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仮想の夜空に(2)


『出発まで5分前となりました。 状態確認に入ります』

 電子的な音声でアナウンスが流れた。

「それでは、よい冒険を」

 管理者がそう言うと、すかさずレミが叫んだ。

「さあ、みんなでダイブだ!」

 その瞬間ディスプレイは切られ真っ暗になった。


『身体、脳波状態    良好

 言語・概念エンコード 良好

 埋め込みチップ 現状2 シナプス中継 良好


 違反確認  システム/異状なし キャラクターステータス/異状なし

       装備一式/異状なし


 体感レベル設定   生態と同等

 苦痛レベル設定   生態と同等/ヒットのみ対象(2次被災は対象外)

 破壊レベル設定   装備破損あり/身体ダメージなし/

           キャパシティーを超え死亡の場合は30秒の消滅

           死亡時の装備修復あり

 非常用回路  良好』


『仮想領域展開します…………』


 電子的な声の案内が終わると同時に、椅子がガタンと揺れ少し後方に傾いた。

 実体は動いていないが、仮想の中の体は、真っ暗な中に光が飛び交うウォータースライダーの中をものすごい勢いで流れていく。


(この景色は……1番最初の……)

 レミのPTに入り、始めて仲間とVRゲームの世界に入ったときと同じシステムだった。

(あのときと……あのときと一緒だ!まじか……泣きそうだよ!)


「うあぁぁぁ!」

 うれしくて少しせつなくて、もう戻れないあの時間への思いがどうしょうもなく心を揺さぶる。

 エッグに座るユウキの頬に涙が伝った。

 夜空のようなウォータースライダーの中の景色は、蛍光色の流星群の景色に変わり、その中を速度をおとさずに進んで行く。

 体を誘導するその水のようなものは黄色やピンクに色を変えた。

「気持ちいぃぃ!」

 一瞬真っ白な強い光が目に入りまぶしさで目を閉じた。

 すぐに目を開けたがそこに見えたのは真っ青な空。


(あのときを……繰り返しているみたいだ。

 でも俺は、もうあの頃の俺じゃない。

 勇気も度胸もあのころとは違う!)


 ウォータースライダーの出口から飛び出した体は、立木に囲まれた大きな湖の水面に向かっていた。

 見える景色は、視界の端まで普段と遜色なく、ただその視界の中に、アイコンやマークが並んでいる。


「全員左旋回、大きな砂岩前の砂地に降りて。

 モブの姿は……見えないね。

 モニター右上に各組の打点ゲージが出たよ。

 まあ自分たちには関係ないが。

 周辺注意しながらホバーボード、オンね」

 レミからの指示が飛んだ。

「了解!」


 手を思いきり横に広げて速度を落とすと、左手を少し閉じて左側へ旋回する。

 小さいモニターには仲間の上半身が映っているが、横を見れば滑空している姿が見える。


(戻ってきた、この世界に!)


 湖は椰子の木やソテツのような植物に囲われている。

 さらにその周りは岩場や崖が続き、湖はそれらに囲われた窪地に溜まった水のようにも見えた。

 辺りを見回しても湖以外は、岩と崖しか目に入らず、遠くを見渡すことはできない。


「テーブルのメンバーでPTを組んでね。

 副部隊長はベルベット、引き受けて」

「アイサー」

 レミの指示にベルベッドが答え、すぐにPTも編成された。

「混乱するから、部隊全部に伝えたいことだけ部隊音声を使うこと。

 それ以外はPT音声か一般音声で!」

 ベルベッドが指示をだした。


 観戦ルームではガザが身を乗り出して映像を見ている。

「私も……参加したい」

 そうつぶやいたフランコの顔を見たモーリンとガザは、小さくうなずいた。

「楽しそうですな……」

 モーリンがそう言うと、

「え、ええ……」

 とガザが答えた。


 5つの組が湖の周辺に降りると、水面にさざ波が立ち始めた。

「やっぱそう来るよな!」

 茶の装備を着た誰かが一般音声で叫んだ。

 一斉にホバーボードに飛び乗ると波打ち際から離れた。


 湖の中心のあたりから、水が山のようにこんもりと盛り上がった。

 次の瞬間、体長10Mほどの立木型の巨大ワイトが、ツルを振り回しながら出現した。


(ワイト……)


「お、おい、ワイトだ……」

「ワイトだ!」

「叩け!」

「積年の恨み 晴らさずにおくものか!」

「みんな行けー!」

 すさまじい勢いで兵士たちがワイトに突っ込んでいく。

 戦略や上からの指示など関係なしに、ワイトの姿を目の当たりにして熱くなった兵士たちの思いが感じられる光景だった。


「みんなの気持ちが……見えるみたいだ」

 思わずユウキがつぶやいた。


 当然これは電子データのワイトだ。

 中に人がいるはずもなく、これに刺されたからといって種を埋め込まれる心配はない。

 兵士たちの思いを全てここで吐き出させてやるために、サンジェストはワイトを出現させることにした。


「粋なことするね、サンジェスト様は」

 ベルベットが言った。


「ああ、さすがだ。

 さあみんな、あの兵士たちにワイトを討伐させてやろう!

 時間切れなんてもってのほかだ。

 落ち着いてモブの動きを見極めて弱点を探す。

 モニター左上、モブの生命ゲージが表示されたよ。

 それにしても花が見当たらない。

 よし、2班にわかれよう。

 私のPTとキンジャルのPTが1班、ベルベッドのPTともう1つのPTが2班。

 1班は上部の幹を叩きながら弱点を探る。

 2班は下の方、できれば水に潜ってる部分も見てほしい。

 じゃあみんな行くよー!」

「おお!」

 レミのかけ声で赤組は一斉に二手に分れて飛び出した。


 他の組の兵士たちは、太く長いツルでたたき落とされ次々と消えて行く。

 赤組はホバーボードの扱いも慣れたもので、落ち着いてツルの動きの見極めもできている。


「んー、打点ゲージを見ると増えたり減ったりしているから、消滅するとその兵士の打点はゼロに戻るんだな、たぶん」

 ルイバディがPT音声で言った。

「こんな武器じゃ時間切れになっちゃうよ!

 ツルは傷もつかないし、モブのHPもぜんぜん減ってない」

 誰かが切れ気味に部隊音声で叫んだ。

 ツルや幹をいくら叩いても、ゴムを叩いているような感触でまったく効果がない。

「仕掛けがあるって言ってたよな。がっつり減らせる方法があるんじゃないか?」

 ユウキが言った。


「水の中に、無数の花が見えました!」

 2班の誰かが部隊音声で叫んだ。

「出来たらそれ、叩いてみて!」

 レミが言った。

「数が尋常じゃないです……水の底の方まで続いている」

「つべこべ言うな! 私がやる!

 ここは仮想だ、死なないんだから思い切りいくよー!」

 ベルベットが言った。

「は、はい!」


「ユウキ、サトル、水の中の花を叩いたあと、ワイトに何か変化があるか確認して」

 PT音声でレミの指示を受けた2人はすぐに降下した。

 ベルベッドたちが水に潜ってしばらくすると、ワイトの幹の色が変化していく部分が現れた。

 ワイトの木肌が小さな四角いブロックが崩れるように剥がれていく。


「ワイトの表面を覆っていたものが崩れていっているみたい!

 そこを叩いてみるよ!」

 ユウキは叫ぶと、サトルと一緒にその部分を叩き始めた。

 ガシっと刃がささり幹に深く傷がつきワイトが身をよじらせた。

「いける! ソードの刃が刺さった!」

 すかさずレミは全体音声に切り替えた。


「赤組部隊長レミだ。 弱点がわかった!

 水中の花を叩けば、ワイトの表面の防御層が壊れて刃がささる!

 切れないツルも切れるようになるはずだよ!

 防御層が剥がれているところを叩くんだ!

 赤組が水の中は引き受けた、思いっきりワイトを叩かせてやるよ!」


「おお!感謝する、赤組部隊長!

 野郎ども、防御層が壊れた場所を探せ!」

 チャボウが言った。

「チャボウには負けられないね。

 黒組、遅れを取るな! 弱くなった場所を叩きまくれ!」

 サイファスが言った。


「我らがツルを防いでやるから思う存分叩けばいい!

 青組、全員でツルを防げ!」

 青の部隊長が言った。

「白組は少し赤組の手伝いにまわりますね。

 白組、半数は水の中の花を叩け!」

 白組の部隊長が命令した。


 水中の中は太い木が絡みながら底の方に続き、その根の周りにたくさんの花が咲いている。

 橙色の花弁は5枚ほどで中央が黄色い。

 花のあたりから耐えず出続ける気泡が、ポコポコと大量に上っていく。


(海賊ゲームと同じなら、潜れる時間は3分。

 浮上してインターバル20秒でまた3分間潜れる。

 ここの仕様はどうなっているか……」


 花にソードを立てると、刺激を受けたイソギンチャクのように花びらは中央に向けて閉じ、灰色に色を変えた。

 泡のなかをくぐりながら1つ1つ花をついていく。


(ゲームとしては単純で簡単な内容だ。

 目的は、勝負をつけることでもゲームを楽しむことでもない。

 このゲームを終わらせることで、みんなに、この世界に、ワイトの区切りをつけさせることなんだ。

 ならなおさら、時間切れなんてありえない!)

 ユウキは速度を上げて両手のソードで花を突いていった。

 花がしぼむたび、ワイトの木肌は崩れた面積が広がっていく。

 3分で息が限界を迎えた電気信号を受けた脳が、浮上を要求し、反応した体は浮上する。

 顔を出した水面から上を見上げると、兵士たちはそれぞれが何かを叫びながらワイトを叩いていた。


「チキショウ! 俺たちの時間を返せ!」

「お前のせいで何もかもがめちゃくちゃだ!」

「みんなの人生を元にもどせ!」

 何年も苦しんだ思いの丈をぶつけながら、仮想のワイトに剣を振り下ろす兵士たちは、エッグの中で本物の涙を流していた。


「30分をまわった、残り10分!

 赤組は今から全員ワイト本体の攻撃に転ずる!

 みんな水からあがって!」

 レミが全体音声で言った。

「白組も水中組は本体攻撃へ!」

「青組はそのままツルを防げ! 攻撃組を守ってやれ!」


「よっしゃー、幹の下の方を総攻撃じゃい! ワイトを倒すぞ!」

 チャボウが叫んだ。

「散らばらずに近くを叩くんだ! 太刀と一緒に思いをぶつけろ!」

 サイファスも叫んだ。


「おおお!」

 一般音声とは思えないほどの歓声があたりに響き渡り、全ての兵士の心が1つになった。

 ワイトの幹を叩く者、ツルの攻撃を防いで幹を叩く者を守る者、VRゲームが初心者であっても、歴戦の兵士たちの戦い方にはそつがなく指揮も的確だ。

 幹の切り込みが深くなるたびにワイトはもがきながら傾いていく。


「もう少しだ! サイファス、気合いを入れろ!」

 チャボウが全体音声で叫んだ。

「お前にだけは言われたくない!」

 幹を挟んで端と端で打ち込みをしていたサイファスとチャボウは、口を開けたように切り開かれ、傾いたワイトの幹に、渾身の一撃を打ち込んだ。

 グワァァァと声のような音と共にワイトが倒れだした。


「退避! ワイトから離れろー!」

 サイファスが叫んだ。

 全員ホバーボードで湖から距離をおいた。

 倒れながらもワイトはツルを振り回している。

 ザッバーーンっと倒れたワイトは、ブロックが崩れるように散り散りに消えていった。


「や……、やったのか! おい、やったぞ!」

「やったー!」

 大歓声が沸き起こり、組を超えて兵士たちは抱き合っている。


「みんなお疲れ。

 時間内に倒せてよかった。

 すぐに……」

 部隊音声で話すレミの声が途中で途切れた。


『全ての魂に安息を ゲーム終了、青空の広間展開』

 機械的な声で案内が流れる。

 一瞬真っ暗になり次に視界が戻ったときには、メタルフロアに青空の広間がオーバーレイされていた。


(椅子取りゲームと一緒だ……)

 そのフロアに全ての兵士たちの姿が現れた。

 空には、5組のシンボルマークが描かれた5色のバナーが映し出され、花火が打ち上げられている。


「みなさまお疲れさまでした。

 アークエンジェル社のゲーム進行係です。

 ゲーム『全ての魂に安息を』が終了しました。

 順位発表 1位茶組 2位黒組 3位青組 4位白組 5位赤組

 所要時間38分。

 茶組のみなさまおめでとうございます。

 優勝賞品、最新鋭のフォース装備一式は茶組のみなさま全員に配布されます」


 通常ならここで終了の案内が流れ、余韻を味わう間もなく、すぐにエッグブースへ返されるが、なぜか案内が流れない。

(どうした、不具合か?)

 ドゥーンと小さな波動を感じた後、青空は消えて辺りが真っ暗になった。

 一般音声で兵士たちのざわつきが聞こえる。


「どうしたんだ、システムに問題か?」

 サトルが部隊音声で言った。

「おかしいね、普通ならエッグに戻ってるよね」

 レミが言った。


 次の瞬間、フロアの天井は満天の星空にかわった。

「あ……星」

 ユウキがつぶやく。

「おお、きれいだな。サンのプレゼントか?」

 サトルが言った。


「諸君、討伐おめでとう」

 フロア全体にサンジェストの声が響き、夜空の一部が切り取られたかのようにモニターになりそこにサンジェストが姿を現した。


「楽しみながら憂さ晴らしができたのなら、企画した甲斐はあるが。

 感想はあとで聞かせてもらおう。

 私が預かった、サイファスとチャボウのケンカも、これで手打ちにしてもらえるとありがたい」

 サイファスとチャボウは苦笑いしている。


「戦いたくなったら、制御できないほど頭にきたら、私に声をかけてほしい。

 本物の命をかけずとも、命がけの戦いを味わえる舞台を準備しよう。

 これからの15の未来を平和に保ってほしい。

 その手助けはアークエンジェルがおこなう。

 さて、ゲームは終了したのだが、失われたたくさんの人たちの鎮魂を行いたい。

 私流だが許してほしい」


 サンジェストの姿が消えて、また満点の星空に戻った。

 キーンッキーンッと、とても小さな音がして、その音の数が増していく。

 それと共に、仮想の夜空に流星が流れ始めた。

 流星は数を増していく。まるで空が流す涙の光のように。


「シューティングスター……」

 ネオ21から一緒に脱出したシュウがそう言ったのをユウキは思い出した。


「諸君、魂に敬意を!」

 サンジェストの声が響いた。

 兵士たちは一斉に、それぞれのやり方で敬礼をした。

 流星はどんどん数を増していき、空は光のシャワーが降りそそいだようだった。

 やがてそれも徐々にフェードアウトし、もとの夜空に変わり静寂が戻った。


 静寂をやぶったのは、機械的な声のアナウンスだった。

『みなさまお疲れ様でした。

 あと20秒ほどで青空の広間からエッグへの帰還となります。

 またのご参加を心よりお待ち申し上げております』


「この素っ気なさも、椅子取りゲームと一緒だ」

 そうつぶやいたユウキは苦笑いをした。

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