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記憶をめぐる、彼と少女の物語  作者: 葛生雪人
二、 遺却の湖
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4.

 やっと終わる。やっと眠れる。

 そう思ったのに。

 信じられない言葉が耳に飛びこんできた。

「ということで、ヴァール様。ワアダまでの付き添い、よろしくお願いいたします」

 そう言って深々と頭を下げるカムラ。

 休息への準備を開始しようとしていたせいか、ヴァールはカムラの言葉がすぐには飲み込めなかった。

「あ」

 快諾するでもなく、反論するでもない短い音を発しただけ。その音のまま口を開けっ放していたことに気づいて、ようやくカムラの言葉を咀嚼する。

「俺が? ワアダまで?」

 答え合わせを忘れない。

 カムラは恐る恐るではあるが、確かに頷いた。

 再びの間。

「どうして俺が」

 口をついて出た言葉は特定の感情を含むものではなく、本当に反射的に発したものだった。

 同じく、反射的に謝るカムラ。

「私が行ければよいのですが、畑仕事や弟たちの世話でどうしても手があかないのです」

「他にも人間はいるだろう」

「今は収穫の季節ですから。冬を前にしてのヤギ狩りの準備もありますし、どなたも大忙しです。あと二、三日すれば、もしかたら少しは余裕ができるかもしれませんが……」

 カムラの表情を見る限り望み薄のようだ。

「それにその場合、彼女の面倒を見られる方もいらっしゃらないので、それもヴァール様にお願いする可能性が高いのです」

 だめ押しの一言を実に言いにくそうに口にする。

 わかったのは、どちらにせよ面倒な役目であることと、

「暇なのは俺だけということか」

 ヴァールはため息をこぼすように言った。

「いえ! 決してヴァール様だけが何もしていないということを言いたいのではなくてですね」

 フォローしたいのか貶めたいのか。カムラのことだからきっと悪気はないのだろうと解釈して、気づかぬフリをして続きを聞く。

「そもそも、皆が忙しいからというのは理由の一つでしかなくてですね。何より、アルナーサフ様のご指名なのです」

 慌てふためくカムラの言葉に、ヴァールはあからさまに不機嫌な顔をした。その様子をのぞき怯んだカムラだったが、村長から預かった大事なお言葉ですからと勇気を振りしぼる。

「これから言うのは一言一句、アルナーサフ様がおっしゃったことですからね」

 恐縮と使命感が入り混じった顔で念を押す。

「『少女を見つけ次第、儂のもとに連れてまいれ。でかい図体を日々持てあましているのだから、たまには人の為に働け。カムラの手を煩わせずに、二つ返事で引き受けよ。よいな』と」

「それだけか」

「いえ。それと『万が一断るようなことがあれば、その時は寝床を取り上げるからな』ということでした」

 自身の言葉というわけではないのに、言い終えるなりカムラは何度も何度も頭を下げた。

 それを冷めた目で眺めるヴァール。

 これではまるで自分が悪者のようではないかと気づいたところで、自然とため息がこぼれた。

 一度目は小さなため息。間を開けずにこぼした二つ目は、重苦しい空気を変えたいと願い大きく息を吸い込んだ分だけ深く重たいものとなった。

 まったく気は進まない。

 が、これ以上の沈黙はカムラにとって毒である。今夜の窮地を救ってくれた礼にと、渋々だが引き受ける旨を伝えた。




 最後まで申し訳なさそうにしていたカムラを、半ば無理矢理に送り出してやった。

 そうすると、殺風景な部屋の中に少女と二人。

 ヴァールは恨めしそうに少女を見る。

 遭遇しなければ。連れてこなければ。助けなければ。こんな面倒なことにはならなかった。後悔の言葉ばかりが頭に浮かぶ。

 しかし少女はヴァールの視線など気にもとめず、最後の一切れとなったパンを口の中に押し込んでいた。

 いったいいくつ目になるだろう。

 ヴァールは今日いちばんの重たいため息を空のスープ皿に吐き捨てた。



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