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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おかしな動機

作者: 七乃ハフト

 廊下を歩いていた刑事は、取調室と書かれた部屋の前で止まる。

 持っていたファイルを抱え直すと、扉を開けて中に入った。

 部屋には窓を背にして先客がいる。

 日焼けをしたらすぐに真っ赤になりそうな色白の肌の男だった。

 刑事はテーブルを挟んでパイプ椅子に座る

「どうだ。喋る気になったか」

 男は無反応だ。

 刑事はテーブルにある長所に目を落とす。

 目の前の男は数日前に殺人を犯して現行犯逮捕されていた。

 取調べですぐに犯行を認めた為、簡単に終わる事件かと思ったのだが、男は動機を話そうとしない。

 そればかりか、同じ一言を繰り返すようになった。

「僕を死刑にしてください」

 何を聞いても同じ事しか言わない被疑者に対して警察は匙を投げ、送検まで残り二時間を切っていた。

「今も話す気はないのか」

 男は僅かに首を縦に動かした。

 二日前、仕事をしていた被疑者が背後から上司に近づくと、職場にある包丁を使って刺殺したのだ。

「周りからも、お前と被害者が仲が悪かったとは夢にも思わなかったと周りの従業員は揃って証言している」

 だが現場は凄惨な一言であった。

 通報を受けた警官が駆けつけると、従業員が固まっている中で、被疑者は被害者を指し続けていた。

 警官に取り押さえられるまで、被害者を刺すことをやめなかったらしい。

「被害者と何があったか、自分の口から言おうとは思わないのか」

 男が顔を上げる。瞳はまるで洞窟のようだった。

「死刑にしてください」

 刑事は大きく溜息を吐くと、ある一言を口に出す。

 男の身体が一瞬電気が通ったように震える。

「被害者はいじめをしていた」

 殺された被害者は一見すると面倒見も良くていい人で通っていたが、ノルマに厳しくそれを守らない従業員に人前でも構わず罵声を浴びせていた。

「そのいじめの矛先になったのがある一人の女性だ。名前――」

「言うな!」

 男がここにきて初めて感情を露わにし、テーブルを叩く。

「あの人に話を聞いたのか?」

 目の前の刑事に向ける視線は鋭く、今にも飛びかかってきそうだ。

 刑事はその視線に怯む事なく話を続ける。

「名前は言わなくても誰か分かっているようだな。そうだ彼女に話を聞いた」

 他の従業員達が遠慮なく被疑者や被害者のことを話しているのに、一人だけ貝のように口を閉ざす女性がいたのだ。

 その女性は事件が起きた時、被害者と最後に話していた女性だった。

 刑事は最初、事件を間近で見た衝撃から話したくないのかと思ったのだが、どうやら何か言い難い事があるようだった。

 他の従業員の話を早々に切り上げ、彼女一人に絞って事情を聞く。

 そして今から数時間前に全てを聞く事ができた。

「彼女は被害者に虐められていた事を認めた。精神的に追い詰められていたが、収入的な問題から辞めるわけにもいかず続けていた。

 それを知ったお前は彼女を救うために被害者を指したんだな」

「違います」

「彼女を救うためじゃないのか」

「はい。違います。あの人は何の関係もありません」

 男の眼がお前の話に証拠なんてないと語りかけてくる。

「証拠はある。彼女のスマホにお前とのメールのやりとりが残っていて、それを見せてもらった」

「嘘だ。それは消去してあるとばかりに……」

 アドレスを交換した時のメールやお疲れ様のメールなど、短いながらどちらも楽しそうな文面が踊っている。

 女性の方は絵文字も使って華やかで、被疑者の方は絵文字は用いていないが、嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。

 しかし、最後の方で彼女が虐めで悩んでいる事を仄かした途端、文面が硬質なものに変わった。

「虐められているというメールが来てから、お前は毎日のように励ましのメールを送っているな」

 最後は自分の事は放っておいて欲しいという女性のメールで終わっている。

 その翌日事件は起きていた。

「彼女を守る為に被害者を刺したんだろ? それがお前が事件を起こした動機だ」

 決定的な一言にも被疑者は押し黙っているだけだった。


 放っておいてください。

 そのメールを読んだとき、僕の全身の血は凍りついた。

 彼女に酷いことをして傷つけてしまった。

 少しでも力になりたかっただけなのに。

 これからは話しかけるのはやめよう。

 でも何かあった時は力になろう。

 そう決めた僕の目の前であいつは彼女をいじめる。

 人がいるのに平然と怒り、酷い言葉を浴びせていた。

 彼女は泣きそうな顔をしながらも謝罪を繰り返す。

 周りは見て見ぬ振りをしているが、僕はそんな人間になりたくない。

 彼女を傷つけるな。

 体内の血が沸騰する。

 近くにあった包丁を逆手に持って、あいつの背中に刺した。

 引き抜くと、驚いた表情でこちらを振り返る。

 僕は無我夢中で腹を刺す。

 お互いの服が真っ赤に染まる。

 あいつがうつ伏せで倒れるも、ビクビクと動く。

 まだ生きている。

 僕は背中を狙って何度も何度も刺した。

 骨に当たって包丁が折れても、自分の指が傷ついても刺し続けた。


 被疑者は送検されて有罪判決を受け、懲役十五年を求刑される。

 その後被疑者は真面目に服役していたが、出所間近、隠し持っていた彫刻刀で首を掻き切って死んだ。

 壁には血文字が残されていた。

「あの人の迷惑になるので死にます」


 ー完ー



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