第四十話 蒸気機関の街「リトル・グリーン」 Ⅲ
部屋を後にした三人は近くの椅子に腰を掛ける。
アデルはあまり見た事の無いレイの姿に動揺し右往左往している、その間ミトはレイに言葉をかけ続けた。
「大丈夫?」
「……うん、ちょっとだけ取り乱した」
「アレがちょっとね、剣聖の名前は本当に伊達じゃないのね」
「そんな事は無いよ、本音を言えばまだ僕に先生の後を継ぐ資格なんて無いしまだまだ未熟者だ。さっきだって感情を抑えきれずエーテルが暴れた。先生が居たら何て言うか」
「何でもかんでも背負い込み過ぎ、隣を見てみなよ」
両手で顔を覆うレイにミトが左側を指さして見せた。慌てふためくアデルの姿があまりにも滑稽で可笑しかったからだ。ゆっくりと顔を上げて指さす方へ目線を向けるレイ。
「何してんだよアデル」
「だってお前、いきなり氷結剣聖結界なんて使うし周りに俺達もいたのに精神寒波は放つしでびっくりするだろう!」
「そうだよね、びっくりしたよね。僕だって驚いたんだ。感情に負けそうになっても何とか冷静になろうって思って、それでも体の底から湧き上がる感情には勝てなかった。暴走するってきっとこんな感じなんだろうなって少しだけ怖くなった。それでも僕は許せなかった」
「確かに俺も許せねぇと思ったさ。でもよ、ギズーが言っただろう。お前だけはこっち側に来るなって、アレはお前の為を思って言ったんだ」
「分かってる、でも僕達はチームだ、僕だけ汚れ役をやらないってのは違うだろうアデル。それじゃまるで僕もあいつ等と同じになっちゃうんだ」
そう、ギズーのあの一言で我に返ったレイ。お前だけはこっち側に来るな。ギズーがそう願いそう言い聞かせるように放った一言だった。その言葉にレイは少なからずショックを受けていた。
共に困難を突破し、共に笑い共に進んで来た仲間である彼等だ。皆が皆同じ経験をしてこの先も歩んでいくものだとレイは思って居ただけにあの言葉が心に刺さった。
「僕達は何をするも常に一緒だった、一緒だったからこそ進んで来た道があると思って居たんだ。だから僕だけが手を汚さないなんて許されるはずがないんだ」
「違うよレイ、そうじゃない」
落ち込むレイに再びミトが声を掛ける。
「ギズーが言ったのはね、お前だけはこっち側に来るなでしょ? それはきっと感情のまま動いてはいけないって事なんだと思う。アデルやガズル、ギズーは勿論だけど少なくとも感情で人を傷つけようとしたことが有るんだと思う。君は今私達のリーダーなんだよ、だから冷静に状況を分析しなくちゃいけない。だから感情のままに動いちゃダメ、君が私達を取りまとめないといけない。そう言う意味なんじゃないかな」
真剣な表情の裏にレイを心配する一面が残るミトがそこに居た。ガズルもギズーもアデルも、いや、少なくとも人であれば感情のまま動く事も少なくはない、だがそれでは大局を見失う事もあるのも事実で、リーダーとして負うべき責任は他にある。
「君はさっき何を言おうとしたのか覚えてる? 私はまだ付き合い短いけど、何度もギズーに言ってたよね。むやみに人を殺してはいけない、感情のまま引き金を引いてはいけないって。ギズーはあんな風に見えて君の言葉ちゃんと理解して守って来てると思うよ。だから君が破ってはダメ」
そこでレイはさっき自分が何を言おうとしたのか、何をしようとしたのかを改めて思い出す。そう、相手の言葉に煽られたかもしれないが後一歩アデルとギズーの対応が遅かったら間違いなくガイを殺していたかもしれない。無防備な状態で精神寒波を直接受ければどうなるか、彼等はよく知っている。身動きできなくなったところに大量のエーテルをぶつけ氷漬けにさせる事だって可能だ。
ギズーはそこまで理解して瞬時に動いていた。
アデルの傍に座っていたという事も相まって直ぐに動けたのだ、勿論ガズルもすぐさま止めようとしていたがレイの真後ろに座っていた為アデルから少し距離があり、先に動けたのはギズーの方だった。
「そうだぜ、あのまま暴走させてたら俺の炎帝剣聖結界も維持できなくなってただろうし、何より危ない所だったんだ。ギズーの咄嗟の判断に感謝しないといけないんだぜレイ」
「――僕は」
「でも気に病むな、誰も皆万能じゃない。俺だってキレる時はキレるしガズルもプッツンしたら手に負えなくなる。ギズーに関していえば言わずもがなだろ。だから今回お前がキレた事をとやかく言う奴なんていねぇさ。心配するな」
「――それでも、それでも僕はっ!」
涙が溢れだした。
ガイの言う事が正しければ現状彼等のポジションは危ういバランスで立っている、そこに海上商業組合の後ろ盾を無くすようなことになれば、ましてや海上商業組合からも狙われるようなことが起きれば皆の命にだって関わってくる。ソレを実感した瞬間レイの瞳から涙が溢れ始めた。
「僕は、皆をこれ以上危険に晒すところだった! 僕は――っ!」
頬を伝わる涙はレイのズボンにポタリ、ポタリと落ちていく。アデルは自分達のリーダーがこれ程までに自分達を気にしていた事、きっとあの日メリアタウンで戦死した彼等の墓標の前で流した涙の時からずっと抱え込んでいたのかと、二つも年下の少年に何もかも背負わせていたのかと悔やんだ。
「馬鹿が、俺達の事信用してるならもっと頼れよ。お前一人に何もかも押し付ける何てことさせねぇよ。俺達七人全員でFOS軍だ。俺達は一心同体だけどお前だけはもっと気楽に生きて良いんだ」
「そうよレイ、何もかも全部背負い込む必要は無いんだよ。だから大丈夫、大丈夫だから」
ギズーの言う情緒不安定とはきっとこの事だろうとミトは思った、そこまで考えてあの場所から連れ出す様に言ったのかと、彼の事を一番に考えるギズーだからこそ咄嗟にそう考えたのだろうかと思った。そう思わざるえなかった。
話し合いが終わったのはそれから二時間が経過した辺りだった。
ゆっくりとドアが開いて中からガズルとギズーが何かを話しながら出てくる。その後ろからミラとファリックが疲労を隠せない表情で出てくると、最後にガイが神妙な面持ちで出てくる。
「終わったぞレイ、少しは休めたか?」
「ギズー……ごめん」
「気にすることはねぇ、そうだろガズル?」
「あぁ全く持って気にすることじゃ無いな、こういう交渉だとかは本来俺の役割だからな。上手い事纏めたから後で詳細を聞いてくれ。だがその前に――」
会議室から出てきた四人はゆっくりとガイへと振り向き道を開けた。同時にレイの元へと足を運ぶガイの姿があった。
「――謝罪する剣聖、申し訳なかった」
レイの前にまで足を運ぶと深々と頭を下げた。
「そしてあの発言は撤回する、君達を試すようで申し訳ない事をした。同時に言っていい事と悪い事の区別を付けずに発言した事を謝罪する」
「……試すってどういうことですか」
その言葉を聞いてレイがガイの顔を見上げた、目の前で頭を下げたままガイは続ける。
「本音を言えば分からなかったのだ、君達のような子供にこの戦争を任せていい物なのかと。噂には尾ひれがつくものだ、何か偶然起きた出来事が誇張して伝わるなんてことはザラで君達の事は正直報告と噂話でしか私の元に届いていなかったのだ。新たな剣聖の実力とその仲間達の力、実際に目にし体感するまで信じられる話では無かった」
「だからワザと僕を怒らせるようなことを」
「申し訳なかった」
ガズル達はその姿を見て肩を落とした。レイ達が部屋を出た直後にガイはすぐさまその事を白状していた。身をもってレイの強さを確認し、あまつさえ敵に回してはいけないと十二分に理解したのだ。同時にギズー以外の三人は当然抗議した。だがギズーだけは何も言わなかったという。
「真実だレイ、このおっさんが言う事は」
「なんでそう言いきれるの?」
「――よく見てみろよ、このおっさんの目を」
ガイがゆっくりと頭を上げ、その目を覗き込むレイ。
「アイツと同じ目をしてるだろ、この目は信用できる」
そこにあったのは、かつて見た英雄の目と一緒の物だった。このクソッタレな世界をどうにかしようと企む、後に英雄と呼ばれる男たちの目がそこにはあった。




