第04話
2015/11/17 誤字・脱字・修正しました。
魔王によって築かれた7つの壁その第5の壁の内側からはそれまでとは違って瘴気が感じられた。
人体に影響が現れるほどのものではないがこれが魔王城から徐々に外部に溢れているものだとしたらいずれ人に害を成すのは明らかである。
ヤーランはこのまま瘴気の濃度が濃くなれば動植物が魔物化する可能性もあると推測する。
「つまりはそれほど猶予は無いということでしょうか」
「発生源である魔王城の状況が分からへんからはっきり日数までは分からんけどな。
どのぐらいの速度で範囲が広がってんのかとそれが一定なのか日々増してんのかでも変わるからな」
ユウキの疑問に答えてヤーランは話すが魔性の進行速度が分からないので具体的にどのくらいの猶予があるのかは分からないようだ。
急いで先へと進むことにするが第5の壁の内側は河が張り巡らされており橋を渡るために何度も迂回をさせられることになる。
7つの壁の各門はそれぞれに別の方角を向いておりまずは門の場所を捜すことから始めることになる。
第6の門である憤怒の門は北西にあって第5の強欲の門からは真逆になる。
町に寄るたびに中心地である魔王城に関する情報を集めるとそこが古代遺跡の跡地であることが分かる。
とはいえ建物は文献や言い伝えによれば3千年前には全て朽ち果てておりどのような文明を築いていたのかは記録が無いそうである。
無論そんな場所である遥か昔に何もかも失くすか奪われるかして何1つ残されてなどいない。
今では冒険者さえも近づかない遺跡だそうである。
町に寄って宿で休む合間にユウキはアドルフを相手に剣の鍛錬をしていたが戦士ではあってもアドルフは剣士ではない。
どうしても我流になってしまい悩んでいたところをアルクトスが剣の鍛錬をつけてくれることになる。
アトルクスの扱う剣はこの世界には存在しない大太刀であり益々謎が深まったがユウキは口にはしないことにしている。
目的に謎めいたところはあるが自分達を騙したりするつもりが無いのは感じられるからだ。
長大で重いその刀を細身のアトルクスは片手で扱い左手に持った鋼の鞘と二刀流で扱うこともある。
ユウキとの鍛錬では鞘を置いて片手で防御にまわっているが全く崩せず気付けば足を払われたり肩に刀を置かれている。
特に口では何も言わないが気付けばユウキも守りの型が少しづつ身につきはじめていた。
「たまにはこちらから攻めて見せよう」
いつものように鍛錬を始めると不意にアルクトスがそう言って刀を水平に置いて右半身に構える。
刀の切っ先を目の位置に合わせられて距離感が掴めないことに気付いたその瞬間すでに刀の切っ先は目の前にあった。
一足飛びで距離を詰められただけで腕は動かしてもいないことを傍で見ていたアドルフが教えてくれる。
何度か同じことを繰り返すうちに気付かされる目の位置に刀を合わせられているのは距離感だけでなく意識を誘導させられていることに。
刀に意識が集中させられてアルクトスの動きが目に入っていないのだ。
広く全体を捉えるように心がけて上半身が全くブレていないことをようやく理解する。
足捌きだけで間合いを詰めており上半身は全く動かしていないのである。
その日わずかな時間ではあったが学んだことは多かった。
アルクトスは剣を構えて足を動かしただけである。
その単純な動きの中にも多くの技が隠されていることを学んだのである。
その日からは剣以外にも基礎体力と体幹を鍛えることを始める。
アルクトスはアドルフとも戦って見せてユウキに理解を促す。
振り下ろされるバトルアックスを足捌きだけや上半身だけでかわして見せるのである。
このときもやはり上半身がブレておらずいつでも斬れる体勢を維持しているのが分かる。
相手の攻撃を避けることがそのまま次の動きに繋がっているのである。
それからは見よう見まねではあるがユウキもその動きを真似することを心がける。
夕食を済ませて自主的に行っている鍛錬を終えると部屋へと戻ってくる。
剣と弓をベッドの脇に立てかけて浴室に向かう。
眠る前に浴槽に湯を溜める最近はすっかり慣れてしまっているがこれだけは本当に感謝している。
アルクトスに会う前は安宿で水桶を部屋に持ち込んで体を拭くのが精々であったのだ。
汗を流して湯船に浸かることで体だけでなく幾分か心も休まる。
予定通りに進めば3~4日のうちに第6の門である憤怒の門へとたどり着くことになる。
そうすれば残る門はあと1つだけだが第6の門の内側がどうなっているのかは覚悟が必要だとヤーランにも言われている。
今はまだ第5の門の内側の瘴気も薄いがヤーランの計測では日増しに濃度が濃くなっているそうである。
このことから第6の門の内側の瘴気の濃さは第5の門の内側よりも濃い可能性が高いと言うのだ。
もしも動植物が魔物化するほどの濃さであれば中に閉じ込められている人間も無事ではすまないことになる。
人間は他の動植物よりも複雑な思考回路を有しているので魔物化は遅いがそれでも単純な思考に囚われていた場合はその限りは無いそうである。
頭から湯を被って汗を流す。
この世界に来て間もない頃に切らざるをえなかった髪も少しづつだが伸びている。
それだけの時間が経過しているのである。
お母さんやお父さんにお祖母ちゃんそれにゆっこ、あみ、しーちゃんは心配しているだろうか。
・・・心配しているんだろうな。
父は考古学者であり母もその助手をしている。
ユウキが小学校を卒業するまでは大学内での仕事のみに留めて家に居続けてくれたが今は海外への発掘や研究で長期間留守にすることが多くなっている。
ユウキがこの世界に呼ばれたその前日夜遅くに久しぶりに帰ってきておりしばらくは家族でのんびりと過ごすはずであった。
ゆっこ、あみ、しーちゃんは同じクラスというだけでなく部活も同じ弓道部ということもありいつも一緒にいることが多い。
同じ部活ということもあって帰りも一緒でよく道草をしてはおしゃべりを楽しんでいた。
思えばまだ半年も経っていないというのに何気ない日々の1つ1つが懐かしくふっと寂しさを感じさせる。
心が少し不安になるのを振り払うように頭から冷水を浴びる。
湯船に体を沈めるとその暖かさに心を預けて息を吐く。
今はまだ帰れない帰る訳にはいかないのだ。
自分にしかできないことがある託された想いがあるのだ。
この世界で・・・例え半年に満たないわずかな間でも出会った人達が大勢いるのだ。
自分を助けてくれた人がいる。
自分のために泣いてくれた人がいる。
そして・・・自分のために命を落とした人がいるのだ。
その人達を見捨てて忘れて1人元の世界に帰れることなどできはしない。
そんなことをすれば例え元の世界に帰れても自分は自分でいられなくなるだろう。
誰かを見捨てて後悔を引き摺ったまま生きていけるほどに強くは無いことは自分がよく知っている。
自分が自分らしく生きていくためにもこの世界で自分にできることをする。
そのためにもまず自分が今しなければいけないことに向き合おうとあらためて心に誓う。
第6の門である憤怒の門その守護者ラースのその姿は炎をまとった象の頭を持つ巨人である。
まとった炎の熱によって大気さえも蒸発し地面もその熱で溶けてマグマのように煮え滾っている。
その熱のため息もできずに近づくことも容易ではなさそうである。
「さて、あれでは接近戦は難しいな」
「やはりこのまま距離をとって戦うしかなさそうね」
「それだと私の剣は今回は役に立たないことになるか」
アドルフとシャーロットの言葉を聞いてユウキがそう口にする。
「ヤーランはどう考える」
「あの熱量を逆手にとって暴走させられへんかと思うけど。
あの体の炎耐性はコアによる後付や。
元になる生物にコアが宿ることでその体を作り変えとるんやけどそれにも限度があるんわ第5門の守護者でよう分かった訳や。
あれは無作為にいろんな生物を取り込んだためにその体を制御できんかったんやけど。
しまいには取り込んだ生物の形を維持できんでアンデッド化させてもうた訳や」
ヤーランはそこで言葉を切って全員が理解しているのを確認して話を続ける。
「後付の炎耐性ならどこかに限界はあるはずや。
そやから奴自身の炎を暴走させてその限界を崩して自滅させるんや」
ヤーランの言葉を受けてアルクトスが考える。
「となると炎を暴走させる手段だがこの場合はシャーロットの精霊魔法を中心にすべきだろうな」
「いえ私達エルフは炎の精霊魔法はそれほど得意ではないので私だけでは難しいでしょう」
「ならば炎を暴走させる術式を魔法銃で撃ちこむのが確かなようだな」
「そないなると射程範囲まで近づなあかんことになるけど。
あの様子やとそれも難しいで」
アルクトスとシャーロットの会話を聞いてヤーランが考え込む。
「それなら私に試したいことがあるのですが」
その言葉に視線が集ると馬車からユウキは弓を取りだす。
「この間の第5の門の守護者との戦いで剣だけでは戦えないときもあると気付かされたのと、以前にヤーランに力の使い方を教わったことをヒントに私なりに考えました」
そう言うと弓の弦を引いて自身の内側の力を想い描くように意識する。
弦を引く右手と弓を持つ左手が淡く光りだす。
光は徐々に強くなってやがて左右の手の光がひかれあう様に互いに向けて伸びて交わる。
左右の手の光は直線となって矢を形作る。
「どうでしょうか、これなら距離をとっても戦えると思うのですが」
「ばっちり!やで、これなら方策の立てようもあるで。
その矢に上手く魔術式を組み込めれば守護者の持つ炎を暴走させられるで」
「よかった、少しでも戦いを楽にできればと思って練習していたんです」
ヤーランの言葉にユウキは嬉しそうに答えアドルフ、シャーロットもユウキを称える。
「それなら術式の組み込みやけど時間をもらうでこっちで魔法具を作ったとして、キャプテン魔術式の組み込みにはどのくらいかかりそうや」
「あの守護者に合わせて一から術式を組み立てるとして2日はほしいところだな」
「ほらな一旦、町に戻って3日後に再び挑むんでどないやろ」
「分かった、では3日後に再び守護者に挑み必ず倒してあの門を超えよう」
ユウキの言葉にアドルフ、シャーロット、アルクトス、ヤーランが頷き一度近くの町まで戻って準備を整えてからあらためて戦いを挑むことにする。
町に戻って宿をとるとヤーランは取り寄せた素材から魔法の弓と指輪を造るために部屋にこもることになる。
指輪は魔術式を組み込むことでユウキの創った矢に魔術式を上書きするためのものである。
弓はユウキの剣と同じく補助的な役割を担うためのものになる。
組み込む魔術式を記録するための宝石はアルクトスに預けられて彼もまた部屋にこもることになる。
その間にユウキはシャーロットと共に弓の鍛錬を行うことにする。
夕刻に頼まれていた買出しから戻ったアドルフは宿の前でシャーロットと顔を合わせる。
「おかえり、買出しごくろうさまね」
「ああ、そっちの方はどうだった。
ユウキの上達具合は」
「正直、私が教えられることはないわね」
「それほどなのか」
シャーロットの弓の腕を知るアドルフは少し驚きの表情を浮かべる。
「単純に当てるだけならエルフの弓の腕と遜色ないわね。
あとは風の読み方なんかは実戦で覚えるしかないことだから」
「そうか、ならばあとは見守るのみだな」
「そうね、ユウキも強くなったものね。
保護者としては少し寂しいかしら」
「そうだな、だがまだ危なっかしいことには変わりがないからな。
実際第5の門の守護者のときは他に手がなかったとはいえ1人で敵に突っ込んだりしている。
我々にできることはまだあるはずだ」
「そうね、任せるしかないこともあるけれど。
だからってユウキ1人に背負わせる訳にはいかないものね。
私達にだってまだユウキを守ってあげることはできるものね」
「もちろんだ、ユウキの想いに甘えているだけではなく答えなければな」
ヤーランとアルクトスはしばらく作業に没頭するということでその日は久しぶりにユウキ、アドルフ、シャーロットの3人で夕食をとることになる。
そこで話はお互いが始めてであったときに移っていく。
ユウキとアドルフの出会いはこの世界にきて間もない頃になる。
アドルフの龍頭の顔に驚いたユウキが食べられると勘違いをして闇雲に逃げ回ったのをアドルフが危ないと追いかけたのである。
追いかけあいの末に河に転落して溺れそうになったところをアドルフに助けられることになる。
助けられたあとも言葉が通じずにお互いに困ってしまったことなどを懐かしく思いながら話す。
シャーロットと出合ったのは木々が枯れ死する疫病の調査でエルフ達が樹海中を走り回っていたときであった。
疫病の原因はとある魔術師が不法に捨てた魔術実験による魔獣の死骸であった。
魔術実験で死亡した動植物は厳重な管理の下で処分しなければならないのだが魔獣になると結構な金額を請求されることになるのだ。
支払うのが惜しかったのではなくそれだけの金銭の持ち合わせが無かったのが理由であった。
魔獣の卵を樹海の魔術資源の調査中に偶然に手に入れたものであるらしかった。
この事件の頃にイドとアインとも出会ったのである。
樹海の事件が解決してからも太陽神殿へとたどり着くまでには色々とあった。
それらを懐かしく話し合い気付けばいつもよりも遅い時間となっていた。
宿の給仕が皿を片付けても良いのかと確認に訪れて慌てながらお願いすることになってしまった。
そこでその場は解散となってアドルフとシャーロットも自分の部屋へと戻っていく。
第6の門である憤怒の門へと再び戻ってきたのはあれから3日目の昼頃になる。
守護者ラースを再びその目で捉えるとユウキはヤーランから手渡された弓と指輪をあらためて見つめる。
右手人差し指にはめられた指輪には乳白色の宝石がはめ込まれている。
これにラースの持つ熱と炎を暴走させる魔術式が書き込まれており力の発動と共に矢にも魔術式が描き込まれることになる。
弓を構えるとラースを見据えて弦を引く。
ヤーランの弓のおかげか今までよりも鮮明に自身の内側の力を意識して想い描ける。
弦を引ききると右手と弓を持つ左手が淡く輝きだす。
左右の手の光がひかれあう様に互いに向けて伸びるとまじわって矢を形作る。
右手の指輪の宝石が輝くと魔術式が光となって矢に描き込まれるのが分かる。
ラースの胸を見据えてユウキは光り輝くその手の矢を放つ。
放たれた矢は上にゆるやかに弧を描いて宙を駆けて真っ直ぐにラースへと迫る。
狙い違わずにラースのその胸へと吸い込まれるように矢が命中すると描き込まれた魔術式が解放される。
「ッグワオオオアアアァァァーーーッン!」
一際高いラースの雄たけびが空気を震わせて辺りに轟き渡る。
その声の止まぬうちに体から炎が溢れて燃えあがる。
一瞬で空気が燃え尽くされ大地が煮えたぎる。
大地に倒れ込むと悶え苦しむようにラースが煮えたぎる大地の上で暴れ転げる。
「ッボオグワオオオアアアァァァーーーッン!」
燃え盛るその体の内側から熱に耐えかねての崩壊が始まる。
胸に穿たれるように穴が開かれ広がってゆくとやがて四肢と頭だけを残してそして全てが灰も残さずに燃え尽きる。
熱によって空気も焼き尽くされて陽炎も起きないそこにコアが宙に浮いている。
やがて真空となったその場に周りの空気が吸い寄せられると風が巻き起こる。
吹き荒れる風の冷たさにコアに亀裂が刻まれていく。
二矢目を弓につがえると右人差し指から新たな魔術式が光となって矢に描き込まれると同時に指輪の宝石が砕ける。
ユウキの手から放たれた矢はコアを目指して宙を駆け走っていく。
コアに突き刺さるとともに描き込まれた魔術式がユウキの力を糧として解放される。
浄化の氷雪が吹き荒ぶとコアが凍てつき砕かれ塵となって消え去っていく。
コアの消失と共に憤怒の門が開かれて溢れる瘴気が肌を突き刺すような感覚に捉われる。
ユウキは開かれたその門の向こうの大地を仲間達と共に見据えて胸に宿す想いとともに歩きだす。




