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竜の掌中の珠  作者: AGEPHA
5/10

清廉なる娘との邂逅 (ジークヴァルト)

ブックマークが500件を超えてて((((;゜Д゜)))

そして遅筆な自分にΣ(´□`;)


後半は前話と重複してる部分があるので読み飛ばして頂いて結構です。

1万字超えてしまいました…。


16/8/20 竜王の自称変更「我」→「予」


「初めまして。私の姿見えてます?」


 五感を封じられていた私の耳に聞こえてきた鈴が転がるような音。

 それが私の運命の鍵を握る人間の幼子との出会いだった。




 竜族の長として一族を纏め始め二百余年。住み処としている渓谷が属する国を治めている人間とも盛んな交流が在るわけでもないが閉鎖的に拒むということもなく、ただ穏やかに日々は流れていた。

 有り体にいえば油断していたのであろう。

 見回りの最中、縄張りの一部に常とは違う異変を感じ予定の進路を変更しその一画を目指す。目当ての上空に辿り着くも眼下に広がる景色は一見して常と変わらぬ静寂を保っている。気のせいだったのか、と予定通りの進路に戻ろうとした際にそれ(・・)は起こった。

 躯が急降下を始める。被翼に力を籠めても上手く制御出来ず、そのまま森の中へと落下した。状況が把握できないまま周囲を見渡せば似たようなローブを纏った人間が森を埋め尽くしていた。


 ――上空から見たときには影すら見えなかったハズだが…


「捉えたぞ!!今こそアスタロスの叡智の結晶を世に知らしめるとき!!邪悪な竜を討ち滅ぼすのだ!!」


 ――意味が分からん。アスタロス……森を抜けた国境の先が確かそんな名の国だったか。


 思考の海に溺れている間もローブの集団がいる方向から矢継ぎ早に魔法が撃ち込まれていたが、有り余る魔力の壁が勝手に反射していた。自分達から仕掛けてきておいて、やれ卑怯だの化け物だのと、己の理解の範疇に修まらぬものは非難する。なんと醜悪な生き物か。

 取り敢えず報復、とばかりに魔力を集中させローブの集団に向かって火を噴いた。数十人という人間と周囲の木々は焼け焦げたが、思っていた範囲よりは延焼していない。知らぬ内に加減していたか?と思えば。


「怯むな!!幾重にも張った結界に綻びなどない!!現に邪悪な竜の王が我らが前に臥しているのがその証拠!!もしも我らが果てようともっ、志同じくした同志達が本懐を遂げるだろう!!」


 ――なるほど?幾重もの結界、か


 多重に異なる理を持つ結界を展開していたのであろう。上空から見下ろしたときに発見できなかったのもそれのせいか、と納得する。認識阻害効果に、重力加圧効果、恐らくは物理防御抵抗上昇と魔法防御抵抗上昇の効果も張っているだろう。確かに臥している結果にはなっているし、多少の防御抵抗の上昇にも効果はあるようだ。

 だが。こちらの攻撃が全く効かない訳ではない。僅かながらも術師の人間は炭化しているし、例え多少の抵抗力を上げたところで圧倒的な力の差では行き着く先は目に見えている。結界も行使している術師がいるからこそ成り立っているのであって、それも殲滅してしまえば功を成さない。

 尾を一振りするだけで目の前に羅列する人間が呆気なく薙ぎ倒されていく。未だに被翼に力が籠められない辺り、重力加圧結界を張っている者はひしめき合っている人間の中でも攻撃の届かぬ奥の方に位置しているのだろう。


 朗々と理屈を並べ立ててはいても私の力を抑える主力を後方に置いているその行動こそが私の力を畏れている証拠。動きを制限されようがそれに重きを置く意味もない。

 一番効果がある尾での薙ぎ払いと業火を見舞い続ければその数は次第に減っていき、見渡しても残り百人足らずといったところにまで追い込んだ。


【……まだ続けるのか?生産性もなく、予に益をもたらさぬ行為に時間を費やしたくはないのだが】


 語りかけたところで今さら撤退などする連中ではないだろう。そもそも言葉が通じているかさえ怪しい。人の言語も喋れはするが、わざわざ同じ土台に立ってやる義理もない。案の定理解はしていないようだった。


「見よ!!咆哮にも覇気がなく、この場を立ち去る力も持たん!!蜥蜴擬(トカゲもど)きが思考を重ね進化を続ける我々に勝るわけがないのだ!!!!古きを温め新しきを知る!我らには歴史という財産があることを思い知れ!!」


 人間でなくても歴史ならどんな生物にも平等に積み重なってるがな。

 言いたいことを言いきったのか聞くに久しい古い言葉で聞き慣れない詠唱を始めた。

その詠唱を待ってやる義理は当然なく、奴らの更に後方に位置している川からそれが乾上がるほどの水を持ち上げたところで異変が起きた。

 まず浮かせたはずの膨大な量の水は球体を模っていたが、それを維持できなくなったかのようにまた川としての状態を取り戻した。水を球体として維持していたのは私の魔力。即ち魔力の供給が断たれたということに他ならない。だが私はこの地を侵した者どもを押し流そうとしていたのだ。自ら噴いた炎で未だ燻っている大地の消火も兼ねて。わざわざ水を浮かせてまた川に戻すなんて意味のない曲芸を何故この場で披露する必要がある。

 つまりは魔力供給を断ったのは私の意思ではない。

 次いで押し流す方法が取れないのなら、と先ほどまで遺憾なく威力を発揮してきた尾に力を込めようとすればまるで痺れたかのように動かせない。更には鈍い痛みが全身を襲ってくる。耐えられないほどではないが地味にイラッとした。

 視界に映る人間が一人また一人と地に伏していく。その度に拘束力が、巡る痛みが増していくのが分かる。


 ――己の命を糧に私を封じ込めようというのか。私が死んだところでまた新たな王が生まれるだけだというのに


 竜王は生まれて百年の間は前王に上に立つ者としての在り方を教育される。だが私がこの状態になっても次代の竜王が生まれる気配を感じ取れない。ならばこの縛めは私の命を百年は屠ることはないという結論に至った。

 が、それはそれで厄介でもある。竜王である私の魔力を封じ込めるということは他に健在する竜の魔力を以てしてもこの呪は解けぬという事。寿命が尽きるまでこの場所に留め置かれるのはさぞかし窮屈だと思い始めた頃に眼に入ったのは、呪言が刻まれた布切れが私の躯に纏わりつく瞬間。


「……っ!!!成功だ!!竜王をも屈服させるアスタロスの力はやはり他国を制するに値するものだ!!このままその身より穢れを放ち、食物を摂取する事叶わず、仲間に再会することなく孤独の中で餓え果てるがいい!!!!」


 ……言いたい事は多々あるが、私を封じ込めたところでこの術を試行するには数え切れないほどの人間の命を必要とし、それでも抑える事が出来るのは一匹のみ。そしてこの術が有益であると誰が国に持ち帰るのか。この場にいる人間は漏れなく死ぬことだろう。穢れとて侵すものを選ぶわけではないのだ。

 次第に視界を奪われ何も見えず、嗅覚を奪われ何も分からず、聴覚を奪われ何も聞こえず。この有様では仕掛けてくる人間はもう居らず確認の取り様もないが触覚も奪われ、口にできるものはないが味覚も奪われているのだろう。鈍い痛みは脳にまで達し、思考することも困難になった私はこの先何百年と苛むであろう苦痛に只管耐えていた。






 そして彼女と出会ったのだ。


【…………誰だ】


 目の前に浮かぶ幼子は人間の齢でいう十ほどのように見えた。術師どもは己の姿を隠すようにローブを覆っていたがこの娘は街にいるような人間と変わらぬ服装をしていた。

 透けてはいるが、腰より長い緩いウェーブのかかった紫銀の髪を携え、白磁のような肌、アクアマリンを彷彿させる右目とラピスラズリを嵌めたような左目のオッドアイを持った姿は、これまでに見た何よりも美しかった。


「見えてらっしゃいますね。声も聞こえてるようで何よりです」


【……あの術師共はどうなった】


 意識が閉ざされる前、まだ数人は動いていたように思う。穢れが蔓延する中無事であるとは思ってはいないが、万が一、残る眷族に害を為さないか確認はしておかねばならないだろう。


「貴方に封具と呼ばれるものを施して一人残らず事切れました」


 そう言って私にも見える様にか、幼子は自身の体を正面からずらした。その方面に視線を走らせれば最後まで何事か叫んでいた人間が地に伏しているのが見えた。結局は同じ末路を辿ったか。己の身を顧みない自己犠牲の精神は尊くもあるがそれを活かされぬ結果は滑稽だとも思う。

 そんな中、幼子の言葉に引っかかりを覚えた。封具。この躯に纏わりついてる布切れだろう。五感を奪われた私が何故この幼子の姿を捉え声を拾っているのか。


「私が貴方と交渉する為に一部封具の呪言を解放しました。お話、聞いていただけます?」


 問えばそんな答えが返ってきた。竜王であるこの私でさえ反発出来なかったこの呪いを一部とはいえ解放したと?この幼子が?


【………話?】


「はい。少々の確認と交渉の末の契約の話をさせて頂けたら、と思っています」


 幼子は服の裾を軽く摘まみ頭を下げて礼をとった。

 その敬意を表す態度は明らかにローブを纏っていた者たちとは違う雰囲気を醸し出していたがこの事態は私の油断が招いた事。いくら警戒しようとも無駄になるとは思えない。


【………予にこの呪具を使用した連中とお前が、仲間ではないと何故断言できる】


「確かに仰る通りです。私が彼らの仲間ではないと確証に至るものを差し出すことはできません。出来ませんが、貴方の身を蝕むその呪具の効力、微力ながら和らげることは可能です。成し遂げたなら、お話させて頂けません?

 本当は解呪したいところですが生憎ご覧の通りの姿、身の内に宿る総ての力を扱いきれないのです。」


 奴らの仲間ではない証拠は出せない。だが、奴らが命まで投げ出して私を封じ込めたこの呪いを多少なりとも緩和してみせるという。同胞の命を利用してまでしたいことが私と話す事、ひいては交渉の末の契約となれば些か代償が大きすぎるだろう。またその歳で竜語を解する博識な娘がわざわざこんな警戒を抱かせるような方法を採るとも思えない。

 そしてこの呪いが緩和されるという魅力的な申し出を私が断れるわけないのだ。


【予の魔力をも抑え込むこの呪具を?………よかろう、やってみるがいい】


 言い方は敢えて傲慢に。主導権を握らせてはいけない。屈辱的な目に陥ろうとも私は竜を統べる王なのだ。

 出来るものならやってみろという挑発的な物言いに不快感を顕にせず幼子はにこりと微笑む。

 目の前の幼子の魔力が急激に高まったかと思えば、その体を見た事のない絵柄が描かれた紙切れが淡い光を放ちながら取り囲んでいた。いや、それよりも驚くべきはその眼の色だ。オッドアイは色素を失くし黄金(きん)色に輝いている。


【…なんだ?その紙切れは?】


 己の知識にないそれ(・・)が何なのか純粋に知りたいと思った欲求は逡巡することなく、問いとして幼子に投げかけていた。

 眼の色も気にはなったがこれは多分聞いても明確な答えは返ってこないだろう。


「貴方に私の話を聞いてもらう為に必要な道具です。

 “彼の者の体躯の内を巡る細かき針よ、『離散』せよ。覆いし帯に刻まれし文言は『調和の崩壊』を以て穢れを祓え。ⅩⅢ.La Morte(死神)正位置、及びⅩⅩⅠ.Il Mond(世界)逆位置、執行”」


 幼子の宣言と共に淡い光が二枚の紙切れの形を崩していく。一枚は花弁が舞うかのように崩れ、その光の欠片は私の躯に吸い込まれるように溶け込んだ。もう一枚は細く小さく凝縮され、(おびただ)しい数の光のそれが空中に静止したかと思えば呪具に刻まれた文言を削り取っていった。


【……これは】


 躯に纏わりついた呪具から放出されていた穢れが急速に鳴りを潜め、その場の空気は清浄さを取り戻した。

 その結果には目を瞠るしかない。生物の中でも一番魔力を保有しているのは竜族だ。私はその頂に立つもの。その私がどんなに魔力を練りだそうとしても布切れに刻まれた呪言が邪魔をするのだ。

 そんな厄介な呪具の一部をいともあっさりと綻ばせたその幼子を凝視すると苦笑を浮かべながら問うてきた。


「……お体の具合はいかがですか?」


【…動けはせぬが大事ない。お前の…いや、其方のお蔭で鬱陶しい痛みが消え失せた。穢れを撒き散らしていた気も霧散したようだ。

 …与えてもらうばかりは予の矜持が許さぬ。話がしたいと言ったな。約束通り聴こう】


 確かに麻痺は残っているようで四肢は動かせないが思考を鈍らせるほどの痛みは治まった。渓谷を死地へと変貌させる一端を担っていた穢れも収束し、時が経てばこの地はまた生命の息吹を吹き返すだろう。

 己を認識させる為とはいえ、封じられた視覚と聴覚を取り戻し、意識を苛む痛みを取り除き穢れを取り払う。私に話を聞かせるという手段にしては私に対する恩恵が大きすぎる。対価が話を聞くというだけでは釣り合いが取れぬとは思うが、だからといって突きつけられる要求を全て諾と呑みこむ訳にもいかない。

 判断を下すにしてもまずは話を聞いてから。そう思い幼子に促した。


 話そのものをするより前にいくつかの質問を投げかけられる。だがその質問の内容は普通の幼子にとっては当たり前のように看過出来る内容だったが、目の前の、私でさえ抗えない呪具を緩和出来るほどの知識を持っているはずの娘がするには初歩的過ぎるように感じた。

 竜族と魔物、魔族の違いを認識しておらず、そもそも私を竜族の王であると分かっていなかった。この様子では他の種族についても知らないのだろう。また幼子の望む契約は一介の竜でも事足りる内容であるということが窺い知れる。

 他にも人の治める国との関わり方を聞いてきたり、異種族が話し合うという方法を当たり前のように提示してくる辺り、この世の常識である知識が乏しすぎるように思われた。


「私の体を見てお気づきかと思いますが、まだこの世界に実在する存在ではないのです。一応産まれる予定はありますが、それがいつになるのかは分かりません。なのでこの世界の常識ですとか一般的な考え方も存じ上げません。貴方の言葉が理解出来るのも私が実存する体を得ていない、思念体のようなものだからなのかもしれません」


 それを指摘してやれば目の前の幼子は自分はまだこの世に存在していないという。

 確かに体は透けている。竜語をいとも簡単に理解しているのに竜王である私を知識としても知らない。私を凌ぐ魔力を持ち合わせているのにその歳になるまで一切気配を断っていた。

 現状を正確に把握すればこの幼子は嘘を吐いてはいないだろう。多分自分自身をも知らないのだ。それでも私に誠実でありたいと、己の知る範囲、推察できる範囲でありのままを告げている。

 探るような視線から目を逸らさずに私を見据える。


【…………なるほど。この世に産まれる前の思念体、か。かような現象は初めてだが、己の(まなこ)で確かめたこと。信ずるに値しよう。其方の瞳に翳りも見えぬ。嘘も吐いていなかろう。

 ……ならば、本題だ。其方、始めに言ったな。『交渉の末の契約』。予とどのような契約を結びたいのだ】


 誠実には誠実で返す。竜は礼儀を重んずる一族でもある。

 私の問いに嘘偽りなく答えるこの幼子が提示する契約。

 それそのものにも興味を抱き先を促すと、突然幼子が涙ぐみ始める。


【ど、どうした。何故泣く】


「いえ、何でもないです……!交渉、そう、交渉のお話しですよね!!」


 理由を訊ねるも聞いてほしくないのか話の先を変えられた。

 ……そうまでして隠されると暴きたくもなるが涙ぐむほどの理由を吐露されて上手く慰められる当てもない。深刻な理由ではなさそうではあるし、追及されたくない雰囲気がありありと伝わってくるのも相成りこの場はその流れにのることにした。


「えっと、交渉と言っても難しい話ではありません。単なるお願い事なんです。まだ生まれていない私がこの世界に産み落とされたら、貴方に、いえ、竜族の庇護を受けたいのです!」


【予らの庇護だと?…………庇護とは、具体的に何を指す?】


 幼子の要求に不信感が一気に膨れ上がる。私単体ではなく一族の、竜族全てに庇護を求めるとなればやはり我々を利用して国でも攻め滅ぼすか。強者としての自己を確立したいのか。

 真意を確かめようと更に問いを繰り返す。返ってきた答えは……。


「そ、その、背中に乗せてもらって空を飛んだりとか、お腹を枕に寝てみたいとか、あわよくば本を読んで頂いたり子守唄歌いながら寝かしつけてほしいとか、あ、魔力の使い方教えて欲しいとか……庇護という言葉で片付けるには多量な願い事ですよね………」


 予想していた答えの斜め上をいく回答に呆気にとられた。


【それはまた、何と言うか……健全な庇護欲だな】


「?そう申し上げたつもりですが……。あ、もちろん私からも対価は差し出します!交渉と言うのならば互いに利がなければ成立しないもの。竜王様の願いが私に叶えられるかの保障は出来ないのが心苦しいですが……」


【……いや、よかろう。其方の願いは予ら竜族の庇護だな。其方の具体例を以ても委細問題ない。予からの願いはこの呪具からの完全なる解放を望む。異論なければ其方と契約しても良い】


 幼子の願いの裏を読みとれば予想した答えが僅かにでも見えるかと思えば、その目は変わらず澄みきっており他意のないことが伝わってくる。警戒を顕にした自分を浅慮だとは思わないが今までのやり取りを思い返せば自分の取った行動は恥であるとも思えた。

 この身が再び自由を取り戻せるなら斯様な願いは微々たるもの。むしろ私の願いの方が対価としては大きすぎるだろう。


「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!嬉しいです!!どうしましょう、嬉しすぎて思考が追い付きません!!」


 だというのに目の前の幼子は釣り合いの取れぬ対価の内容を気にも留めず本当に嬉しそうに笑った。

 面白いと思った。

 これまで人との関わりは積極的に持ってはいなかったがこの幼子なら間近で成長を見守りたいと思えた。


【予の名はジークヴァルト。ジークヴァルト=ドラグーン。予以外の竜族は姓を持たぬが予のこれも竜王を意味するだけのもの。大した意味はない。して、其方の名は?】


 契約を結ぶのならば名は必須。幼子の名前も聞いておかねば互いを繋ぐ契約を紡ぐこと出来ない。


「………あ。名前ないんだった」


【……名がないのか?】


「今の今まで忘れてましたがそのようです。思えば生まれてないのですから名がなくて当然といえば当然なのかもしれませんが……あの、もしよければ竜王様、ジークヴァルト様が名付けてくださいませんか?」


 思いだしたかのように名がないと呟く。そうだ。この幼子はまだ存在していなかった。目の前の体は透けているというのに難なく会話出来ている事実からそのことがすっぽりと抜け落ちていた。またあろうことか私に名を付けてほしいという。


【名付け親が予でいいのか?】


「ジークヴァルト様がよいのです」


 竜族は己で名を決める。繁殖の方法が他種族と異なることもあり『親』という概念が薄いのだ。愛情がないわけではない。むしろ己で名を付けることにより自己を確立し独り立ちとしての道を歩み始める。

 思案すること数分。ある言葉が脳裏に浮かぶ。おそらく私の中でこの幼子を表するにこれ以上の名は付けられそうにない。


【…………ヴィアラルーチェ、ではどうだ】


 ヴィアラルーチェ(美しき宝石)。古の竜語。

 空と海を思わせるオッドアイも、その揺蕩う艶やかな髪の色も、白磁の肌も、この名に相応しいと思えた。


「ヴィアラルーチェ……私の名前!!可愛いです!嬉しいです!ありがとうございます!!」


 胸の前で手を組み喜びが溢れんばかりに自然と体がくるくると回る幼子を見て意図せず笑みが零れた。

 名を得たことで自己の確立に一歩近づいたのだろう。その体は変わらず透けていたが、身の内に宿っている魔力が跳ね上がったのが分かる。これで体も得た日にはどれだけの魔力を有することになるのか…。


「ジークヴァルト様の願いは呪具からの完全なる解放。私の願いは竜族の庇護。これを互いの対価とし契約を結んでもよろしいですか?」


【構わぬ。だがその契約はいつから始まる?】


「……私がこの世に生まれ落ちた時になります。それは3日後か、50年後、もしくは100年以上先になるかもしれません。

 ……っ!!そうです!私が生まれたときにもしジークヴァルト様がお隠れになっていたら呪具からの解放が………」


 契約の内容を改めて確認し施行日を訊ねたら申し訳なさそうな顔でそう告げられた。

 確かに幼子が生まれる前に私が既に滅している可能性もなくはない。だがそれは杞憂に思う。


【それならば問題ない、とは言いきれんが大丈夫だろう。竜族の寿命は800から1000年。また歴代の竜王は1000年以上生きている。予もそのくらいは生きていられよう。大凡300を越えたぐらいだと思うが4、500年の間に生まれてくれれば御の字よ】


 この世の常識を知らないと言っていた。ならば竜の生態とて知らずとも不思議はない。そもそも知っている人間も極々僅か。寿命を聞いた幼子は零れんばかりに目を見開いていた。その顔がまた笑いを誘う。

 だがそれもほんの刹那。幼子が纏う雰囲気が荘厳なものに変わっていく。


「……契約内容の実行開始は『貴方』と『私』が直接相対した時。もし私がまだ喋れない時分にジークヴァルト様に出会うことも考慮し、ジークヴァルト様の願いの執行の鍵は『貴方』が私の名を呼ぶことで実行されること。また私が生まれるまでにジークヴァルト様が呪具から解放された場合、この契約は失効されること。…問題ありませんか?」


【……予が呪具から解放されたら其方を放逐するとは考えぬのか?】


 意地の悪い質問をしているのは自覚している。私にそのつもりは毛頭ないが、頭の回転が早いのに知識が乏しいこの幼子にとってはない未来ではないだろう。どう返答してくるのか楽しみでもあった。


「無知な私の質問を、これまでジークヴァルト様は真摯に応えてくれました。その事から鑑みても竜族は高潔な生き物だと認識しております。もしジークヴァルト様の言う状況になった場合は私が竜族に害を為す存在であったというだけのこと。残念な気持ちは捨てきれませんが一族の命運と私の願い、秤にかけるまでの事でもないでしょう」


 ……負けたな。

 感嘆の息を吐く。


【……そこまで言われて一方的に反故など出来ん。其方の信頼に恥じる行いはすまいと誓う。………契約の条件に異議はない】


 私の答えに満足がいったのか幼子はにっこりと微笑むとその身に持つ総ての魔力を解放した。


「“これより契約を宣言する。〔ヴィアラルーチェ〕と〔ジークヴァルト〕、双方の『出会い』は互いの『願いが叶う』鍵となる。〔ジークヴァルト〕が願うは呪具からの完全なる解放、その願いの成就を以て〔ヴィアラルーチェ〕が願うは竜族の庇護。Ⅹ.La Ruota della F(運命の輪)ortun正位置、ⅩⅦ.La Stella()正位置、執行準備……完了。

 『定められた運命』の引き金は竜王、〔ジークヴァルト=ドラグーン〕による我が名、〔ヴィアラルーチェ〕の名を呼ぶことを以て敢行する”」


 魔力の媒体となっているであろう紙切れは円を描くように旋回し崩壊した。

 降り注ぐ光の粒が私と幼子の体を包んでいく。躯を包む光の粒は静かに内へと溶け込んでいったが、幼子に付着した粒はその輝きを失わず、透けていた体を更に薄めていった。魔力を限界まで放出し思念体としても保てなくなったのだろう。次にこの幼子と相見える時は契約が施行される日。


【………ヴィアラルーチェ、未来の養い子よ。予の娘となる其方と再会できる日を心待ちにしていよう】


「…はいっ!私も楽しみにしています。ふふっ、竜王様が父様(ととさま)だなんて至上の贅沢です!」


 その言葉を最後に残し、幼子の体は私の前から霧散した。


【……いったか。……さて、再会できる日がいつになるかは分からんが準備を進めておくに越したことはない】


―――グルォオオオオォオァアアァアァァァッッ!!!!!!―――


 渓谷を飛び越え世界中に響き渡りそうな咆哮を上げる。暫く待っていると二頭の竜が目の前に降り立ち人形を採る。


 【ジークヴァルト様!!……っ!!何があったのです…】


 私の様相を見て顔を顰める白竜(はくりゅう)に自分の油断が招いた事を洗い浚い話し、幼子との契約の話も全て話した。


【…では、ジークヴァルト様を縛るその呪具からの解放の糸口はその幼子が握っているというわけですね。それにしてもヴィアラルーチェ(美しき宝石)、ですか。貴方がそこまで評するほどの人間を私も是非とも見てみたかったですね】


【予の呪いが解ける日に会うことになる。勝手に契約を結んだ事は悔いてはいない。

 竜族を統べる王として命ずる。予の呪いが解けた暁にはヴィアラルーチェを予の娘として扱え。…まぁ、こんな命令出さずともお前たちは直ぐに絆されるだろうがな】


 その言葉に赤竜(せきりゅう)がにやりと口角を上げる。


【竜王閣下も絆されたクチですか?】


【リュディガー!不敬だぞ!!】


【アルヴィン、構わん。事実だからな】


 窘める言葉に二人は揃って目を見開く。そんなに驚くことか?


【……閣下が絆されるなんて相当なんだなー。俄然会うのが楽しみなってきました。でも先ずはアスタロスをサクッと滅ぼしとかないといけませんね。竜族に刃を向ける事がどれだけ愚かなことかを知らしめるいい機会になります】


【報復はリュディガーに一任します。私は王都にいる竜達と公爵に繋ぎをとって未来の姫君の捜索にあたりましょう。差し当たっては執務と閣下のお世話をするために要塞を建てなおさねばなりませんね。あぁ、姫君の部屋も一緒に作っておきましょう】


 持てる全ての力を使って報復と捜索を開始する。まだ見ぬ未来の娘に想いを馳せて。





 私が幼子に再び見えたのはこれより二百年先の世であった。





ブックマークしてくださった方々、拙い小説を読んでくださりありがとうございます!

遅筆ですが即時投下を心掛けますので今後ともよろしくお願いします(о´∀`о)


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