第06話
本来6話で第一章完結予定でしたが思ったよりも長くなったので分割しました。
ちょっと全体のバランスが不安定に感じるかも知れませんがご了承ください。
傲慢の門を超えて踏みだしたその先は瘴気に蝕まれた魔性の大地と成り果てていた。
大地は蝕まれ草木は侵され魔物と化した野生の動物が互いに喰い殺しあっている姿が幾つも見られた。
そうして死んだ者もアンデッドやレイスとなって彷徨い果てしない殺し合いを続けている。
幸いというべきか第7の壁の内側には町や村はなく人の姿を見かけることはなかった。
3日をかけて壁の内側の中心となる地へとたどり着く。
そこには太陽神殿から聞かされていた魔王城の姿は無くとうの昔に朽ち果てた町の痕跡がわずかに残されているだけである。
「考えてもみれば誰もここまで来たことがないのだから当たり前のことなのかな」
そう感想を漏らしながら小高くなった丘の上から遺跡全体をユウキは見渡す。
瘴気の発生している中心は間違いなくこの遺跡の中からである。
先ほども一通り遺跡の町を歩いてみたが朽ちた建物の土台の跡があるだけであり原因となるものはもちろん魔王や太陽の石も見つけることはできなかった。
「太陽神殿の言葉を鵜呑みにしていた訳では無いけれど何も無いとは思わなかったな」
「そうだな、こうなると太陽の石が奪われたことも本当のことだったのか疑わしくなるが」
「でも瘴気が発生している原因とあの壁が取り囲んでいる中心がここなのは確かなのよね」
アドルフとシャーロットがユウキの言葉に同意しつつ現状を確かめるべく口にする。
「そうなると、やはり地下になるのだけど・・・」
先ほど一通り遺跡を歩いて回ったときにもそのことは考えて見回してはいたのだが、あるのはかつての建物の土台の跡だけであり階段もそれを隠すような床も壁も見当たらなかったのである。
遺跡の周囲はかつては豊かな森であったのであろうが今は瘴気によって枯れ果てるか魔物化してその面影さえも留めていない。
今はときおり吹く風が荒れた大地から巻き上げた砂と共にその朽ちた遺跡へと物悲しく吹き抜けてゆくだけである。
遺跡の中心であるそこは土台の跡からもかつては大きな建物が建てられていたことが見て取れる場所である。
跪くとその掌を地面に当ててユウキは静かにまぶたを閉じる。
掌を通して遥か地の底から確かに伝わるその邪悪なる思念を感じとってユウキは自身の感覚を研ぎ澄ます。
やがて意識は地の底の邪悪なる思念へと向かって伸びていきユウキの意識はその邪悪なる思念へと触れる。
邪悪なる思念はその悪意の言霊を呪詛へと変えるとユウキの意識の内側へと踏み入る。
それを拒むことなく自身の内側へと踏み入った邪悪なる思念の先触れへと意識を向けると邪悪なる思念の全てをユウキの意識が優しく抱きしめるように包み込む。
幾星霜もの人々の悪意を織り重ねた邪悪なる思念を解きほぐすユウキの意識にやがて思念は語り始める。
遥かなる古代の昔に異界より来たりてこの地に封印された力があった。
力の存在を知った古代の人々は互いにその力を手にするべく終わりなき戦いを始める。
幾千もの血の大河を渡って幾万もの死の荒野を駆け抜けて幾億もの屍の山を越えてその力を手に入れた孤独なる勝利者はその力を己の欲望ではなく人々の幸せのために1つの文明を築く。
王となった孤独なる勝利者は拒むことなくあらゆる人々に文明の恩恵を分け与えてその幸せを願った。
しかし人々の欲望が際限なく膨らみ続けていることに王はその孤独が故に気付くことができなかった。
膨らみ続けた風船が破裂するように膨らみ続ける欲望はやがて文明を破裂させることになる。
やがて人々の欲望は力を媒介に寄り集ると邪悪なる思念となって瘴気を生みだすこととなる。
邪悪なる思念が生みだし続けるその瘴気で人々と動植物を次々と魔物に変えてやがて文明の崩壊が始まる。
力に宿る邪悪なる思念は人々の怨嗟の声を糧に尚も成長を続けて新たな魔物を生みだし続ける。
己の罪深さを知った孤独なる王はその命を賭して邪悪なる思念を浄化することを決意する。
己の命を鍵として異界の門を開くと王は邪悪なる思念を浄化しえる1人の少女を呼び出す。
少女は王の願いを聞き入れ邪悪なる思念を浄化することになる。
送還のために残る命の灯火を捧げようとする王に少女はこの世界に留まることを伝える。
少女は王から孤独を奪う代わりにささやかな日々の喜びを与える。
やがて王は文明の再建を放棄すると少女と2人だけの穏やかな時を過ごす。
死したるときかつての王は既に孤独では無くその最後を多くの人々に見送られることになる。
王の傍らで涙を流すかつての少女はかつての王の意志を汲み力を封印すると共に再び力が欲望に染まったときに備えることにする。
ユウキが目の前で消えてから3日目に太陽神殿の軍勢が遺跡を取り囲むことになる。
未だ距離を取ってはいるものの蟻の這い出る隙間の無い布陣であり逃げることは難しそうである。
「いつ動きだすかな」
「それよりもあれってマルクスじゃないかな」
シャーロットが目を向ける先にアドルフも目を向けるが龍人族のアドルフでもエルフのシャーロットには敵わない。
「すまんが俺には見えんな。
隊列のどの辺りにいるんだ」
「じゃなくってそのずっと後の先の一番高い丘の上のところに」
「いや遠すぎだろう。
確かに誰かいるみたいだが」
豆粒よりも遥かに小さな人影はやがて踵を返すと丘の反対側へとその姿を隠していなくなる。
シャーロットの言うとおりその丘の上には暴食の門まで一緒に戦っていたマルクスが1人で佇んでいる。
やがてマルクスは遺跡から目を逸らすと反対側の丘の下へと下りいく。
そこには太陽神殿の軍勢が運んできたドラゴンの死体がある。
翼を広げれば横幅は100メートルは下らない紅いドラゴンである。
以前に討伐した際に保管されていたものを船を使ってまで運んできたものである。
その内包する魔力の高さからアンデッド化どころか腐ることも無く生前の勇姿を保ち続けている。
マルクスはその体へと伸ばした手を触れることなく止めてしばらく見つめ続ける。
やがてその手を下ろすと厳重に封印された箱へと目を向けて歩み寄る。
第2の門である嫉妬の門の守護者エンヴィーから回収したコアがその箱には封じられている。
解呪の術を施して封印を解くとコアを両手に持ってドラゴンの死体へと再び歩み寄り頭上にコアを掲げて呪文を口ずさむ。
コアから漆黒の泥が溢れるとマルクスの体を覆いつくして飲み込んで溶かしていく。
マルクスを飲み込んだ泥は尚もコアから溢れ続けるとドラゴンの死体をも飲み込んで広がっていく。
「グッワゴオオオオオオァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッッッ!」
その雄叫びにアドルフ、シャーロット、アルクトス、ヤーランが顔を向けると丘の向こうから巨大な赤黒く濁ったファイアードラゴンがその姿を現す。
ファイアードラゴンは瞬くまに太陽神殿の軍勢の真上に迫ると次々と貪るように喰らい始める。
「あれは守護者と同じものやで。
コアの波動が感じられるんや」
「あれが魔王なのか」
ヤーランが叫ぶように言うのを聞いてアドルフが呻くように呟く。
「いや確かに人の意識が感じとることができる。
確かマルクスという名の者だったか」
「待て!それはどういう意味だ」
アルクトスの言葉を聞いてアドルフが問いかける。
「第3の門からの守護者のコアは全てユウキによって浄化されている。
しかし第1の門と第2の門のコアはどうなっている」
「まさかっ、太陽神殿がいやマルクスが回収していたのか」
「おそらくそうなんだろうな。
太陽神殿が回収していたコアを依代にドラゴンの死体を操ろうとしたのだろうが」
「失敗した訳か」
アドルフはそこで再び太陽神殿の兵士に襲いかかるドラゴンを見つめる。
その体から触手を生やして次々と人々を絡めとって喰らいながらその質量を増していくドラゴンに寒気が走るのをアドルフは確かに感じた。
「仕方が無いこのまま放って置く訳にはいかないからな。
ヤーラン、グランシャリオ號を起動させるぞ」
「しかしキャプテン、今のグランシャリオ號には戦闘能力はありまへんで」
「それでも戦わなければ全員殺されるだけだからな。
やるしかないだろう」
そう言うとアルクトスはモノクルの下の義眼からグランシャリオ號へとアクセスする。
「コオッッッイ!グランシャリオ號」
アルクトスのその言葉を受けて上空に巨大な戦艦が転移して現れる。
アルクトスを中心に足元に魔法陣が浮かぶとアルクトス、ヤーラン、アドルフ、シャーロットがグランシャリオ號の艦橋へと転移される。
吹き抜け構造の最上部のフロアに転移されるとアルクトスは後の壁の前に置かれた椅子に腰掛ける。
虚空からアステラが姿を現すとアルクトスとヤーランに話しかける。
「おかえりなさい、2人とも。
探し物は見つからなかったのかしら」
「いいやまだや、ただその前にせなあかんことができたんでな」
アステラは艦橋前方のガラス張りの壁から外を見つめる。
「アンデッドドラゴンかしら随分と貪欲ね。
どうするのグランシャリオ號にはまだ戦闘力は無いわよ」
「戦うさ、グランシャリオ號に戦闘力は無くても俺達まで闘えない訳では無い」
驚いているアドルフ、シャーロットを空いている席に座らせるとヤーランは戦いの準備を始める。
「グランシャリオ號、発進!」
アルクトスのその言葉と共にグランシャリオ號がドラゴンに向かって駆け進む。
「クレオ、暇なら手伝って欲しい仕事があるんだけどいいかしら」
声をかけられてスープからその女へと顔を向けてクレオは尋ねる。
「ソルヴィか冒険者は年中暇人で忙しいっていうのは常識だぜ」
「はいはい、いい訳はになってないいい訳はいいから。
要するに暇ってことでいいのよね」
ソルヴィの言葉に不満そうな顔をしながらもクレオは目の前の席に座るように促す。
「ここではちょっとね。
守秘義務ってのがついてくるのよ。
だからそのスープをさっさと飲み干してよね」
ソルヴィに口喧嘩で勝てたことの無いクレオは反論をあきらめ言われたとおりにスープを飲み終えるとパンを手に持って立ち上がる。
ソルヴィの家は町の端の他からは離れた一軒家である。
冒険者として実績もあれば必然人に怨まれることもあれば仕事の横取りや手にしている情報や資料を狙う輩も大勢いる。
必然的に共同住宅などに住むことはできなくなる。
合わせて魔術的な防犯も必要になるので何も知らない人間が掛からないように気を配らねばならないのである。
「それで何のようなのさ。
守秘義務ってのもどうせ嘘なんだろう」
冒険者として実績のあるソルヴィの言葉に耳を傾ける者は多い。
なので外でできない話は守秘義務という言葉を使って信頼度が必要な仕事と思わせることで詮索をあきらめさせているのである。
「全くの嘘じゃないわよ。
未発見の遺跡かもしれないのよ。
誰にも話せないことでしょう」
そう言うとソルヴィはテーブルの上に1枚の石版を置く。
「場所はこの大陸の真ん中にある森の朽ちたあの遺跡よ」
「あそこって確か・・・」
「そう、もう何千年も昔に何もかも無くなった遺跡ね。
だけどこれはその地下を指し示しているのよ。
分かるでしょう、あの遺跡に地下があるなんて話は始めて聞くことよ。
つまりは手付かずの遺跡の可能性が高いってことなのよ」
「それが本当なら凄いことだよ。
あの遺跡の規模を考えれば地下にも十分期待できるはずだからね」
興奮するクレオを嬉しそうに見つめてソルヴィは細かい打ち合わせを行う前に飲み物と軽く口にできるものを用意する。
まず町を出るのは2人別々の日時にして待ち合わせ場所を決める。
それからはなるべく人目につかない道を選ぶ必要がある。
2人で連れ立っていていらぬ憶測を招いたことから諍いになったこともあるのでこれらも必要な段取りになってしまうのである。
1週間後にクレオはゴブリンの生息調査の依頼で町から旅立っていく。
その4日後に人知れずソルヴィは町から旅立っていく。
大陸の中央の豊かな森に囲まれた開けた場所にその朽ちた遺跡はある。
永い年月の中で森に飲まれれることも無くあり続けることを不思議に思い調査する者もいたが結局何も分からないままである。
その規模からかつての繁栄を想い偲ばせる遺跡も今ではもう訪れる者もなく風だけが吹き抜けていくのみである。
その遺跡の中でクレオとソルヴィは13人上の男女に囲まれていた。
「さすがのソルヴィもここまでだな。
呪いを解いて欲しければおまえ達がわざわざここまで来た目的と持っている情報を全てよこしな」
周りを取り囲んでいる男女とは雰囲気の異なる男は血に濡れた剣を手にソルヴィに語りかける。
「ダナン、あんたこんな連中と組んで恥ずかしくないのかい。
よりによって邪神の信徒に力を借りるなんてね。
あんたはズルイところはあっても卑怯者じゃなかったはずだよ」
「だまれ!放って置けばお前だけじゃなくクレオも死ぬんだぞ。
いいからお前の持っている情報をよこすんだ。
そうすれば命までは取らねえよ」
ソルヴィは倒れているクレオに目を向ける。
先ほど斬られた傷は浅いが血が止まる様子が無いのは呪いの影響なのか。
ソルヴィは鞄から取り出した石版をクレオの手に持たせると転送の合言葉を口にする。
クレオの体がその場から消えるのを見届けてソルヴィは立ち上がり剣を抜く。
「ソルヴィ、クレオに何をしたんだ」
「あんたの知ったことじゃないよ。
ダナンお前だけは私のこの手で殺してやるよ」
剣を構えるとダナンに向かって距離を詰めて剣を振り下ろす。
薄れいく意識でクレオは淡く光り輝くその水晶を見つめる。
透明な双四角錐の水晶へと腕を伸ばして触れると掌に冷たい感触が伝わってくる。
「ソルヴィ、なぜ僕だけを・・・」
意識が闇へと沈むそのそのとき触れた掌を伝って水晶から力の波動が流れてくる。
体に活力が戻ると共にその身を蝕む呪いと血が溢れ続ける傷が癒されていく。
クレオの闇へと沈みかけた意識が光の元にへと呼び戻されていく。
地上へと戻ったクレオの瞳に変わり果てたソルヴィの姿が映る。
瞳は紅く輝き肌は青白くその身からは妖気を漂わせている。
口の周りには先ほどまで貪っていた人間の血が溢れるようにまとわりついている。
「ソルヴィ・・・」
その言葉はソルヴィに届くことは無く夜風に流されて消えていく。
周りには微塵に砕けたダナンと引き裂かれた邪教の信徒達の死体が無造作に散らばっている。
腰から落ちるように座りこんだクレオは全てをあきらめる。
(このまま彼女に殺されるのならそれもいいだろう・・・)
邪教の信徒の中にはアンデッドを造りだす秘術を行使する者がいるという。
状況から察するに邪教の信徒はソルヴィから遺跡の情報を聞き出すためにアンデッドの秘術を行使したのであろう。
「・・・ろ・・ぉ・・ぃ・・ぇ・・」
吹き抜けていく夜風の合間にその声がクレオの耳に聞こえる。
顔を上げて振り向くその先で瞳から涙を溢れさせてソルヴィが何事かを呟いている。
立ち上がってふらつきながらもクレオはソルヴィに歩み寄る。
ソルヴィは涙を溢れさせる瞳で虚ろにクレオを見つめる。
「・・・っろぉぉしぃぃぃ・・・ぇぇ」
目の前に抱きしめられるほどに近づいてようやくクレオはソルヴィの言葉を聞き取ることができた。
「できないよ、ソルヴィ僕には」
「っこぉっろぉぉしぃぃぃてっぇぇぇ」
抱きしめるクレオの肩にソルヴィの唇が振れる。
震えるその体からソルヴィが食人衝動に抗っているのが分かる。
そして触れ合う体からソルヴィの苦しみも伝わってくる。
「っこぉっろぉぉっしぃぃぃてっぇぇぇぇ」
「ソルヴィ・・・。
・・・好きだったんだ・・・ずっと。
ずっと君だけを想っていたんだ」
「・・ッく・・れぇ・・ぉ・・・」
一際強く吹いた夜風さえもかき消すクレオの叫びは魂の引き裂かれる慟哭と共に先ほど手に入れた力を解放する。
「・・・ありがとうクレオ。
私も・・・」
放たれた光はその言葉と共にソルヴィの体をも永遠にこの地上から消滅させていく。




