第四十五話 敗走 Ⅳ
「さて――」
隣の車両に移動したシュガーはグラブを前方へと放り投げ、右手で術式を展開し始めた。
「起きておるのだろう、話を聞かせて貰おうか帝国」
「――食えない婆さんだ。いや、本当に婆さんなのかアンタ」
「人を外見と年で比べる出ない若造め」
展開されていた術式を解いて近くの椅子に座る、腕と足を組んで目の前の帝国兵へと問う。
「アレは一体何じゃ」
「アレ? あぁ、完成しちまったのか」
二人の会話には含みが有った。
シュガーにしてみれば初めて見るそれをどう例えれば良いのか分からず、グラブには思い当たる節が一つだけ有った。
「生まれてこの方二千年になるがの、あんなもの見た事も聞いたことも無い。アレは一体なんじゃ」
「――それを俺が言うとでも思ってるのか婆さん、あくまでも俺はアンタ達とは敵対してる立場だ。それを易々と教える訳にはいかねぇな」
「ほう?」
半笑いで答えるグラブの言葉にシュガーの顔が歪んだ。
グラブの発言は筋が通っていた、あくまでも彼は帝国兵であり彼等とは敵対する組織である。その中で自分達の情報を何故教えなければならないのか。あくまでも筋は通っている。そう、状況だけを見なければの話だが。
「お主は一つ勘違いをしておるのぉ」
「……勘違いだ?」
「確かに筋は通っておる、儂らはお主等帝国とは敵対しておる。その敵に情報を渡す馬鹿は居らぬ。儂が間違っておったわ」
「そうだろう、だからアンタらに教える事なんて――」
そこまで言うとグラブの背筋が凍った、この日二度目になる恐怖を感じ取っていた。
全身に鳥肌が立ち、目の前に座る小さな女性の目を見る事が出来なかった。「殺される」、そう感じ取ってしまった。そうなってしまえば後は訳はない。
恐怖とは生存本能を蘇らせ、思考を加速させては停止し、脳が逃げろと命令していても体が硬直し動くことが出来なくなる。ソレが恐怖だ。
「全く、俺達は一体何と戦っているんだろうな。アンタと言い剣聖と言い、揃って本物の化物じゃねぇか」
「化物とは言うてくれる、ならばお主は人である証明が出来るのか」
「あぁそうさ、俺こそ人だ。俺こそか弱き人間だ! 人外の道を歩む決意から数年、あいにく俺はまだ踏み外し切れてなかったようだぜ」
食って掛るようだった。
人の皮を被った化け物を相手にしている気分であろうグラブの精神状態。四方八方から銃口を突き付けられ、目と鼻の先には剣先が伸びている。何時銃弾が体を貫くか、何時その剣先が体に食い込むか。そう言った心境なのだろう。
「テメェらこそ、人の皮を被った化物共じゃねぇか」
「貴様等帝国が人を語るな畜生共、先に裏切ったのは貴様等帝国じゃ。知らぬとは言わせぬぞ小僧」
「否、俺達は何も揺らいでは居ねぇ。曲がる事はねぇんだよ婆さん。俺達帝国は端から何一つ変わっちゃいねぇんだ。アレだってそうさ、必用だから作り上げた。必用だから生まれたんだよ!」
「馬鹿者めが、アレが本格的に動き出したら力のない人間は駆逐されるだけだと分からんのか!」
「あぁそうだ! その為に作られたんだ、俺達の理想を達成させる為に作られたっ! アレこそが俺達を自由にしてくれる、人類の救済なんだ!」
常軌を逸している、誰が聞いてもそう思えるようなグラブの叫びだった。
一体何が彼をそうさせているのか、何が彼を動かしているのかとシュガーは唇を噛みしめる。
「馬鹿者が、あんなものを制御できるとでも本当に思って居るのか」
「可能さっ! ソレを俺達は手に入れたんだ、文明が数百年進んだと言っても過言じゃねぇ。長きにわたったこの戦争もやっと終わりを向かえる事が出来る、もう怯える必要も無くなるんだからよ!」
グラブの目は血走っていた。
思念、理想、夢、希望……そう言った縋る物を見つけた弱気心が語る信者の目に近いとシュガーは感じていた。事実その通りなのだろう、グラブの口から語られる言葉は空を掴むような、どこからふんわりとしていると感じ取れていた。
「良いだろう教えてやるよ婆さん、アレは俺達帝国が作った――一度起動すれば止まる事の無い夢の装置。初代皇帝が唱えた千年幸福論を現実とする機械仕掛けの神!」
「――まさか、青き技術かっ!」
「そうだ、アレこそが星を渡った神。歴史に再び名を遺すであろう――」
その瞬間、グラブの瞳孔が今まで以上に開いていたのをシュガーは見た。震える体に感情から滲み出す僅かなエーテル反応。無意識の中であふれ出たソレに僅かだがグラブの髪が逆立ち始めた。
「永久機関・オートマタだっ!」
青き技術――三千年前に失われた失われた技術。




