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願掛け

作者: 京本葉一
掲載日:2020/06/01



「という感じなんですよー」

「それわかるー私もそうだったからすっごくわかるー」


 気合いをいれて神社の境内に入ると、妙に露出度の高い巫女服をきたお姉さんに声をかけられた。わたしが発していた恋する乙女オーラにおもわず引き寄せられてしまったらしい。年の差を感じさせないフレンドリーな対応もあって、初対面なのに意気投合していた。


「願掛けをするなら断ち物もしたほうがいいんじゃない?」

「おぉ、なんかそれっぽいアドバイスきたー」


 巫女のバイトですらなかったコスプレお姉さんの言葉に従い、わたしは誓った。


「願いが叶うその日まで、けっしてプリンを食べない!!」

「欲しがりません勝つまでは!」


 大声をだしたせいか、わたしとコスプレのお姉さんは本物の巫女さんに境内から追い出された。





 わたしに試練を与えるかのごとく、冷蔵庫のなかにプリンがあった。


「くっ、こんなところに悪魔の誘惑が……!」


 三日前から入っていた最後の一個が、家族の誰にも食べられることなく残っていたのだ。ふたに名前を書いておいたのがよかっ、いや、失敗だった。

 みたら食べたくなる。

 あれば食べたくなる。

 人の夢とかいて儚い。夢や希望がむなしく消えてしまうのは、意志というものがどれほど弱く脆いものかをあらわしている。しかし、人類には知恵がある。

 意志を鍛えようと思わないこと。意志に期待せず、環境を整えることを第一に考えよう、とコスプレお姉さんは去り際に語っていた。


「つまり、手のとどく範囲にプリンを置かないこと……欲しがりません勝つまでは……あのひととの出会いがなければ、わたしの心は折れていたかもしれない」


 わたしは最後のプリンを味わい、理想的な環境をつくりあげることに成功した。





 試練は終わっていなかった。わたしがプリンを食べないと誓った日、ママが超特価セールのプリンを大量に買ってきた。いつもならサムズアップでたたえるところだけれど、このときばかりはママが悪魔の使いにおもえてくる。


「ひどい顔ね」

「どうした? 体調が悪いのか?」

「えっ、なに? 姉ちゃんプリン食べないの!?」


 異変を察した家族に、しばらくプリンをひかえると伝えた。プリン争奪戦の敗者でありつづけた弟にとっては吉報以外の何物でもないだろう。サインペンを手にして調子にのる弟には、どんなゲームであれ姉に勝てる弟など存在しない、ということを改めて教えてやる必要がある。


「ダイエットでもするの?」


 ママがにやにやしている。どうやらママは、わたしが恋する乙女であると気づいていたようだ。パパはまったく気づいていなかったらしい。娘の成長に体の震えを隠しきれないでいた。動揺しすぎてコンビニまで走り、おいしそうなスイーツをいくつも買ってきた。その後も落ちつくことなく、ちらちらとこちらの様子をうがかってくる。


「恋の悩みって、女を美しくしてしまうものよね」


 ママは恋がきっかけでダイエットをはじめた経験があるそうだ。ママが白米を噛みしめながら青春時代を語りはじめたことは、パパにさらなる苦しみを与えていたのかもしれない。ストレスの発散に甘いものを食べたくなる気持ちはわかるけれど、姉の色恋にまったく興味がない弟といっしょになって、目の前でプリンをたべはじめたのは許さない。


「よし、ふとれ」

「うるさいっ!!」


 わたしはパパが買ってきたシュークリームを食べることで誓いを守った。





 約二ヵ月、わたしは誓いを守りつづけた。

 なんの進展もないまま、わたしは順調に体重を増やしていた。


「こむらがえりくん、今日もかっこよかったよね」

「うんうん、見てるだけで震えちゃう」

「昨日、B組のハトムネさんが告白して断られたらしいよ」

「えぇ、もう、だれならいいのー?」


 遠くから眺めるだけで精いっぱい。彼が近づくと足が震える。動けなくなって声もでなくなる。告白なんて想像するだけで心臓がおかしくなる。


「……ダメじゃん、わたし」


 恋のライバルたちが積極的に動いているのに、わたしは願掛けをするだけで、なにもしていない。プリンを断ったストレスのせいか、ほかのスイーツを果てしなく食べている。食事量も増えた。ぽっちゃり系女子の道を確実に歩みつづけている。

 学校でドーナツを食べることが定番になりつつあった。

 仲のいい友達から「やばくない?」と真顔で心配された。

 そして、こむらがえりくんと廊下ですれ違ったとき、彼がわたしを二度見した。


「……ダメじゃん、ほんと、なにやってんだろう」


 せめて嫌われたくないとおもった日、わたしは泣きながらプリンを食べた。





 我慢することをやめるだけで以前の日常がもどってきた。あきらめることで吹っ切れたのか、こむらがえりくんが近づいてきても足が震えることはなくなった。廊下ですれ違うたびに目が合い、気分がよくなる。ほんの一か月でもとの体重にもどり、パパと弟が不満をあらわしていたことをふくめ、わりと満足していた。そう、こむらがえりくんに、ぽっちゃり系女子の恋人ができるまで、わたしの心は平穏だった。


「という感じなんですよー」

「それわかるー私もそうだったからすっごくわかるー」


 心のなかで叫びながら神社の境内に駆け込むと、場違いなチャイナドレスで着飾ったお姉さんに声をかけられた。いつだって共感してくれるコスプレお姉さんになぐさめてもらい、わたしはその日、素敵なセクシーコスプレイヤーになりたいと願った。

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