第四章 六十二時間前
=八五時間前、東京都郊外、朱鷺守邸隠当主書斎=
朱鷺守総也はデスクに並ぶ書類を睨みながら片肘をついていた。
「協会が動き始めたか。そろそろ動きを押さえつけるのも限界のようだな」
総也はクッションのよく効いた椅子の上で膝を組むと、どうしたものかと思案を始めた。
そんな折、彼の正面に備え付けられたドアをノックする音が聞こえた。総也は、一言「入れ」と言い、手元の書類を裏向けた。
「失礼します」
総也の呼び声に簡素に答え、ドアの向こうから姿を見せたのはまだ幼さを残す若い女性だった。
「燈華か。何があった」
燈華と呼ばれた女性、天宮燈華は朱鷺守当主である総也の側近とも言える人物だった。いや、側近と言うよりは影の使用人と言ってもいいかもしれない。
ともかく、燈華が直接総也の書斎を訪れると言うことは、誰の耳にも入れることの出来ない何かを報告するためであるはずだった。
「協会の人間が総弦様と会談を設けておられるようです」
噂をすると影が立つ。既に動きがあったことを捉えきれなかった総也は、「やっかいだな」と呟くと冷めてしまったお茶に口をつけた。
「会談の内容は?」
総也の苛立たしげな口調に眉の一つも動かさずに燈華は、
「七葉お嬢様のことについての様子です」
「七葉の? まさか、協会があの子を捕縛しようとでも言うのではあるまいな」
彼の娘、朱鷺守七葉の名前が出た瞬間、総也はまるで取り乱したかのような声を上げた。
「そこまでは分かりません。しかし、おそらくは……」
「よい。お前に意見など聞いておらん」
「……申し訳ございません……」
総也は茶を飲み干すと、立ち上がり背後の窓から中庭を見下ろした。
「いかがいたしましょう、御館様」
その表情に違わぬ感情の起伏無い淡泊な口調で燈華は直立して主の命令を待った。
「監視を続けよ。そして、御剣を呼べ。七葉はなんとしても守らねばならん」
僅かに取り乱した感情をなでつけながら、総也は毅然としてそう命令を下した。
「かしこまりました」
総也の口から七葉の言葉が出る度に、人目には分からないほど僅かに眉をひそめる燈華は、その命令を受け、総也の背中に向かって礼をすると静かに退出した。
「手遅れにならなければよいのだが」




