体力的鍛練をします
かなり遅れました。自分の中で上手く文章が作れず遅筆が更に拍車かかった感じです……。
時が経つのは早いもので5歳です。
絵本などで人間の言語を学び、アルヴィンの指導のもと淑女教育を学び、ちょくちょく王都にも連れていってもらって金銭感覚を養い、今は護身を目的に剣技と魔力の扱い方を中心に学んでいる最中です。
【よっ、ほぃっ、よっ、と。姫さん、踏み込みが甘い!もっと勢いよく来ないと俺の懐には入れんぞー!!】
ただいま赤竜筆頭に稽古をつけてもらっているのですが……幼児相手に容赦ないです。一撃入れられればその日の稽古は終わりなのですがそう簡単には入れさせてくれない。
両手で握る木剣に力を込めて思いっきり振りかぶっても軽やかなステップでそれを躱される。言われた通り勢いに任せて第二、第三と斬り込んでもカン、カンッ、と軽く打ち合うだけで力の矛先を逸らされ懐に入るどころか自分の力の質量に引っ張られ鑪を踏む始末。
幼く小さい体で翻弄されるのは当然じゃないか!との思いもありますが、だからといって悔しくないと言えば嘘になります。地面に手と膝をついたままそれを隠しもせずにキッと対戦相手を睨むと、にっこにっこしながら木剣で肩を軽く叩いているリュディガーの姿。
【姫さん、そんな可愛い顔で見つめてきて誘惑してるつもりか?色仕掛けはまだちょっと早いんじゃないかぁ?……どーする?今日の稽古はもう終わりにして色仕掛けについて俺と談義するか?】
【見つめてなんていないのです!睨んでいるのです!!リュディガーと色仕掛けについての談義なんてしたところで修得出来る気もしませんし実践する相手もいないので無意味なのです!よって続けます!】
立ち上がって剣を構え直したところで空からクルスが石舞台に降り立って私に何事か耳打ちしてきます。リュディガーをちらりと見ると首を傾げてこちらを見ていますがクルスに意識を戻すと【絶対成功するからっ】の言葉とともに背中をぽんっ、と押され送り出されます。クルスを振り返るも既に彼は石舞台を下りアルヴィンとリベルトに先刻授けてくれた策を話しているようです。
本当にそんなことであのリュディガーに一撃を入れることが出来るんでしょうか?半信半疑ながらもこれまで一度もこの木剣を掠められたことさえない相手を見据え、可能性を示された策を信じ深く深呼吸する。
【……クルスに何か入れ知恵されたか?ま、小手先の技は俺には通用しません、よ……って………姫さんっ!?】
石舞台を蹴って踏み出した瞬間、足がもつれてべしゃっとなんとも情けない音を出して地面にこんにちは。リュディガーは呆然、クルス、アルヴィン、リベルトも目を見開いて固まっている。
誰も発言出来ない微妙な空気が漂う中、地面に手をつきぷるぷると震えながら上体を起こす。膝小僧を覆っている布地には血が滲んできている。
膝を曲げ、手を前につき、顔を上げてリュディガーを見る。今度こそ見つめてると表現されても間違いではない。ただ私の目には表面張力でギリギリこぼれ落ちるのを防いでいる涙が溜まっていた。
【……ふっ、ふぇぇええ………】
瞼を閉じて声をあげれば重力に逆らうことなく涙は頬を伝いぽろぽろと石舞台へと吸い込まれていく。
泣き出した声で漸く意識が戻ったのか、ハッとした顔をしたリュディガーが木剣を投げ出し急いで私が座り込んでいる方へと距離を詰め、私を抱き上げようと屈んだ瞬間。
【てぃっ】
転んでも手放さなかった木剣の腹でリュディガーの脛にぺちっ、と当てる。
【………え?】
【一撃入れたのです!私の勝ち!】
先刻まで流れていた涙は何処へやら、にぱっと満面の笑みでリュディガーを見上げれば、彼はそのまましゃがみこみ項垂れた。ものの数秒ですぐに顔を上げた柳眉は八の字になっており少々困り顔で笑って、大きな手で私の頭をわしわしと撫でてくれる。
【大した色仕掛けだよ。女の涙ほど相手にしたくないものはない。が、血まで流すのはやりすぎだな】
【だってただ転んだだけでは泣いていたとしてもリュディガーは寄ってきてくれないでしょう?やるなら徹底的に、なのです】
握りこぶしを作って胸の前で揺らせばリュディガーからは苦笑が漏れた。【俺の性格をよくご存知で】と皮肉気に言われたが相手がリュディガーでなければここまではしない。クルスやオラツィオが相手ならば彼らは私の体力がなくなる直前のタイミングで【今日はここまで】と切り上げてくれる。アルヴィンやリベルトならば年齢を考慮して、ここまで動ければ大丈夫という『5歳児にしてはいい攻撃』を私が繰り出せばそれぞれの判断でわざと当たってくれたりする。
ただ筆頭たちの中でもリュディガーだけは甘くなかった。王城にいる騎竜師団の訓練をしているからか戦闘に関してだけは手を抜かない。それは対等に相手をしてくれている証拠でもあるので悔しさはあったが嬉しさの方が勝っていた。
それでも毎回体力の限界で膝と手を地面につきながら【参りました】と言い続ける展開は面白くない。ということを常々クルスやリベルトに愚痴っていたところにこの提案である。そりゃ実行するよね!
【アルヴィン、姫さんの手当てを】
片手でひょいっと腕に抱かれ、すたすたと石舞台の端にいるアルヴィンたちの元へ。地面に下ろされることなくリベルトの腕の中に納められると、クルスが投げ出していた私の足の膝部分に手を当て足首に向かって滑らす。下肢を被っていた衣服、まぁ平たく言えばズボンだ。傷口を露にするために裂かれてしまった。……勿体ない。ちなみに私を飾っている全てのものは当然といえば当然だが竜族の皆が用意してくれたものである。ただ、王都や地方にある店からや商人の露店で購入、ではなく、実際に竜族の皆が手ずから作ってくれたもの。
自然に剥がれた鱗で武器や防具を作ったり、鱗の代わりに毛が生えている長毛種の竜から衣服を作ったりと前々から細々ではあるが人と商売をしていたらしい。竜の一部から作られた武器や防具は攻撃の威力を高めたり防御力に優れていたりするので少量であってもかなりの高額ですぐに売れてしまうのだそう。食糧は自分達で調達できるし衣服も言うまでもなく。交流があると聞いたときには稼ぐ必要があるのかと疑問だったが他の種族、エルフやドワーフ――さすが竜のいる世界、他の有名どころも存在していた!――との取引に使用しているとのこと。
王都には何度か連れて行ってもらったけどいつかエルフやドワーフたちが住む場所にも行ってみたいなぁ、とか裂かれたズボンから思い起こされたやりとりに思いに馳せているとアルヴィンの手が血の滲んだ膝に翳される。
暖かな白い光が凝縮されて膝周りを覆っていた。
【ルーチェ様、脳筋リュディガーに一矢報いたいとの気持ちは非常に理解出来ますが貴女は淑女ですよ?自分を犠牲にすることは感心出来ませんね。そもそも他人の傷を癒すことは出来ても自分自身の傷を癒すことは出来ないのですから尚更無理をしてはいけません】
そう言ってアルヴィンが私の膝から手を離すとそこには傷など何もなかったかのように白いすべすべの膝が。
そうなんです。私の魔法と呼んでもいいのか分からないあのカードに宿っている能力は私自身には作用しないのです。今のところ分かっているのは自分自身では治癒出来ないということくらいなのであまり不便はないです。契約とか他人を巻き込んだものなら私にも作用するのが分かっているので最悪はそれに絡ませて施行してしまえば何とかなるでしょう。
え?力ずく?そうですけど何か問題でも?
身体能力向上系の能力や指針決めの能力――タロット・カードの真髄ですね――も自分自身には使えないのでこうして基礎体力を上げるために訓練しているのです。
もしかしたら何かのきっかけで使えるようになるかもしれないという淡い期待は捨てないで、今はひたすら鍛えるのみです。
【そうですね。自分の身を守るための訓練であって、試合相手に勝つためにわざと怪我をするなど本末転倒です。況してやリュディガーなんぞに勝つためなどと。あんな戦闘バカに本気で付き合ってはいけません】
【ちょっ、おい待て。アルヴィン、リベルト!!お前ら俺に対する評価がおかしくねぇかっ!?】
【まぁ、リュディガーが脳筋で戦闘バカなのは否定しないけど【おいっ!!】姫様の訓練は続けた方が姫様のためにはなると思うよー。僕たちにとって第一なのは姫様が怪我をしないことだけど、もし、万が一、僕たちが側に居ないときに何かあったらまず逃げることが第一。その為にも長時間走れる体力は培っておいた方がいいよねー】
クルスの言うことはもっとも、だとは思いますが果たして剣技で脚力は鍛えられるのか?という疑問は口には出しませんでした。うん。剣技と脚力なんて結びつかないなんて考えてません。関係あるといえば打ち合いの時に踏ん張るくらいじゃないでしょうか?………早さや持久力には影響しないと思います。
【おやルーチェ、リュディガーとの鍛練は終わったのか?】
声のした方に振り返れば穏やかな笑みを浮かべたままこちらに足を進めてくる父様と1メートル程の大きさの水晶を担いだオラツィオの姿。
【父様!!今日は遂にリュディガーに一撃入れられたのです!少々卑怯な手を使いましたが一撃は一撃なのです!】
リベルトの腕から下ろしてもらい屈んで手を広げて待ってくれている父様の腕の中に全力でダイブする。抱き上げてもらったまま歩みを進め筆頭たちの元へと向かう。
【ほう?どんな手を使おうが戦闘に関しては他の筆頭を上回っているリュディガーに一撃入れるなど容易いことではないぞ?ルーチェは将来有望だな】
【ジークヴァルト様、褒められたことではありませんよ!膝に怪我を負ってまでリュディガーに勝つ必要など微塵もありません!そんな戦い方をしていたらルーチェ様は傷だらけになってしまいます!!】
【何だ、怪我をしたのか?珍しいな。ルーチェの反射神経は中々だと思っていたが……そういえば鍛練の得物は何を使っているのだ?】
そう言われて私はリュディガーの手元を指差す。その手にあるのは木剣。身長に合わせて私のものは少々小さいが作りは同じものである。
【……なるほどな。ルーチェには少々重かろう。純粋な剣技の技術を身につけるのはまだ早い。身体の形成が整ってないうちから酷使しては成長に影響が出る。お前は人間であるということを忘れるな】
【はい父様………】
父様の諭す声にしょぼんと項垂れる。確かに竜族と一緒に過ごしていると自分が人間であるということをちょっと忘れそうにもなる。私の周りにいるのは常に人型をとっているとはいえ竜である。彼等が軽々とやってのけるのは竜としての力業であることが多い。また、なまじっか前世の、成人していた頃の記憶があるためにこれくらいなら、という慢心もあったのだろう。あの頃出来ていたことが今は出来ないということを認識したくなかったのだ。
冷水を浴びせられた気分だ。
項垂れたまま顔を上げようとしない私の頭上に呆れたような溜め息と慰めるようにわしゃわしゃと撫でる大きな手が落とされる。
【予は鍛練が無駄だとは一言も言っておらんぞ。剣技を身につけるには"まだ"早い、と言ったのだ。成長を妨げてまで焦る必要などなかろう。
……そうだな、次の鍛練よりお前は得物を持つな。躱すことにのみ集中しろ。剣の動線を見切り動体視力と反射神経を研け。但し、相手より一撃、若しくは寸止めを食らったら15分の休憩必須。反撃は許可するが素手防御なら鍛練続行、得物で防がれた場合は一撃入ったと見なしこれも15分の休憩とする。
鍛練時間は1時間。成果如何によっては延長も考えよう】
つまりは至近距離の鬼ごっこ。確かにこれなら周囲の状況と相手の動きを同時に把握しなきゃいけないから動体視力と反射神経は研かれるだろう。当たらない限りは逃げ続けられるってことは持久力も鍛えられる。15分のインターバルは辛いけどそれが嫌なら捕まらなければいいし、1時間という制限された時間内で15分の強制休憩を取らされたあとに鍛練を続けるなら、反撃を加えるためのトップスピードを出す練習にもなる。
持ち続けるには重い木剣を闇雲に振り回して体力を削るよりはずっと基礎体力は上がるかも。
【…分かりました!明日からはその条件で鍛練を行います。絶対に1時間逃げきって更に反撃してやるのです!!】
【ははっ、それでこそ予の娘だ。そうだな、それぞれの筆頭から1時間逃げきれた場合は都度褒美を与えよう。その方がお前のやる気も出よう?】
【本当ですか!?頑張ります!!】
先程までしょげていたとは思えないほどのテンションの上がりように筆頭たちからは苦笑が漏れる。
【さて、ルーチェ様。次は魔力制御の訓練だ。舞台中央へ】
オラツィオが場の空気が落ち着いたところで声を掛けてくる。担いでいるのは1メートルの水晶。但し中は空洞である。
【分かりました。では父様、行って参ります】
【ああ、語らっておいで】
オラツィオが石舞台の中央で胡座をかき待っている。その前には大きな空洞水晶。この水晶が竜族の魔力量と属性を測定してくれるのです。
【では、始めよう】
更新待ってますのお言葉にかなり励まされました。次話も出来次第投稿しますので見捨てないでください(´;ω;`)
ありがとうございました。
16/9/13 誤字訂正
5,535字




