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第三十二話 訪問者 Ⅲ

「おい、居たか!?」

「いえ、何処にもいません!」


 案の定それから暫くして帝国兵が団体でやってきた、だが馬車は残っているものの中はものけの空。荷物も無ければ人の影すらない。そして馬の姿も消えていた。


「これだけの人数を集めても見つけられんのか! なんとしてでも探し出せ!」


 苛立ちを隠せずに吠える男性が一人、赤いエルメアを纏っているところから中尉と思われる。その表情からは苛立ちと同時に焦りも見受けられる。口調が荒くなり部下達を走らせ続けている。


「見つけろ! なんとしてでも見つけるんだ! でないと、でないと俺が――」

「――貴方が、どうしたのですか?」


 中尉の後ろから静かで、とてもきれいな声が聞こえた。背中を一度振るわせて即座に振り返り敬礼をする。中尉の顔からはおびただしい量の汗が吹き出し、口をパクパクとさせながら言葉にならない事を話始める。


「しょしょしょ、少佐殿! イマイマイマ今しばらくお待ちくだだださい!」


 真っ白なエルメアだった、帽子を深く被り眼鏡をかける女性が一人。中尉の後ろに音もなく現れ立っていた。周りの兵隊達も一度動きを止めて少佐と呼ばれる女性に敬礼をする。だがその空気は異質と言うより以上であった。ピリッと張り詰める空気と怯える兵士達。それはこの少佐に向けられているものだと誰の目に見ても分かるだろう。


「アンタイル中尉、私達遊撃師団が本国から受けている任務は何でしたか?」


 細い目だった。

 まるで目が開いていないと錯覚するほど目の細い顔でアンタイルへと質問をする。もう一度背中をびくつかせ唾を飲み込んでからアンタイルは口を開く。


「はっ! 我々帝国軍遊撃師団は、我等に仇名す異端分子を徹底的に排除し、草の根を分けてでも探し出し、抹殺することにあります!」

「――よろしい、では続けなさい」


 笑顔のままだった。

 だがその笑顔に一同の空気が更に凍り付く、中には気絶しそうになる者まで出始める始末だ。とても冷たい殺気がこの女性から流れ出ているのが分かる程だ。


「カルナック君、君達の弟子は中々優秀のようだね。私は嬉しいよ――楽しくて溜まらないよ」






 帝国軍が馬車の元へと駆け付ける丁度一時間ほど前、大きな荷物を抱えて彼等は斜面を駆け下りていた。ミトには馬があてがわれ、もう一頭には荷物が積まれている。ほどんどアデルの荷物である。

 彼等が目指す場所、それは東に位置するグランレイクだった。ミトの発案で一同はグランレイクへと続く斜面を勢いよく降りていく。


「なぁ、本当にそんなことが出来るんだろうな!?」

「一応出来ると思うけど、この暑さだしどうなるかは分からないよ?」


 アデルがレイの横を走りながら尋ねると、レイも半信半疑のままだろうその案に乗っているように見えた。現状を打破するにはこれが最有力候補としてギズーも納得したが……何分一同試した事の無い奇策でもある。ガズルとギズーの二人はおそらく大丈夫だろうと判を押した。


「ほーらー? 男の子でしょ? 一度決まったことグチグチ言わないの!」

「そう言ってもよ、いくらレイでも無茶があるんじゃないか?」

「ん~……なんとかなるんじゃない? あっちの二人だって大丈夫だって言ってる位だし何とかなるわよ」

「なぁレイ? 俺が女運悪いのかお前が悪いのかどっちだ?」

「僕にそんな事聞かないで!」


 馬に乗っているミトは楽しそうに斜面を駆けるが残りの面々は割と恐恐としている。むしろ馬がこれだけの斜面を駆け抜けているのが不思議な位である。木々を避けながらグングンと加速する彼等、もう少しでグランレイクの辺に辿り着くだろうと予想される。だが一時間も走りっぱなしの彼等にも流石に疲労の色が隠せなくなってきた。


「見えた――」


 一度視界が開けてグランレイクが目に飛び込んできた。各自速度を落としつつ徐々にグランレイクへと近づいていく。だがここで事件が起きる。レイの横を走っていたアデルが木の根っこに足を取られて転倒してしまった。顔面から地面へと激しくぶつかるとそのままの勢いで湖へとまっすぐに転がっていく。この時全員の思考が一致した事をここに明記しておく。「ドジ」と。


 「――っ」


 きっとアデルなりに頑張ってブレーキを掛けたのだろう、努力の方向が間違っていただけで結果としては速度を落とすことに成功した。回転しながら転がり続けるアデルはこれ以上転がっては止まるどころか湖に落ちてしまうと考えたのだ、全身に力を入れて首、手足と色んな部分を硬化させる。それがアデルに悲惨な事態を招く。


 グランレイクの辺は湿地になっていて、そこに顔から落ちてしまったのだ。全身に力を入れていたアデルは首一つで回転の勢いを止めることに成功するが、首から上だけが沼地に突き刺さり、綺麗な姿勢で逆立ちしていた。


 アデルの不幸は止まらない、本人は「止まった」と思っているがそこは沼地である。今度はゆっくりとアデルの体が沈み込んでいく。


 それと同時に息が出来ないことを悟りもがく。


 首から下だけを沼から出している状態で手足をバタバタさせている姿はとても可笑しく、ギズーとガズルの腹筋を崩壊させるには丁度良かった。それと同時にバタつくことで沈みを加速させている事にアデルはまだ気づいていない。


 一足遅れてレイがその姿を見て思わず噴き出した、しかしアデルの動きがピタっと止まると一同は焦ってアデルの元へと近寄り数人がかりでアデルを引き抜いた。まるで畑から野菜を引き抜くように。


「大丈夫か?」


 魚の様に口を開閉させて何かを言わんとしてるのはガズルには分かった。

 きっとその他のメンバーにも伝わっているものだと。しかしアデルは何も言葉を発しなかった。未だに体を痙攣させて何かを訴えようとしているだけだった。それを察してガズルは右手でアデルの腹部を一発殴った。


「ぷはっ!」


 口から少量の泥が吐き出される、もがいている途中で息苦しくなり口を開けてしまったのだろう。その時に泥が流れ込み喉を詰まらせていたと推測する。それを瞬時に理解したガズルの鋭さにはレイ達も舌を巻く気持ちだ。長年アデルと一緒に居たガズルだからこそ分かる事なのかもしれない。


「助かったぜガズル、流石俺の右腕――」


 そこまで言ってアデルはもう一度苦悶の表情を浮かべる、彼の腹部にはもう一度ガズルの拳が突き刺さっていた。


「右腕は過去の話だ、今は親友(ダチ)と呼べって言ってんだろ」


 照れくさそうにそう言った。

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