第三十四話 忍び寄る帝国 Ⅱ
「使えねぇなぁ――」
彼らの戦闘を遥か後方でのぞき見していた男が三人、一人が望遠鏡でその様子を見て一言呟いた。
「その様子だと全滅か?」
寝そべって望遠鏡を覗いている男の隣で煙草を加えている別の男が訪ねる。
「半壊だ、あのショットパーソル全部でいくらしたと思ってんだよ全く」
望遠鏡を覗いている男がゆっくりと立ち上がってため息をついた。三人ともエルメアを着用していて右胸に鷲のエンブレムが付けられていた。
「ふむ、一度少佐殿に報告を入れるか」
「馬鹿野郎、失敗しましたごめんなさいとでも言うつもりか? 殺されるぞ俺ら」
「そうは言わんが、アレの事もあるしな」
「――あぁ、アレか。別に構いやしねぇよ。やったのはそこの新入りだ」
二人がそう話している後ろで彼らの戦況を聞いて不気味に笑う青年が一人いる。
「噂通りの男だったな、少佐殿が連れてきただけはある」
「腕は立つ。が、出来れば関わりたくねぇな俺は」
望遠鏡を持っていた男が振り返って青年を見る、ひきつった笑い方をして彼らが居る方角だけをじっと見つめている。それが何とも気味が悪かった。
「あー、でも報告は入れておくか。アレについて後で言われると厄介だしな」
「では、私が入れてこよう」
そう言うと煙草をくわえている男が砂の山から下りていく。双眼鏡を持っていた男は舌打ちをしながら後ろで笑っている青年に対して悪態をついて同じく下りた。
「化け物め」
「これで全部か?」
一通りの殲滅を確認したアデルがグルブエレスとツインシグナルを振り回しながら言った、器用に手首を回転させて二本の剣をくるくると回す。
「逃走したのは二人か三人、あの戦力じゃもう何も出来ねぇだろうからほっとけ」
周囲に血と肉の焦げた匂いが充満している中ガズルが辺りを見渡してそう言った、最初の電撃で半数以上が焼け焦げると残りは散り散りに逃げ始めようとしていた。そこをアデルが切込み一通り殲滅させていた。
「一年前の復讐か何かか? それにしても装備揃えてやがったなこいつら。んで、それなんだ?」
振り回していた剣を鞘に納めるとガズルに近づいた、当人は見慣れない機械を触っている。全部で五十台あってどれも最初の電撃でショートしていた。
「ホバーウォーマー、これも西大陸原産の水蒸気機関だよ。遠くだったから見えなかったけど、コレがあるなら電撃戦法何て取らなかったんだがなぁ」
「なんだ、使えないのか?」
「初手の電撃でほぼ全滅、一部のコイルがショートしてやがる」
ここ中央大陸でも時々見かける小型の水蒸気機関、蒸気を機体の下から噴射して浮力を得る。更に後方の噴射口から排熱することで浮いたまま前進する機械である。
「……でもオカシイと思わないかアデル、いくら格安で手に入ると言ってもこの量のショットパーソルとこれだけのホバーウォーマーを集めるなんて結構な額なんだ。それを何だってこいつらがこんな代物これだけの量手に入れられんだ」
故障してないホバーウォーマーを探しながら不満そうに漏らした、それにアデルがキョトンとした顔で答える。
「盗賊団なんだしどこかからかっぱらって来たんだろ? こいつらの懐事情なんて当時から良く知ってるけど買える訳がねぇ」
「だからおかしいって言ってんだ、ギズーも言ってたけどショットパーソルは横流し品だ。正規ルートで買おうなんて考えたらそれこして大陸渡らなきゃなんねぇ。こいつらにそんな余裕はない、盗むったってこの辺り拠点にしてるこいつらがどこを襲うって? 海上商業組合は船持ってるから砂漠越え何てしない。誰かが裏で糸引いてなきゃ出来ねぇんだよ、それにこの奇襲だってまるで俺らが此処に居るって分かってた様じゃないか」
一台だけ電撃から免れていた機体を発見してエンジンを掛けた。無事に起動することを確認すると跨ってアデルを後ろに乗せた。
「だから、誰がこいつらを唆したって?」
「本当に馬鹿だなお前は、俺らと対峙してるなんて言ったら一つしかねぇだろ!」
右手でアクセルを回すと機体が浮き上がってレイ達の元へと急速発進する、後ろで軽く乗っていたアデルが思わず落っこちるかと思うほどの衝撃を受けることになる。
「帝国だっていうのか?」
「考えたくはねぇが気を付けていた方が良いだろう、だからこそこいつが居るっ!」
この時点でガズルの考えはおおよそ的中していた、彼等の戦闘を遠くから見ていたエルメアを着た男が三人。少佐殿と呼ばれ、恐れられている人物がいることをまだ彼等は知らない。
「こいつなら今までの速度以上で逃げることが出来る、この砂漠さえ抜けちまえば剣老院の所まではあと少しのはずだ。向こうに付いちまえば化け物クラスが一人加勢すると考えると心強い、だから早い所抜けちまおう」
「……俺の師匠を化け物呼ばわりするな」
「はい――えぇその通りです、グラブの報告ではホバーウォーマーで一気に砂漠越えを企んでいるそうです。――はい。かしこまりました、ではその様に」
一方、先ほどレイ達を監視していた一人が通信機で誰かと交信を取っていた。そう言えばこちらの詳細について話していなかった。軽くだが触れておこう。
現在通信を行っている男、名をダル・ホンビードと言う。階級は大尉、灰色のエルメアを着て背中にはハルバードを背負っている。また、グラブと呼ばれた男、こちらは先ほど望遠鏡でレイ達を見張っていた男だ。同じく階級は大尉で同じ色のエルメアを着ている。
「所で少佐、彼はどこで拾って来たのですか? ――なるほど、東で。――いえ、あれほどの狂犬を良く手懐けたと思いまして。――それはそれは」
そして最後の一人、赤いエルメアを纏うこの青年。
先ほどから一言も喋らず不気味に微笑んでいる彼もまた、この二人と共に行動するだけの力を持ち合わせている。引き込みで帝国に加入したとはいえ初めての階級が中尉である。実力社会の帝国としては異例の階級であり、また前例は無かった。
「それで彼に付いて少々お話が。――いえ、作戦に変更は何らありません。ただ」
ダルが通信機を耳に当てながら顔を上げると、そこには真っ赤に燃える炎が見える。黒煙が立ち上がり一目で大規模火災が起きていると分かる。しかし、レイ達の場所からではあまりにも距離が離れすぎている為この煙に気づくことは無かっただろう。
「奴らを匿った罪で数名を公開処刑し、それに反発した為――えぇそうです」
大きな炎はこの距離でもダルの目にきちんと届いていた、そして同時に風に乗って運ばれてくる不快な臭いも同時に。眉間にしわを寄せて数時間前に起きた惨劇を思い出しながら報告すべき事を通信相手へと伝える。
「ケープバレーは消滅しました、生存者確認できません」
砂漠のオアシス、宿場町ケープバレーはたった一人の手によって全滅していた。