赤の砦(殴り合い)
(赤バングルは脱落しないってタイロンが言っていた。でも俺は自信がない。
守ってくれている兵士がやられちゃったら……)
漁村跡で持参した軽食や果物をみんなは食べはじめたが、不安と恐怖で緊張がとけないユウキは食べ物がノドを通らなかった。
「あの、持っている武器は特別なものですか?」
ファビオがシャムスに聞いた。
「ああ、一応脳波に反応する武器だ。
イヤーカフにチップが入っていてそれと無線で連動している。
これは初期型だが、普通の武器よりも軽くて耐久度も高い。
切れ味も抜群だ。21の技術はすごいよ。
チップを頭に埋め込んでいないから安定しないらしいが、通常の武器とは比べものにならないほど順応してくれている。
思考が挟まらない瞬間的な脳の反応が武器に伝わるせいか、攻撃にためらいがない。
攻撃速度が各段にあがるんだ。
フォースが使えない俺でもそれだけ変わる。
ただ武器に体が引っ張られているような感覚はある。
フォースが使える人間の反応はもっとすごいし、打撃力も相当あがるって話だ。
それで体がもつのかは疑問だがな。
脳にチップを埋め込むタイプだと装備下にフォーススーツを着て、そのスーツが脳波の反応に追いつけない体の動きを助けるらしい」
「じゃあ……今着けている装備は普通の装備ですか?」
ファビオが聞いた。
「まあ一般的な装備だが、こいつもすごいんだぞ。
布っぽくて弱そうにみえるが、チョッキまで合せて3枚重ね着している。
胸にはセラミックプレートも入っているが、ワイトにかなわないのは笑えるな。
防刃だし爆破にも結構耐えられるのに。
あいつらは無防備な部分を見抜いているみたいに、顔面や手のひらなんかも狙ってくる。
すまないな、君たちより良い物を着ている。
その分しっかり守るよ」
(謝るって……軍人なのに、なんでこんなに謙虚なんだ?
そうか、元々は軍人じゃなくて民間人なんだ、きっと。
俺たちにも強く命令はしないし……)
「そんな……謝らないでください。
役立たずな自分のほうが申し訳ない……」
ファビオがそう言った。
「最初はみんな初心者だ。
しばらくは装備品回収の任務が続く。
赤バングル以外の見習いで外地に出ることができるのは、黄バングルの見習い終了間近の者だけだ。
未経験の君らに課せられた外地任務は、正直荷が重いと思う。
実力があるからか、あるいは早く兵士にする必要があるからなのかわからないが」
シャムスはそう言って立ち上がり、それを見た他の兵も腰を上げた。
「大事なのはワイトにならないで帰ることっす。
だいたい2カ月の間は回収任務をしながらの訓練になりやすが、これで結構コツがつかめるっす。
さて、出発っすね」
そう言った兵士の1人が、集めた装備品の袋を肩にかけて立ち上がった。
「帰りはここから崖を登って少し西に進んでから、岩場に入って、そこを探索しながら北上して砦に戻る。
果樹園の行き来に使われた道は、物資の運搬がしやすい開けた場所で、ワイトが湧きやすかった。
そういった危険な場所の回収はある程度済んでいる。
まだ見回っていない岩場や崖のあたりを探索していく。
出くわしても逃げやすい場所だ」
逃げやすい場所と聞いてほっとしたユウキとラバスは目をあわせて小さく息をはいた。
黙ったままのレミはいつになく深刻な表情をしている。
(あんなレミの姿は見たことがない。レミだって怖いよな、やっぱり)
漁村を出て少し西に移動し始めたとき、大量の休止したワイトが目に入った。
壁のように続くワイトの休止体に、見習い4人は唖然とした。
休止しているのに近づくのをためらってしまう。
「大丈夫だよ、動き出したりはしない。
休止が解け始めると、葉が緑になるから、そうなったら注意が必要だ。
皮肉な話だが、休止したワイトでできた壁のおかげでここは安全地帯になっている」
シャムスが言った。
「こんな数を休止させるって……大きな戦いがあったんですか?」
レミが聞いた。
「すごい光景だろ?
大きな戦いというより、ワイトの集団がでたんだ。
移動中の作業員やその護衛、50名ほどが襲われた。
ワイトの休止体の壁を作ったのは、フリカ国、黒の砦のサイファス隊だ。
果樹園方面にワイトの集団が向かったと目撃情報が伝えられたとき、たまたまサイファス隊が赤の砦に来ていた。
サイファス隊はバイクや車両を使うから赤の砦の騎馬よりも早い。
協力すると言ってすぐに砦を飛び出したが、到着した時には半数ほどがワイトになっていたそうだ。
全員Aランクのフォース使いだが、普通の武器を持たせてもめっぽう腕がたつ強者揃いらしい。
あっというまに休止体の束を作ってしまったそうだ」
「どうして赤の砦では車両を使わないんですか?
その方が安全そうなのに……」
ラバスが聞いた。
「燃料が手に入らない。
フリカはアッシビー国にあったコンビナート襲撃に協力して、そこからの燃料を調達できている。
だがアッシビーから制限をかけられているから、今フリカとスリトアの間にある砂漠地帯の油田を狙っている。
砂漠地帯に隣接するフリカの半島付近までパイプラインが走っていて、そこにコンビナートがあるんだ。
施設はすべて王府が管理している。
解放軍でそこの燃料を使うことはできないが、そこに隣接する火力発電は王府管轄のコロニーで利用されている。
コロニーもろとも掌握するつもりらしい。
他の国の解放軍もそうだが、思うように車両を使えないのは全て燃料がないせいだ。
油田やコンビナートは王府から1カ所しか奪えていない」
シャムスが説明した。
ワイトの休止体がなくなったところで、北に向かって続く細長い山のような岩場を登り始めた。
「あの……王府は3つの国の王族が集まってできたって聞いたんですが、どこの国のことですか?」
ユウキが聞いた。
「ああそうだ、3つの国の政府を合せて王府と呼んでいる。
もとはラシア国内の王都だった場所に、アッシビーとフリカの王族が避難してきて、3つの国の王族が集まってしまった。
当然政府の重鎮なんかもいるわけで、ラシア国の名前だけを使うのは許さないということになり、王府と呼ぶようになった。
ここスリトアの王族はワイトになってしまったらしい。
さあ、ここから東側の崖を探索する」
砦に帰るまでの岩場に、ワイトが出現することはなかった。
装備品は滑車のついた入れ物に入りきれないほどあり、縛り上げてそれぞれが持って帰った。
今日からジャッジビーとフリカの遠征隊が滞在するとのことで、翌日はそのための雑務があると言われた。
時間が空くはずだから、訓練棟の広場の一画にある対ワイトの訓練場に行くことを、シャムスからすすめられた。
解散後、レミがみんなに言った。
「明日の朝、8時半くらいに、食堂で朝ご飯食べよう」
「僕たちも参加していい?」
ファビオが聞いた。
「もちろん。ツクタンには話しておくよ。テント隣だから。
他のメンバーにも言っておいてね」
「了解、レミ」
ユウキが答えた。
みんな疲れ切って言葉少なにテントに戻った。
(はぁ……。疲れた)
たいした作業時間でもなく、重労働でもないのに、ベッドに座ったまましばらく動けなかった。
手元の端末で時間を見ると午後4時を少しまわったところだ。
(夕飯まで寝よう……)
ユウキは横になるとすぐに深い眠りについた。
眠りについてすぐに、誰かが言い争う声がかすかに聞こえて目を覚ました。
テントの外に出ると、テント場へ入る道の脇にある広場で、数名の人たちが言い争いをしているようだった。
そこに四方から人が集まっていき、ユウキもその場へ急いだ。
焦げ茶色のマントを着た兵士たちと、自分と同じ砂漠迷彩の軍服を着た数名が向かい合っている。
あっという間にできた人だかりを、かき分けながら前に進んだ。
チラチラと見え隠れする、焦げ茶色のマントの兵士たちは、周りの兵士より頭一つ抜きん出ていた。
背が高いせいでもあるが、頭の兜で余計に高く見えた。
ヒョウの頭を模した、いぶし銀の兜の下からは、口元しか見えない。
対峙する相手が目に入ったとき、ユウキは愕然とした。
(サトル……)
砂漠迷彩の集団の中に、サトルとルイバディ、モニークとツクタンがいる。
あと4人は知らない兵士だった。
(これって、今日北部へ回収へ言ったメンバーだよな……)
ヒョウの兜は確実に10人以上いる。
「おい、何があったんだ誰か教えてくれよ!」
人だかりの中の1人が大声で言った。
「こいつら、俺たちが回収してきた装備品を横取りしたんだ!」
サトルが叫んだ。
「ひどいな。茶の砦の奴らは、赤の砦でなにしてくれてんだ!」
群衆の中の1人が怒鳴った。
「人聞きの悪いこと言わないでくれよ、落ちてたんだよ。
名前でも書いてあんのか? これは俺たちの回収品だ」
にやつきながら相手の1人が言った。
「力比べをして強い方の回収品ってことにしたらいいんじゃねえか?」
もう1人がそう言うと全員で馬鹿にしたように大笑いをしている。
「お?見習いもいるじゃん。
ケガしたら大変だから、引き下がりなよ、あん?」
首をかしげながらなめた口を聞く相手に、赤のチームは我慢の限界がきた。
「ジッド班長! 俺、我慢なりません!」
「ああ、俺もだカイヤス、見習いは下がっておけ!」
ジッドが言った。
茶のチームは、全員ヒョウの兜を脱ぎ捨て、拳をつくって構えた。
「ほっといてください、好きで参戦するんだ!」
そう言ったサトルを見たジッドがニっと笑った。
「女の子は邪魔だから見学!」
ツクタンはうなずくと人垣に入った。
(人数の差がありすぎる! でも俺がでていっても……)
ユウキが迷っている間に殴り合いがはじまった。
サトルやモニークは一方的に殴られていた。
ルイバディは2人を相手にして、殴られてもまったくひるまない。
(クソッ! どうにでもなれ!)
ユウキは殴り合いのケンカをしたことがない。
知り合いが殴られていても、以前のユウキだったら絶対に見ないふりをした。
「ええい!」
群衆から飛び出したユウキは、仲間を殴ったやつが体勢を戻す前に横から殴りかかり、その拳が顔面にヒットした。
(当たった!)
「なんだこの野郎!関係ねえのが入ってきたぜ!」
殴った男に、すぐに殴り返されたユウキは、人垣の足下まで吹っ飛んだ。
耳のあたりを強く殴られて、耳に水が入ったような音にかわった。
(鼓膜……破れてないか……?)
そんなことを頭の遠くの方で考えながら、なんとか立ち上がり、ケンカの輪に戻ると、思い切り拳を前に突き出し、当たらずにまた殴られた。
「おい、がんばれ見習い!」
周りの声援は聞こえるが、力が増すわけでもなく、まったくうれしくもない。
人混みの中からラバスとファビオも参戦した。
ファビオは対等に殴り合いをしていたが、ラバスは殴られるだけだった。
(痛い……。このまま死んじゃいそうだ)
額や唇も切れて、流れる鼻血で軍服の迷彩の色が濃くなっていく。
そのとき相手の飛んでくる拳を、誰かがユウキの眼前で、手のひらで止めた。
「よくがんばったな、見習い! あとは俺が楽しんでやる!」
すごい速さで相手にストレートをあびせると、転がった相手は起き上がれない。
(す……すごい……)
ユウキもその場に倒れて、起き上がることができなかった。
群衆のなかの誰かが、ユウキを引きずって端によせた。
「すげえ!黒チーム参戦!」
ものすごい盛り上がりの声援が聞こえる。
痛みはマヒし、あまり感じなくなっていた。
目の中に入った血のせいで視界がかすんでいたが、圧倒的な強さで黒いマントの3人組が相手をのしていくのが見える。
(よかった……)
ユウキはそのまま気を失った。




