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『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~  作者: 青葉かなん
第四章 永久機関・オートマタ
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第四十四話 人ならざる者 Ⅲ

「答えろ剣聖! 俺に……何――しやがったぁ!」


 最早動く事の出来ない体、流出する血液の量はグラブの体力をすさまじい速度で削っていた。徐々に体から熱が奪われて行くのが感じ取れるほどに。


「残り……四十九――」


 ゆっくりと動き出したレイ、しかしミトの目には彼ではない何かに見えていた。

 焦点は定まっておらず、霊剣を握る力もほぼほぼ無く、意識は朦朧としているだろうその姿。動けるはずのない体は一体何によって動いているのだろうかとミトは困惑した。


「――り――七――」


 右手に持つ霊剣がグラブに向けられたその時、再びレイの体からおびただしい量のエーテルが溢れだした。自身に留めておくだけの力が残されていないのだと悟ったミトは咄嗟に走り出す。


「レイっ!」


 近づくだけで凄まじいまでの精神寒波がミトの体を襲い始めた、意識を持って行かれそうになるほどのエーテルの暴風に晒されたミトだがその足を止めることは無かった。走り出した足は止まらない。止めていはならないと直感で感じ取っていたのだ。そして――。


「止まって、止まってレイっ!」


 後ろからレイに抱き付いて制止を図った。

 レイの体に触れた瞬間ミトの体に激痛が走り抜けていった、夥しい量のエーテルがレイの体から伝わりミトの肉体を傷つけ始めたのだ。


「ダメだよ、これ以上はダメだよ!」


 走り抜ける激痛に耐えながらミトは声を掛け続けた、ゆっくりと前へ進むレイの体にしがみ付きながらも届かない声を掛け続けていた。

 幾度となく襲うその痛み、到底耐えられるものでは無かった。同時に流れ込んでくるレイのエーテルから感じ取れるその感情もまた痛いほどミトには通じていた。


「お願いだから止まって、剣聖結界(インストール)を切って――そうじゃ無いと」


 叫び続けた。

 叫ぶほかどうにもできなかった。自分がこれ程までに無力だと今痛い程感じているだろうミトはひたすら声を掛け続けた。届いていないその声を届かせる為に、目の前で燃え尽きる命を救う為に。


「今君が居なくなったら私達はどうすれば良いのっ! 約束したじゃない!」


 叫び声は悲痛に変わっていた。

 自分の無力さ、何もできない力の無さ、ただただ声を掛け続ける事しかできない自身と目の前で苦しんでいるレイの姿に涙が溢れる。


「お願いだから――止まってぇ!」


 そこでミトの体はレイのエーテルによって弾き飛ばされた。


「痛っ!」


 大きく吹き飛ばされたミトは仰向けで倒れた、頭部から血が流れだしてその顔に流れ出る。上体を起こして再び大きく彼の名前を叫びながら立ち上がる。


 一歩、また一歩確実にレイ元へと歩みを進めるが襲い掛かる精神寒波の所為でうまく進むことが出来ない。両腕はレイに抱き着いて居た時の反動でボロボロになり、至る所から出血していた。服も破れ肌が露出している、顔に流れる血は目に入ると視界を真っ赤に染め上げていた。


「諦めな嬢ちゃん、もうコイツはダメだ」


 ミト以上に精神寒波を喰らっているグラブが虫の息で声を上げた、もう視力は殆どなくなって呼吸をするのも苦しいのだろう。微かに聞こえたその声にミトは返す。


「諦めない、絶対に諦めないっ!」


 血に混じって涙が頬に伝わる、体を動かせば激痛が走る中必死でレイの元へと足を運ぶ。


「君は見捨てなかった、私達の事を見捨てる事も出来たはずなのにしなかったっ! だから今度は私の番――諦めない、絶対に助けるんだからっ!」


 ミトのその言葉をグラブは確かに聞いていた、聞いていたのだ。死に行く体にふと力が入った、ミトのその言葉に否応にも力が入ったのだ。

 抵抗する力は残っていないと思って居た、立ち上がれるとは思って居なかった。既に死に体、視界は既に失われ均衡間隔も無い。強いて言うのであれば地面に設置している足の感触すらなかった。それでも立ち上がったグラブは真っすぐとレイに対峙した。


「いいねぇ……そこまで言われちゃぁ否応にも壊したくなるじゃねぇか――なぁ」


 突き刺さっていた直剣を引き抜くと仁王立ちでレイに向き合った。震える体に流れ続ける夥しい量の血液。失われたエーテルを再活性化させて再び炎帝剣聖結界ヴォルカニック・インストールを発動させる。


「――そうだろう、剣聖」


 笑っていた。この男は確かに笑っていたんだ。

 殺意、憎悪、殺気、絶望、虚無――そんな感情は一切なく。何処か晴れ晴れとした笑顔だった、満面の微笑みで仁王立ち。事切れるその瞬間が近づく中での仁王立ち。


「あぁ――この世界はクソッタレだなチクショウ」


 グラブの目の前まで歩みを進めたレイが霊剣を頭上に構えた。その姿を見て彼はもう一度笑顔を作って見せ、満足げな表情でグラブはレイを見つめる。


「駄目ぇぇぇぇぇぇ!」

「きっかり――タイムアップだ」


 振り下ろされる霊剣はグラブ目がけて真っすぐ落ちていく、そして――。


絶対零度の檻(アブソリュート・ゼロ)


 寸前の所で霊剣はその降下を止め、レイとグラブは互いに瞬時にして氷漬けとなった。

 混乱が混乱を招き、混沌が思考の負荷領域へと侵食していく。ミトの目の前で巨大な氷が生成されるとレイとグラブはその中で氷漬けとなる。それと同時に信じられない程の冷気が風に乗って周囲に吹き荒れた。


「何が――どうなって」


 氷塊の中に封じ込められたレイのエーテルは瞬間的に暴走が収まっていた、残り時間にするとほんの数秒しか残っていなかったであろうそのわずかな時間。何が起きたのか何でミトは錯乱していた。


「全く、この馬鹿弟子の弟子(クソガキ)共ときたら後先を考えん」


 一度だけ聞いたその声、ゆっくりとミトに小さな影を作って空から降りてくる人影に気が付いた。

 両脇にアデルとミラを抱えて浮遊しながら降りてくる小柄な女性がそこに居た。全身ボロボロで左目からは流血し腹部からも血が滲んでいた。


「シュガーさん、どうして」

「話は後じゃ、こちらもおぬしらに語るべき事柄が多すぎて整理がつかん。全く――」


 満身創痍になりながらゆっくりと地面に着地したシュガーは両脇に抱えていた両名を地面に落とした。置いたのではなく文字通り落とした。アデルとミラには目立った外傷はなくただ気絶されせられているだけだとミトは推測した。

 だがしかし、何故この場所にシュガーが現れたのかが理解できない。同時に一緒に出掛けたはずのもう一人の男の事を思い出す。


「カルナックさんは、どうされたのですか」

「だから話は後じゃ、とりあえずこやつらを安全な所まで連れて下がるぞ。特にそこの坊やは無茶したみたいだしのぉ」


 後ろを振り返りレイを見つめるシュガー、痛々しいまでのその姿にあきれ顔でため息を付いた。

 同時にレイの正面で笑顔で仁王立ちしている男にも視線を向ける、全身から流れていた血は氷塊によって瞬時に凍結され傷口も同様に封印されている。もしもレイが完全なる状態で同じ術を使ってもこれ程までに巨大で即効性のあるものは作れないだろう。ミトはシュガーの術を目の当たりにして息を呑む。


「ついでじゃ、聞きたい事は帝国側にもある。そこの坊主も連れて行くぞ」

「っ! その人は――」

「分かっておる、フレデリカ・バーク(最恐)の部下じゃろう? だからこそ必要なのじゃ」


 腰のポーチから幻聖石を取り出して杖を具現化させると、地面を軽く小突く。目の前の巨大な氷塊は音を立ててレイとグラブの周囲を残して崩れ落ちていった。


「何はともあれ命拾いしたのぉ小娘、さっさとそこの馬鹿共を担いで蒸気機関(アクセル)に乗り込む準備じゃ。こっちも急いでいるのでのぉ」


 残る右目でミトに目くばせを送り軽くウィンクをした。






「厄介な婆さんだなぁ、まぁ誤差の範囲だけどね」


 遠目に彼等を覗き込んでいた青年が座りながらそう呟いた。

 青年の左側には頭部を失ったダルの遺体が転がっている、その体躯を左手で掴み上げると肩に置いて空を見上げた。


「さて、次はどうしようかな。まずは本国にダルさん運ぶのが先だろうけど……その後は~」


 ポケットから煙草を取り出して口に咥えた、何処からともなく炎が小さく湧き上がると火種として先端に宛がう。小さな火種はタバコに引火し大きく吸い込んで肺に酸素と一緒に煙を送り込み、一呼吸置いてから二酸化炭素と共に吐き出した。


「楽しいねぇ、実に楽しいですねぇこの世界は。こんなにも世界はクソッタレで現実を突き付けてくるなんて本当に楽しい世界じゃ無いですか」


 声を漏らしながら不敵に笑い、空中に浮遊し始めるとそのまま北東の空へと消えて行った。ガンガゾン一族の末裔の一人であるマイクの残した言葉にどんな意味があってどの様な含みがあるのか、まだミト達にはそれが分からないだろう。


 聞こえるはずのない声がレイを担ぎ上げるミトの耳に届いた気がした。

 声が聞こえた場所に顔を向けるがそこには何も無い、誰も居ない。


 それでも聞こえた気がしたと、後にミトは語っていた。


 そう、不気味で、まるで人の声には聞こえなかったというその言葉。




「さぁ、楽しい楽しい時間(カウントダウン)の始まりだっ――」




 そう聞こえたという。

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