第四十五話 敗走 Ⅲ
「つまり、俺は負けたって事だよな」
「そうなるのぉ」
特別目立った外傷の無いアデルが目を覚ましていた、シュガーから事の顛末を聞かされ腑に落ちない表情をしていた。記憶に残っているのはマイク・ガンガゾンが現れてダル・ホンビードの頭部を撃ち抜いた所で止まっていた。訳が分からない内に視界が真っ暗になり、気が付いたら蒸気機関の床の上。
「ギズーの言ってたことは正しかった、アレは正真正銘の化物だ。今の俺達でどうにかなる相手じゃねぇ」
「だけど、それじゃどうするの?」
苛立ちに似た声を上げたアデルに右肩をさすっているミラが問う、アデルの意識が戻る少し前にミラもまた気が付いていた。最初こそミトの姿を見て安堵していたがすぐさまその表情は恐怖へと変貌する。
決して出会ってはいけない相手だった、決して相見えてはいけない相手だった、決してその姿を認識してはいけないと本能が叫んでいた。逃げろと脳が命令するが足が竦んで動けない。足が動かないのであれば術を使えと脳が命令するが攻撃してはならないと本能が妨げる。
グラブ・ガンガゾンとはそう言う相手だった。
「課題の一つじゃな、お主達の力をもう一つ上の段階へと伸ばさんといかんのは明白じゃが……時間も無いのは事実じゃ」
「じゃぁどうすれば良いってんだよ婆さん!」
悪態をついた瞬間シュガーの指先に風を圧縮させてアデルに向けて術を発動させた。額に命中すると弾き飛ばされたようにのけ反り壁に後頭部をぶつける。
「婆さんとは余計じゃな小僧、短期間でお主等を成長させるなんてのは不可能に近い。単純に考えれば総力戦になるじゃろうな」
「総力戦と言っても、個々の戦闘力が変わらないなら然程変わらないのでは無いでしょうか」
今だ意識が戻らないレイに膝を貸し彼等の話を聞いていたミトが横槍を入れる様に呟く、後頭部をさすりながら起き上がるアデルもまた同様の意見を持っているように見えた。
「確かに個々の力じゃあの若造には遠く及ばんだろう、だが個々撃破されるよりはまだマシじゃ。お主達の力は良くも悪くも分散されているようじゃし、何よりそこの剣聖はまだ伸びしろがある様に見える」
「確かに俺達の中で一番強いのはレイかも知れねぇ、だが剣術で言えば俺の方がアイツより上だ。剣聖の称号は無くとも剣帝序列筆頭だったレイヴンと渡り合えたんだ、俺にだって伸びしろが――」
「お主に何ができる、剣聖結界もまともに扱えん小僧が抜かすな。よいか? あの若造を見くびるではない、全盛期とまでは言わぬ――じゃが、今の儂とも渡り合えるだろう実力は持ち合わせておる」
別に慢心している訳では無かった、アデルは少なくとも戦いの中では馬鹿な発言はしない。相手の強さを測り違える事も早々にない、これは天性の武に等しいその力。相手の力量を図り間違える事の無いアデルは、シュガーの一言で沈黙せざるえなかった。
「婆さん……アンタから見て俺は、俺達はこの喧嘩勝てると思うか?」
「弱音とは情けない、お主は今まで一体――」
「勝てると、思うか?」
捲し立てようとしていた所にアデルの言葉に弱音が混じった。
いや、彼からすればそれは弱音では無かったのかも知れない。自分達の師の師匠にあたる人物から見て自分達はどこまで行けるのだろうかと、どれだけ抗うことが出来るのかと不安になったのだろう。
時に言葉は希望を見出すが、その逆もまた――然り。
「そこの坊やお主次第じゃな、この戦力で考えるならそれ以外言えぬ」
「……なら、ガズル達と合流できたなら?」
「それこそ分からぬ、此度の衝突でお主達の力量を知る事が出来たが向こうはまだ何も見ていないのだ。あっちのガキ共は何が出来る、何が使える」
そう、例えどれほどの戦力になるのか。どれ程の力を有しているのかが分からない以上、それ以外に発する言葉は無かった。
「じゃが、総力戦となれば別じゃろうて。それでもお主とそこの坊や次第になるのは明白。お主達の中で最大火力を持つをお主をどう扱うかにもよるとは思うがの」
「俺の――最大火力」
「うむ、正直な所お主は切り札にも等しい。氷の坊やが補助に回り、術の小僧が援護し、周りも一斉に補助に回りつつお主が最大火力を叩きこむ。これ以外に現状あの生意気な餓鬼をどうにか出来るとは思えん」
思わず絶句していたのはアデル本人ではなく、ミトだった。
アデルの最大火力はミラの最大出力を乗せた法術をも上回る可能性がある、その事実に驚きを隠せなかった。法術の出力であれば確実に現状のアデルよりはミラの方が一枚も二枚も……いや、それ以上に高い。それは彼等の中では共通の認識ではあった。
それを、目の前にいるこの魔法使いは覆してきたのだ。
「ちょっと待ってくれ婆さん、俺自身がこんな事を言うのも何だが最大瞬間火力なら俺よりミラの方が確実に上だ。炎帝剣聖結界時でもミラの最大出力には及ばねぇと思ってる。なのに俺なのか」
「馬鹿を言うでないわ、炎帝剣聖結界を発動させた時点でお主の方が最大出力は上じゃ。その力をまだコントロール出来とらんに過ぎぬわ!」
三人はその言葉を聞いてさらに驚いていた、極めつけショックを受けていたのはミラではなくアデル本人であった。炎帝剣聖結界を発動させるだけでは到達できない領域がある事は知っていた、だがその高みに上る事が既に出来るとシュガーは告げている。
そう、それは未だ知らされていない「剣聖結界」の扱いその物だった。
「教えてくれ婆さん、どうやってその高みに登れる。どうやったらその先へ行ける、どうすれば俺は強くなれるっ!」
「――お主次第な所が半分、もう半分は氷の坊やにでも聞いてみるんじゃな」
溜息をついてシュガーは立ち上がると隣の車両へと向かう、右手にグラブの服を掴み引きずっていく。
「あのカルナックが何故それを教えなかったのかは知らん、それなりの理由が有ったのかは、はたまた……いや、気まぐれか。――あぁ、それとな」
一度歩みを止めシュガーはレイへと視線を送る、まだ意識が戻らぬレイの体に目を凝らしていた。何かを探る様な視線だったとアデルはその時真っ先に気付き、レイへと顔を向ける。
「暫く、その氷の小僧は役に立たん。それも考慮して考える事じゃな」
シュガーはそう言い残して隣の車両へと移っていった。




