力を合わせて(2)
イライザの父が行方不明になって1年半ほどしたころ。
父のかわりを務めてきたイライザの精神は限界に近づいていた。
いなくなった父の心配に、おかしくなってしまった母、グリーンゲートでは年の離れた社員との折衝など、家に帰ると椅子に座ったまま数時間動けないこともあった。
そんな折り、15の世界から使節団という名目で21に遊びに来ていたルイバー伯爵の一派がいた。
予告もなしに突然グリーンゲートの社屋に現れ、代表者に会いたいと言ってきた。
仕方なしにイライザが対応に当たると、そこで恐ろしい話が持ち出された。
「このたびは、お悔やみ申し上げます」
そう切り出したルイバー伯爵に、イライザは今まで人に見せたことがないような不快な表情を見せた。
「どういう心づもりでその言葉をお使いですか」
精一杯気持ちを抑えて切り返した。
「お父上が……マッケン様が殺されました。
私もご協力いたします! 一緒に復讐をいたしましょう!」
その日、イライザが失ったものは、父と自分自身だった。
その後幾度となく、ルイバーの使いの者と話し合いを重ね、父を殺し技術を盗んだラシア国王への復讐を決意する。
当初のイライザの復讐計画は、ラシア国王を追い込み全てを奪った後に、みじめに野垂れ死にさせるものだった。
ルイバーは全面的に協力する見返りとしてラシア国がほしいと言った。
イライザはそれを快諾し、自分の王国は別に作るとそのとき宣言した。
グリーンゲートの業績はうなぎのぼりで、自信も力もつけたイライザは徐々に狂喜の道へ暴走を始める。
計画を急ぐあまり、簡単に国を手に入れてしまえとワイトの種を作る研究をさせた。
そして領土が広く、資源の多い凍った大陸のタルティカとも隣接しているジャッジビー国をグリーン国にしようと狙いを定めた。
国を統率しているという既成事実を作り、国王におさまる算段はうまくいった。
ルイバーが、イライザの父を生かしておいたのは、イライザが自分を裏切るようなことがあった場合の切り札としてだった。
脱獄作戦決行2日前。
リーシャが侍女ベスとともにシュリの部屋をたずねた。
「早かったね。さっき連絡を受けたばかりなのに」
「急いでいたのでここへ向かいながら連絡を入れました。
ルイバーがネオ21から戻っておりません」
「え?ネオ21に行っていたのか? まさか感づいて逃げたか?」
「いえ、そうではありません。
王族側の貴族たちの話では、ルイバーの一派はネオ21から招待を受けて、何かのセレモニーに出席するため出向いていたそうです。
おそらく先日行われた、グリーン国の建国宣言のセレモニーかと。
他の貴族は戻っているのですが、ルイバーはまだ滞在中で、屋敷の使用人の話では戻るのが5日ほど先になると。
今他の貴族を拘束したとして、そのことがルイバーの耳に入れば、ネオ21の力をかりて逃亡を謀るおそれがあります」
「考えられるな。
ルイバーに騙されていることを知らないイライザは、助けるだろうね……」
「脱獄作戦と同じタイミングで貴族たちを拘束するつもりでしたが考え直す必要があるかと。
その相談にまいりました」
「んー……」
腕を組みしばらく思案していたシュリが顔を上げた。
「脱獄と貴族拘束の計画は変更しない。
君には大いに働いてもらうことになるが……。
マッケン様を救出したその足でネオ21に向かう。
計画では救出後、新生国に戻る予定だった。
準備を整えている部隊と一緒にネオ21へ向かうつもりだったが、現地合流に切り替える。
君は、信用のおける医務官や助手、そして医療設備にいたるまで、マッケン様のあらゆる状況を予測して準備を進める必要がある。
医療従事者と我々が乗り込むとすれば、大型の輸送用ヘリが必要になるが、なければ2台でもかまわない」
「承知しました。あらゆる事態を想定して準備に入ります」
「ああ、よろしく頼む」
作戦当日、フル武装で背中にホバーボードを背負った兵士6名と運転手を含めて計8名の兵士が、2台の軍用車両で貴族街へ入った。
時を同じにして、王府軍最高司令官フランコが極秘裏に貴族の拘束を決行する。
名目は反逆罪。
ルイバー一派が反逆者であることの裏付けは、拘束され王府軍に寝返った元GGの研究者がやってくれる。
その研究者のおかげもあって救出の種が作れたが、そのことを知っているのは王族と一部の者たちだけだった。
その件でもフランコが指揮をとり、ベーカー博士に協力を仰いだことで救出の種を作ることに成功した。
貴族たちはその事実を知らず、全てベーカー博士の手柄だと思っていた。
ルイバーがイライザと結託してワイトの種を作ったことも大きな罪だが、それに協力した貴族たちの罪も、国家転覆罪どころではなく、極刑を免れることはできない。
その研究者は洗いざらい公の場で証言すると約束していた。
町は夜の賑わいが最高潮の時間。
しかも今夜はアークエンジェル社主催の花火大会が行われる。
それもサンジェストの作戦だった。
いつにも増した喧噪のなかなら、少々のことは気にとめられない。
夜空にフル武装のホバーボードが飛んでいれば誰かしら不審に思う物がいるだろうが、今夜は違う。
どうせ警備だろうと誰も気にとめない。
作戦中マッケンの名前を口にすることは禁止された。
ユウキとサトル、それと王府軍の兵士1人が監獄塔の近くの路上で車を降りた。
3人は計画通りホバーボードで監獄塔の屋根へ登った。
ユウキたちを降ろしたあと、2台の車両はホロをおろして監獄塔へ向かった。
監獄塔がある通りは貴族街の端で横には大きな水路と、荷役場があり、夜は人通りがまったくない。
監獄塔の入り口の正面に、ホロがついた車両2台を縦に並べて置き、入り口を完全に死角にした。
運転手は上着を脱ぎながら運転席から降りた。
「おい、ここに止めるな。前が見えないだろう!
人の運び込みか? いつもと車両が……グフッ……」
2人の兵士がホロの中から降りるやいなや、門兵2人のみぞおちを強打し前屈みになったところを肩のあたりに薬剤の入った針を刺した。
すぐに脱力した兵士の腰のベルトを持って車両の中の兵に渡すと、フォーススーツだけになっていた運転手が、気を失っている兵から服を剥ぎ取り始めた。
運転手2人が門兵の代わりに入り口に立ち、他の3名が中に入る。
1階の警備兵の待機室は狭い部屋の中にテーブルと4脚の椅子があるだけで、ドアは開け放たれたまま、そこに2名の兵士がいた。
レミが指で兵士の人数を伝えると、うなずいたルイバディと王府軍の兵士が、身を低くしてドアの近くでしゃがんで待機した。
レミがポケットから小石を取り出して投げた。
カツンッと音がして、中にいた兵士は顔を見合わせると外に出てきた。
すかさずルイバディと王府軍の兵士が、警備兵の首に手を回し体を反らせ、片方の手で口をふさぐ。
レミが2人の警備兵の足に薬の入った針を差し込んだ。
ものの数秒で脱力し、その兵たちを机の下に押し込めると、警備室のドアを閉めた。
屋根の上にいるユウキたちは、どうやって部屋に入るか探っていた。
屋根の縁から下を覗くと、かろうじて窓枠の下の方が見える。
幸い窓は開け放たれていた。
同行した兵が塔の尖端に立っている細い柱にロープを掛けると下に飛ぶというような合図をした。
フォース装備を着用してはいるが、こんな高所から、そんな器用なまねができるのかと、ユウキとサトルは不安で顔を見合わせた。
「まいったな」
そう小声で言うユウキに、
「やるっきゃないでしょ」
サトルが小声で返した。
3本のロープをかけ終わると、それぞれのロープを体に結びつけ、少しずつ降りていく。
窓と高さがあったところで反動をつけて兵士が中に飛び込んだ。
ユウキとサトルはその成り行きを見ている。
部屋に入りしゃがんだ兵士は、口元に指を当てると、声を出さないよう中にいる者に合図をしている。
兵士は窓の方を向くと、ユウキたちに入ってくるよう指先で手招きをした。
ユウキとサトルも意を決して飛び込んだが、先に入った兵士のようにうまく着地できずにごろごろと転がった。
「お? なんか振動しなかったか?」
「そうか? 俺は感じなかったが」
部屋の外の警備兵の会話が聞こえる。
3人はあわててカーテンの裏や書棚の陰などに身を隠し、背負っていたホバーボードを降ろすとバトンを握りしめた。
電子音がなりドア近くのモニターのランプが点滅している。
部屋にいた男性は杖をつきながら歩き出すとモニターを作動させた。
「なんか音がしたが、転がったか?」
「ああ、杖なしで歩こうとしたがまだ無理のようだ」
「ふーん」
それだけ確認すると警備兵はモニターを切った。
マッケンの声は、あまりにか細く、少し話ただけなのにハァハァと口で息をしていた。
サトルはシュリから預かってきた書簡を見せた。
読んでいるうちにマッケンの目から涙がこぼれた。
マッケンをベッドの下に隠すとユウキたちはドアを思い切り叩いた。
「あん?何事だ?」
今度はすぐにドアが開いた。
部屋に飛び込んできたいかつい警備兵が、身構えた3人を目にして叫んだ。
「兄貴! 侵入者だ!」
「なーにー!」
ドカドカと足音がして顔がそっくりなもう1人の大男が入ってきた。
「いくぞ!」
ユウキのかけ声とほぼ同時に3人は飛んだ。
その一歩で、もう敵の懐近くにきている。
バトンで叩いてもあまり手応えがない。
普通なら痛みでひるんだり膝をついたりするが、この2人はバトンの打撃をものともしなかった。
「肉厚すぎ!」
サトルが叫んだ。
「ファッハ! 痛くねえぞ!」
そう言いながら、大柄な体をよじって回転するようにソードを振り回した。
ソードは王府軍の兵士の腕にあたり血しぶきが飛んだ。
「下がって!」
ユウキが叫び、兵士は言ったん後方へ退いた。
「俺の仲間を傷つけるな!」
怒鳴ったユウキの体が黄色く光り始めた。
「おいおい、なんか光り始めたぞ」
双子の1人が言った。
「サトル、援護を!」
「まかせろ!」
ユウキはスッと息を吸うと、タンッと踏み込み1人の大男の頭上までジャンプして、男の肩にバトンを思い切り叩きつけた。
「ウワァァァ!」
雄叫びを上げた兄弟を見てもう1人がたじろいだ。
「ど、どうした兄弟」
「う、腕が、腕が! チキショウ、何しやがった!」
タンッタンッと床や壁を蹴って、もう1人の男のすねを叩いた。
男は叫び声を上げることもできず、その場に倒れ込み足を手で抱えたまま転がりまわっている。
間髪置かずに今度はバトンで頭を殴った。
殴られた男はひざをつきそのままバタンと顔面から床に倒れ込んだ。
すかさずサトルが薬の入った針を差し込んだ。
足を抱えたまままだ起き上がれない男の尻にも、隙をみてサトルが針を刺した。
すぐに脱力した2人はそのまま気を失った。
そこにちょうどレミたちが階段を駆け上がってきた。
「あらら、もうのされてる。対象者は?」
レミが聞いた。
見るとベッドの下からマッケンが這い出てきていた。
慌ててサトルが手をかし、立ち上がらせ、杖をもたせた。
ケガをした兵士はぐったりとして、床まで血が流れていた。
「どにかく全員車へ急げ! 長居は無用だ」
ルイバディが叫んだ。
マッケンとケガをした兵は担がれ、一斉に下の階へ向けて走り出した。
ユウキは担いでいるマッケンに声をかけた。
「もう大丈夫です」
「ありがとう……」
力なくお礼を言うマッケンの体は、悲しくなるほど痩せていた。
無事車両に乗り兵の1人が連絡をいれると、後始末の部隊がすぐに来るということだった。
2台の車両はアークエンジェルの施設の庭に向かった。
センターコロニーの支社とはいえ、それなりに敷地は広く、庭と行っても大型のヘリが数台は止められる。
そこにつくと待機していた医療班がマッケンをすぐにヘリに運んだ。
ヘリは2機準備され、1機は医療用のヘリだった。
ユウキたちと脱獄作戦に参加した兵士たちはここで引き上げる。
ケガをした兵は、応急処置をして車両に乗り込んだ。
「ご武運を!」
兵士たちはそう言って敬礼をし、握手をしてユウキたちと別れた。
駆けつけたリーシャが医療用のヘリに走って行くのが見えた。
リーシャの波長の乱れを感じだユウキは、リーシャの苦しみを察知し、追いかけるように医療用のヘリへ向かった。
「おい、ユウキ! すぐに出発だぞ!」
「わかってる!」
ヘリの中には、狭いが立派な診療室ができあがっていた。
ベッドに横たわるマッケンを医務官が診察している最中だった。
「かなり衰弱はしていますが、思ったよりは大丈夫そうです。
10年ですか……よく耐えましたね。
体力はすぐに回復すると思いますが、足はこの施設では思うような検査も処置もできません。
帰ってからゆっくり診ましょう。
脱水症状がありますから点滴はこのまま続けます」
「ありがとうございます。
あの……記憶が、記憶がおかしいのです」
「それなら大丈夫。体とともに回復しますよ」
「あの……少しお話をしても……」
リーシャが緊張した面持ちで声を出した。
「ん?勝手に入ってきてはだめじゃないか。
見てわからんか、こんな状態で……」
医務官の袖の端をマッケンが力なく引っ張った。
「大丈夫です、先生」
そう言ってリーシャの方を見て少しほほえんだ。
「ごめん……なさい」
リーシャの大きな目から涙があふれた。
「ごめんなさい!」
リーシャは床にへたれこみ子供のように手で涙をぬぐい続けた。
ユウキはリーシャの腕を取ると引き上げて立たせた。
マッケンは表情を変えることなく手のひらを上に向けてリーシャに差し出した。
リーシャはすぐにその手をとると床に膝をついた。
「名前は?」
「リ……リーシャ」
リーシャはしゃくりあげてしまいそうなのを必死に押さえた。
「泣かなくていい、もう泣かないで」
マッケンのその一言は、許しの言葉のようにユウキに聞こえた。
自分の姿を見て、どこの誰かもわからぬ少女が泣きじゃくりひたすら謝ってくる。
理由を聞いてはいないが、もういいと、そう言っているように思えた。
リーシャはマッケンの手を握りしめたままシーツに顔をうずめて大声で泣いた。
マッケンは全ての情報を遮断されていたため、何が起きていたのか、自分がどうしてこうなったのかも分っていない。
そればかりか長い年月で、投獄された頃の記憶も曖昧になっていた。
「忘れてしまったことがたくさんある……。
でも全て無くしてしまう前に助けてもらえた。
本当に感謝している」
マッケンはユウキを見てほほえんだ。




