第四十三話 多重剣聖結界 Ⅱ
一方その頃、頭目を探し東部へと動いていたアデルはその足を止めていた。
目の前に立つ大柄の男、右手にはハルバードを持ちアデルを待ち構えていた。灰色のエルメアを纏い静かに朝日を背に立っていた。
「アンタが頭目か」
「――正確には違う、だが大して差は無い」
「って事はレイが戦ってるのはグラブかマイクのどっちかか」
グルブエレスとツインシグナルを鞘から抜刀して構える。それを見た大男もまたハルバードを構えて両足を広めにとった。
「ダル・ホンビード、ゾルベックが一人だな」
「如何にも、見える事が出来て嬉しいぞ剣帝序列筆頭――いや、黒衣の焔」
「懐かしい名前だ、俺自身久しぶりに聞いたぜ」
「――剣老院に憧れ剣聖を目指し、弟弟子にその称号を奪われた哀れな焔よ。何を持ってその剣の道を行く」
「何?」
いつでも飛び込める体制を取っていたアデルは姿勢を崩してダルの言葉を聞いた。これから殺す殺されるの戦いが始まると言うのに目の前の男は一体何を言っているのだろうとアデルは首を傾げる。
「もう一度聞く、貴様は何を持って剣の道を行くのだ序列筆頭」
「どういう意味だ」
二人の間に小さな北風が吹いた、冷たい風にアデルの帽子がゆっくりと煽られて揺れる。対峙しているダルのエルメアもまた同様にゆっくりと揺れ動いていた。
「――貴様がしていることは自分達の、ひいてはこの星の命運をかけた戦いであると承知しているのかと聞いている」
「良く分からねぇ事言ってやがるなテメェ、帝国が今までしてきた事忘れたとは言わせねぇぞ。それを棚に上げて星の運命だ? 何をぬかしやがる」
「分かっておらぬのか、貴様らがしている事を」
「帝国兵の言う事なんざ理解したくもねぇな。仮にだ、俺達と帝国が争ってたら何が起きるって言うんだ」
何を言われているかまるで理解できないアデルは鋭い視線でダルを睨んだ。それに臆することも無く小さなため息を付いて一歩前に歩いて出る。
「無知とはこれ程浅はかで疎かな物なのか」
「――悪いが俺は馬鹿だけど馬鹿じゃねぇんだよオッサン」
両手に剣を持ったまたズレた帽子を直してもう一度戦闘態勢へと移行する、ダルもまた応戦するべく腰を深く落としアデルを睨みつけた。
「俺に勝つことが出来たら教えてやる、今何が起きているのか。そして貴様らが何に挑んでいるのかをっ!」
ダルの足元から突如として炎が噴き出した。それを目撃したアデルはレイと同様に我が目を疑った。吹きあがる炎はゆっくりとダルの体を包み込み、徐々に周囲のエーテル濃度が上昇していく。それに反応しアデルの髪の毛も少しだけ赤く染まった。
「おいおいおい、冗談じゃねぇぞ――カルナックの者でもねぇテメェが何でソレを使える!」
「浅はかな、貴様等はラストアルファセウスの片翼と対峙しているのだ。伝授されていない訳が無かろうっ!」
炎帝剣聖結界を発動させていた。信じたくないその光景にアデルはとっさにインストールデバイスを取り出そうとする。だがそれをダルが許しはしなかった。
「遅いっ!」
炎帝剣聖結界を発動させたダルは深く落とした腰から下に力を入れて地面を蹴った。
一歩で音速。
二歩で赤熱し。
三歩目で雲を纏い。
四歩目には地面を蹴る意味を無くした。
常人ではとらえる事の出来ない速度に僅かに反応したアデルが即座に右へと避ける。が、音速を遥かに超える速度で飛び込んでくるダルの攻撃をかわすことが出来ても交差した瞬間の衝撃波を避ける事は出来なかった。
音速に乗った巨体の質量エネルギーは想像の遥かに上を行く。かすめた衝撃波だけでもアデルのエルメアの一部が切れて身体にまでダメージが及ぶ。止まる事の出来ない暴走列車の如く突き進んだダルは建物に激突してやっと止まった。
「化け物かテメェ」
「貴様に言われる筋合いはない」
先手を取られたアデルは少なからず現状何が起きたのかを理解するのに時間が掛かった。予想だにしていなかった炎帝剣聖結界に加えて音速による突進攻撃。大してアデルはまだ炎帝剣聖結界を長時間維持することは出来ない。もって三十秒程度でしかない現状、対峙したこの男は強すぎるのだ。
「上等じゃねぇかこの野郎っ!」
ここぞという時以外発動できないアデルに対し、情報が食い違っている相手の戦闘力に不安を感じつつもグルブエレスとツインシグナルを力いっぱい握った。同時にアデルがダルに向かって走りだす。
「生身で勝てる程甘くは無いぞ黒衣の焔!」
「やってみなきゃ分かんねぇだろう!」
再び地面を蹴って突進をしてきたダルに対し、アデルは自身の前に剣を交差して構えた。だがその程度の防御で炎帝剣聖結界を施してるダルの攻撃力を防ぐことは出来ない。ハルバードがアデルの剣にぶつかった瞬間再び吹き飛ばされた。いや、吹き飛ばされながらダルの突進に押されているのが正しい。
「――カハァッ」
衝撃波と突進の多重攻撃は予想以上のダメージをアデルに負わせた。同時に吹き飛ばされながら建物にぶつかり貫かれる。五枚ほど壁をぶち破ってやっと突進が止まった。
予想以上の衝撃にアデルは意識を持って行かれそうになった。本当にギリギリの所で保っていたのだろう口から血反吐を吐きながら未だにハルバードを突き立てているダルに血が混じった唾を吐きつけた。
「こんなもんかよ、レイヴンの攻撃はもっと的確で恐ろしい攻撃だったぜ」
「ふむ。仕留めに行ったつもりだったがどこか甘い所があったか」
「テメェの突進攻撃じゃ俺は殺れねぇよ、レイヴンのはもっと痛かった。もっと的確に急所を狙ってきたぞ」
打ち込まれたハルバードを打ち払うのに一瞬だけ炎帝剣聖結界を発動させて弾いた。即座に発動を切ると体から力が抜けていくのが分かった。適度なタイミングで使用し、不意を突こうと考えていたアデルだったが予想以上の消費にその表情は焦りを見せた。
「テメェにはアイツと違って決定的に足りないものが在るっ!」
「聞かせて貰おうか、その口から次に何が飛び出してくるのか楽しみだ」
折れた膝に力を入れて真っすぐに伸ばして剣を構えた。
まだ炎帝剣聖結界を発動させるには時間が足りないアデルは生身のままダルへと突進し、グルブエレスを右一杯に振りかぶって切り掛かる。
「熱意だよ、テメェの獲物にはそれが一切感じられねぇ! 事務的に対峙してきた相手をねじ伏せてきた力しか俺には見えねぇな!」
「然りだ黒衣の焔、そんなものは俺に必要ない。あるのはただ目の前の敵を屠る事だけだ」
渾身の一撃だったアデルの斬撃は軽々と弾かれて宙に浮く。身動き取れない空中で無防備になったアデルに狙いを定めてダルがハルバードを握る右腕を後ろに引いた。
「貴様も今まで対峙してきた者達と同様に眠れ、アデル・ロード」
もはやぼろクズの様になったアデルにとどめを刺そうとした時、ダルは炎帝剣聖結界切った。勝利を確信した彼は必要以上に消費するエーテルを嫌ったのだろう。アデルを殺した後はまだレイ・フォワードが残っている。こちらは剣聖と呼ばれる相手。少しでもエーテルを温存して置きたかったのだろう。
「――ここだ」
アデルは諦めていなかった。左手のツインシグナルを空に放り投げると霞む視界の中でダルが炎帝剣聖結界を解除したのを確認した。そして同時に自身は術を発動させる。
「炎帝剣聖結界!」
「もう遅い!」
ハルバードを持つ右手に力を入れてアデルの心臓目掛けて真っすぐに突きを放つ。そして突き刺さるかどうかという所でそのハルバードは動かなくなった。いや、ダルは力を込めている。真っすぐにアデルを貫こうと殺意を持って攻撃をしている。だが体が動かない。そう疑問に思った瞬間体全身が猛烈に痺れているのを感じた。
「今だミラ! 俺ごとやれぇ!」
アデルが叫んだ瞬間、空中に放られたツインシグナルに向かって巨大な雷が落ちてきた。ツインシグナルを通りアデルへと直撃した雷はそのままダルの持つハルバードへと流れていく。炎帝剣聖結界を切ったダルにはその雷に抵抗する術を持ち合わせていない。だがアデルは別だった。温存していたエーテルを全て解放して発動させた炎帝剣聖結界。雷の直撃を受けた物の耐法術障壁のおかげで緩和されていた。
「貴様――まさかコレを狙ってっ!」
雷の正体は二人の戦いを遠方で見ていたミラによる特大法術だった。以前ガーディアンとの戦いで見せた特大の落雷、数千ボルトから数億ボルトと呼ばれる超常現象をエーテルを操る事で意図的に発生させ、指定の座標に落とす法術。この一発でアデルが炎帝剣聖結界時における五秒と同等のエーテルを消費していた。
つまり、ここ一番で無ければ使用する事の出来ない取って置き。言わば切り札に近い法術だった。
「だから言っただろ、テメェの獲物には相手を確実に仕留める熱意が感じられねぇって」
数秒に渡り落雷が発生し、二秒程度の間に計十三発が落ちていた。一番最初に電撃を受けたツインシグナルは柄の部分が少しだけ焦げている程度で刃は溶解していなかった。アデルが地面に着地すると左手で落ちてくるツインシグナルを掴んでそのまま倒れているダルの首元に突き立てた。
「テメェの誤算は俺が一人で戦ってると思った事だ」
「――見事じゃないか黒衣の焔、戦闘時に保険を掛ける程度の頭はあったようだな」
「無駄口叩いてんじゃねぇ。ウチの法術士のとっておき喰らってんだもう動く事も出来ねぇだろ――教えて貰おうか、一体何が起きてるのかって奴を」
アデルはツインシグナルをゆっくりとダルの喉元から引き離すと逆手に持ち替えて納刀する。左手に持ってるグルブエレスはそのままで未だ体中に電流が走っているだろうダルに向けて問う。
「答えろ、帝国は一体何をしている」
握っていたハルバードに足を掛けて、一度捻ってダルの手から引きはがすと遠くへと蹴り飛ばした。これで獲物が無くなったダルは完全に満身創痍になり痺れる唇を徐々に動かし始めた。
「――五年前の事だ」




