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記憶をめぐる、彼と少女の物語  作者: 葛生雪人
三、ジャバルの賢老
7/49

1.

 アルナーサフという男はカナズの村長ではあるが、村人は誰も彼が今日どこに現れるのか知らなかった。

「まだ歩くのか!」

 少女の叫ぶ声に振り返ると、二人の間に羊の群れ一つ分ほどの距離ができていた。

 長身のヴァールと、幼子のような背丈の少女。

 一歩の幅に違いがあるのはもちろん、息を整えるための小休止の数も、その間隔も大きな差がある。

 気遣ってやらなければこうなるということは初めからからわかっていたことだが、ヴァールは速度を緩めることなく歩き続けた。その上で、遙か坂道の下に見える少女の姿に苛立ちを隠せずにいた。

 少女さえ現れなければ、今ごろ高いびきをかいて眠っていられただろう。そう思うと直接怒りをぶつけたくもなるのだが、そんなことをすればまた面倒なことになるはずだ。ここにはカムラのように仲裁に入ってくれる者もない。こらえろヴァールと言い聞かせるが、憎さは減るどころか時間を追うごとに増していく。

 そしてその憎しみは少女だけでなくアルナーサフにも向けられた。

 アルナーサフが何故自分を案内役に選んだか。

 そこには暇人であることの他に理由があるのだとヴァールは理解しているつもりだった。

 ヴァールが一番、彼に遭遇しているのだ。

 村の長といいながら、彼は村にとどまらない。カラカルという神の獣と崇められる生き物を追い、山の中を動き回っているのだ。

 彼はカラカルの声を聞き村人に伝える『助言者』なのだという。だから村人たちは困りごとがあると彼を探す。記憶を失った者がいれば彼に会わせる。誰も疑うことのない、古くからのならわしだ。

 その『村人たちが願って会いに行く』アルナーサフに、ヴァールはよく遭遇してしまうのだ。

 たまたまカラカルとヴァールの行動範囲が似ていたのかもしれない。と考えたこともあるが、おそらく違うだろう。それほど人里離れて獣の領域に分け入っている自覚はない。アルナーサフが嫌がらせをするために付け回っている、という方が理由としては可能性が高そうだが、それをして何の得があるだろうと考えると、それも違う。

 なんにせよ、頼んでもいないのにアルナーサフという男はよくヴァールの前に姿を現した。

 ヴァールは村人よりも彼と遭遇してしまう。

 そして暇である。

 だからといってこんな面倒事を押しつけられるのは腑に落ちなかった。

「アルナーサフさえ余計なことを言わなければ」

 だいたい、カムラが彼の伝言を聞いているということは、昨日の騒動の中、アルナーサフは村に立ち寄っていたということだ。そのまま一晩居座ってくれれば、わざわざこちらから出向く必要はなかったのだ。

 考えれば考えるほど、不快にしかなり得ない要素がぼろぼろと出てくる。

 追い打ちをかけるように少女の声が谷間(たにあい)に響き渡る。

「おい! 聞いているのか! まだ歩くのか! どこまで歩くのだ! 腹が減ったぞ! おいてゆくな!!」

 耳障りな雄叫びだった。山肌にぶつかって戻ってくる声を打ち消さんと、ヴァールも声を張り上げる。

「うるさい。黙れ。文句があるなら、ここまで追いついて言え」

 それだけ言うと少女に背を向け歩き始めた。

「なんだとー。わかったぞ。すぐに追いついてみせるからな。負けないからな。待ってろ!」

 後方から投げられる挑戦状にヴァールが振り返ることはなかった。

「だから待たないと言ってるだろうが」

 徹夜による疲労も手伝ってか冷静さを欠いたヴァールの口からもれたのは、ため息ではなく、怒りを込めた舌打ちの音だった。



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