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記憶をめぐる、彼と少女の物語  作者: 葛生雪人
十七、アマルティア
44/49

2.

 彼女に話しかける時はいつも、厳重に施錠された扉越しだった。のぞき窓を使えば表情をうかがうことも可能だったが、彼女がひどく嫌がるので、いつも扉越し、背を向けて声を投げ、声を聞く。

 アマルティア。

 少女はそう呼ばれていた。

 自分のことはあまり話してくれない。

 彼女が口にするのは『誰か』の記憶についてばかりだった。

 小さな部屋に囚われていたアマルティア。

 たまに、館の主人が追憶の石を持ってやってくる。

「さあ、石の記憶について教えなさい、アマルティア」

 そう言って主人は彼女の口に石を押し込むのだ。

 その繰り返し。

 いつの間にか彼女の口数は減り、ようやく声を聞かせてくれたかと思っても、それは彼女の言葉ではなかった。

 彼女が飲み込んだ誰かの記憶で、誰かの口調で話すのだ。




 彼女の願いは単純なものだった。

「この風を、私はどう感じるのだろう」

 己の皮膚で触れても、その後にやってくる感情が自分のものだという確信が持てないのだと言う。心地よいと感じても、それは誰かがかつてそう感じたのではないかと不安でたまらないのだと言う。

 自分の全ては、飲み込んだ石に飲み込まれてしまったのだと言う。


 かわいそうなアマルティア。


「主人はしばらく留守にする。その隙にお逃げなさい、アマルティア。供をつけましょう。彼と一緒に遺却の湖へ。全て忘れてあなたに還るといい」

 アマルティアはその言葉を噛みしめた。そして自分の言葉であるか確かめながら声を発する。

「なぜだ? お前は?」

「僕のことを心配してくれるのかい? ありがとう。このまま君の姿を見続けるのは耐えがたい。だが、だからといって、僕だけが立ち去るような情けない真似はできなかった。大丈夫だよ。アマルティア。一緒には行けないけれど、僕もすぐにこの館を抜けだすから。それで、妻と娘と、どこか遠くの街で暮らすんだ」

 だからアマルティア……

「だから、アマルティア。次に会えた時には教えておくれ。君が、この世界に吹く風を、どんなふうに感じたかを」




 そうして僕は彼女を逃がした。

 主人が戻るなり、僕と彼女にそれぞれ追っ手がかけられた。

 僕はすぐに見つかってしまった。妻と娘は逃すことができたが、僕はとらえられ、今、遺却の湖の前にいる。

 彼女に目指すように言った、山奥の湖ではなく、湖と呼ぶには小さすぎる泉をまるごと覆う建物の中。水中へ続く道は、さながら断頭台への道のようだった。

「見つけたらお仕置きをしなければなりませんね」

 と主人は言いながら、僕を足蹴にした。

 最後に知ったことだが、君が飲まされていた石は、重要な情報を得たいがために主人がこの泉に突き落とした者たちの……これは伝えない方が君のためか。いや、どうせ伝わってしまうか。だって――

「アマルティア。お前を逃した男がどうなったか。最後にどれだけの恐怖を味わったか。味わわせてあげましょう」

 まるで紙くずでも蹴り上げるかのように、僕の体は主人の足によって遺却の湖に落とされた。

 だけどアマルティア。

 僕は後悔はしていない。

 悲しい思いをさせてしまう家族や君には申し訳ないと思うけど、後悔はしない。

 だからアマルティア。

 どうか願いを叶えておくれ。それが僕の最後の願いだ。



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