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記憶をめぐる、彼と少女の物語  作者: 葛生雪人
七、ヴァール=ハイムヴェー Ⅱ
22/49

 高く広い青空に浮かぶ、黒く巨大な船影。それは誰もが憧れを抱くものだった。

 アルタール。通称『クジラ』と呼ばれるそれはこの世界のはるか上空、ジャバルの山々よりまだ高い空を支配者然として飛んでいた。地上から見上げてわかるのは、それが一つの街ほどに巨大で、空を飛んでいるというのに翼もプロペラもなく、水面に浮かぶ船のような形で、そしてただただ何よりも黒い船体が怪しい輝きを放っているということだった。

 それはまるで、大海を悠然と泳ぐクジラだった。

 誰もがその巨大な影を見上げて暮らしていた。

 こと、旧世界の遺産( エルプシャフト )の一つである戦闘機・ベスティエを駆る者たちにとっては、いっそう色濃く脳裏に焼き付いた、大きな夢である。

「クジラがいつから空にいるかとか、動力はなんだとか、そんなことはどうでもいいのである! 我々の目標はあの風を越え、いつかクジラにたどり着くことである!」

「なんで演説口調なんだよ」

 やけに芝居がかったセリフに野次が飛ぶと場がどっと沸いた。

「そりゃあ力も入るさ。この国の英雄で、クジラに最も近いと言われている、あのヴァール=ハイムヴェー中尉が俺たちを指導してくれるっていうんだ!」

「うんうん。熱くなるよね」

「こら。盛り上がるのもわかるけど、せっかくの機会なんだからもっと真面目に勉強しなくちゃ」

「ふ。俺ならすぐに吸収できる」

「ところでさあ、クジラに乗ってる人は、どこの国の民になるんだろう」

 それぞれに言いたいことを言いたいだけ口にしたのち、

「どうですかね、中尉?」

 五人そろって声をかけてきた。

 講義の合間の休憩時間だというのに、否応なしにあとをついてくる。

 お調子もの。まとめ役。相づち打ちに自信家、自由人。名前を覚えるのも面倒でそんな認識でしか接していないのに。彼らは中庭の芝生で寝転がるヴァールを囲むように陣取って、楽しそうに語らう。

 回復を待つ彼らに、ヴァールは一言だけ返した。

「ベスティエは戦いの道具だ」

 まだ戦場を知らぬ若者たちに、その言葉はどんな景色を見せただろう。どいつもだらしなく口を開けたまま静かになった。

 その口が騒々しさを取り戻す前に、ヴァールは二の句を継いだ。

「それと。『最も』でなく『唯一』だ」

 真剣に言ったつもりだった。

 だが若者たちはヴァールの言葉をジョークかなにかだととらえたらしい。

 そうでしたそうでした、と一人が笑う。自分もいつかは、と言うものがある。ただ相づちを打つものの隣りで、両手をクジラとベスティエに見立てて着艦のシミュレーションを始める輩もいた。

「きっとそうでしょう。我々が一人前のベスティエ乗りになる頃には、中尉はたどり着くどころか、何度もクジラと地上とを行ったり来たりしてしまっているでしょう」

 あちこちに意識が散らばっていた若者たちが、彼の一言に集約された。

 五つの視線がヴァールに注がれる。

「でも、我々はできることなら、最初の一度にともに行きたいんです」

 五人の言葉は一つだった。

 ヴァールは思いがけず笑った。

 苦笑か嘲笑か、それともごく純粋な微笑みだったか。ヴァールにもわからない。緩んだ口から吐息がもれて、次の言葉へとつながった。

「待ちはしないぞ」

 どんな顔で言っただろう。

 だが若者たちは誰も絶望したりしなかったのだから、決して突き放した顔ではなかったのだろう。

「となると、何にしたらいい?」

「俺たちの写真?」

「寄せ書きじゃ普通だな」

「それぞれの宝物」

「いや、俺はなんとしても俺自身が一緒に……」

「大切なことなんだから、お前ら真面目に考えろよ」

 何の会議かは知らないが、ヴァールをほったらかしにして、いくつもの意見を挙げ、時に大きく脱線しては【まとめ役】がスタート地点へと引き戻す。

 何周目かで良案が出たようで、満面の笑みでそろえてヴァールを見た。

「決まりました」

「何がだ」

「今はまだ言えません。が、楽しみにしていて下さい」

「では……、中尉殿に礼! そして、かけあーし、進めえ!」

 彼らは声を上げて笑いながら講堂へと駆けていった。

 すぐさま訪れた静けさに不意を突かれ、逃げるように空を見上げた。期せずして視界の端からクジラの影が現れる。大きな大きな彼らの夢が、広い空を渡っていった。

「必ず」

 手を伸ばす。

 クジラの影に手のひらを重ねぎゅっと結んだ。



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