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じょっぱりシャモロックR  作者: 四条半昇賀
9/10

8曲目 あの時

 テストはまあまの結果だった。それを父に見せている。


「いつも通りだな。ところで、令治。話があるんだ」


 神妙な顔でそう言われたので、オレは思わず身構える。


「十二月の二十日から四日間の出張があるんだが、母さんがばあちゃんから湯治に誘われた」


 なんだ、そんなことか。昨年までは、ばあちゃんとじいちゃんと叔母さんで行ってたらしいけど、今年は母さんも誘われたのか。


「行かせてあげたら、いいじゃん」


 すると、父は不思議そうな顔をする。


「もちろんだ。ただな、この話を聞いた篤人が、お前に二十二日から家さ泊まりに来いって言ってるんだな。そんなこと言ってきたのは初めてだしな。どうする?」


 なんか嫌な予感がする。


「わかった。詳しいことは篤人に聞いてみる」


 オレは居間を出て自室へ戻り、篤人に電話をかけた。


『何だ、令治か。なんか用か?』


 電話の向こうの篤人は、オレからの電話にがっかりしているみたいだった。だけど、オレは早くギターの練習をしたい。


「二十二日のことだよ」


 すぐに本題に入った。すると、電話の向こうからバタバタと足音が聞こえて、バタンと力強くドアを閉めた音もした。


『実は、その日に彼女が泊まりに来るんだけど……家族に彼女を泊めるって言えないだろ?』


 篤人の彼女は赤坂のお姉さんだったというのを思い出した。


「まあ、それは分からなくもないけど」


『だから、家族には令治を泊めたいって話したんだ。そうすれば、家に誰かが泊まって形跡があっても誤魔化せるだろ? 俺と彼女のために泊まりに来てくれ!』


 篤人と彼女がイチャつく手助けをしろってことか。なんか嫌だな。断ろうと思った。


『彼女の料理は旨いぞ。お前は料理できないから、叔父さんたちがいなかったら、ご飯はスーパーの惣菜とかカップ麺だろ』


 そう電話の向こうから聞こえてきたので、一人で寂しい食事をするより美味しいご飯を食べる方が良いように思えた。


「分かった、泊まるよ」


 オレはケータイを耳から離した。スピーカーから篤人の喜んでいる声が聞こえてくるので、オレは通話を止めて、ケータイをベッドの上に投げ出す。


「幸せそうだな、篤人」


と、呟いてからギターの練習をすることにした。


 

 二十一日の放課後。明日は終業式だ。冬休みが近付き、クラス全体が浮足立っている。

 男子の一部はスノボへ行くの予定を立てているし、一部の女子は彼氏と何処に行くんだという話をしていた。

 オレはクリスマスイブのライブのせいで、浮足立っている余裕なんてなかったんだ。


「ねえ、中嶋。この後、何かある?」


 赤坂が声を掛けてきた。あれからゆっくり話せるタイミングがないけど、ライブが直前に迫っている今は赤坂よりも部活の方を優先せざるを得ないんだ。


「ごめん、これから部活なんだ」


 とは言ったものの、ちょっと寂しそうな赤坂を見ていると、とてもこのまま残していく気にはなれない。


「また練習見にくる?」


 と、尋ねてしまった。

 彼女は頷いたけど、何か浮かない顔だった。もうちょっと喜んでくれると思っていたので、意外だった。

 そういえば先週くらいからだろうか、赤坂のテンションが低いような気がする。二人きりになったら、何かあったのか尋ねた方がいいかもしれないな。そんなことを考えていた。


「令治、楽器取りにいこうぜ」


 郁美がオレたちの教室の前に来たので、オレと赤坂は一緒に教室を出た。


「あれ、赤坂も来るのか?」


 と、郁美は意外そうに赤坂に聞いた。


「令治たちの演奏が聴きたくなったのよ」


 赤坂は少しも恥ずかしがらずにきっぱりとそう言ったので、オレは小さくガッツポーズしてしまうほど嬉しかった。


「さ、さあ、今日も部活頑張ろうぜ、令治」


 何故か、郁美が狼狽えている。


「ああ、そ、そうだな」


 つられてオレも変な感じになってしまった。それを見た赤坂が少し笑顔になったのでほっとした。



 楽器を持ったオレたちは、玄関の上がり框に腰掛けて脚でリズムを取りながら待っていた金木と合流して、部室に向かう。今日は少し気温が高くて道路に積もった雪が溶けて、歩きにくかった。


「あー、べちゃべちゃで歩きにくい」


 金木が道に向かって文句を言った。


「帰る時は凍ってて滑るんだろうなー……郁美とか令治君は転んで楽器壊さないでよ」


 彼女は心配してくれたんだと思うが、口調がちょっとバカにしてるように聞こえた。だから、それを聞いた郁美が怒るんじゃないかと思う。


「私はベースを置いて帰ろうかな。家にもう一本ベースがあるから」


 なんて言っただけだった。なんか調子が狂うな。


「オレは気を付けて帰る。これしかギターないから」


「あれ、お姉さんのギターがあるんじゃないの?」


 と、金木が聞いてきた。なんで知ってるんだと思ったけど、大方篤人から聞いたんだろう。


「あるけど、テレキャスターは弾きにくいしさ」


 適当な言い訳を言った。

 オレにとっては辛い思い出があるギターだ。今でも人前で弾く勇気はない。


「ほら、早くいくぞ」


 郁美が速足で歩き出した。たぶん、姉さんのギターの話題から逸らしてくれたんだろう。オレは郁美の隣に行って言う。


「サンキュー」


「は? 何の事だよ」


 彼は笑っていた。こういうとこ、郁美はホントに良い奴だと思う。

 部室に着くと、赤坂と金木が二階へ行った。その間にオレと郁美は小さいハロゲンヒーターに当たり、指先を温めている。


「そういえば、葛木たちってライブで何の曲をやるんだ?」


「ああ、三曲ともコピーって言ってたな。確か、マッスルガールズの『イタコラバーズ』やるとは言ってたけど、あと二曲は本番でのお楽しみだってさ」


「イタコが『イタコラバーズ』歌うのか。ピッタリだな」


 なんて会話をしている内にTシャツに着替えた金木だけが降りてきた。


「赤坂はちょっと二階で温まってからくるって、さあ、今日も練習をしよう」


 オレはヒーターの電源を落としてアンプのスイッチを入れた。ヒーターとアンプを一緒に使うとブレーカーが落ちるからだ。ちょっと寒いけど、贅沢はいってられない。


「今日は三曲続けて弾いてみようぜ」


 と郁実が提案した。特に異論はなかったので今日の練習メニューが決まった。セットリスト通りに通してみることになったのだ。『グッドバイ青森』『青春番狂わせ』はじょっぱりシャモロックの時に篤人が作った曲だ。

 最後の一曲は『かちゃくちゃね』という津軽弁を曲名にしている。意味は滅茶苦茶だとか、どうしようもないとか、そんな感じだ。

 これも篤人が作った曲なのだけど、ずっと詞が篤人っぽくないと思っている。篤人の詞は男っぽくて、青森の日々の暮らしや高校生なら誰でも抱えるような不満をテーマにしたものが多い。

 でもこの歌は違った。


『あーもうかちゃくちゃねえ』


『あの娘の隣に奴がいてオレの隣にあの娘がいない』


 恋愛をテーマにしていて、こういう歌詞を篤人が書くとは思えなかった。どことなく姉さんの作詞みたいだと、オレは演奏中に考えていた。そのせいでコーラスを忘れた。

 演奏が終わると、拍手が聞こえてくる。急な階段に腰かけている赤坂がいた。


「お前、赤坂に見られているから緊張して、コーラス忘れんだろ」


 郁美がからかってきた。オレは首を横に振る。


「本番にも赤坂は来るんだから、忘れんなよ」


 郁美は笑ってそう言うだけだった。郁美は普段は良い奴だけど、音楽のことになる厳しくて、まわりがミスすると、すぐに不機嫌になる。

 今日みたいに笑って許すなんて、前代未聞のことだ。


「だから、赤坂がいたから忘れたんじゃねえよ。てか、今日のお前は何か変だぞ」


「気にすんな。ちょっと嬉しいことがあっただけだぜ」


 と、郁美は言ってからベースをかき鳴らす。


「郁美、ちょっと気持ち悪いよ」


 金木の一言が心に刺さったらしく、郁美は急に大人しくなった。まあ、確かに好きな人に気持ち悪いと言われたら凹むよな。


「そうだ、ライブの時の服装どうする?」


 金木は、郁美の気持ちにはおかまいなしに聞いていた。


「決めてなかったな。でも、青春パンクバンドって言ってるし、じょっぱりシャモロックのTシャツでいいじゃない?」


 それを聞いた金木は心底嫌そうな顔をした。


「えー、たたでさえイタコたちにインパクトで負けてるのに……篤人先輩も抜けたし、僕たちらしい何かが欲しいんだよ」


 確かにそうかもしれないけど、オレには何も思いつかない。


「ねえ、赤坂は何かアイデアない?」


「へっ? いや、アタシは何も」


 いきなり話を振られて、慌てる赤坂が可愛かった。


「外見よりも演奏を見せつければいいんだよ! だろ、令治」


 落ち込んでいたはずの郁美が、開き直ったように叫ぶ。よく言ったぞ、郁美!


「郁美の言う通りだ!」


 オレも彼の意見を後押しした。


「じゃあ、せめて令治君はワックスで髪を何とかしてよ」


 と、金木が遠慮なく言い放った。それを聞いた郁美が口元を手で押さえて笑いを堪えている。


「はい」


 そういうしかなかった。オレも確かにダサいと思っていたし。

 その後はもう一度三曲続けて練習した。


「令治君、郁美には言ってたんだけど、二学期終わったし、ライブを頑張ろうって感じで鍋とかやりたいね」


 タオルで汗を拭きながら、金木が話しかけてきた、ああ、なるほどそいうことか。郁美のテンションが高かった理由が分かった。

 好きな人から鍋をやろうと言われるたら、嬉しいに決まっている。


「いいよ。そうだ、赤坂も一緒に鍋やる?」


 オレは階段の方を見て、赤坂に呼び掛けた。普段のオレなら、まずこんな風に声はかけられなかったと思うが、郁美の気持ちが伝染したのかもしれない。


「え、アタシもいいの? 軽音部じゃないよ」


 彼女は金木と郁美の方を見て聞いた。郁美は首を縦に振る。


「美佐ちゃんが来ないと女子が僕だけになっちゃいそうだし、むしろ来てよ」


 と、金木は答えた。赤坂が少しだけ笑う。


「じゃあ、アタシも鍋やるよ」


 と言った。そして、明日はどうするか話し合い始める。

「明日は昼で終わるし、一旦帰って着替えてこよう」


「僕と郁美で買い物してくるよ」


「篤人なら使わせてくれると思うけど、オレが今から聞いてくる」


 オレは部室を出て、母屋へ向かった。外はもう真っ暗だったが、少ない光が凍った雪に反射して足元は明るかった。だけど、滑って歩きにくい。

 風除室のドアを開けようとしたら、玄関のドアが開いて篤人が出てきた。


「おう、お疲れ。今ちょうど、部室へ行こうと思ってたところだ」


「お疲れ。篤人、明日は部室で鍋やっていい?」


 篤人と一緒に部室へ戻りながら、オレはできるだけさにげなく聞いてみた。


「もちろん、いいぜ。俺も明日のことで話があってな、お前の泊まる場所が部室の二階になりそうだが、それでもいいか」


「布団があれば大丈夫だと思う」


 オレは深く考えずに答えた。


「なんで二階になったか、聞かなくていいのか」


 篤人が聞いてほしそうにしていたけど、オレは聞かなかった。クリスマスが近い日に男女が夜を共に過ごすとなれば、何をするかは想像がついたからだ。

 彼と一緒に部室へ戻った頃には三人の話し合いもまとまっていて、明日の予定も決まっていた。


「おーい、お前ら、そろそろ帰れよ」


 篤人はそれだけ言って母屋に戻っていった。アイツ、何しに来たんだろう。ともかく時も遅いし、オレたちは帰ることにした。


「やっぱ、オレもギターを置いて帰る」


 さっきは格好いいと言ったが、実際に外に出てみるとけっこう地面がつるつるしていて、本当に転びそうな気がしたからだ。


「お前は、その緑のギターを壊したら大変だもんな。じゃあ、私は着替えてる金木を待ってから駅に行くから、お前は赤坂と先に行ってろ」


 なんて分かりやすい気の使い方だろうか。


「ああ、そうするよ」


 オレは赤坂と二人で部室の外に出て、駅へ歩き出す。オレは赤坂が街灯も少なくて凍っている道で滑って転ばないかと心配していた。


「郁美って金木のことが好きだったんだね」


 俯いて歩きながら、赤坂はちょっと楽しそうに言った。オレはどう答えるか迷ったけど、郁美と金木の様子を見たらわかると思うので正直に言う。


「そうそう。だから、二人きりで帰りたいんだろ」


「二人が付き合ったら、中嶋はいつも一人で帰ることになるんじゃない?」


 赤坂が試すようにオレを見てくる。確かに、郁美は二人の時間を邪魔するなって言いそうな気がする。


「……そうだな」


 暗い道を一人で歩いているのを想像すると、ちょっと心細くなった。


「なんか寂しそうだね」


 と、赤坂に言われて、心の中を見透かされているみたいで恥ずかしくなり、首を横に振るのが精一杯の意志表示だった。

 オレと赤坂は新城川に架かる橋に差し掛かる。風が強く吹きつけている橋の上は、昼間溶けた雪がびっしり凍っていて、物凄く滑りそうだ。


「ちょっと急いだ方がいいかな」


 赤坂がスマホを見ながら言った。そして少し速足で橋を渡り始める。ちゃんと足元を見た方がいいよと言おうとした。


「きゃっ!」


 と、小さく悲鳴を上げて、尻餅をついていた。


「大丈夫?」


 そう言って、オレは彼女に手を差し伸べる。


「うん」


 赤坂がオレの手を掴んだので、引っ張って立たせる。二人とも手袋をつけていないので、赤坂の体温が手のひらから伝わってきて、何だか顔まで熱くなった。


「危ないから手を繋いでおいていい?」


 そう言われたから、手を繋いだまま駅へ歩いていく。

 オレは二人きりになれたし、ゆっくり話すチャンスじゃないかと思い、どうしようかと考えていた。いきなりエキドナのライブの帰りのことを話すべきか、それとも他のことを話してから話した方がいいか。

 寒くなかったら、手のひらに汗をかいて赤坂に不快な思いをさせてしまうくらい考えた。


「そうだ、FM青森で今日の十時からやるラジオにエキドナがゲストで出演するよ」


 考えた結果がこれだった。でも、これでよかったのかもしれない。


「そのラジオ聴いてるから知ってるよ。だから、久しぶりに掲示板に書き込みしようと思ってるんだ。読まれるといいな」


 暗くて彼女の表情は分からないが、たぶん笑っていると思う。ここ最近だと今日は赤坂が一番笑った日かもしれない。


「オレも掲示板に登録してるんだ。最近書き込んでないけど、「青りんご」っていうんだ」


 ハンドルネームを紹介しながら、もしかして、前に掲示板で絡んだことがないかと思った。それを聞いた赤坂は少し驚いたような顔でオレの方を向いた。


「アタシは……MAだよ」


 赤坂が何か焦っているように言った。その時、ふと頭の隅を何かがかすめた。どこかで聞いたことのある名前だ。あれ、もしかして……そう思った。


「てか、中嶋のハンドルネームって女の子みたいだね」


 赤坂が明るい声で聞いてきた。


「ああ、それはオレのギターが青りんごみたいに見えるって言われたから」


 赤坂は考える時に唇に人差し指をあてる癖がある。今もそれをやっているから、オレのギターでも思い出しているんだろう。


「ああ、確かに! 緑とクリーム色で見えるかも」


 彼女はオレのギターの配色まで覚えていてくれた。嬉しさと恥ずかしさが混ざった感情が湧き上ってくる。

 そんな話をしていると、新青森駅に着いてしまった。

 駅の西口から入ると、赤坂はオレの手を離した。同じ学校の生徒がいるから、周りの目が気になったのだと思う。今まで赤坂の手が触れていたところが、ヒヤッとした。


「なんでホームが広いのに、待合室は狭いのよ」


 手をコートのポケットに入れながら赤坂が照れ隠しのように文句を言った。このホームは十両の電車が停まれるくらい長いのに、暖房付きの待合室は小さくて椅子が十個あるだけだ。

 そこがいっぱいになると、今のオレと赤坂みたいに冷たい風が吹くホームで待っているしかない。


「この駅が出来た時から言われてることだよ。早く来て待合室に入るか、慣れるしかない」


 そう言ったもののオレも寒い。何となく赤坂のコートのポケットの辺りを見ていた。


「どうしたの中嶋。また手を繋ぎたい?」


 彼女はクスクスと楽しそうに笑いながら言った。


「いや、違う」


 本当は違わないんだけど、そんなことは恥ずかしくて言えない。


「やっぱり中嶋といるのは楽しいよ」


 嬉しいんだけど、ますます彼女のオレに対する気持ちが分からなくなっていく。もしかして両想いとかなのか? 赤坂に告白して、「何、勘違いしてるの?」とか言われたら、どうしようかと考えてしまう。


「あ、やっと電車きた」


 オレと赤坂は二号車に乗り込んだ。

 電車の中では赤坂がラジオのホームぺージを見て、今日のラジオの内容を確認する。そしてラジオがいかに楽しみかを語り出した。

 新青から青森駅までの七分間、彼女は話し続けたのだ。


「ああ、もう青森駅かあ」


 電車を降りた彼女が寂し気に呟いた。オレももう少し赤坂と話していたいけど、乗り換えの電車の時間が迫っている。これを逃すと次の電車は二時間後だ。

 四号車の方から郁美が小走りで近づいてくる。


「おい、急がないと電車に遅れるぞ」


 と言い、オレの脇を通り過ぎていった。今回はタイミングが悪いぞ、郁美。


「引き止めて、ごめんね。バイバイ」


「じゃあな」


 オレは郁美の後を追って、一番ホームから連絡通路への階段を駆け上った。そして、六番ホームへ降りる階段を目指す。

 階段の前で一度立ち止まり、一番ホームの方を見た。オレと話していた時とは違って暗い顔をしている。


「令治、早くしろって」


 郁美に呼ばれたから、オレは後ろ髪を引かれる思いで階段を降りて電車に乗った。電車はオレが乗るとすぐに出発した。

 また七分くらい電車に揺られて、家の近くの駅で降りる。


「明日が楽しみだぜ」


 駅から家までの道は途中まで郁美と一緒だけど、彼のテンションが高くてうるさかった。


「浪漫と一緒にスーパーだぜ? 同棲してるみたいだろ」


 いつもは格好付けてるけど、お前も思春期なんだな。そう思いつつ、彼の話を聞き流しながら、ずっと赤坂のことを考えていた。

 郁美と途中で別れて、家に帰った。父さんが出張でいないので、母さんと二人だけの晩ご飯を終えて、すぐに自分の部屋へ向かう。

 MAという名前には何となく見覚えがある。心の中でもしかしたら、という気持ちと、まさか、という気持ちが交錯していた。

 パソコンを立ちあげて、ラジオのホームページを開く。そこから掲示板にとんで、すぐに検索した。

 この掲示板は同じ名前を登録できない。だから、MAの書き込みが赤坂の書き込みだと思っていいんだ。

 だけど、MAだけの人はいなくて、アイドルのMAとか東京のMAとかMAと付いた名前の人が何人も出てきた。

 オレはどれが赤坂のものかハッキリさせるために、自分のラジオネームを検索して書き込みを遡り、話したことがあるMAを探した。


「マジかよ」


 その結果は驚くべきものだった。姉さんが亡くなった後に掲示板で励まし合っていたのは赤髪のMA。これ、どう考えても赤い髪をした赤坂美佐の略だと思う。

 あの頃は自分の気持ちをぶつけるだけで、相手の書き込みをよく読もうとしなかった。今さらながら、そんな自分にあきれる。

 そこには、赤坂が東京から青森に来た理由も事細かに書き込まれていた。

 赤坂が小学校六年の時に両親が離婚した。母は姉を引き取って青森の実家へ帰り、赤坂は父に引き取られて東京で暮らすことになったそうだ。

 赤坂が中学一年の時に男手一つで育てようと必死になった父は体を壊して入院してしまい、その時に他の命に関わる病気が発覚した。病名は書かれていなかった。

 赤坂は父の妹と生活するようになった。叔母さんの影響でヴィジュアル系バンドにハマって心の支えになったそうだ。

 赤坂が中学二年の時に父が亡くなった。この時から青森に来ないかと母から言われていたが赤坂は転校したくないと言い断っていた。

 そして、中学卒業まで叔母さんと暮らすようになるが、少し荒れていたらしい。

 赤坂が髪を赤く染めて、化粧をするようになったのは、周りに自分を強く見せようと思ったからだ。彼女から見れば、母は父を裏切った人であり、姉は弱い自分を見ているようで嫌だったと書いてあった。

 


 オレは赤坂の頭の中を覗いたような気分になってしまったけど、彼女が詳しく書き込んだ理由も分かるんだ。辛いことがあった時は人に話すと楽になれる。

 赤坂の場合は人じゃなくて、掲示板だっただけだろう。

 オレも姉さんが亡くなった後の気持ちを書き込んでいる。

 だけど、明日はどういう顔で赤坂に会えばいいんだろうか。彼女が青りんごで検索して書き込みを見ているなら、お互いの過去に何があったかを知っていることになるんだ。

 悶々と考えている内に十時になり、タイマーを掛けていたラジカセがあのラジオ番組を流し始める。メインMCの二人とエキドナが挨拶したけど、オレはラジオを切った。

 ギターを弾いて考えをまとめようと思ったけど、オレのギターは部室だ。やっぱ、持って来ればよかった。部屋にあるのは姉さんのギターだ。弾かないつもりでケースを開けると、光沢がない赤いボディとクリーム色のピックガードが目に入ってきた。

 オレはケースから取り出して、椅子に座ってギターを構える。


「どうすればいいんだろう、姉さん」


 ギターに語り掛けると、少し気持ちが落ち着いてきた。ふと、ケースの方に目をやると、姉さんの遺言が裏に書かれた楽譜がある。

 そう言えば表を見てなかったと思い、それを手にとった。表を見ると『かちゃくちゃね』の曲名があって、作曲が篤人と書いてあり、作詞が祭と書いてあった。

 やっぱり姉さんの作詞だったのか。オレは姉さんが作った曲を初めてのライブで演奏すると思うと、やる気が出てきた。前なら、嫌だと言って止めていただろう、でも、今のオレなら大丈夫だ。

 郁美と葛木と人前でセッションが出来たから、今なら、もしかしたら、姉さんのギターでも人前で演奏できるんじゃないか。

 姉さんの遺言にもこのギターをライブで使ってほしいと書いてある。オレは『かちゃくちゃね』を演奏してみることにした。

 姉さんの楽譜通りだとポップロックのようだ。これは姉さんらしくていいと思う。楽譜を目で追いながら、弾いてると『かちゃくちゃね』の二番の歌詞。


『好きな人には会いにいこう』


 というのが目に入った。瞬間、頭をぶっ叩かれたような気がした。そうだ。そうするべきなんだ。オレはこれを姉さんからのメッセージを受け取ったことにした。


「ありがとう、姉さん」


 オレはライブ会場にこのギターを持っていくことを決めた。気が付くと日付が変わっていたので眠ることにした。


 

 朝になり、終業式のために登校すると、教室で赤坂と顔を合わせた。


「おはよう」


 オレは何事もなかったように挨拶したが、彼女の目は少し腫れている。


「……おはよう」


 挨拶を返した赤坂は昨日青森駅で別れた時みたいな暗い顔をしていた。


「ねえ、アタシの書き込みを読んだでしょ?」


 周りには聞こえないような声で彼女が聞いてきたので、オレは無言で頷いた。


「アタシも中嶋の見ちゃったから、お互いさまだね」


 オレは何か声を掛けようと思い立ったが、何て言えばいいのか分からなかった。


「あ、あのさ」


「先生が来たから後でね」


 担任が教室に入ってきて騒いでいたクラスメイト達が静かになった。この後は、終業式をして二学期が終わった。


「アタシのお姉ちゃんも今日は篤人先輩の家に行くんだって、だからアタシはお姉ちゃんと先に行ってるね」


 赤坂は教室を出て行った。姉妹だってことを隠しているはずなのに、どうして一緒に篤人の家へ行くんだよ。

 思うことは沢山あるけど、オレは自分の家に荷物を取りに行ってから、部室へ向かった。赤坂に会えば全部分かるだろう。

 篤人の家の前に着いた。母屋から部室へ伸びる足跡は一人分だけだ。今、部室にいるのは赤坂だけだと思うとオレは小走りになっていた。

 部室に入ると、背負っていた姉さんのギターケースを降ろす。ライブ会場へ持っていくにはここへ持ってこなければならなかった。

 着替えの入った鞄は階段の下に置いて、ギターだけ持って階段を上った。

 二階のドアを開けると、私服姿の赤坂がこたつに入って天板に突っ伏していた。一瞬倒れているのかと思ったがそんなことはないだろう。近づくと寝ているだけみたいだ。

 起こした方がいいのか? だけど、金木と郁美はまだ買い物から戻らないと思うから、寝かせておこう。

 オレはギターケースを窓際に音を立てないように寝かせると、寒いのでこたつに入った。その時に赤坂の脚に触ってしまったらしく、彼女が目を覚ました。


「あ、ごめん。起こした?」


 と、オレが謝ると赤坂がゆっくりと顔を上げた。その顔は姉さんのようだったんだ。


「姉さん?」


 思わず、言葉がオレの口から零れたが、そんな訳がない。目の前にいるのは姉さんじゃない赤坂だ。


「やっぱり似ているんだね……昨日、中嶋の書き込みを見て、祭さんって人がどんな人か気になったんだ」


 寝起きのトロンとした目が少しずつ開いていく。


「だから、篤人先輩に頼んで写真を見せてもらったんだよ。そしたら、すっぴんのアタシに似てた。てか、ほとんどアタシだった」


 彼女の目には涙が滲んでいた。


「中嶋がお姉さんのことを思い出して辛いなら、アタシはまた化粧をするよ」


 オレは首を横に振る。辛くはない、むしろ嬉しささえ感じていた。


「そう……ねえ、中嶋はアタシがお姉さんに似ていたから、一緒にライブへ行ってくれたり、優しくしてくれたの?」


 赤坂はこたつの上に身を乗り出して、オレの顔を覗きこむ。彼女の視線がオレの心を覗き込んでくるかのようだった。

 赤坂に何があったかは分からないが、藁をも掴みたい気持ちでオレに答えを求めているのが痛いほど伝わってきた。オレは頭をフルに使って考え出す。

 最初は似ていることに気が付かなかった。郁美に言われてから意識し始めたけど、オレは無意識の内に姉さんと似ている人を探していたのかもしれない。

 嘘でも姉さんと似ていたからではないと言おうかと思った。だけど、オレは嘘をつくのが好きじゃないんだ。うやむやにして、先送りにしようかとも考えた。だけど、伝えるのが辛いことを先送りにしても、辛さが増すだけだ。

 それはオレと姉さんが、血が繋がっていないことを教えられた時に体験していた。


「オレはっ」


 赤坂はこたつの上に身を乗り出し、向かいに座っているオレの口を手のひらで塞ぐ。いきなりのことで心臓が飛び出るかと思うほど驚いたが、声も上げることができない。


「待って、アタシから言わせて」


 彼女はこたつから降りて、またオレと向かい合うように座った。赤坂は胸に手を当てて呼吸を整える。


「掲示板で中嶋と励まし合っていた時は気が楽だった。アタシの人生の中であんなに優しかった男の人は、父さん以外はいなかったんだ」


 彼女の気持ちをぶつけられたのは、ギターで殴られた衝撃と同じくらいだと思った。


「あの時は顔も知らなかったけど、たぶん好きになっていたよ。まさか、会えるとは思わなかった」


 赤坂の言葉に心臓が掴まれたような気分だ。彼女の話を聞いていると胸が苦しい。


「昨日までの中嶋と、掲示板で励まし合った中嶋がアタシの中で重なったんだよ」


 彼女はまた胸に手を当てて呼吸を整える。


「アタシは中嶋のことが好きだよ」


 まっすぐに自分の気持ちを伝えてきた。オレも彼女のことが好きだ。だけど、どうして好きなのかが分からない。


「すぐに答えなくてもいいよ。今から、アタシが言うことを聞いてからでいい」


 オレは彼女の目を見て、頷いた。それを確認してから、赤坂は口を開く。


「アタシの母さんが再婚して苗字が変わって、アタシは赤坂美佐じゃ……MAじゃなくなる。これからアタシは何を支えに生きていけばいいか分からなくなっちゃった」

 彼女は無理に笑顔を作っていた。そんなに無理をするなと言いたいけど、口に出せない。


「今までは、エキドナの曲に出てくるMAっていう女の子がアタシみたいな人生を送っていて、同じイニシャルだった」


 声が震えていた。喉の奥から絞り出しているみたいだ。


「だから、自分がMAを演じることでアタシは生きてこれた」


 もっと強く見えた彼女が、手のひらの上に落ちた雪くらいに儚く見える。声をかけるのも躊躇うくらいほどだ。


「それが出来なくなったアタシは何を支えにして生きればいいのよ」


 消え入りそうな声で呟いた彼女がまた顔を上げると、救いを求めるような表情だった。


「中嶋は掲示板の時みたいにアタシのことを助けてくれる?」


 彼女は首を横に振る。


「分かりにくかった? 結局、アタシが答えてほしいことは、アタシが中嶋のお姉さんに似ていなくても、アタシを助けてくれる?」


 と言い直した。


「オレは……」


 ライブに誘われた時はただの友達だった。ライブの後は守ってあげたいと思うようになっていた。

 この時から、オレは美佐のことを気になっていたんだ。だから、姉さんと似ているかどうかなんて重要なことじゃないんだ。

 考えはまとまった。


「姉さんと似ていなくても美佐を助ける」


「ありがとう、令治……隣に座ってもいい?」


 美佐はオレが答える前に隣に座った。こたつの一辺に二人が並んで座るのは無理がある気がする。

 こたつの中でオレの手が握られた。


「人に触れてる方が落ち着くのよ。てか、アタシ達って付き合ってるんだよね? 分かりにくい告白だったけどさ」


 おそるおそる確かめるように彼女が聞いてきた。オレは頷くのが精一杯の意志表示だった。美佐は安心したみたいだ。オレの肩に頭を載せ、目を瞑っている。

 オレは自分の心音がバスドラムみたいに大きな音で鳴っているのを感じていた。気を紛らわそうと、二階を見回す。

 階段の前にあるドアが少しだけ開いていて、オレと美佐の様子を見ていたであろう郁美と金木と目が合った。

 オレが驚いて体が跳ねあがったのと同時に四人の悲鳴が木霊した。



 美佐が恥ずかしくて二階に閉じこもってしまった。


「三十分だけ一人にさせて」


 という声がドアの向こうから聞こえてくる。オレも穴があったら、隠れたい。


「わざとじゃないからね。僕たちが来るの分かってるのにイチャついてる方が悪い」


 金木がドラムの椅子に座り、手持ち無沙汰にスティックを弄んでいる。郁美は立ったままベースを肩から掛けたまま何かを考え込んでいた。


「はい、金木の言う通りです」


 オレは郁美の隣で俯きながら言った。


「じゃあ、美佐ちゃんが出てくるまで練習してよう!」


「そうだな。ライブのセットリスト通りにしよう」


 金木がスティックを叩いてリズムをとったけど、郁美が全く準備してなかった。


「おーい、郁美。練習するよ」


「お、おう」


 郁美はベースを構えてから、金木がもう一度リズムを取って演奏が始まった。

 オレはさっきのことで動揺していたのか、二曲目の時に三曲目を弾いてしまった。郁美も二番の後は転調するのに、そのままの音階でベースを弾いていて、さらに歌詞も間違えた。


「昨日まではちゃんと出来ていたし、郁美と令治君は練習に身が入らないし、今日の練習はもう止めよう」


 金木がカンカンとスティックを打ち鳴らしながら、ちょっと怒った声で言った。三曲を演奏しただけで練習は終わり、鍋をすることにした。

 金木は盛り上がりたかったと思うんだけど、今回の鍋はとても静かだ。オレの向かいに金木がいて、右側に郁美、左側には化粧をし直した美佐がいる。

 だけど、オレと美佐は見られていたショックが覚めなくて、口数が少ないし、郁美はたぶん鈍感な金木にどうすれば好きだと伝えられるかを考えているんだろう。

 鍋の具が少なくなってきた頃だ。


「ライブが終わった後にも何かしたいね」


 金木がそう言ったら、郁美がため息をついた。


「お前なあ、ライブの日はクリスマスイブだぞ」


「それが何かしたの?」


 キョトンとしている金木を見て、郁美はさらにため息をついた。オレもその様子を見て、郁美が可哀そうになってきた。


「もういいや。令治に聞いてくれ」


 郁美がオレに話を振ってきた。オレは赤坂を見たけど、彼女は視線を合わせてくれなかった。


「あーそういうことか。郁美は令治君と美佐ちゃんを二人きりにさせたい」


 やっと金木は郁美が言いたかったことが分かったらしい。


「郁美も誰かと予定あるの? もしかして、今日の帰りに告白されてた人と?」


 金木がそう言うと、郁美はいきなり立ち上がり、階段の方へ歩いていく。


「え、ちょっと郁美どうしたの?」


 金木も慌てて立ち上がり、郁美の肩を掴むが郁美はそれを振り払った。


「浪漫は自分がモテるって自覚してるか? 他人の恋路ばっか気にして自分のことは、無関心って少しは自分のことも気に掛けろよ!」


 郁美は拳を強く握りしめて叫ぶと、階段を降りて帰ってしまった。この日はこれで解散することになったのだが、オレ達の間に、言葉にできない亀裂が出来てしまった。

 郁美が叫ぶほど感情を表に出すのは、前にバンド解散した時以来だった。もしかして今回も……なんて悪い予感が頭を過る。 

 郁美が言われたことを気にして、柄にもなく金木が落ち込んでいた。オレにはなんて声をかけたら良いのかが分からないし、同性の方が良いだろう。


「金木のことをお願いしてもいいか?」


「もちろん。アタシの好きなバンドが解散するのは嫌だからね」


 金木と美佐は一緒に帰って行った。それを見送ったオレは、郁美に電話をかける。


『何だよ』


 すぐに繋がったが、言葉が出て来ない。美佐への告白で全てを使い切った気がする。


『何もないなら、切るぞ』


「とりあえず、明日の部活には来いよ」


『ああ、そんなことか。安心しろ、今、解散するつもりはねえよ。また、お前とステージに立てるんだからな』


 またオレとステージに立てるか……嬉しいことを言ってくれる。


『金木の方はお前の彼女に任せたんだろ?』


「そうだけど」


『なら、大丈夫だろ。金木も明日の部活には来るさ』


 彼の根拠のない自信は何処からくるか分からないけど、オレもそう思った。


『じゃあな。バッテリーねえから切るぜ』


 一方的に電話が切られた。通話している間に車の音とザクザクと雪を踏んで歩く音が聞こえてきていたから、たぶん駅で金木と会わないようにいつもと違う道を歩いて帰っているんだろう。

 いや、違うかもしれない。頭に血が上って走って部室を出て行き、そのまま走っていたら、いつもと違う道に出てしまったのかもしれない。

 寒いから頭が冷えて冷静さを取り戻した方がしっくりきた。怒って出て行った郁美が金木と会わないように気を付けるとは思えなかった。

 しかし、仮に明日二人が部活に来ても、今日出来た亀裂がすぐに修復できるとは思えない。

 明後日のライブは成功するのか。

 今は解散しないと郁美は言っていたから、ライブの後に解散するかもしれない。

 オレの不安は雪のように積もっていった。



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