表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/71

罪と罰(2)


「お……父さま……」

 仮面がはりついたような無表情のイライザの顔がゆがみだした。

 苦しそうに眉間にしわを寄せ口角が引きつっている。


「ウワァァァ!」

 突然大声で叫んだイライザはその場に座り込み、頭を抱えてブルブルと震えだした。

 バルコニーの扉近くにいたミナトが駆け寄り、イライザの手をとった。

 もう片方の手をイライザの背中に当てると、抱え込むようにして声をかけた。

「大丈夫、大丈夫だイライザ、私がついている」

 自分を制御できなくなったイライザはうなり声を上げ続けた。

 マイクに拾われたその声が辺りに響くと、その異様さに周りにいる兵士たちは固唾をのんだ。

「マイクを切れ!すぐに切るんだ!」

 ミナトの怒鳴り声もマイクで拡張され、驚いた設備担当がすぐにマイクを切った。


 ミナトは、イライザの両肩を掴み強引に自分の方へ向かせると頬を叩いた。

 生まれて始めて人に叩かれたイライザは、うなるのをやめてミナトを見つめた。

「さあ、立つんだ。しっかりと全てを見るんだ。

 私がそばにいるから、大丈夫」

 小さくうなずいたイライザはミナトに支えられて立ち上がった。

 ミナトの手をイライザはしっかりと握りしめた。

 ゆっくりと下にいる父を見たイライザは、ふるえ出しそうな口元に力を入れた。


「君の父上を監禁していたのはルイバーだ。

 ルイバーに見合う罰を、私が必ず与える。

 逆らわずに投降して君も罪を償うんだ!」

 フランコが大声で訴えかけても、その言葉は音のようにしかイライザには聞こえない。


 マッケンは涙を流しながらただただイライザを見つめた。

「見ないで……見ないで……お父さま」

 父の目の前から今すぐ消えてなくなりたいと切に願った。

 イライザはミナトの手を放して、顔を両手で覆った。

 見開いたままの瞳からあふれ出る涙は、指の間から地面に落ちる。


『あなたの愛した娘は、もうおりません。

 あなたには……あなたにだけはこんな姿を見られたくなかった』


 イライザにこのとき始めて罪の意識が芽生えた。

 今まで、人から非難される迷惑なことをやっている自覚はあったが、それが罪であるという認識には至らなかった。

 父を殺されたという怒りが、悲しみが、イライザの精神をむしばみ正常な判断ができずにいた。


『ずっとあなたのお姫さまでいたかった。

 非道なことを繰り返し薄汚れてしまった私を、今すぐ消してしまいたい。

 このままではもっと惨めにもっと無様な姿を見せてしまう……神様、助けて……』


 そのとき、涙を流すイライザの指の間から地面を這う虫が見えた。

 イライザは一瞬で泣き止み、ためらうことなくその虫を足で踏み潰した。


『ありがとう、あなたの命で私はもう少し正気でいられる』

 イライザは悲しみも怒りもない穏やかな表情で、堂々と顔をあげた。

 ミナトの方を向くと、首を少しかしげてほほえんだ。

「ありがとう、ミナト。もう大丈夫」

 その表情を見て少しホッとしたミナトもほほえみ返した。

 イライザは正面をむき直すと背筋を伸ばした。


『私の夢はかなわなかったけれど、それで良かった。

 間違った夢だったから。

 おかしくなどなっていない。まだ大丈夫。

 正気のまま……狂喜の演舞を踊り続ける。

 全ておしまい。やっと自分に戻れる。

 お父さま……あなたが生きていたなら、なにもかもが取るに足らないこと。

 私のいのちも。

 少し残念ね……物語は終わりがないほうがいいのに』


「ごめんなさい……」

 小さくつぶやいたイライザは、空に向かって手を伸ばすと、トンっと踏み込んだ。

 そのままバルコニーの手すりから真っ逆さまに下に落ちて行った。

「イライザーー!」

 とっさに手を伸ばしたミナトだったが、その手には何も掴むことが出来なかった。


「医療班!」

 フランコの怒鳴り声で、ヘリから医務官や医療スタッフが飛び出してきた。

「王宮の医者も呼べ!」

 マッケンは自分を支えてくれている人を振り払い、自力でイライザのそばに行った。

 膝をついて、血を流すイライザの頬に手を置いた。

「イライザ、私のイライザ……。目をあけておくれ……一緒に家へ帰ろう」

 それを見たリーシャは思わず嗚咽し、声が漏れないよう口を押さえてこらえたが、涙は止められなかった。

 リーシャをそっと抱き寄せるユウキの目にも涙がたまっていた。


 そのとき王宮の壁の外で、何かが爆発する音がして、立ち上がった白い煙が霧のように辺りに漂った。

 サトル、レミ、ルイバディはすぐに医療班の回りを囲んだ。


「ユウキ、リーシャ、サンジェスト様を頼む!」

 シュリはそう叫んだあと、イライザを運ぶ医務官と、王宮から飛び出してきたミナトとともに建物の中に入っていった。

「新生国軍は砦の兵士の後ろから援護!」

 フランコは新生国軍とともに門の方へ向けて走り出した。


 門の外には茶の砦の兵士たちが勢揃いしていた。

「おい、人の国でなにしてんだ、お前ら!」

 ソードを肩にかついだ茶の兵が悪態をつく。

「相変わらず口が悪いわね。勝負するなら受けて立つけど」

 髪がピンクで毛先が黄色いミリアが言った。

 以前ユウキたちが茶の砦の兵にボコボコにのされたとき助けてくれた、黒の砦のジュード、カミュー、ミリアの姿がそこにあった。


「お、望むところだ、お姉ちゃん!」

「お姉ちゃんって言うな! 品がないな!」

 ミリアが睨んでいる。

「黒の砦サイファス隊に勝負を挑むとは、とんだ命知らずだな」

 ジュードが横の方を向いたままさわやかに言った。

「サ、サイファス隊ってあの、休止ワイトで道をつくった隊だろ?」

 茶の砦の兵だけでなく、青の砦の兵たちもざわついた。


「あくまでも見届け役として来た訳だが、仕方あるまい……。サイファス隊、構え!」

 サイファスが剣を上に上げると、兵士たちはザッっと音を立てて武器を構え、臨戦態勢に入った。


「勝手に国に踏み込んだそっちがケンカを売ったんだ。せっかくだから買おうかね」

 茶の兵の集団の奥からゆっくりと進み出た、ヒゲを生やした大きな男がそう言った。

 砂漠での戦闘中にユウキの拉致を指示した男だった。


「ほお、チャボウか、久しぶりだな」

「サイファス、相変わらずかっこいいね。でも少し調子に乗りすぎだ」

 ヒゲをなでながらチャボウが言った。

「んじゃあいっちょ、やったりますかチャボウ隊長!」


「待て!」

 声のした方向へ兵士たちが一斉に視線を向けた。

 王宮の門から赤と白のパイロットスーツの上に赤のローブを羽織った青年が歩いてくる。

 背中に刺繍された金色の太陽がローブとともに翻る。

 そばには赤と黄色の光を放ったユウキとリーシャがついている。


「だ、だれだお前。ってかそばの2人はなんなんだよ、光ってんぞ……」

 茶の砦の兵が首をかしげながら言った。

「やあ、諸君。アークエンジェル社のサンジェストだ。

 21の政府から頼まれて、イライザのもめ事の収集に来ている」


「なんだあ?軍人じゃないのか!すっこんでろ!」


「君は……もうしゃべるな。

 茶の砦のチャボウと言ったか?さっき聞こえたのでね」

「私がチャボウだ」

 チャボウが軽く手首を上げた。


「我らは戦いに来たわけではない。

 事の真相を明らかにすることと、イライザと話し合いで決着をつけるために来た。

 だがまあこういう事態も想定はしていた。

 兵士同士が鼻を突き合わせればいざこざが起こっても不思議ではない。

 このケンカ私にあずからせてもらえないだろうか?」

 チャボウの正面に立ち、足を広げ腕組みをしたサンジェストが言った。


「は、はあ? なんだこいつ頭おかしいのか?

 ケンカとかそういう話じゃないんだよ! これは戦争だ!

 俺たちは攻め込まれたんだよ!」

「黙れ、私以外誰も口をきくな!」

 チャボウの一言で茶の兵士たちの表情がこわばった。


「うん、やはり君は話がわかるね。

 壁の中の話し合いはもう決着がついたんだ。

 それなのに無駄に戦う必要はない。

 イライザも望まないよ、そんなの」

 サンジェストの言葉に、チャボウはフーとため息をついた。


「預かるっていうのはどういう意味だ?

 後日別の場所で、模造刀で戦うとか言うんじゃあるまいな」

「違うよ、VRゲームだ!」


「フッ……フッハハハハ!」

 チャボウが大声で笑い出し、サイファスも苦笑いをしている。

「まあ、いいだろう。壁の中の決着がついてしまったのならば、何もかも遅いだろうしな。

 我々はちゃんと出兵したわけだから、大義名分は果たされた。

 そのゲーム受けて立とう。稼がせてもらう!」


「こちらも練習しておこう。

 21の兵士と違ってVRゲームなんてやったことがないからね」

 サイファスが言った。


「私が全てお膳立てをする。

 訓練も、ゲームの種類も、そして掛け金も」

 サンジェストはうれしそうにそう言った。


(本物の武器を使わなくても、人が命を削らなくても、解決できる方法はある。

 答えを出すのに、本当の戦いはいらない。

 いずれそんな時代がゼロにも来るだろうか。

 いつまでも壊し合いをして……地球の命も永遠じゃないのに)


 茶の砦の兵士たちが去ったタイミングで、全ての兵士にメッセージが届いた。

 ――オデッセイ作戦成功。只今より作戦を解除します。


(イライザがどうなったか気になっても、あの人のそばにいるべきは俺たちじゃない。

 イライザを愛している人たちの願いがかなうといいけど。

 どうか、助かりますように……)


 リーシャもユウキと同じように考えていた。

 そばにいるべきは、自分たちではないと。

 そのもどかしさと切なさがこの作戦の全ての結果なのだとユウキは思った。

 終焉を迎えた今、リーシャとの別れが近い予感もしていた。

 互いにその予感を感じているがゆえに言葉にできない歯がゆさがあった。

 ベースチップを外せば苦しまずに忘れることはできるはずだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ