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イライザ

 ネオ21の王宮、イライザの私室。

 イライザは原因不明の高熱を出し、医長から出された薬で眠っていた。

 過去に幾度となく見たことがある同じ夢を見ていた。


「イライザ、イライザ!」

 始めて足を踏み入れた研究所の庭園に興奮したイライザの耳に、父の声は届かない。

「よいしょっ」

 イライザの体が宙に浮き、掴んでいた花がちぎれた。

 マッケンがイライザを勢いよく抱き上げ、片方の腕にのせた。

「お姫様の耳は消えてしまったのかい?」

 そう言ってマッケンはイライザの耳を触った。

「お父さま、見たことのない虫が花についていたの。

 でも逃げてしまった。お父さまのせいよ」

「それはすまなかったね。でももう帰らないと」

 イライザを下に下ろしたマッケンは手を額のあたりに置いて空を見上げた。

「ここの空はいいね。ペンタグラムベースにいることを忘れてしまうよ」

 そう言ってイライザを見てほほえんだ。

 空を見上げたイライザが父の方へ向き直るとそこに父の姿はなかった。

「お父さま……お父さま、どこ?」

 不安と切なさで眠っているイライザの顔がゆがむ。


 視界が真っ暗になり、次の瞬間パーンと目がくらむほどのまぶしい日差しが差し込む。

 徐々に目がなれてくると、そこに灰色の地面が見えた。

 コンクリートではなくアスファルト敷きのその場所は、戦闘機ではなくヘリや自家用飛行機の駐機場であることがわかる。


「お父さま、お気を付けて」

「ああ、ありがとうイライザ。

 今回は少し長くなるが、君の誕生日には間に合わせるよ。

 私の代理をしっかり務めてくれ」

「自信はまったくないけど、がんばりますわ」

 イライザは苦笑いをした。


「ペトロを当てにするといい。

 私のお姫様がもう20歳か、感慨深いね」

 片手を上げた父の姿は閉まるハッチで徐々に見えなくなった。

 マッケンは15へ行くための施設、メインパレットのM-15-1へ向かった。


 はっとして、上体を起こしたイライザは流れる涙を手でぬぐった。

「お父さま……」

 シーツを握りしめ、きつく下唇をかんだ。


 ◆

 イライザの父マッケンはもとはペンタグラムベース内にある軍事研究所の航空機開発部に勤務していた。

 設計士であったが航空機の製造はもちろん、その後の整備にまで参加するほど航空機に対する熱量が高かった。

 縛りのない自由な場所で好きな開発をしたいと一念発起し、30歳のときにグリーンゲート社を作った。

 イライザは当時5歳だった。

 外注させたかった業務を山ほどかかえていた政府軍からは、予算が組みやすくなったと歓迎され、立ち上げ当初から大量の仕事が舞い込んだ。

 あっという間に大企業にのしあがったが、マッケンは本来の研究開発に手が回らず、いつも心が満たされずにいた。

 もと上司だったペトロをグリーンゲートに迎えたことで、自分が抱えていた業務を彼に任せて、念願の研究開発に少しずつ着手することができるようになった。

 グリーンゲートが出来てから10年目に、政府から15の開発に協力してほしいと打診があった。

 21民を15へ移住させるため、15に技術や知識の提供を行い、貸しを作るためだという。

 まずは、物資や人の運搬のための航空機とその施設を作り、技術とともに運営方法も指導してほしいという話だった。

 また研究の手が止められてしまうとマッケンは思ったが、15への興味もあり時空越えを決意する。

 15の世界を見たマッケンは、21へ戻ってからもその話ばかりで、家族ですぐにでも移住したいと言いだし、母オルガやイライザを困惑させた。

 メインパレットでしか生活をしたことがないオルガにとっては、どんなに自然が美しかろうが、絶対的な安全や利便性、そして衛生管理が約束されなければ受け入れがたい話だった。

 イライザはそこまで神経質ではなかったが、知らない世界へ渡ることへの不安はあった。

 15にグリーンゲートの新しい社屋を建てると息巻くマッケンを誰も止めることはできなかったが。


 ある日のこと、食事を終えお茶を飲みながら家族で談笑をしていると、お茶のカップをソーサーに置いたマッケンが15の話を始めた。

 マッケンは神経質なオルガが不機嫌になるため、必要が無い限り普段は15での話をしなかった。


「15の話なんだが、オルガ、少し我慢して聞いてほしい」

 そう前置きされたオルガは何も答えず無表情のままコクリとうなずいた。


「15にはまだ貴族制度が残っていてね。

 私の担当もルイバー伯爵という軍事関係の顧問をしている貴族なんだ。

 王に進言や助言をする立場の人なんだが、その伯爵がうちの技術をたいそう気に入って、私財で研究施設や工場を作ってくれるって言うんだ。

 土地の確保や営業権、手続きにかかる査定などは、よそ者には厳しくて、ましてや別の世界からの者にはなかなか許可が下りない。

 それら全てを面倒見てくれるというんだ。

 願ったりの話で、そうなれば21の仕事はペトロに任せて15を私の拠点にしたいと思った。

 当然、住居もあちらにあったほうが都合が良いのだが、君たちの意見を聞きたい」


「私は、お父さまに従います。どこにいても家族が一緒なら大丈夫」

 オルガはイライザを睨んだ。

「ね、お母さま、一緒に15に行きましょう」


「いやです。どうしても行かなければならないほど、21の環境が悪くなればそのとき考えます」

 イライザは肩をすぼめてマッケンを見て、マッケンは苦笑した。


「2人の気持ちはわかった。オルガ、無理強いはしないからね。

 15に社屋とともに邸宅を建てる予定だったが、社屋だけにしよう。

 近いうちに15に行くが、今回は少し長くなりそうだ。

 その後も行ったり来たりの生活になるが、あくまでも拠点は21ということにするよ」


 その時の時空越えを最後に、マッケンが21の世界に戻ることはなかった。

 ◆


 ドアをノックする音のあとに侍女が部屋に入ってきた。


「あ、イライザ様、お目覚めでしたか! すぐに医長を呼んでまいります!」

「待ちなさい」

 そう言ってイライザはベッドから足を下ろした。

「支度を手伝って」

「は、はい、承知しました」


 緑色のウィッグを外しているイライザの髪は、透けるようなプラチナブロンドだった。

 肩までのウェーブのかかった髪にブラシをあててもらいながら、鏡の中の自分を見つめていた。

 侍女がいつものようにウィッグをかぶせようとしたとき、イライザは手を上げてそれを止めた。

「下がっていいわ、ありがとう」

 イライザのその言葉で、手をとめた侍女は会釈するとその場から立ち去った。


「強がっても……お手上げなのかしら」

 ぽつりとつぶやいたあと、イライザはフッと笑った。


「イライザ様、ミナト様がお見えです」

 少しだけ声のした方へ視線を向け、すぐに前をむき直し再び鏡の中の自分を見た。

「通してちょうだい。お茶も準備して」


 ウィッグを着けずにミナトに会うのは本当に久しぶりだった。

 前がいつだったかさえ思い出せないほど。

 イライザの姿を見たミナトは、少し驚いた様子だったが、すぐにほほえんだ。


「その方がずっといいね。 体は大丈夫なのかい?」

 ミナトはソファーに腰を下ろした。

「さあ、大丈夫なのかどうかわからない。

 高熱の原因はわからずじまいだったけど、測らなくても熱がもうないことはわかる。

 憑きものがとれたような気分」

 平常心でごく普通のおしゃべりができるイライザを見て、ミナトはうれしくて涙ぐみそうだった。


「昔に、あのころに戻ったようだ」

 うれしそうに笑うミナトに、イライザもほほえみ返した。


「あれは……君がグリーンゲートを継ぐことになってから1年が過ぎたころだった。

 君が突然、緑色のウィッグをかぶって化粧も表情も、話し方まで変えて会議に出席したと、社内はその話題でもちきりだった。

 それまで君のことを軽んじてきた古株の重役たちが、あの日以来おとなしくなったって聞いた。

 そんなふうに虚勢をはっても、私の前ではいつも通り素直で明るいイライザだった。

 本当に変わってしまったのは、それから1年たったころ。

 君は21歳だったかな。

 何があったのか話してくれなかったけど、私の部屋でひとしきり泣いたあとの君の表情が今も忘れられない。

 袖で乱暴に涙をぬぐった君はとても悲しそうに笑った。

 その翌日から……君は別人になってしまった。

 最初はきっと芝居だろうと思った。

 強烈で冷酷な役に徹しているんだろうと。

 君がふびんで、とても悲しかった。

 そこまでしなきゃならない理由を、どうして教えてくれないんだろう、私では頼りにならないのかって自分も責めた。

 非力な私が君にしてあげられることは、そばにいてあげることくらいだった。

 必要とされていなくてもね」


 イライザは静かにお茶のカップを受け皿に置いた。

「私の夢は……21歳のとき私が抱いた夢は。

 復讐を貫徹させることだった。

 それがかなわないとわかった今、前にも後ろにも進めなくなってしまった」


「復讐って……いったいなんのこと?」


「ねえミナト。いつか一緒に21に行きたい。

 それが叶ったら、私はここへは2度と戻らない」


 復讐がなんであるか知りたかったが、イライザが話さないなら話したくなるまで待とうとミナトは思った。

「そ、そうか。君からお願いをされるなんて……初めてじゃないかな。

 一緒に21に行こう。君がいるなら私も21にずっといるよ」


「ありがとう」

 イライザの本当の笑顔が時間を飛び越えて戻ってきたとミナトはそのとき感じた。


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