第三十一話 世界情勢と彼等 Ⅲ
ポーチに入れておいた水筒にレイが手を伸ばし蓋を開ける、口元に水筒を持って行こうとする手がガタガタと揺れているのが誰の目にも分かる程に動揺している。異様な姿を見たミトが何かを察してゆっくりと元の位置に座りなおした。
「気にするな、時々あるんだこいつらは」
「わ、分かったわ……ごめんねレイ。帝国は何となく分かった、他にはどんな勢力があるの?」
未だに動揺しているレイを横目に質問を続けた。正面を見るとミラとファリックが互いに肩と頭を枕にして眠っているのが見えた。
「他の勢力の話をする前に大陸の話しておこうか」
ずれていた眼鏡を直して話始めるガズル、最初に話し出したのは現在彼等が居る中央大陸。北部と南部で分かれていて彼等が居るのは南部だ、北部は全面的に帝国の支配下にある。北部と南部を隔てる一際大きな山脈があってこれをルーデルス連峰と言う。標高七六七七メートルで麓にはレイの故郷ケルミナが存在していた。そこから数キロ離れたところにカルナックの家が有る。共に標高はそれなりに高い所に位置している。
北部の中央に帝国の現本部が存在している。カルナックによって壊滅させられた旧本部は現在の南部支部に当たる。
北部に行くには主に三つの手段があり、一つは船による渡航。一つはもちろん連峰を登りきる事、そして最後の一つが。
「数年前に出来た巨大なトンネルだ、数十キロに及ぶ巨大な一本のトンネルがあってそこに西大陸から取り寄せたって言われる蒸気機関車で移動してるって話だ。俺達はもちろん帝国外の人間がそれを使う事はできねぇけどな」
続けて東大陸の話を始めた、ケルヴィン領主が納める『イーストアンタイル公国』があり自分達同様に反帝国を掲げる国である事。現領主のケルヴィンとその軍隊の存在。まだ未開の地が幾つか残っている事や帝国に次いでその権力が大きい事。
「それでも、帝国の足元にも及ばなかった。今は俺達が参戦したおかげで劣勢から抜け出したけど別に同盟を組んでるって訳じゃない、互いに利害が一致しているってだけに過ぎない」
「その言い分だと向こうも大概って事なのね……最後の西大陸ってのはどうなの?」
「西大陸は別名があってな、魔大陸って言われてた時代があったんだ」
そして最後の西大陸、中央や東に住む種族とはまた別に魔法を操ることが出来た魔族が居た。今はもう数が少なく絶滅危惧種にまで指定されている。外見は人間と大差なく、パッと見では全く区別がつかない。
法術師がその膨大なエーテルを感知してやっと認識できる程度で、正直見分けが付かないのだ。だが彼等が扱う法術とは元をただせば魔法、つまり魔族が使う力を応用した術である。言わば法術の大本、法術師からすれば聖地ともいわれる大陸である。
だが、何故彼等魔族がその膨大なエーテルを生まれ持ち合わせているかは一切分かっていない。突然変異なのかはたまた呪いの類なのか、これもまた帝国の起源以上に遡る話だ。今はもう知る者も居ないだろう。
西大陸には中央や東大陸にはない文明が存在する、少しだけ進んだ力。水蒸気を使った機関が存在している。蒸気機関は西大陸で生まれ徐々にではあるが中央や東にまでその勢力を伸ばしている。それでも西以外で見かけるのは稀な話である。
西大陸を統治しているのは半分が帝国で、残りは正直なところ分かっていない。幾つかの部族が集まってできた大きな都市があるとは噂に聞く程度でほぼ帝国の領地化にあると言っても過言ではない。
「じゃぁ、世界の半分以上は帝国が支配してるって事?」
「そうなるな、半分どころか三分の二は帝国の支配下だ。昔は世界制覇なんてこともあったみたいだけど、昔も昔大昔さ。今じゃ文献でそれを知る程度の事で歴史上何があったかは明確には記載されてねぇ。調べようにも分からずじまいって所だ」
一通りの事はガズルが一人で喋って終わった、レイとアデルはやっと落ち着きを取り戻したのか体の痙攣が徐々に収まり始めた。この二人に刻まれたトラウマは他の面々が予想する以上なのだとこの時初めて知る。普段このような事が起きることも無く、いざ戦闘となればその強さは折り紙付き。剣聖結界すらマスターする精神の持ち主であるのにこの動揺っぷり、修行時代に一体何があったのかを聞きたくなるが……それは各々胸に仕舞い込んだ。
「んで、何か思い出したことはあるのか?」
一通りの話が終わった所をギズーが睨むようにミトを見て質問をする、それにミトは首を横に振った。
「さっぱり、靄みたいなのが掛かっててまるで思い出せないし。それ以上何かを思い出そうとすると頭が割れる程痛くなってどうにもならないわね」
「――っち」
一つ一つの部品を組み合わせてシフトパーソルの手入れを終わらせようとしていたギズーがもう一度横目でミトを睨みつける。するとギズーの目からは微量の殺気が漂い始める。
「なぁミト、俺はテメェが気に入らねぇんだ。いや、テメェらだ。どこの生まれでどこから来たのか、はたまたどんな理由があって俺達の目の前に現れて何をしようとしてるのか。俺にはさっぱり分からねぇ。そんなテメェらを俺達のお人よしは庇うっていうんだから笑っちまうよな? 良いか、もう一度だけ言ってやる。俺はテメェらが気に入らねぇ、できれば今すぐにでも撃ち殺してやりてぇと思ってる位だ。何が楽しくてテメェらのお守をしてやらなくちゃいけねぇんだ。記憶喪失ってのも疑わしいなぁ――」
ゆっくりと揺れる車内の空気が一瞬だけ張り詰めた。手入れを終えたシフトパーソルにマガジンを装填したギズー、それが原因だった。ゆっくりと自分の顔の前に持ってくると磨かれた自分の獲物を見つめる。鏡の様に綺麗になったシフトパーソルを様々な角度で黙視する。
「ま、まぁ……それをどうにかできないかを先生に相談するんだしさ。ギズーもいい加減――」
レイが言い終える前にギズーの右手がレイの顔正面に出てきた、その手にはシフトパーソルが握られていてトリガーに人差し指が掛かっている。コックも上がっていていつでも発射できる状態になっていた。銃口は――ミトに向けられている。
即座にレイは感じ取った、ギズーから発せられる異常なまでの殺気を。それを見たガズルも止めようと動き出すが後はトリガーを引くだけの状態。どうにかして銃口を蹴り上げるには無理な体制でギズーの手を狙う。
「っ!」
レイの目にはしっかりと映っていた、ゆっくりと動くギズーの右手人差し指がトリガーを奥へと押し込んでいく。そして目の前で完全にトリガーが引かれると乾いた発砲音がすぐ目の前で鳴り響く。同時に銃口からは弾丸が発射された。




