異世界に転生したと思ったら現実だったけど勇者にはなった
まさか本当に猫をかばってトラックに轢かれる日が来るとは思ってなかった。
いつもの高校からの帰り道。
自転車で走っていると子猫が道路の真ん中で震えていたので、ふらふらと助けにいったらトラックが猛スピードで突っ込んできたのだ。
子猫を見捨てて走れば助かったかもしれないのに、咄嗟に近くにいた通行人に「へい! 猫パス!」とふんわりと子猫を投げて、その人が猫をキャッチしてくれたのを見届けたところで時間切れと相成った。
あー! なんで猫優先したんだよ俺! そもそも俺は犬派だし!
と頭を抱えて転げまわるけど後の祭り。
まだ色々したいことあったのに!
漫画もラノベも買ったのに読んでないのまだあるし、彼女もいなかったし……。
あとは、うん、後悔と言えそうなのはそれだけだね。
寂しい人生だ。
父さん、母さん、アホな妹、先立つ不孝をお許しください。
「剣堂勇《けんどういさむ》十七歳男性、で間違いありませんね?」
友達は、まあいいか。
特にあいつら悲しんでくれそうにないし。
「聞こえてます? 聞こえてないんですか?」
あっ、田中のやつ前に死んだら俺のPCをぶっこわすという相互協定を結んだけどやってくれるんかな。
「もういいですよ。転生は他の人にしますから」
転生!?
ごめんなさい、聞こえてたけど走馬燈か幻聴だと思ってました!
おっしゃる通り、僕が剣道勇十七歳男性で間違いありません。
そう話しかけたつもりだったが、不思議なことに口を動かし声帯を震わせ声を出すという行為が出来ていないことに気づく。
ただし、さっきから聞こえていた声の主はなぜか俺の言いたいことが聞こえていたようで、満足そうに話を続けた。
「聞こえてるんならいいです。えーと、私はあなたたちのいうところの神です」
男とも女とも子供とも老人とも判別がつかないその声はそう言った。
神様って本当にいるんだ。
うちは一応仏教となんだけど、仏様じゃなく神様が正しかったのかとそんな益体のないことを考える。
すると、そんな心の声にも反応したかのように神様は言う。
「別に大日如来でも閻魔大王でも好きに呼んでもらっていいですよ」
わざわざこちらの宗教観に配慮してもらったところ悪いですけど、特にこだわりはないんでどうでもいいです。
ところで体の感覚もないし、一面真っ白でなにも見えないんですけど俺は今どうなってるんですか?
「魂だけの存在になってます。私は魂に直接話しかけているんで聞こえてるんです。それよりも話を進めていいですか?」
魂だけの存在か。
そういえば、一面真っ白とは言ったけど、目の前(目があるわけではないが)に、やたら大きな存在感を感じるのが神様なのだろう。
見えていないのに、いるというのがはっきりわかるというのも不思議な感覚だ。
ともあれ神様の話の続きを聞くことにしよう。
神様、それで転生って言ってましたよね?
「そう。あなたの善行のポイントは割といい数値になっていたので、特典付きで転生させてあげることになりました」
善行ってポイントで判断されるのか。
色々聞きたいことはあるんですけど……。
「簡単に説明をしておくと、まずは数値ですが、あなたはいいことも悪いこともあまりなかったですけど、最後の『他の誰かのために命を投げ打って助ける』というのがポイント高かったので、転生先とか転生後の待遇とかの要望をこうして聞いてあげるわけです。普通なら空いてるところに問答無用なんですよ。天使とか天国的なところに行くのはポイント不足で無理ですが、人間でもそれ以外でも好きなものが選べます。特典は要交渉なのでなんでも叶うとは限りませんが、かなり融通はしてあげられますので、好きに言ってみてください」
なるほど。
じゃあ生まれ変わるのはめんどくさいので、このままの姿でファンタジー異世界に行く事ってできませんか?
「ファンタジー異世界って、もう少し常識的な要望にしてもらえると……」
できないんですか?
神様なのに。
「……できなくはないですけど、若干ポイントが足りないので条件が必要となります」
お、できなくはないのか。
その条件ってどういうことでしょうか?
「例えば犬に生まれ変わるとしたら、特典で優しいお金持ちに飼われるとかまではいけますけど、寿命を30年とか高ポイントの特典を求めると、介護犬としてさらなる善行ポイントを生きている間に稼いでもらうことになるとかです。あるいは飼い主の用意する飯がまずいとかマイナスな特典をつけるという手もありますね」
ギネス更新するくらいの要求でも条件は思ったよりたいしたことはなさそうだな。
どうせ色々できるなら後悔のないように選ぶことにしよう。
じゃあ、異世界にこのままの姿で転生して、物凄い武器を持って、ど派手な魔法を使えるようにして、知識豊富なナビ役と、ケモ耳美少女を仲間にしたいんですけど。
「欲張りですね……。まあ条件付きなら全部OKですよ」
まじですか。じゃあそれで。
「条件はですね、――」
後で知識豊富なナビ役にゆっくり聞いときます。
ぶっちゃけケモ耳美少女がいるなら残りの寿命が半分でもいいから、はよ。
「はいはい。リコールは聞きませんよ。じゃいってらっしゃい。いい人生を」
目が見えないはずだが、不思議なことに周りが光に包まれたような気がして、そのまま俺の意識は薄れていく。
次に目を覚ましたら憧れに憧れた人生が再スタートするんだ!
いやあ楽しみだなあ。
————————————————
……ん。
ゆっくりと目を開けると、そこは見たこともないくらいのだだっ広い青空が広がっていた。
そうか、俺転生したんだっけな。
魂だけの状態と違って今はきちんと体も無事のようで、五感もばっちりとあるみたいで一安心だ。
体を起こす。
少し体が熱い気がするけど特に調子がおかしいところはないな。
ふと、右手に硬い感覚があったのでそこを見てみると、そこには1mを超える美しい装飾の剣が握られていた。
これが物凄い武器か。
わくわくしてきたぞ!
あたりを見回すと、どうやら俺は何もない草原にいるようだ。
少なくとも近所でこのような広い草原はみたことはないが、地球上探せば同じような風景はあるだろうし、ここがファンタジー世界という確信は持てない。
そう思ったが、視界の端に映った存在がそんな疑問をあっさりと払拭してくれた。
いかにもスライムっぽい見た目の青く半透明なドロドロがゆっくりと移動しているのだ。
よっしゃ腕試しだー!
と、俺が喜び勇んで一歩踏み出した途端、またも視界が暗転する。
驚く間もなく視界が戻るとそこは見慣れた俺の自室だった。
つけっぱなしのPC、積み上げられた漫画。
記憶が正しければ、トラックに轢かれた日の朝と同じ状態だと思う。
「あるぇ? なにが起こったの?」
「条件ですよ。条件」
俺の疑問の声に反応するように顔のすぐ後ろの方から鈴を鳴らすようなかわいらしい声がした。
慌てて振り向くとそこにはテンプレと言っても差し支えないくらいオーソドックスな妖精がふわふわと浮かんでいる。
身長は十五センチくらいだろうか。
外見年齢だけならまだまだ子供といってもいいくらいではあるが、それこそ人形みたいに整った顔からにじみ出る知性のせいで、あどけないロリのようにも老獪なロリババアのようにも見える。
ぱっつんな髪型がよく似合う女の子だと思うが、妖精って性別あるのかな。
背中には昆虫っぽい光輝く羽根が付いていて、そこからは七色に煌めく粉が舞い散り、その粉は地面に着く前に空中に溶け込むように消えていくのが見える。
ここが散らかった俺の部屋でなければ、絵画にしてもいいくらい幻想的な光景である。
ただし、その妖精からはめんどくさいという雰囲気を出しまくっているのが艶消しではあるが。
「えーっと、もしかして君は……」
「はい、あなたの要求した知識豊富な水先案内妖精ですよー。名前はないので好きに呼んじゃってください」
「はあ。じゃあ適当にナビィとかでいいかな?」
「はいはい、なんか色々なキャラとだだ被りしそうですけどいいですよ。それで質問に答えますけど、あなたの部屋に戻ってきたのは条件のためです」
いやな予感がする。
そんな俺に構うことなく妖精、ナビィはおかまいなしに言葉を続ける。
「えーと、あなたの要望はあの程度の善行で積み上げるには無謀なくらい大きかったんですけど、全部うまいこと神様がいろんな条件を付けて無理矢理叶えてくれたんです」
「無謀って。で、具体的に条件を教えてもらえる?」
あの程度の善行という言葉にすこしイラっときたけど、ひとまずは我慢だ。
案内役を設定したんだから聞き出せる情報は全部聞き出さなければ。
しかし、無理矢理条件付けしないといけないくらいなら言ってくれればいいのに。
いや、言おうとはしてた気がするけど、聞かなかったのは俺だったような気がするな。
「まずはファンタジー異世界への転生ですけど、善行として世界に恐怖をまき散らす魔王を倒すくらいの善行ポイントが必要です」
「いきなりとんでもない無理難題を突きつけてきたな」
ファンタジー異世界で魔王を倒すのは定番だけどさ。
まあ、武器や仲間や魔法もお願いしていたんだからそこまで絶望的というわけでもなさそうなんだけど……。
「次に元の体のままということなんですけど、ご希望のファンタジー異世界とあなたの肉体は相性が悪かったので十秒だけで元の世界に戻ってもらいました」
「いきなり前提が崩れたぞ、おい!」
詐欺だ!
そんなの転生と言わない!
というか期せずして、ただ単に生き返っただけになったけどいいのかそれ。
「普通に生き返りたいという願いなら却下されるんですけど、こういう裏道で生き返ることができるなんて初めてですよ。まあ、言いたいことはあるでしょうけど、ノークレームノーリターンでお願いしているんで次行きますよ。物凄い武器は気づいていると思いますけど、あなたが手に持っている聖剣アルメガです」
まだこちらの世界に戻ってきたことに納得していないが、ナビィが淡々と説明を続けるので、仕方なく聞く体勢に入る。
文句は全部聞き終わってからにしよう。
聖剣ねえ。ゾッとするような美しさをたたえる刀身は重厚感があるのに、昔から持ちなれているかのように手に吸い付く。
残念ながらスライムに叩き込む前に帰ってきてしまったので実戦はまだだが、尋常ではない力が秘められているのはわかる。
「その聖剣は持ち主の意志に反応して、ありとあらゆるものを斬ることも斬らないこともできます。ただし、条件として他の武器は装備できなくなります」
「聖剣じゃなくて呪われた武器のようだ」
「次にど派手な魔法はいつでも使用可能です。必要な魔力は自動的に時間で回復します」
「へえ。条件は? 使う度に死にかけるとかだったりしない?」
「それはないですけど、回復した魔力の貯蔵はあなたの体の限界を超えると爆発するんで、定期的に魔法を使って発散してくださいね」
「爆発!?」
「次に知識豊富なナビ役、つまりは私なんですけど、基本的にあなたの半径三m以上は離れられません」
「ちょっと爆発の件を詳しく……」
「私もあなたから離れられないの嫌なんですからね? せっかく天国的なところでのんびりと暮らしていたのに」
「ご、ごめん」
「あと、ケモ耳美少女は、ぷぷ」
「今なんで笑った?」
「いや、若いなって。で、その娘は既に近くにいますから。まあ、条件としてあなたには社会的にも精神的にもないわーって相手ですけど」
「ないわーって」
すると、隣の部屋、つまりは俺の妹の部屋から「なんか頭に生えてるー!」という悲鳴が聞こえてきた。
……ないわー。
「以上です。他に聞きたいことはあります?」
えーっと、整理しよう。
一度死んだけど転生っていうか生き返れたわけだ。
そこは素直に感謝しよう。
でも、その他がなあ。
ファンタジー異世界へ行ったけど魔王退治が必要。
このままの姿での転生はできたけど、元の世界へすぐ戻される。
外せない聖剣。
使わないと自爆する魔法。
離れない妖精。
ケモミミヒロインは、ないわーなアホ妹。
あれ?
ちょっと待てよ?
「こっちの世界に戻されてどうやって魔王倒すんだ?」
「ああ、確かに。どうするんでしょうね?」
「おい! ちなみに魔王倒せないとどうなるんだ?」
「現在、善行ポイントを使いすぎてかなりマイナスになっているので、そのまま人生を終えると地獄行きですね」
「マジかよ!」
自業自得とはいえ、割りに合わない特典で地獄に行くなんて真っ平ごめんだ!
どうにかしないとと思っていると隣の部屋が勢いよく開く音がして、うるさい足音は俺の部屋の前で止まった。
あーやだなー。見たいような見たくないような。
「兄ちゃん! 私の耳にチベット砂キツネの耳が……って何その剣と妖精? わかった、この耳も兄ちゃんの仕業か!」
「理解が早くて助かる」
剣堂緋色《けんどうひいろ》十四歳。まごうことなき俺の妹だ。
きちんと狐っぽい耳と尻尾がついているけど、チベット砂キツネって言った?
あの表情がキモかわいいキツネのこと?
詳しくは画像を検索してもらわないとあの絶妙さは伝わらないだろう。
だけど、こうして見てもなんか灰色っぽいこととケモ耳が少し小さいということくらいしか普通の狐との違いはわからないな。
「妖精ちょーかわいー! この妖精ちょうだい! あっ、あと説明を要請します!」
性格はアホそのもので、俺の高校と併設された中高一貫の中学に通っているのだが、その高校にまで噂が伝わってくるぐらいの逸材である。
このようにその場のノリで生きていることと、どや顔で寒いダジャレやとんでもないことを言ってくるのを除けば顔はそこそこいいと思うのだが。
俺のオタ友の田中でさえ、俺の妹を見てうらやましいとは言わない。
こんな事態でなければ、基本的に放置して極力関わらない方向で行くところであるが、曲がりなりにも俺が原因でこんな目に遭っているのだから説明は必要だろう。
「ということで、かくかくしかじかって事情だ。な、ナビィ」
「そうですね。特にケモ耳美少女がいれば寿命は半分でもいいくらい好きらしいですよ」
「余計な事言うなよ」
ああ、妹の目つきが恐ろしく冷たい。今すごくチベット砂キツネっぽい。
「で、どうすんのさ兄ちゃん。地獄行くの?」
「いやだよ。なんとかして魔王倒さないとな」
「王って言うくらいだし、世界中の王族を順に倒していったらそのうち魔王に行き着くんじゃない?」
「実行したら俺が魔王になるわ」
「じゃあどこかの麻薬王でも倒してみるとか。略して麻王」
「世界で一番魔王っぽいけど、それも倒そうとしたら現世で地獄を見そうだな」
「もうユー地獄いっちゃいなよ」
早速投げやりになった緋色の尻尾を無言でもしゃもしゃと撫でまわしてみる。
すると小さく「あうー」と言いながら遠い目をしている。
なんだその反応。ああ、その遠い目もチべ砂っぽい。
そんな俺たちの心温まるやり取りを放置して部屋に置いてあった漫画を読み始めていたナビィだったが、ふと俺のほうを見ながら。
「そういえば勇さん、そろそろ体が熱くなってきたりしてませんか?」
「そういえばなんか熱っぽい気がするな」
こっちに来た時から少し熱かった気はしてたけど、言われてみれば徐々にその熱は強くなっていることに気付く。
風邪を引いた時の熱とは違って、おなかのあたりを中心に熱が広がっていく感じだ。
「その熱が限界まで来たら爆発するんで、そろそろ一発出しといたがいいですよ」
「ひぃ!? どうやって魔法出すんだよ」
「額に意識を集中したら出し方はわかりますよ」
集中集中……って何だこの魔法。
視界の隅に使用可能な魔法一覧が出てきて、どれも使おうと思えば簡単にできそうではある。
しかしながらその一覧にはポイズンフルインフェルノ、ゴッドブレスデスユー、ホーリーマウンテン、カイゼルアクアストーム、ドラゴンマグマトルネードetc……
効果はぼんやりとしかわからないけど、名前だけでもやばいことがわかる。
少なくとも部屋で使えるものじゃない。
「なんでこんな物騒なのばっか」
「だって派手な奴って言ってたじゃないですか」
「これも自業自得か……。おい緋色」
「あいさー」
「ちょっと出てくる。母さんには適当に兄ちゃんと自分の耳について説明しといてくれ」
「えー。私嘘つくの苦手なタイプだからどうなっても知らないよ」
なんかごちゃごちゃ言ってる緋色を置いてダッシュで家を出た。
気づけば日も沈んで夜になっていおり、一戸建ての自宅がある住宅街は暗闇に包まれている。
明かりはポツポツと並ぶ街頭だけであり、人影も見当たらない。
とはいえ、こんな街中でぶっぱしたらどんな被害が出るかわからない。
手ごろな場所を探して俺は全力で走り出した。
田んぼ……は農作物をだめにしちゃだめだろ。山も何がいるかわからないし。
困ったな。現代社会でそんな派手な真似ができるところなんてそうそう見当たらない。
定番は海か採石場なんだろうけど、走っていける範囲にそんな場所はない。
「どこまで行くんですか?」
ナビィが目の前をちょろちょろ飛び回りながら聞いてくる。
わざわざ来なくてもと思ったが、そういえば半径三m以上は離れられないんだった。
「どこか手頃な場所を探しているんだったら、私が探索魔法で探してあげましょうか?」
「そんなのができるのか?」
「攻撃魔法はできないですけど、サポートは任せてください。あと、私は魔法を使わなくても爆発はしないのでご安心を」
そう言いながらナビィは俺の頭の上に降り立つと、集中しているのか静かになり、しばらくして「〈コンフリクト・サーチ〉!」という声と共に何か生暖かい風のようなものがあたりを吹き抜ける。
おそらく、今のが探索魔法というやつなのだろう。
俺もこんなに無害かつ地味な魔法があれば走り回らなくていいのに。
「今失礼なこと考えていませんか? この魔法はこう見えて探索範囲も広い上級魔法なんですよ? それで、結果ですけど、人のいない広い場所は南西二kmと北東八百mと西三百m先といったところですね」
場所からして、南西は俺の学校の校庭だな。しかし、余波で校舎にダメージが出そうだし、警備員か宿直の教師とかがいる可能性があるからアウトだ。それに微妙に遠い。
北東は霊園だったか。墓をぶっ壊すのも問題ありだよね。
西は市民サッカーグラウンドだ。週末は高校のサッカー部が試合をすると言っていたな。
そして、その後の打ち上げはクラスの女子も誘ってパーティーでウェーイとかも言っていた。
そして、そのパーティーに俺は当然誘われていない。
俺は帰宅部だ。
クラスのサッカー部の豊島はモテモテだ。
……。
「西が一番近いんだな? 俺の限界はもう近い。急いで西だ」
「え? う、うん。勧めておいてなんだけど、西の広い場所はなんかの施設みたいですけど」
「急げ、ナビィ!」
俺は急いで駆けだした。それはもう全力で。
結果だけ言うと、ドラゴンマグマトルネードはそのまんまマグマで出来た竜が俺の周りをうねりながら天に昇っていくという派手な魔法だった。
人的被害はゼロで俺の姿も見られなかったし、俺の体の熱はさっぱり引いていった。
魔力の大半を使ったので当分は大丈夫と思うが、次は計画的に場所を探しておくとしよう。
もうこのような悲劇を繰り返してはいけないと俺は固く心に誓うのだった。
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翌朝。
ここしばらくないくらいすっきりとした気分で目が覚めた。
枕元をみると、ナビィがタオルにくるまれてまだぐっすり眠っているようだった。
昨日は魔法をぶっ放した後は、警察が来る前に急いで帰らねばならないこともあり、全力で飛んでいたので疲れたのだろう。
俺も疲れてシャワーだけ浴びて寝たのだが、いつもより早く寝たせいで、まるで生まれ変わったかのようにすっきりとした気分で起きてしまった。
転生だの何だので抜けていたが、今日は平日。
つまりはいつもどおり学校には行かないといけないのだ。
こんな状況で学校かよと思ってしまうが、現代に舞い戻ってしまった以上、日常生活は維持せねばなるまい。
とりあえず飯だ、飯。
そう思いながらベッドから起き上がって部屋を出ると、背後からゴト、ズルズルという音が聞こえてきた。
妙に鈍い音に恐る恐る振り返ってみると、そこには聖剣アルメガと、まだ図太くもタオルにしがみつき惰眠を続行しているナビィが床に落ちていた。
ナビィはともかく聖剣は壁に立てかけておいたのに。
背後を見ながら、俺は部屋の外に向かって一歩二歩と進む。
すると見えない糸に引きずられるかのように聖剣とナビィが一歩分二歩分と俺とあわせて移動してきた。
俺はそっと部屋のドアを閉めて、台所に歩き出す。
そして祈る気持ちを込めて背後を振り返ると、そこにはドアを当然のようにすり抜けている聖剣と、同じく壁をすり抜けつつもタオルを引きはがされて寒そうに丸まりながら惰眠を続行しているナビィの姿があった。
「起きろナビィ!」
「はっ! おはようごじゃいま……すーすー……」
「寝るな! お前はともかく聖剣がついてきてるぞ」
「むにゃ……えー、聖剣は条件のせいではずせないって言いましたよ」
「外せないって、これも半径三mの範囲で離れないのかよ! 現代日本でこんなん持ち歩いたら捕まるわ!」
「すぴーすぴー」
なんて使えない妖精だ!
ひとまず俺は部屋に戻ると大きいタオルを引っ張り出し、聖剣とナビィをぐるぐるにくるんで抱えながら台所に向かった。
台所ではいつものように朝食を作る母と、それをただ一心不乱に尻尾を振りながら見つめ続ける妹の姿がある。ちなみに、父は朝早く仕事に向かうので既に姿はない。
俺は母の視線が料理に向かっている隙に素早く部屋の隅に聖剣とナビィを転がすことに成功した。
こんなの見られたら母さんになんて言われるかわかったもんじゃない。
痛いアホの子は緋色だけで十分……って緋色?
あまりにも朝の風景に溶け込んでいたので見逃していたが、緋色にはしっかりとチベ砂の耳と尻尾が生えたままである。
昨日は家を出る前に適当に説明を押しつけて、帰ってからも確認し忘れていたが、今この状況はどうなっているんだろう?
「母さん、おはよう」
「あはよう。そういえば緋色から聞いたわよ」
「な、なにを?」
心拍数が一気に跳ね上がるのを感じる。
「おにいちゃんの命令で耳と尻尾をつけて当分生活することにしたって。かわいいとは思うけど、あの子本当にそのまま学校に行っちゃうから止めさせてくれない?」
ひぃぃぃ!?
なんちゅう説明をしてるんだこいつ!
俺は味噌汁から立ち上る湯気を目で追い続ける緋色の肩をがっしりとつかんで小声で話しかけた。
「(なあ、緋色。なんか、こう、他に言い方はなかったのか)」
「(私嘘つけないタイプって言ったのに-)」
「(事実だけど、どうするんだよ。それは着脱不可なんだぞ)」
「(んーわかった。お母さん説得する)」
そう言うと、緋色は俺が問いただす間もなく、母さんに話しかけた。
「お母さん。兄ちゃんはケモ耳が見たいといったけど、チベット砂キツネは私の趣味なの」
だからなんだよ。というか、ケモ耳のチョイスがおかしいのはお前のせいだったのか。
言われてみれば、緋色はチベ砂が一番好きと言っていた気がする。存在だけで笑えるなんておいしすぎると。
「もはや兄ちゃんは関係ないの。誰に言われてもこれを外す気はないから!」
「学校でそんなの付けてると怒られるわよ?」
「大丈夫。この前、うっかり猫耳を取るの忘れたままで学校に行ったけど、誰もなんも言わなかったから!」
「はぁ……。もう気が済むまで好きにしなさい」
おお。母さんのお墨付きが出た。というか折れた。
度重なる妹の奇行に家の家族は少々のことでは放置するという傾向があることがこんなところで役立つとは。
力押しだったけどやればできるじゃないか、と思いながら緋色の方を見たが、晴れやかな笑顔にはどう見ても一時しのぎではない本気と書いてマジの二文字が見える。
そうだ、こいつはアホだった。どういう状況で猫耳を取るのを忘れて学校に行くんだよ。
それが事実なら学校関係者も諦めてるじゃないか。
「あと、兄ちゃんも魔王を倒す勇者を目指すって言ってたから、剣とか妖精を連れて歩いていても気にしないでね」
「あんたら兄妹は……。お母さん学校に呼び出されても庇わないからね」
「だって。よかったね兄ちゃん」
「ぎゃああああああああ!」
なんと諦められているのは俺も同じだった。
決して緋色を褒める気はしないが、こうして俺は家で堂々としていても問題ない状況となった。
目ざとくナビィと聖剣を発見した母さんの、「まあ、よくできてるわね」という理解ある態度が痛かったけどな!
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いくら聖剣と妖精を連れて歩くのを容認されたと言っても、勇者を目指すから高校に行かない、というのは母さんに対して申し訳なさ過ぎるので、俺は高校に行く事にした。
通学の時は聖剣はタオルでグルグル巻きで行くかと覚悟していたが、こちらに関しては意外な形で解決することになる。
「いくらなんでも不自然すぎるよな、この聖剣。布にくるんでも凶器にしか見えないし」
「聖剣をタオルでくるんでどうしたんですか? きちんとした鞘にしないと格好悪いですよ」
「うるさい。現代日本で刃が六cm以上のものを携帯すると捕まるんだよ。お前もなんか方法考えろ」
「はぁ。その聖剣、斬ろうと思わないものは通り抜けますし、ある程度あなたの意志で自由に動くので、体内か地面にでも埋めて歩けばいいんじゃないですか?」
「それだ!」
こうして俺は聖剣を地面や壁をすり抜けて移動させることで事なきを得たわけだ。
ちなみに体内に収納するもの試してみたが、動きがずれると頭や尻から剣がはみ出すのでいまいちだった。
ナビィはリュックに入ってもらうことにする。
緋色は何も隠すことなく堂々と喜々として中学に行った。どんな精神構造してるんだあいつ。
とまあ、そんな訳で学校には無事到着したわけだが——。
「おお、同士剣堂、いいものを持ってるな!」
「……うん」
ナビィが友達に見つかってしまった。
勝手に出てくるなよ!
お前がいつの間にかリュックのチャック空けて顔出してなかったら見つからなかったのに。
(だって中は息苦しいし、外が気になりますし)
なんか頭の中でナビィの声が響く。
この感覚には覚えがある。神様が魂に直接話しかけてきた時と同じだ。
(これも私の魔法です。ところでこの暑苦しいロンゲ眼鏡さんは誰ですか?)
田中だよ。俺のオタ友だ。
そうナビィに答えている隙に田中はナビィをリュックから取り出してパンツを覗いていた。
俺もやるけど最初にすることかね。ここは学校だぞ。クラスのやつらが遠巻きな視線が痛い。
そしてナビィ。わかってると思うが黙ってろよ。
(そう思うなら助けてください)
助けてやりたいのは山々だが、ここで奪い返すと怪しまれるので耐えてくれ。
(そ、そんな、って「ひゃう!?」
「む、今お腹押したら声が出たぞ。剣堂、この子のボイスは何種類あるんだ?」
「10種類プラスシークレット1種類」
「気合が入っていて結構。ではとりあえずコンプリートしよう」
(ちょっと多くないですか!?)
すまんナビィ。咄嗟に言ってしまったものは仕方ないから頑張って11種類言ってくれ。
田中はしばらくナビィの腹を連打して、ナビィの悲痛な叫びを11種類聞くと、ふと思い出したように言った。
「そういえば聞いたか、昨日から3つも面白い噂を聞いたぞ」
「ほう?」
「一つは夜中のうちに近所のサッカー場が原型を留めないほど跡形もなく溶けていたそうな」
「えーと、たぶんガス爆発だろ」
「こういう時のガス爆発って陰謀の匂いがするよな。そんで二つ目は、昨日の夕方うちの高校の男子生徒がトラックに轢かれたらしいんだけど、駆け付けた救急隊員の目の前で消えたらしい」
「……ガス爆発だろ」
「死体がガス爆発とは日本も物騒になったな。あと今朝うちの中学部でケモ耳ケモ尻尾付けて登校した女子生徒がいるらしいぞ」
「ガス爆発でなんとかならないかな?」
「なにがどうなのかはわからんが、無理じゃないか?」
予想はしていたけどどれも俺発信だ。責任の一端を感じずにはいられないな。
田中がその3つの事件に対する陰謀論や自説を披露をしていたが、間もなく朝のホームルームが始まることもあり、俺はナビィを鞄にしまうと自分の席に着いた。
まだ一日しか経ってないのに俺が転生した悪影響がそこかしこに出ている。
少なくとも魔法は定期的に放たないといけないし、ナビィや剣や緋色といった不安要素は依然として残っている。
このままでは、遅かれ早かれ恐ろしいことが起こりそうな気がしてならない。
なんとかして解決方法を見つけたいところだけど……ナビィ、なんかある?
(おえっぷ。よく今の私に堂々と頼れますね?)
申し訳ないとは思ってるけど、お前も素直に11種類を順番に言えばいいのに、律儀にシークレットを百回以上押されても言わないのも問題があると思う。
それで、ノークレームノーリターンとは言われたけど、キャンセルとかできないのかな。
他の願いを叶えて欲しいとは言わないからさ。
(私はあくまで案内役なのでそういったことは神様に言ってくださいよ)
じゃあ神様を呼ぶためにはどうしたらいい?
魔法の中にゴッドブレスデスユーとかいう名前のやつがあったけど、あれやれば来るかな?
(それは自分中心に半径五十メートルの範囲型即死効果が起きるだけで神様は来ませんよ……。そうですねぇ。魔王を倒したら神様が面会してくれる決まりがあるので、そこで直訴してみたらいいんじゃないですか?)
なるほど。魔王を倒したら神様が出てきて何かしらイベントがあるのは定番だな。
それで魔王を倒すというのはどうするんだよ。
本当に麻薬王でも倒しに行けってか。
(あなたが死ぬまで一緒というのは私も望むところではありませんし、魔王については一つ提案があります)
はっきりと一緒が嫌と言われるのも切ない気分だけど、一生半径三メートル内に一緒はたしかにこちらも嫌だな。
教えてくれ。できることなら何でもしよう。
(私の魔法に『カルマ・ブルーミング』というものがあります。これを使うと、一般の人でもその胸に悪魔の種子と呼ばれる悪魔の要素があれば強制的に開花させるんですけど、これなら魔王が産まれる可能性があります)
おいおい、それってつまり一般人を魔王に仕立て上げようってことだろ?
マッチポンプもいいところだし、倫理的にどうなんだ。
あと、お前は元天使的な何かと思ってたが、なんでそんな魔法使えるんだよ。
(マッチポンプとは失礼な。私たちの世界の一般人は悪魔の種子があるだけでいずれは悪魔として覚醒するものですし、弱いうちに覚醒させてさくっと刈り取るのが定番なんですよ。それにあなたの聖剣は斬るものを選別できますから、覚醒したばかりの魔王ならその部分だけ切り離すことも可能ですよ。逆に早い時期に矯正してあげた方がその人のためですよ)
早いうちに矯正って歯並びじゃあるまいし。
でもまあ、殺す訳じゃないのならいいのかな。
(そうですよ。魔王の種子がなくなれば転生の時も有利ですしいいこと尽くめですって。ささ、早速いっちゃいましょう!)
今やるの?
だらだら話しているうちに、もうホームルーム始まっているんだけど。
(むしろ人がたくさんいて好都合じゃないですか。そうそう魔王なんて覚醒しないんだから暇を見てあちこちでやっといたがいいですよ)
そんなもんか。
じゃあ試しにやってみてくれ。
まあどうせクラスメイトが魔王なんて簡単な話はそうそうないだろうし。
(はい! では、……悪い子出てこい!〈カルマ・ブルーミング〉!)
鞄からナビィが顔だけ出してそう唱えると、昨夜使った探索魔法の時と同じような生暖かい風のようなものが体を通り抜けるのを感じた。
いや、昨日と違ってなんか嫌な感じが加わっているかな。
これが悪魔の種子を覚醒させるんだろうけど、当然ながら俺自身にはなにも変化がない。
そういえば、もし魔王に覚醒しても、それが目に見えない形だったらどうしようと、基本的なことに今更ながら思い至る。
この短絡的な性格のせいで、こんなことになってるのに反省がないと自分にあきれつつも、集中して周りを見回すことにする。
うなれ俺の謎パワー!
とまあ念じても特に便利な能力は発揮されなかったのだが、結果から言えば誰が反応したかなんて迷う必要はなかった。
クラスの三分の二くらいが突然うめきながら周りの人間になって襲いかかったのだから。
「なにがそうそう覚醒しないだ馬鹿野郎!」
(いやー現代日本人の心の闇って思ったより深いですね)
変化したクラスメイト達(悲しいことに担任も変化してる)は、白目をむいて獣のようなうなり声を上げつつ、近くにいる変化していないクラスメイトに襲いかかる。
俺は幸いにも一番後ろの席だったことと、ある程度身構えていたことで、変化したクラスメイトの手から逃れることに成功した。
しかし、目の前ではクラスメイト達の恐ろしい惨劇が繰り広げられている。
クラス一の美少女と名高い鈴木さんが他の女子に襲いかかるとしたところを、まだ正気を保っている田中が羽交い締めするふりをしつつもドサクサに紛れて胸を揉もうと手を伸ばしている。
すると鈴木さんは田中の手を素早く掴み取り、その口でためらいもなく噛みついた。
なんということだろうか。
一瞬恍惚の表情を浮かべた田中だったが、みるみるうちにその顔は苦しそうにゆがみ、唸りだしたかと思うと、次の瞬間には高笑いをあげつつ、正気を保っている他のクラスメイト達に襲いかかるのだった。
次々と惨劇が連鎖していく様子は、魔王というよりもゾンビのようだった。
「なんか魔王、いやゾンビ状態が感染拡大しているみたいだけどなんだけど、これってどういうこと?」
ナビィはもうこの状態なら何が起こっても問題なと思ったのか、鞄から出てきて俺の肩に乗りながら、直接声に出して返事した。
「まあ種子って言うくらいだから、他人に悪魔の種子を伝染させて部下を増やすやつもいるんですよね。でもみんなそのタイプですぐに拡大させるとは……。他人と繋がりたがることと同じ行動を取りたがるという日本人の特徴なんでしょうかね?」
「知るか。とにかく早くこの場を納めないとやばいな」
俺が手をかざすと、床から聖剣アルメガが飛び出て手に収まる。
斬るのは魔王の部分だけだと念じると、聖剣はそれに応えるようにブルっと震えた。
剣道はやったことはないが(名字が剣堂で剣道をやるのは恥ずかしかった)、常に妄想という名のイメージトレーニングは欠かしていない。そして、幸いにも聖剣はそれをトレースするかのように自由自在に操ることができた。
これが普通の真剣どころか竹刀だったとしてもうまくはいかなかっただろうが、聖剣という名のご都合主義的な不思議パワーが働いているのだと思う。
うなり声を上げるクラスメイトに心の中で謝りながら俺が聖剣を振るうと、暴れていたクラスメイト達は血が吹き出ることもなく、意識が途切れたかのように崩れ落ちていった。
高笑いを上げながら襲いかってきた田中は頭のてっぺんから体の中心線を通るように斬ったが、こちらも別に体が真っ二つになるということもなく意識を失って倒れてる。
この調子なら倒すのにそんなに苦労はなさそうだ。
しかし、気づけば無事なクラスメイトは誰一人としておらず、クラス全員が感染している様子だった。
正直なところ、突然クラスにテロリストが入って来たのを颯爽と倒す妄想はよくしていた。
これで今回クラスメイトの一人が魔王にでもなれば夢が叶うかなとか思ったよ、実際のところ。
でもゾンビものとなれば話は別だ。
あの手のものは人間関係や、元友達を始末しなくてはいけない葛藤とかの方がつらそうで個人的には好みじゃない。
こちらに聖剣ががなければこうも簡単にクラスメイトを斬れなかっただろう。
「ところでナビィ。これ本当に生きているんだよな? これで死んでいたら歴史に名を残す事件になるぞ」
「大丈夫です。生きてますよ。斬りたいものしか斬れないって言ったじゃないですか。肉体的には無傷ですけど、魂にからみついた魔王の種子を切り離した衝撃で気絶しているだけです。しばらくしたら目を覚ましますよ」
「サッカー部の豊島君に薄い切り傷が出来てるけどなんで?」
「それはあなたがちょっとぐらい斬っておきたいと思ったからでしょうね。あと、そこの可愛い子のボタンが切り裂かれてブラジャーが見えてるのもあなたの意志です。どうせなら全裸ぐらいにしないところに童貞臭と人間の小ささが滲み出てますね」
「最後の良心と鋼の精神力と言って欲しい」
ガード不可避の必殺武器があるとはいえ、四方八方から襲いかかるゾンビもどき(腐っているわけではないから『もどき』としておく)の攻撃をくらわないように戦うのは中々に難しく時間がかかる。
それでも息を切らせながらあと少しというところまで来たところで隣の教室から悲鳴が聞こえてきた。
「クラスから逃げた奴はいないはずだぞ!? どこまで魔法の効果範囲だったんだ?」
「学校敷地内全部ですけど。こう見えて有能サポーターなので」
この状況でどうしてそんな態度が出来るのか、ナビィはふふんと胸を張って自慢げに答えた。
自分の教室のドタバタで気づかなかったが、耳をすますと学校の至る所から悲鳴や破壊音が響いているようだ。
一体どれくらいの割合で覚醒しているのかわからないが、ものの数分で俺を除くクラス全員が感染したことを考えると、学校全体に拡大するのも時間の問題だろう。
ナビィと小一時間ぐらい今後の生活について語りたい衝動が湧き上がるが、そんなことをしている場合ではない。
俺は即座に残りのクラスメイトを斬り伏せると、教室を飛び出し、とにかく目に付いたゾンビもどきを斬り倒していく。
「勇さん、私にいい考えがある」
「不安しかないけど一応聞こう」
「このまま世界中に感染拡大すればいちいち『カルマ・ブルーミング』を唱えて回る必要がなくなります」
「うるせえよ!」
こいつが実は悪魔ではないのだろうか。
俺は校舎の玄関口に駆け出し、外に出ようとする奴らを後ろから切り伏せるとそのまま校門と玄関を結ぶ一本道の中程で聖剣を構え直した。
もう学校内だけでも大惨事となってはいるが、これが学校の外に広まってしまったらそれこそ取り返しが付かない。
ナビィじゃあるまいし世界中でパンデミックを起こして、世界を救う旅などする気はないのだ。
なのでここが最終防衛ライン、背水の陣だ。
校内もあらかた感染し尽くしたのか、無事な人間は今のところ一人も見えず、玄関からこちらにくるゾンビもどきは着実に増えている一方な気がする。
ゾンビもどきは全員うなり声を上げながら本能のままに襲いかかるだけであり、一人もまともな知性や魔法とかの攻撃手段を持っている奴がいないのが救いといえば救いだが……。
「ナビィ、一応聞いとくけど、あいつら全員倒せるような魔法とかある?」
「私はサポートのみなのでないです。補助魔法ならありますけど使っときます」
襲いかかるゾンビもどきを迎撃し、校門から逃げようとするゾンビもどきを追撃しを繰り返しつつ、俺はナビィの言葉に肯定しておく。
チート武器のおかげで一人一人を倒すのに苦労はないのだが、物量の差はいかんともしがたい。
それを少しでも埋める手段があるなら否応もない。
すると、ナビィは空中へ飛び上がると俺に手をかざしながら叫んだ。
「〈ロック・サイト〉〈バトル・プレコーシャス〉〈コレクター・ラック〉!」
立て続けに唱えた呪文は、光の粒子を伴いながら俺に向かって飛んでくる。
これで体の奥から湧き上がるような力が……、んーあれ?
特に力は湧かないけど、ゾンビ共の攻撃が激しくなった気がする。
「今のなんの援護魔法?」
「順に、敵のターゲットがあなたに集中する、獲得経験値が二倍になる、戦闘後に得られるアイテムがよくなる、です。ちゃんと空気は読んで、剣に炎属性を付与するとか、あなたがバーサーカー化するやつとかは避けておきました」
「どうせそんなことだろうと思ったよ!」
と文句は言ってみたが、敵の攻撃がこっちに集中したおかげで、敵が逃げ出す心配はなくなった利点はある。
しかし、視界を埋め尽くすようなゾンビもどきが一斉にこちらに向かってく来るようになったせいで、ますます気が抜けない状況になってきた。
経験値ってレベルアップするんか俺、アイテムを獲得って財布でも抜くのか俺。
そんな現実逃避をしたくなったが、ゾンビもどきと化した奴らは待ってくれない。
俺の孤独な戦いが始まった。
…………。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
どれくらい経っただろうか。
一時間も二時間も戦っている気がするような、まだ五分と経っていないような不思議な気分だ。
今やそこかしこに死屍累々と倒れた人間が折り重なっているが、今のところは目を覚ます人間はいないようである。
少しずつ位置を変えながら戦っていたところいつの間にか俺は校庭に来ていた。
倒した数は百を過ぎた頃から数えるのを止めた。
併設の中等部の生徒もゾンビもどきに混じっていたのだが、たしか中学部と高等部の生徒数は千人近くいて、それに教師も加えると……と考えると気が遠くなった。
いくら聖剣が羽根を持っているかのように軽く、自分の思い通りに動くとはいえ、絶え間なく襲いかかってくるゾンビもどきを倒し続けるにも限界がある。
ゾンビもどきの数と俺の体力を比べてみてもこちらの方の分が悪いことに今更ながら気づくのだった。
苦し紛れに校庭の隅にあった用具置き場となっているプレハブ小屋に逃げ込んだのだが、ギシギシと嫌な音をたてて軋む建物と割れた窓の隙間から入り込んできた手に怯えつつも必死に剣を振るう姿はどう見ても勇者には見えないだろう。
単なる被害者Aだ。
おそらく援護魔法のおかげで残りのゾンビもどきは全部このプレハブに群がっているんだろうけど、もう全部倒せる気がしない。
「勇さん大丈夫ですか?」
いつもめんどくさそうな表情でろくなことをしてこなかったナビィは、流石にこの状況に至って、やや真面目な表情で心配そうに言った。
誰のせいだと叫びたかったが、もはやその気力もない。
というよりも実行したのはナビィだがやれと言ったのは他でもない俺なのだ。
トラックにはねられてからこっち、ノリと勢いだけでよく確認もせずにやってきたつけがここに来て噴出しただけだ。
みんなには悪いことしたとしみじみ思う。
流石にもう転生することはないだろうけど次があるなら気をつけたいものだ。
「ちょ、ちょっと!? なに諦めているんですか!? もう少しがんばりましょうよ!」
「あー、もう無理だろ。すまんな。俺のわがままでこんなところまで連れてきちゃって。まあ俺が死んだら戻れるだろうし結果オーライじゃないか? いや、ゾンビもどきになったらそれに着いとかないといけなのかな?」
「そういうのやめましょうよ! これで死んだりしたら私が原因で死んだみたいじゃないですか!」
「お前は悪くないよ。悪いのは全部俺でいいって。責任くらい取るさ」
「だーかーらーそういうこと言われると罪悪感が……、そうだ! 魔法使いましょ! 周りを殲滅くらいできるんじゃないですか」
「魔力はまだ回復していないし、使えたとしても俺の魔法だと学校のやつが死んじゃうだろ。斬ったやつは気絶しているだけだし、ゾンビもどきも俺のせいなんだから殺せないよ」
「うー」
ナビィは涙目で唸っていたが、意を決するように顔を上げると、手をかかげ「〈ロック・サイト〉!」と叫んだ。
まだ俺にかかっている魔法は有効のままだし、それを重複してかけても意味はないんじゃと思っていると、ナビィの手から出た光はナビィ自身に降りかかる。
「お前なにやってるんだよ」
「私にも攻撃が集中するはずですから、私だけ素早く外に出たらあいつらの攻撃は私に向かうはずです! その隙に勇さんは逃げてください!」
思いも寄らぬナビィの提案に俺はびっくりした。
まだ一日しか一緒にいないというのに、こいつは……。
実は悪魔かと思っていたが、そうでもないようで安心したよ。
「さあ、いざーって、あれ? これ以上、進めないー!」
「お前って俺と同じくらい馬鹿だよなあ」
俺は半径三m以上離れられないくせに囮になるとか言い出したナビィを捕まえると、人差し指で頭を撫でて、そっと部屋のロッカーに押しここんでおいた。
気休め程度ではあるが、まあこれで助かったらいいな。
「こんなところにいれてどうするんですか! 今更かっこつけて私を庇ってもなんも……なんも、善行ポイントとか付かないんですからね!」
後ろでガンガンとロッカーの扉を叩いてナビィがわめき散らしているが、もう放っておこう。
俺は重くて仕様がない体を、聖剣を杖にしてえっちらと立ち上がらせると、そろそろ限界を迎えそうなプレハブ小屋の扉に視線を向ける。
「焼け石に水だとは思うけど、あと十か二十くらいはいけるかな…・・。あーあ、痛くないといいなあ」
その呟きに合わせるかのように扉が破られ、ゾンビもどきがなだれ込んでくる。
俺は意を決し、聖剣を振り上げ絶望的な最期の戦いに向かおうとした。
その時である。
「あちょー!」
そんな叫び声をあげる姿は、目の前のゾンビもどきに向かって電光石火の動きでシャイニング・ウィザード(相手の膝を踏み台にして相手の顔面に蹴りをたたき込むプロレス技)をかます。
砂埃と汗にまみれながらも、なおその尻尾と耳は意気揚々と言わんばかりにピンと立つチベスナっ娘。
そう、我が妹、緋色その人だった。
一瞬、そういえばいたなとか、まさかこいつもゾンビもどきに、とか色んな思いが交錯したが、緋色はこちらをみると嬉しそうににこっと笑いながら尻尾を振って、そのままゾンビもどきの群れに飛び込んでいくのだった。
間違いなく緋色は緋色のままであり、俺を助けに来てくれたのだとわかった。
ちくしょう、かっこよすぎだろ!
突然飛び込んできた敵に理性のないゾンビもどき達は動揺することもなく、取り囲んで襲うとする。
しかし、我が校随一のアホである我が妹には躊躇とか想像力とかそういったストッパーが備わっていない。
今や野生の獣と化した緋色は、男子に対しては振り抜かんばかりの股間蹴りを、女子に対しては貫かんばかりの腹パンを繰り出していく。
理性はなくてもダメージへの耐性がついているわけではないのだろう。
哀れな被害者達は次々と緋色の悪逆非道なラフファイトの前に崩れ落ちていくのだった。
そして、その小さな体にどこにそんな力があるのか、次から次へと襲いかかってくるゾンビもどきに一歩も引くことなく倒し続ける。
急所攻撃を基本としつつも、時には落ちているもので凶器攻撃を行い、またある時には校庭にある階段や鉄棒といった地形を利用し、巧みに分断・各個撃破していく。
ああ、あのジャイアントスイングされている女子生徒は本当に無事なのだろうか。
野球部のピッチングマシンで硬球をぶつけられてる体育教師は生きているのだろうか。
股間を蹴られて意識を失った男子生徒諸君の機能は果たして回復するのだろうか。
その振り上げた栓抜きやビールケースはどこから持ってきたのか。
そして緋色はついには全ての障害を排除し、校庭に哀れな被害者達でできた山を築き上げ、その上で勝利の雄叫びをあげるのだった。
俺は何をしていたかって?
緋色によって倒されたやつを聖剣でつつくという作業を地道に黙々と続けていたよ。
緋色は被害者の山の上でしばらく謎の踊りをしていたが、一通り満足したのかこちらに駆け寄ってきた。
「いやー満足満足。私の耳と尻尾に誰も触れてくれないから屋上で寝てたら突然学校中がゾンビパニックになるんだもん。そんで妙に校庭に集まってるなと思って来てみたら兄ちゃんピンチだし。これも兄ちゃんの仕業?」
すごくいい笑顔でそういう緋色。
フリーダムすぎる妹の行動に将来への不安が増すばかりだが、そのおかげでこうして助かったのだから今は文句は言うまい。
「しかし、お前すごいな。ケモノっ娘特有の身体能力ってやつなのか?」
「違いますよ。耳と尻尾があるだけで、特に能力アップとかないです。それがあったらもっと条件ついてますよ。非常識きわまりないですよね」
俺の言葉に返事をする声がしたので振り向くと、そこにはいつの間にロッカーを脱出したのかナビィがふわふわと浮かんでいた。
その目は真っ赤になっていて、涙の後がはっきりと残っている。
緋色の事で色々追求したいことはあったが、とりあえず俺はそっとナビィを撫でてやることにする。
するとナビィは鬱陶しそうにそっぽを向いてしまった。
こうしてみるとこいつも可愛いところがあるじゃないか。
そんな風に思っていると、緋色が期待を込めた目でこちらを見ているので、ついでにこっちも撫でておく。
すると緋色はチベスナっぽい遠い目でおとなしく撫でられるのであった。
だからなんだよその顔。
「とりあえず、これで全部片付いたのかな?」
そう俺が言うと、ナビィはしばらく目をつぶって集中する。
おそらくなにかしらの魔法かなんかで探知しているのだろう。
「……うん、魔王の種子の気配はさっぱり消えてますね。校舎の中にいたのも全部こっちに来てたみたいです」
「そりゃよかった。で、これで魔王を倒したことになるのかな」
「うーん、反応を見る限り魔王と呼べるレベルには達してなかったと思いますよ。全員に知能のない魔物レベルでしたし」
「ここまでやって無駄足かよ……」
あんまりな結果にがっくりと肩を落とす。
しかもこの状況の後始末をどうするのか。
死人こそいないけど、学校の至るところで意識を失って倒れているし、緋色にやられた奴は結構な重傷な気がするし。
俺もここらへんで気絶した振りをしておいたら、最終的にはガス爆発とかそんなんで片付かないかなと真剣に検討していると、唐突に視界が白く染まった。
この感覚は昨日体験したばかりで記憶に新しい。
神様の登場だ。
「勇よ、聞こえてますか」
何も見えないが、目の前に大きな存在感があるという不思議な感覚。
これは昨日もあったばかりの神様の再登場だ。
「そうです。予想以上のスピードでの魔王退治お疲れ様でした」
そうか、ナビィが言っていた魔王を倒した時に神様に面会できる決まりというやつだったか。
あれ? でも、さっきの連中なら魔王には達していないとナビィが言ってたんだけどな。
「? いましたよ? あなたのクラスの田中という男があのままでは魔王になる器でしたから、魔王を退治したと見なされます」
田中が?
そういえばあいつだけ、うなり声じゃなくて高笑い上げてたな。
そんなどうでもいい伏線があったとは。
あいつが魔王ねえ。
えらく弱かったけど。
「覚醒したてはそんなものです。それで魔王を倒したら褒美をあげる決まりなんですが、あなたの場合は善行ポイントがマイナスから戻っただけなので特になしですね。お疲れさまでした。それでは————」
ちょっと待って!
新しいものはいらないけど、昨日もらった特典で返したいものがあるんだ!
「折角あげたのにもう返却ですか。最近の若者は飽きっぽくていけませんね。それで? 何を返したいんですか? 言っておきますけど、本当に新しいものはあげませんからね」
やった!
それじゃあ、魔法と聖剣はもういらないです。あっ、一応もう解決した扱いかもしれないけど異世界に行きたいってやつと、あとケモ耳と妖精は————
とそこまで言ったところで、後ろから猛烈に暑苦しい光る塊とうろちょろと鬱陶しい小さい光る塊が俺にぶつかってきた。
もちろんここは魂だけの世界なので、後ろも前もないし、ぶつかってきたと言ってもこっちも魂だけの存在なのだが、意識の外からぶつかってきたと表現するしかないのだが。
そして、光る2つの塊はグリグリと俺の魂にめり込んできて、俺が次の言葉を神様に伝えようとするのを全力で妨害してくるのだった。
押されても魂だけなのだから伝えるのに支障はないのではと思うかもしれないが、このえも言われぬ全身を貫く感覚に、次の言葉がでなくなる。
そして徐々に意識を乗っ取ってくるような……、意識を乗っ取る!?
ええい、離れろ!!
「それじゃ、もういいですね? 剣と魔法は回収しておきます。あと、今回の騒動もあなたのプラスになった善行ポイントから少しだけ使って解決しておきます。安心してください。こちらは条件もないですから————」
そういって目の前に感じていた大きな存在感は遠くに離れていくのだった。
カムバック! そしていつまでくっついているんだこの2つの塊!
おい、こら、ちょっと————!?
————————————————
「飛び出してるんじゃねえぞクソガキが!」
「はっ!」
野太い声に急激に意識が覚醒する。
体を起こして周りを見回すとあたりは夕暮れに染まるいつもの帰り道。
野太い声はトラックからしていたようだが、顔を見る間もなく、トラックは土煙を上げて走り去ってしまった。
ぼんやりとした頭でそれを見送っていると子猫を抱えた人が心配そうにこちらを見ている。
この状況は、そう、俺は犬派なのに子猫を助けようとしていたんだっけ?
さっきまでなんか色々凄い目にあっていた気がするけど、全部夢だったのか?
いまいち釈然としない気もするけど、俺は近くに倒れていた自転車に乗って帰ることにした。
ちなみに子猫を抱えた人は一言二言交わしただけですぐに別れた。
なんと子猫はその人が飼ってもいいとのこと。
なんか妙に目が泳いでいるのは気になるが、優しそうな人だったのできっと子猫も幸せになってくれるだろう。
これで助けた甲斐があるというものだ。
「おかえりー兄ちゃん」
「ただいまー」
「ただいまです。緋色さん」
家に帰ると尻尾を振っている妹が出迎えてくれて、俺と俺の後ろの方からナビィが返事する。
毎日帰っているはずなのに、家というのはいつもほっとさせてくれるものだ。
さて、
俺は灰色がかった黄褐色の尻尾を掴むと部屋に向かって歩き出した。
ナビィは俺から離れられないから勝手に着いてくるだろう。
自分の部屋に入ると、しっかりとドアを閉めて荷物を下ろして、一息ついてから言った。
「おい、お前らどうなっているんだ」
「「?」」
緋色とナビィは揃って可愛らしく小首をかしげているが、そんなことで流される俺ではない。
いいから吐け!
「兄ちゃんが突然光り出したから咄嗟に抱きついたら変なところに私も行っちゃって。そしたら兄ちゃんが私のすてきな耳と尻尾を取り上げようとか言い出しそうになったから……」
「つまりあの時俺の邪魔をした暑苦しい塊はお前か! こっちを乗っ取ろうとする気配まであったぞ! 待てよ、ということは小さい鬱陶しい塊はお前だったんかナビィ!」
「小さくて鬱陶しいとはなんですか! いえ、まあ私じゃないですけど」
「お前、俺と一緒は嫌って言ってなかったか?」
「だから私じゃないですって。でもまあ、今はそこまで嫌というほどでもないですけど……」
そう言いながらナビィはぷいとそっぽを向く。
どういう心境の変化なのかわからないが、横を向いた顔は少し赤く染まっており思わずこちらもどきっとしてしまった。
いつのまに俺はナビィのフラグを立てていたのか。
とまあ、それについては後で考えるとして。
もう一つこの状況が現実だとしたら気になることがある。
「時間が俺が事故った直後に戻ったみたいだけどどういうことなんだこれ?」
その俺の疑問に、そっぽ向いていたナビィは自分の解説役という役割を思い出したのか、しっかりと答えてくれる。
「それは異世界に行くこと自体をキャンセルしたことと、ゾンビもどき騒ぎの後始末を全部解決するという結果がこれなんでしょうね」
「なるほど。でもそれだと魔王を倒したこともなかったことにならないか?」
「そこは神様の仕事ですから、きちんとやってますよ」
あの神様の仕事はいまいち信用できないんだけどな。
「よかったね兄ちゃん! これで地獄に行かないで済むよ! これからは妖精さんとケモ耳妹とのすてきライフが始まるね!」
「どこがすてきだ! 神様にもう一度会わないといけないじゃないか! ナビィ、神様もう一度呼び出せ!」
「だから魔王を倒した時じゃないと会えませんって。もう一度『カルマ・ブルーミング』やります?」
そこではたと気づく。
今の俺には聖剣も魔法もないのだ。
つまり魔王に会えても倒す手段がないと。
これは詰んだわ。
「大丈夫。この耳に飽きたら私が魔王を倒しに行ってあげるって」
「私も早く帰りたいですからね~。魔王を倒せると思ったらいつでも言ってください。次はコミケ会場あたりでやっちゃいましょう!」
楽しそうに言う緋色といたずらっぽく言うナビィ。
二人とも知らない人が見たら思わずときめいてしまうような魅力的な笑顔であったが、今後の生活、いや、人生を考えると俺の心には暗雲をもたらすものにしか見えない。
これが暗黒微笑か。いや、意味が違うか。
とにかく、俺の戦いの日々はこれからまだ続くようである。
……ないわー。
ちなみに翌日学校に行くと、魔王の種子を取り除いた副作用か、学校中のやつらが妙に爽やかかつ溌剌とした学生だらけになっており、うざいことになっていた。(週末のサッカー部の試合の打ち上げに俺も誘われたという事実にゾッとした)
特に田中は頭を丸めて悟った表情となっており、後に日本仏教の革命児と呼ばれることになるのだが、それはまた別の話である。