、ベンチにユウキを座らせると、両手で小さなユウキの手を握りしめた。


『大丈夫、たくさん泣いていい。

 たくさん泣いて、がんばって生きるんだ」

 ユウキは青年の目を見つめたまま、意識が遠のいていった。


 気づいたときは病院のベッドに寝かされていて、不思議とそのときには涙が出なかった。

 ベッドの脇のテーブルにメモが置かれていた。

 病院の人が、白い着物のようなものを着た男性が置いていったとユウキに話した。


『人は生きているだけで価値がある。

 無理に意味は見つけなくていい。

 ただ、生きるんだ。

 心の傷は消えないけど、痛みは我慢できるようになるから』


 心療内科でのカウンセリングが始まったころ、そのメモのことを話すと、預からせてほしいと言われ渡した。

 長らくカウンセリングや薬による治療に通ううちに、そのことを忘れてしまった。

 というより治療により忘れさせられてしまった。


 部屋の前までくると、ゲルズが立ち止まった。

「私はここで失礼させていただきます。

 帰りはチェックされませんので、足を止められる心配はございません。

 それでは良い夜をお過ごしください」

 軽く会釈をするとゲルズは去っていった。


 部屋に入るなりサトルが泣き出した。

「なんで、なんで黙って行っちゃったんだよ!

 俺は友達じゃなかったのかよ!

 一言くらい、15へ行くからって、心配するなって、言ってくれても良かっただろう!」

 思いがけずサトルの方が先に泣き出してしまい、ユウキは拍子抜けしてしまった。

 そのせいでユウキの動揺はおさまり、冷静になれた。

(サトルのおかげで……少し落ち着けたな)


 困った表情で笑うミナトは、それでもうれしそうに言った。

「ごめん、悪かった。こうして会えたから許してもらえないか?」

 サトルは手で涙をぬぐうと、すねた子供のように横をむいた。


「ミナトさん、俺思い出したよ、ミナトさんのこと」

 目を見開いたミナトは、少し下を向くとため息をついた。

「まあ、2人とも座って」

 2人はうながされソファーに座り、ミナトは椅子に腰掛けた。


「思い出したって?」

 サトルが鼻をすすりながら聞いた。

「あ、ああ。子供のころ、ミナトさんに会ったことを思いだしたんだ」

「ユウキにとっていい記憶ではないはずだから、思い出せずにいてもいいと思っていたんだけど。

 そうか、思い出しちゃったか」

 ミナトがフッと笑った。


「あのときは、助けてくれて、ありがとうございました」

 ユウキは立ち上がって頭をさげた。

「いいからユウキ、頭をあげて。

 ちゃんと生きていてくれた。

 強くなったね、ユウキ」


 ミナトの言葉で落ち着いたはずのユウキの感情が爆発した。

 いろいろな記憶とともに、そのときの思いがあふれ出し、両手で顔を覆うと大泣きした。

 立ち上がったミナトがそっと頭に手をのせた。


「君とこの世界で会ったとき、責めてばかりいた自分の人生を、少しだけほめてやることができた。

 ありがとう、ユウキ」

 ワアァァっと声を上げてユウキは泣いた。

 今までしまっておいた思いをここで全て吐き出すように。


 ――ゼロへの出発の日。

 ゼロ行きのシップへの手続きをする前に、チップに関する説明があった。

 ゼロにあるグリーンゲートの支社で賞金を受け取ったあと、希望があればチップを外すことが可能だということだった。

 チップを外しても経路がたたれるだけで、記憶細胞が消えるわけではない。

 何かの拍子にその細胞にたどりつく神経に新しく伝達経路ができれば、ある日突然何かを思い出すことがある。

 それはよく起きる現象だということだった。


(俺はチップを外さない。大切な記憶を消すことなんてできない)


 ユウキとサトルはゼロ行きのシップに乗り、再び時空越えをする。

 たくさんの思い出を手土産に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ