第32話 中国事変
カトレア草原、街道
イワンからの連絡を受け、優一行は急いで荷馬車が逃走している街道を装甲車とハンビーで爆走していた。時刻はもう朝の8時、夜中に始まった作戦も既に数時間以上も経過しており全員に疲労の色が見せ始めている。
「まさか中国軍の戦闘ヘリが味方になるなんて思っても見なかったよ」
アメリカ軍の軍用車両ハンビーの補助席に座り、水筒を飲みながら優が言う。
「だろうな。歩兵の天敵でもあるしな」
隣ではサングラスをかけて、ハンドルを握って運転しているスティーブ。
「だけど中国軍はここ数年でかなり軍縮したけど、まだ戦闘ヘリを保有してたとはね」
「2022年の中国事変の時だな。あの戦争で陸海空の戦力が一気に減ったが、国防程度の戦力は幾らか残っているようだ」
中国事変ーー中国国内で起きた紛争のことで、たった4ヶ月で数百万人が亡くなってしまったアジアでもっとも最悪な戦争でもあった。発端は軍部内の対立が国家を二つの陣営に分裂させてしまったのが原因とされている。アメリカは緊急に常任理事国6カ国を集め、対策を模索する事にした。この時新しく常任理事国に仲間入りした日本も平和的な解決を求めたがそれも虚しく散り、結局中国人同士の争いが始まってしまった。
中国国内は瞬く間に戦火に包まれ、多くの尊い命が奪われて往くことに。が、争いも長くは続かなかった。中国東部陣営の保有する大陸間弾道ミサイルが中国の主要都市に向けて発射されてしまったのだ。原因は中国軍のサイバー部隊がコンピューターウイルスを誤って、自国領内にあるミサイル発射基地に送信したものによる手違いによるものだった。
しかもそのウイルスはかつて日本へサイバー攻撃用に開発されたものでもあったのだ。敵を攻撃するウイルスがまさか自身の命を奪う要因になるなど当時は誰も予想しなかった。
「結局、それで中国国内数十ヵ所に戦術核弾頭ミサイルが落ちたせいで戦争は継続不能」
「核なんて持っても得することねぇな」
「幸いにも威力の低い戦術核だったから広範囲の放射能汚染は少なかったようだけど。これが戦略核だったらゾッとする」
「日本も含めたアジア地域が壊滅的な被害を被っていただろうな」
「それもそうだ。それで中国は先進国から発展途上国に逆戻り」
その後の中国の状況は優の記憶にもまだ新しく残っている。中国は国際社会から強く非難され、一部の国では中国人への暴力・リンチが横行し、今まで中国を支えていた輸出産業も衰退。国内の経済は一気に下落してしまい、急成長した経済も弾け飛ぶ。国家を動かしてきた中国共産党政権は空中分解、軍隊もほとんど機能しなくなり無政府状態になった。
そして一番打撃を与えたのは、中国の常任理事国追放だろうか。
発言力を失い、力を失ったアジアの赤い龍は瞬く間に弱っていったのだ。
「だが連絡もなしにこっちの世界に来るとはーー神様も急だな」
「ああ。まだ任務は終わっていないのにどういうつもりだろう?」
ここに来て新たな転生者を寄越したのは些か妙だった。しかも荷馬車が逃走しているタイミングで。
「とりあえず……今は考えるのはよそう。きりがなくる」
「だな」
「スティーブ、ヘリの周波数はいくつだ?」
「イワンの話ではオープンチャンネルだ。ほらよ」
スティーブはハンビーに備え付けられた無線機のマイクを投げる。
「おっと、どうも」
優はマイクを受け止め、無線機の電源を入れる。ノイズがやや混じり、スピーカーから微かにザザっと聞こえる。
「えーと……」
「優、孔雀1だ。孔雀」
(中国語での孔雀の呼び方)
「孔雀?…物騒な孔雀だな。あー孔雀1応答をこちら日本国自衛隊所属の伊藤二尉。どうぞ」
《……こちら孔雀1。お前は誰だ?》
低く威圧的な声が聞こえる。念のためにもう一度所属を伝えた。
「日本国自衛隊所属の伊藤二尉」
《日本の自衛隊だと?一体どうなっているんだこの世界は》
ヘリのパイロットはかなり動揺してる様だった。
「取り敢えず落ち着いて聞いてくれ。あんたの名前と所属は?」
《李周來上尉、中華人民解放軍陸軍孔雀隊所属》
「李上尉、状況は飲み込めないかもしれないが聞いて欲しい。俺たちは今ある任務を遂行してる」
『先程のロシア軍パイロットに聞いた。ある盗賊の首領が乗った荷馬車を追跡、のことか?』
「その通りだ。その首領は今回の任務の最重要目的であるため、生きたまま確保したいんだ」
『伊藤二尉、我々は今その荷馬車の隣に平行して飛んでいる』
「首領らしき人物は確認出来るか?」
さっきの話で戦闘ヘリは一台の荷馬車を吹き飛ばした。もしザルドスがその荷馬車に乗っていたら既に死んでいるだろう。優は嫌な考えが頭から離れず、李の返答を待った。
『それらしい男が先頭の荷馬車にいるみたいだな』
「何!?」
『先頭の荷馬車からロケット攻撃をされたからこちらも反撃で機関砲を撃った。その時に荷馬車の幌が吹き飛ばされて、中に豪華な装飾品を身に付けた男がいたんた』
首領のザルドスに違いない。優は確信する。
「了解。李上尉、その荷馬車を絶対に逃がさないでくれ。俺達も直ぐに向かう」
『保証は出来ないが…分かった。但し危険と判断した場合は直ぐに反撃を行う』
「りょ、え?おい!」
『通信終了』
一方的に会話を終わし、ブッと通信が切れる音がして、再びノイズ混じりの音がスピーカーから流れ始めた。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だろうよ……」
二人の脳裏には最悪な結果が一瞬過った。武直の対戦車ミサイルによって大炎上する荷馬車のことを。




