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第三十六話 オール・フェイカー Ⅲ

「――腕を上げたなギズー」

「何でこんな所にアンタが居るんだ」


 おびえた様子だった。

 何に怯えているのか彼等の位置からはまるで分からなかった。いつでも引き金を引いてとどめを刺せるだろうその姿に一同は何事かと困惑していた。


「一年ぶりか? お前は本当に楽しそうだなぁ」

「――何でアンタがそれを着てる、何でアンタが今俺の前に立ち塞がるっ!」


 ギズーのその声はレイ達にも届いていた。距離にして約百メートル程、小さな丘に立ち、その向こうにいる帝国兵にシフトパーソルを突き付けている。それしか彼等には分からなかった。


「アレがお前の言う仲間(おともだち)か?」

「答えろ! 何でアンタが今になって――今俺の前に居るっ!」


 ギズーの表情からは明らかに動揺と焦りの色が滲んでいた、いつもの面倒くさいと言う表情からはかけ離れたその顔。右頬に流れる一滴の汗。今までのギズーからは想像もできない表情だった。


「――――だ、まだお前は足りないっ!」


 一発の発砲音が聞こえた、同時にギズーの体が宙に浮いて右肩から出血していた。シフトパーソルで撃ち抜かれたようにもレイは見えた。


「ギズー!」


 突然の事に走り出した、何故シフトパーソルを突き付けているギズーが打たれたのか。何故ギズーは引き金を引かなかったのか。訳が分からないまま撃ち抜かれた瞬間を目撃したレイは小さな丘から転げ落ちるギズーの元へと走った。


「ちっくしょうっ!」


 左手で右肩を抑えるとそのまま先ほどの場所まで走った。そして今しがた話をしていた人間の元へと移動したが、そこには誰も居なかった。

 レイが駆け寄って来てギズーと同じように辺りを見渡す。しかしそこには誰も居なかった、まるで最初から誰も居なかったかのようだ。


「大丈夫かギズー!」

「――あぁ、肩を撃ち抜かれただけだ。問題はねぇよ」

「何で撃たなかったんだ、相手は誰なんだよ」

「大丈夫だ、心配いらねぇ。ただの顔見知りだ。まさか帝国に居るとは思っても居なかったから面を食らっただけだよレイ。問題はねぇ」

「でもお前――」

「大丈夫だって言ってんだろう!」


 レイは初めてみたのかも知れない、ここまで何かに怯えるギズーの姿を。

 ギズーもまた人の子だ、何かに恐怖を覚え何かに恐れる事もあるだろう。だがそれは一般人(・・・)の場合に限る。少なくともレイを含めたここにいる少年少女達は世間でいう一般ではない。死線を潜り抜けてきた幼いながらも前線で戦ってきた者達だ。ましてやレイ、アデル、ガズル、ギズーは先の神苑の瑠璃の戦いを抜けて来た。そんな彼等が今怯える者と言えば――レイは想像が付かなかった。


「今更何の用だよ、完全なる偽善者(オール・フェイカー)……」





 帝国の待ち伏せを受けてから二時間、ギズーの負傷により一時休憩を取った彼等の脳裏には不安が残っていた。この先帝国の待ち伏せがまだあるかも知れない、その都度こうして足止めをされていては全力で走ってきた意味が無い。ましてやギズーが負傷するこの事態は誰も予想だにしていなかった。


 だがギズー自身に油断が無かった訳ではない。

 帝国の一般兵程度ならある程度苦戦することも無く突破できる、それは今まで培ってきた彼等の戦闘と修羅場を切り抜けてきたからこそ分かる力量。そして仲間と一緒に居ると言う何よりの安心感がギズーだけではなく、全員の心の奥底にあった。

 考えてもみれば馬鹿な話である、帝国最大の戦力が彼等を待ち伏せている可能性だってあった。どれ程の実力があるのか分からない中その油断は一歩間違えれば死を意味する。この半年彼等が戦ってきた一般兵との戦闘がその油断を作った。これは彼等の確実な汚点。


「どうする? このまま真っすぐ街道に出て行けば最短で到着するだろうが帝国の待ち伏せがこの先無いとは言い切れない。だが他の道を行くとなると時間が掛かるのは誰の目を見ても明白だ」

「それは他の道でも同じだろうね、ただ街道を抜けるのが一番近いってのはギズーの言う通りだと僕も思う。だからこそそこに配置するのは目に見えてるから……どうしようかアデル?」


 ミトに回復してもらってる途中でギズーが声を発した。レイもまたそれに同意して口を動かすがどうすれば良いのかが分からない。


「俺に聞かれてもな、こういうのはやっぱりガズルに任せた方が良いだろう。な?」

「なって簡単に降るなよ。確かにギズーとレイの言う通りだ。真っすぐ街道を行けば最短ルートで最短時間でメリアタウンへと到着するけど問題は帝国兵だ。どれ程の戦力を配置してるのかが分からねぇし他の道を行くのが利口ではあるな」


 タバコを吸いながらそう答えた、日は既に落ちて荒野で焚火を囲む彼等。カルナック家を出る時に貰った少量の食料を食べながら周囲の警戒を怠らず話を進めていた。


「だったら、またグランレイクを通れば良いんじゃないか?」


 アデルが提案するが即座に否定される。それもミラにだ。


「駄目だよ、グランレイク越えだって前回はレイ君(あんちゃん)の法術で抜けたけど……現状僕達の中で一番の防御力を誇る絶対零度をあそこでまた使ったらその先で帝国に襲われた時対処するのが遅くなる。何よりエーテルが持たないよ」

「ミラの言う通りだアデル、仮に向こうに高位な法術使いが居たら俺やファリックはそれを防ぐ術がない。法術に対する防御はレイに任せっきりになっちまうから出来る限りの消耗は控えたい。こういう時にエーテルが無いってのはつれぇな」


 肩の怪我がほぼ治癒された所で右腕の調子を確かめるために二度三度回してギズーが言った。それもそうかとアデルは納得してその場に寝そべる。


「この際だから俺らの立ち位置をもう一度明白にしておこう。前衛のアタッカーは俺とアデル、中衛に防御のレイと中距離射撃のファリック、そして回復と中距離攻撃が可能なミト。最後に後衛から大火力をたたき出せるミラと長距離射撃のギズー。こんな振り分けになるだろう。正直レイは前衛でも問題は無いが言わば俺達の要、防御が崩れた所に法術やショットパーソルの弾丸の嵐はゾッとするな」


 木の枝を使って地面に図を書きながら説明するのはガズル、それを囲みながら見つめる他のメンバー。


「確かにレイが落ちたら崩れるのは早いだろうな。そう言う意味でいえばガズル、お前も出来れば落ちて欲しくは無いから前衛としては辛い所だな」

「なんでだ?」

「お前の重力球って法術を吸収できるだろ? そう言う意味での防御はギズー達からすれば有り難いんじゃないかって」

「馬鹿言うな、アレは一種類の物しか同時吸収できねぇんだよ。炎なら炎、風なら風って具合でしかできねぇ。だからレイ程の防御力は無いんだ」


 呆れ顔でガズルはアデルにそう言った。


「とまぁこんな感じかな、後は――」


 吸い殻を焚火に投げ入れたガズルはギズーへと目線をやる。それに気づいたギズーは左手で右肩を抑えた。


「そろそろ教えてくれねぇか、お前は一体誰と会って誰にその肩を撃たれた? 何で引き金を直ぐに引かなかった?」

「……」

「だんまり決め込んでても話は進まねぇぞギズー、教えろよお前がそこまで怯える野郎の名前を。完全なる偽善者(オール・フェイカー)って一体誰だ?」


 一度ガズルから目線を外して右肩を抑える左手に力が入った。だが何かを観念したかのようにその力を緩めると懐から煙草を一本取りだして火をつけた。そして。


完全なる偽善者(オール・フェイカー)――俺の兄貴「マイク・ガンガゾン」。一族最強の男」


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