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引きこもり酔っ払い、田圃に立つ

作者: 立ち飲み十四郎

この落書きはフィクションであり

実在の人物とその体験、土地とは一切関係がありません


酔って水に落ちたことなんかありません。たぶん


隠密作戦(こっそり家を抜け出してコンビニで立ち読みしてストロングゼロ酒を買う)の帰りにそれは起こった。


俺は城端寅次郎。自分を、家族を、世間を罵るひょろひょろの引きこもりニート三十歳と呼ばれる、運の良いママチャリ「ストロングゼロ戦一番」のパイロットである。


俺は、親と妹のさくら、周りの家が寝静まる夜にこっそりとママチャリに乗ってコンビニへ行き、素敵なおねーちゃんの写真の雑誌をぱらぱらと眺めた。そしてレジの田舎のいもねーちゃんを前にそれを買うのが気恥ずかしく、雑誌を置いてストロングゼロのロング缶を4缶に、安い赤ワインの720ccを一本買った。まだ買い物ができる、引きこもりニートではないと自分に言い聞かせながら。


ロング缶一本はコンビニを出たところで開けた。そのままママチャリに跨り、グラビア雑誌に心ひかれながら帰路に就いた。俺が選んだルートは、どうせ人も車もほとんど擦れ違わない。でもいんしゅうんてんは、きけんです。よってころんでひとをまきこんだり、たおれてけがをしたりします。はんざいです。よってたんぼにおちてもめいわくです。


家への帰り道。真っ暗な古城跡の「濠」にあたる川沿いの沖積地帯に寄った。

つわものどもが夢の跡。感慨に打たれながら、俺はストロングゼロの2缶目を空けた。


歩く道が民家と街灯から、だだっ広い田圃に移ってくる。

周りは里山の森林、暗くなり街灯も家の明かりもどんどん減ってきた。

ひときわ大きな森の小山は、縄文弥生時代から使われてきたという古城の跡。縄文弥生時代、平安時代、鎌倉時代、室町戦国、江戸初期、しょぼい合戦の舞台になった拠点。城の持ち主はどこぞの誰やらと移り変わり、源平合戦のあおりも体験、秀吉の遠征軍と対峙した戦を機に廃城となったらしい。


城跡の東西を、2本の川が挟む。川の周りは広い沼沢地という天然の要害であり、古来から暴れ川であった結果であり、日常はひとびとの命をつなぐ肥沃な田畑であり、非常時には水を貯めて広大な水濠となったらしい。その肥沃な沼沢地帯を外周2キロくらい、里山丘陵が囲む。小山を中心として土地を起こした代々の先人たちの土地を読むちからが目の前にある。頭が下がる。


俺は小山のふもとにある神社の鳥居に頭をさげ、森に分け入る暗い参道階段をのぼり、参拝した。


木々の間から、土地が見える。源平の合戦で落ちてきた平家の武者たちも、秀吉の軍を迎え撃った武者たちも、この古城から辺りを見通したのだろうか。俺は思いを馳せながら、神社の社の前でストロングゼロの3缶目を空けた。


「さくら、この土地は良い歴史を持つところだよ。おまえにもまた見せてやりたいよ」

俺は家で寝ているであろう妹に呟いた。


そして安い赤ワインの栓を空けて、口飲みし心地よく喉を通る葡萄の雫にちからをもらいながら、ゆっくりと古城の神社から下界へ戻った。


明るい街灯は人家と道路に多くあり、城周りには少ない。

けれど見上げよう、葡萄の魂を口飲みしながら目に入る空を。

雲があってさえ、夜空はうっすらと光を持っている。

ましてや、星が覗き雲が覗く夜空にあってをや。


飲みながら歩く俺を、土地の声が包む。

せせらぎの音が

木々が、草が、活きているとその葉擦れの音と動きで声を上げている。


夜の水鳥たちの羽音、水音、鳴き交わす声。

フクロウ、雉の声。

小さな獣があぜ道を横切り、草むらに消える前に振り返る。イタチか。

たぬきらしい一家も歩いていた。

虫たちの音。

そしてカエルたちの生きているという力強い響き、その主張は土地全体そのものの力と化して、地から天空へ湧きあがり俺をともに天空へと連れて昇ってゆく。


ああ、俺はひょろひょろの引きこもりなんかじゃない。

生き物だ、獣だ、俺も獣だ!

この土地から力をもらい生きる一匹の森の獣だ!

水、風、草木、鳥、獣、虫やカエルたち、先人たちの同志の一匹だ!

大いに嬉しくなった俺は、風を切ってペダルを踏んでストロングゼロ戦とともに走った。


「!」

そして何かが俺の危険探知の神経を弾けさせた。

俺は目を凝らした。

そして見た、前方に槍を持ち、刀を腰に差した人影が身軽に躍り上がるのを。

中世野武士の亡霊か、お前もこの土地を支える力かそれとも。


俺は呼ばわった。

「夜分に槍を振る曲者! 名を名乗れ! 俺はこの土地の寅次郎だ!」

「え? おめえトラ坊か? 俺だ、やまも……」


人影は戸惑ったように振り返ったが、槍の穂先はこちらに向いていた。そしてなんか言ったかもしれないが、代々の生き物がつなぐこの土地の平和を守る使命に火がついた俺は聞いていなかった


「遠からん者は音にも聞け、我こそは短剣道銃剣道合気道、自宅警備員逮捕術、武芸十八般合わせて無段無級! お兄ちゃん働いてと家族も泣かす、自分の部屋最強の生物、城端寅次郎とは俺のことだ! 夜に我が城下をうろつく妖怪変化、狸狐か、伊賀か甲賀か乱波か風魔か、この地で泣く平家の落ち武者の亡霊か、秀吉軍の亡霊か! ご城下の土へ還れ! 田んぼの平和は、俺が守る!」

「おいおい、トラ坊、元気は良いがおめえ、酔いすぎだぜ」

「問答無用! いざ!」


俺は思い切りストロングゼロ号のペダルを蹴った。

その瞬間、周りのカエルの声が土地一帯から天へ開けるように弾けた。

「ふおおっつ!?」

世界が激震した。音は土地から天をつなぐ大奔流となり世界は短時間光を失い、次の瞬間には七色の火花を散らした。

ああ、さくらよ、お兄ちゃん、コンビニで花火買ってくれば良かったよ。楽しかったよな、花火。回転花火とか。


「うおおっ、妖しめが!?」


こんちくしょう、俺は妖の術か、自転車ごと2メートル下の用水路の川へダイブしていたのだ。ロング缶一本で酔って水路に落ちていいの?とタワラマチがどこかで呪文を唱えていた。いや、一本二本三本、もう一本ぽんぽこ!と月の夜には狸も叫ぶ。月があっても足元に道があるか、夜には場所によっては見えないんですよ。


俺は衝撃で、一瞬意識がぶれたらしい。だが頭は打っていない。

俺は川から這い上がり、田んぼに転げ込んだ。足も身体も痛みはない。闘志も十分、大丈夫だ。やれる。

「やるな、亡霊! 良き敵ござんなれだ。俺の回転花火が火を噴くぞ。いざ、勝負!」

叫んで立ち上がった。


立ち上がれずに……俺は目を開けた。

見えるものは明るい、見知らぬ、天井。

静かな、病院の一室。


「あれ?」


妖怪を前にした夜の田んぼから、一瞬にして見知らぬ病室にいる、俺。

これは、異世界転移か?

「良かった!」

傍らで、妹のさくらが俺の腕に手をかけてくれていた。

その横には、白衣の若い女性。

若いねーちゃんを見られた。経験値を得た。


「ここは? 自分は妖怪は倒せたのですか? 自分は、田んぼの平和を守れたのですか?」

「はいはい、トラさん、起きなくて良いからね、大丈夫。レントゲンでは異常なしだけれど、どこか痛いところはある?」

「え。先生を見ると胸が、まるでヒロインを前にした白野弁十郎のように。どこか悪いのかなあ」

俺は素直に答えた。

妹がなにか呻きを洩らした。さくら、おなかがすいたのかな。


「はいはい、元気ね。動かしづらいところはある?」

「うーん、あたまのはたらき?」

女医さんは良い笑顔を浮かべた。

「はいはい、異常なしね、大丈夫。君はね、酔って川に落ちたの。偶然、見ていたお爺さんに助けてもらったの。よく夜に田んぼで素振りしている合気道の山本先生。うちの生徒でしたって応急処置して救急に運び込んできて。きみ、覚えている? 」

「いや、平家の落ち武者と闘って川に落とされたところまでしか」

なぜかさくらと一緒に呻きを洩らしながら天井を見た女医さんは、俺に紙を手渡した。

「…お酒が抜けるまで休んでいきなさい」

女医さんは柔らかく微笑んでいる。

「こ、これは、センセイの! 個人的な連絡先でありましょうか!?」

「山本先生からよ」

女医さんはそっけなかった。


顔と体が熱くなって顔を女医さんからそむけた俺の頬を、さくらがぺちぺちとタップした。

「お兄ちゃん、ばかばかり言っていないで。先生と私に言うことは?」

俺は誠意を込めて口を開いた。

「申し訳ありません、夜分からご迷惑をおかけしました。これからは酒を減らして、飲みすぎないようにします。ありがとうございました」

俺が何回も繰り返してきた言葉だから、流れるように出るだけなんだけれど、むつかしい顔をしていたさくらは「山本さんにもお礼とお詫びをしなさいよ」と目じりを緩めた。


まあ、何がどうなったかはわからないけれど。

俺は、世界を救えたらしい。

野武士の亡霊と対峙した俺を、通りかかった先輩、合気道の山本先輩が助太刀してくれたに違いない。

そして女医のねーちゃんは地元を救った俺に回復処置をしてくれた。

妹のさくらも駆けつけてくれた。


つまり、のみすぎと、いんしゅうんてんは、めいわくなあくです。

先輩にも女医さんにも、妹のさくらにも、かけなくて良い苦労をかけて、時間を潰させてしまった。地元と世界を救う英雄寅次郎よ、二度とするな。


山本先輩からの手紙にはこうあった。

「郷土愛の酔っぱらいへ。引きこもっても土地を守る気概良し。身体は鍛え直してやるから木刀持って俺んところへ来い」


防具に杖と大小の木刀、模造刀、道着の一揃いははまだ部屋にある。


引きこもりニート三十歳とは呼ばれてきても。

俺はひょんな失敗から、ささやかなつながりと伸ばされてきた手ををまた発見できて、いまは幸せだ。

いつかは花が咲くだろさ。

また、ゆっくりと歩みだそう。

こんなもんです


オカラがなくとも、甘い酒でも辛口の酒でも、日本酒が良ければ良い店です

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